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半ヴァンパイアの冒険者 外伝  作者: ストーブの上のやかん
北の果てにて
15/18

蠱毒姫の孤高

 私こと蠱毒姫は、孤高の存在。

 

 別に狙ってそうなったわけでも、それが嬉しいわけでもありません。

 ヒトどころか同族すら実験体にし続けた結果、同族からも人間さん達からも狙われ続け、長く生き延び続けた末、そう言う風に思われるようになっただけです。 

 

 しかし、どうしたことでしょう。

 

 とても気に入っていた、というか執着していた対象であるエリーさんを奪った、ライカンスロープと戦っていると、なぜだか、心が燃え滾るのです。

 

 孤高のはずの私が、私以外の何かのために、自ら望んで命を燃やすのです。

 

 あぁ、不思議です。

 

 「ハハ」

 

 低い姿勢で突っ込んでくるライカンスロープに、私は低く乾いた笑い声と共に、全力で蹴りを放ちます。

 魔力ももちろん込められるだけ込めて、踏みぬこうと、胸に秘めたグチャグチャな気持ちをぶつけるように。

 武術など習ったことがありません。

 運動神経が無いことも自覚しております。

 もし同族相手に同じことをしたなら、百回やっても一度も当たらないでしょう。

 

 ですが、なぜか、当たったのです。

 

 「ぶ」

 

 間抜けで汚い声と共に、突っ込んできたライカンスロープの頭が飛び散ります。

 臭い飛沫が舞って不快です。

 ですが少しだけ気分が晴れた気がします。

 

 「ガァァァァア!」

 

 後ろから雄たけびが聞こえて、その直後に群青色の腕が私の方と胸に巻き付き、鋭い爪がお肌に深く食い込みます。。

 

 「あら、足止めのつもりですか?」

 

 ライカンスロープはたくさんいらっしゃいます。

 元ヴァンパイアハンターの方々らしいですね。

 大勢で私を狙おうとするのは、未だに蠱毒姫の首が欲しいということなのでしょうか。

 

 「グルラァ!」

 「グラァァァアア!」

 

 足止めを喰らった私めがけて、さらに二体が突っ込んできます。

 逃げるべきですね。

 何とかして拘束を解き、この場を脱し、ウィンターピットの同族の後ろへ隠れるべきだと、私を今日まで生かし続けた本能が告げています。

 

 しかし、私の心は、真逆のことを言うのです。

 

 ブチ殺せ、と。

 

 魔法も魔術も使えない私の、お薬以外の強さと言えば、魔力を纏って体を強化すること以外にはありません。

 

 今の私の手札は、それ一枚。

 なら、この一枚で勝負に出るしかないでしょう。

 

 「死ぬ覚悟はよろしいですか?」

 

 体の耐久力や魔力のペース配分も考えず、全力の魔力で腕を強化します。

 そして、私に巻き付く二本の腕を、握りつぶして千切ります。

 

 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 「アハ♪」

 

 良い悲鳴。

 ですが、今私が聞きたいのはあなたの声ではありませんわ。

 

 千切った腕をこん棒代わりに、突っ込んでくる二体の顔面を叩きます。

 

 ガンゴンと鈍い衝撃が腕を伝い、確かな手ごたえを覚えます。

 私に突っ込んで来ていた二体のライカンスロープは、錐揉みしながら斜め後ろへと雪の上を滑っていきました。

 

 「無様ですね」

 

 振り返れば、両腕を千切られて慌てるライカンスロープの姿が。

 

 あぁ、気持ち悪い。

 膝をつき、血を吹き出す両腕の断面を掲げ、腕を失ったショックに呆然としている様子。

 まるで人間のよう。

 まるで理性があるよう。

 

 本能的に死を恐れているよう。

 

 「出来損ないの化け物の癖に、まともな生き物のフリをしないでいただけますか?」

 

 そう言いながら両手を拳に握って突き出せば、ライカンスロープの胸と下あごを貫きました。

 流石に死んだのか、掲げていた腕をだらりと垂らし、全身を弛緩させて私の足元へ倒れ込みました。

 

 やっと二体殺しました。

 

 少し先には先ほど頭をぶん殴って差し上げたライカンスロープ二体が、頭を押さえながら立ち上がっています。

 そして更に、未だに距離を詰めてこないライカンスロープが数えきれないほど。

 建物の影や屋根の上、機の裏など、色んな所に。

 隠れるわけでもなく、堂々と立つわけでもなく、ジッと私を見つめています。

 

 全員で一気に襲い掛かるのではなく、数体ずつ戦わせ、私の疲弊を待っている様子です。 

 

 あぁ、なんて鬱陶しい。

 なんて気持ち悪い。

 なんて卑しいのでしょう。

 

 あちこちで轟音が鳴っています。

 ふと見れば、モンドさんがシルクポテトを売っていた場所には、岩でドームが作られており、そこを守るようにウィンターピットのヴァンパイアが戦っているようです。

 スコットさんも獣化し、機械槍を振り回しています。

 

 あちこちにライカンスロープ死体が転がり、同族の悲鳴と怒号がうるさく響いています。

 

 良いですね。

 

 悲鳴と怒号と血と死。

 私が幾度も味わって来た、滅びの始まり。

 今までに飲み干してきた愉悦を思い出すようです。

 

 不快ですね。

 

 この滅びは私が齎したものではないことが、不愉快です。

 ウィンターピットが滅んでも、私は何も得をしませんもの。

 

 挑発しましょう。

 ストレス発散を兼ねて。

 

 「さっさと出て来ては如何ですか? 獣畜生が戦い方を選ぶなど不細工極まりありませんよ?」

 

 服もボロボロですが、体の傷は再生済み。

 優雅に笑って見せ、余裕を見せつけます。

 そうすれば私を取り囲むライカンスロープ共は、若干の怯えを見せました。

 

 ……そして情けない群れを叱咤するため、群れ長が現れるのです。

 

 群青色の体毛に覆われているのは、肘や膝の先だけ。 

 骨格は人間そのもの。

 群青色の獣の耳と尻尾を生やした姿は、ワービーストそのものです。

 

 ただしこの酷い体臭さえなければ、ですけれど。

 

 「お前がこいつらの言う蠱毒姫。ヴァンパイアの中でも災厄と恐れられる存在か」

 「初めまして。ヘレーネ・オストワルトと申します」

 「俺はライカンスロープを作ったワービーストの軍人だ。俺もライカンスロープになっている。ライカンスロープはブルータイガーと言う」

 

 何やら得意げに言っていますが、どうしましょう。

 聞いていると耳が腐り落ちてしまいそう。

 

 「あぁ、結構です。これから滅ぼしますので、聞いても意味がありませんわ。それより、今生の最後に何かあれば、今のうちにどうぞ?」

 「……せっかく練習したんだが、聞いてくれなければ意味が無いか。冥途の土産にと思ったんだが」

  

 この方が首謀者で間違いないでしょう。

 エリーさんを亡き者にしてしまったのも、きっとこの方でしょう。

 

 この悪臭の酷いワービーストは、こんな気持ちの悪い化け物を生み出して、私が生み出した化け物であるエリーさんを否定した。

 

 相容れません。

 絶対に。

 

 「最期の言葉はそれで良いですか?」

 「冥途の土産は無しでいいんだな?」

 

 お互いに質問をし、お互いに無視しました。

 これで良いのです。

 

 この私と、このケダモノの意志が、道が、交差することは絶対にないのですから。

 

 

 

 

 合図は必要ありませんでした。

 お互いに全力で、お互いへと向かうのです。

 

 私は魔力を込めた拳を貯めて。

 相手は鋭い爪を構えて。

 

 距離が詰まるまでは一瞬です。

 

 「はっ」

 

 その一瞬の間に、私は見たのです。

 

 北の森から、まるで冗談のように、高い放物線を描いて、こちらに跳んでくる、二つの影。

 群青色をした、ちょうど獣化したスコットさんと同じサイズの、二つの影。

 頭によぎったのは、今の今まですっかり忘れていた、あの情報。

 

 数か月前にこの町で起きた、三人分の足跡がつけられて足跡の主の姿が見つからないという珍事件のこと。

 

 ワービーストは三人居ます。

 一人は目の前に。

  

 もう二人は?

 

 今夜空を無様に舞っている、あの二つの影でしょう。

 

 なぜ空に?

 錐揉みしているというか、自分で跳んだにしては不格好すぎる姿勢。

 

 投げられたと考えるべきでしょう。

 

 誰に?

 

 あぁ、考える必要なんてもう無いのに、考えてしまう。

 

 貯めていた拳はほどき、ぶつかり合うはずのワービーストのライカンスロープの脇を転がり抜け、北の森へと視線を投げます。

 

 「ナニィ!?」

 

 驚きの声が背後から聞こえます。

 

 私が探していた人物は、やはり北の森から現れ、私が反応するより先に、私のすぐ横に居ました。

 

 「どりゃあっ!」

 

 私のすぐ横で、年頃の女の子が滅多に使わないような掛け声とともに、鈍い音が鳴りました。

 

 「グォエエエエエエ!」

 

 そしてようやく、私はそちらを見たのです。

 

 破れまくった衣服を着た、エリーさん。

 

 振り抜いた拳をそのままに、汚濁を吐き戻すライカンスロープを正眼に睨み、薄く笑っています。

 

 「散々吐かせてくれたお礼。私は優しいから、一回で許してあげる」

 

 視界の端で、滝のように嘔吐し、崩れ落ちるライカンスロープが映っています。

 映っていますが、気になりません。

 視界の真ん中にあるエリーさんの姿を見た瞬間、燃え滾っていた心が、一瞬にして潤っていくのです。

 

 口元も手足も血まみれで、雪と泥に汚れているエリーさん。

 そんな姿が、私を魅了するのです。

 

 魅了……?

 

 「あぁ、そういう、ことですか」

 「ヘレーネさん、生きてるみたいだね」

 

 私、エリーさんを甘く見ていたのですね。

 

 ここに来てから感じる、自分の思考の違和感の正体は、これですか。

 

 「あぁ、困りましたわね」

 「何が? 私が来たら不味いって言うの?」

 

 ムスっと眉をひそめるエリーさんから、目が離せません。

 

 魔力で抵抗し、無力化していたと思っていた、エリーさんの魅了。

 しかしそれは気付かないうちに、徐々に私の心を侵していたようです。

 

 「流石、化け物ですわね」

 「ねぇ! 一応今のはヘレーネさんを助けたことになると思うんですけど! なんでそんなこと言われなきゃいけないのかな!」

 

 あぁ、なんとかしなければいけませんわね。

 

 完全に魅了のスキルに侵される前に、なんとか、しなければ……♪

  

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば座り込んでしまっていました。

 圧倒的な力と言うのは、本当に他者を圧倒してしまうのですね。 

 

 へたり込んでしまっているのは、私だけではありません。

 スコットさんも、ウィンターピットのヴァンパイアも、大量のライカンスロープと戦うことを忘れて、呆然と圧倒的で理不尽な力を見つめています。

 

 エリーさんの動きは目に追えません。

 ドボォ、という鈍くも大きな音が鳴るのです。

 音が鳴った方を見れば、ライカンスロープが腹を押さえ、激しく嘔吐しながら倒れ込むのがわかります。

 倒れた後はピクリピクリと痙攣して、気絶しています。

 

 それが、何度も起こるのです。

 

 鈍い音が鳴り、汚い悲鳴と汚らしい水音が鳴り、また鈍い音が鳴り……

 

 赤と茶色と黒が混ざった影のようなものが、ものすごいスピードで動いています。

 エリーさんですね、多分。

 ヴァンパイアの視力をもってしても、輪郭どころかぼやけた姿すら捉えられません。

 スコットさんにはもはや正体不明の現象にしか思えないかもしれませんわね。

 

 エリーさんは文字通り目にも止まらない速度で駆けまわり、一体ずつライカンスロープの腹部に打撃を加え、一撃で嘔吐させつつ意識を奪っていっているようです。

 

 「まぁ……ステキ♪」

 

 思えば私、こんなことが出来てしまうエリーさんと戦ったのですよね。

 我ながら良く生き延びたものです。

 

 気付けば、もう鈍い音も汚い悲鳴や水音もしなくなっています。

 

 そしてすぐ近くから微かな音がしたと思えば、エリーさんが私のすぐ近くにしゃがみこみ、小声で耳打ちをするのです。

 

 「私がやったってこと、黙ってて。あと、ライカンスロープの人達が目を覚ます前に、首から下を埋めておいて」

 「あ……あ、はい」

 

 呆気にとられつつお返事をすれば、エリーさんの姿はまた消えてしまいました。

 残されたのは、ほぼ数の減っていないウィンターピットの同族たちと、岩のドームの中に隠れたウィンターピットの人間さんたちと、吐しゃ物の上に倒れ込むライカンスロープ達。

 そして、何かよくわからない熱い思いでどうにかなってしまいそうな、私が居ます。

 

 療養のために訪れた場所で起こっていた、他国がらみの大きな事件。それは、企てや準備の大きさからは考えられないほどあっさりと、終わったのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヘレーネさんもなんだかんだエリーの事が好きになってきたのかと思いましたが、魅力が少しずつかかっていたのですか(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ 簡単に堕ちるとも思えないヘレーネさんですが、…
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