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半ヴァンパイアの冒険者 外伝  作者: ストーブの上のやかん
北の果てにて
13/18

敗北を啜る

 群れ長が突っ込んでくる。

 軍人式の戦い方をしてくる方のライカンも、群れ長のすぐ後ろからこちらに向かってくる。

 私は力が入らなくなってきた足で、飛び掛かってこようとする群れ長から、避けようとした。

 

 視界の端に、灰色のペンタグラムが映る。

 呪文が聞こえる。

 魔術師のライカンスロープが、また呪いをかけた。

 それがわかった瞬間、食道を熱い何かがせりあがって来る感覚に襲われる。

 

 「オ゛、んエ゛エ゛エ゛ゥ」

 

 口から血が勢いよく吹き出す。

 何度も吐血の呪いを受けたせいで、鼻の中まで血がべっとりなのに、追い打ちの吐血。

 下唇から顎全部が、もう真っ赤だ。

 

 血を吐きながらでも避けないといけないのに、足から力が抜けて、震えて、動かない。

 下を向いて、崩れ落ちないように耐えるので精一杯。

 

 「ハァ゛ー、ヒュー」

  

 地面に落ちた血がかすかに湯気を発しているのを、一瞬ボーっと見てしまった。

 

 「ぁ」

 「っガァウ!」

 

 顔を上げれば、群れ長の獣じみた顔が、目の前にあって。

 

 「カフッ」

 

 肩と胸に強い衝撃を受けて、群青の毛並みに埋もれながら、力の入らない体が飛ばされる。

 群れ長のタックルをモロに受けちゃった。

 頭の中でそう理解しながら、衝撃と疲労でなされるがままに体を引かれる。

 

 視界がグルリと回って、空が映る。

 その一瞬あと、全身の背面を強かに地面に叩きつけられる。

 

 呼吸が止まる。

 視界が回る。

 衝撃が体を突き破るようにして内部を揺らされて、その後に酷い痛みが襲ってくる。

 息ができたなら、悲鳴をあげたと思う。

 悲鳴をあげて、身もだえて、痛みを少しでも和らげられたらよかったのに。

 

 動かない体のせいで、一切逃がすことのできない痛みを味わった。

 

 あぁ、負けちゃった。

 もう戦えない。

 起き上がれない。

 

 わかってたけど、悔しい。

 

 三対一になった時点でこうなることはわかってたけど、いざ負けてみると、思った以上にツライ。

 ツラくて、愉しみ。

  

 だって、負けを認めたからって、終わりじゃないんだもん。

 

 「……ぁ、ぐ」

 

 戦いは終わった。

 予定通りと言うか、当然にと言うか、決着は私の敗北。

 守ってくれる人も、助けてくれる人も、居ない。

 私の生殺与奪と、この後の扱いは、勝者であるライカンスロープ三人のものになっちゃった。

 自分の命すら殺し合った相手に握られるなんて、すごい屈辱だよ。

 全身が疲労とダメージで冷え切ってるのに、心臓がドキドキして、頭の中が湯だつように熱い。

 

 普通の人がこんな状況に陥ったら、どうするかな。

 

 必死に逃げようとしたり、命乞いしたり?

 潔い人なら、殺せ、とか言うのかな。

 

 あぁ、どうしよう。

 どんな態度を取ればいいかな。

 どんな行動をすれば、一番……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワービーストのライカンスロープ三人が見下ろす中、エリーは虚ろな目をクルクルと回し、群れ長の顔を見つけた。

 

 「ひ、ぃ」

 

 キンキンと響くような高い声色は震え、血と泥にまみれた顔を、さらに涙で汚す。

 グシャリと足で地面を擦ってうつ伏せになると、膝と両手で地面を掻くようにして這った。

 

 「ヤ、ひにたくなひ」

 

 ザリザリと地面を掻いて進む姿は、最初に群れ長と戦っていた時の芯の張った性格とは別人のように情けない。

 

 「ヤラ」

 

 無様な自身の姿を自覚しつつも、エリーは情けない逃避行動を辞められない。

 

 そして魔術師のライカンスロープが呪文を唱えれば、それだけでエリーの逃亡は止まってしまう。

 

 「あっヤダ。も、吐きたくない、や、あ」

 

 エリーの喉の奥底で、コポ、と音が鳴れば、それ以上言葉は吐き出せない。

 張って逃げようとする体は背中を丸め、コテンと横倒しになって、ブルルと震えた。

 

 「ンブ、グェエエ、ケホ、カハ……ア゛」

 

 吐血が一段落したところで、エリーの目と耳は魔術のライカンスロープへと向けられる。

 エリーの目は未だに灰色のペンタグラムを展開する姿を捉え、耳はもう一度唱えられる呪文を捕まえた。

 

 「ヤェて 今、吐いだばっか、なのにぃ」

 

 他二人は特に何かすることも無く、エリーがまた血を吐きだすのを見守るつもりのようだ。

  

 「ゲエエェェ、ウ、ェェェエ゛エ゛エ゛っ。は、は、は」

 

 年頃の女が出してよい声ではなかった。

 這って逃げる余裕すらなくなり、荒い呼吸を繰り返し始めたエリーに、さらにもう一度吐血の呪いが欠けられた。

 

 「も、ヤメ、ウブ、ぇ、おねが」

  

 自分が吐いた血だまりに頬を浸しながらそう言うも、遅い。

 すでに呪いはかかっている。

 

 「う、カ、ァァァハ、ぁ」


 肺の中のわずかな空気が、少量の血液と共に吐き出される。

 無理な嘔吐反射の連続と瞬間的な血液の消費で、エリーの意識が混濁し始める。

 このままではまずいという焦燥感が募り、しかし這って逃げることすら難しい。 

 ピクリピクリと痙攣し、必死に呼吸することが精々だ。

 

 そんなエリーを見下ろし、魔術師のライカンスロープはようやく呪文を唱えるのをやめる。

 

 「血抜きはこんなものか」

 

 満身創痍のエリーはその言葉の意味を理解した。

 混濁した意識がサァーっと凍り付き、積もり積もった焦燥感は危機感と恐怖に変わる。

 

 「ハ、ぐ、う」

  

 横向きに倒れる体を必死にうつ伏せに戻して、両の膝と手で地面を引っ掻いた。

 ジタバタと這いつくばって逃げようとするエリーに、ライカンスロープ達は、今度こそ襲い掛かった。

 

 「あ」

 

 左足の足首をつかまれた瞬間、エリーの背筋を恐怖が突き上げ、一瞬動きを止めさせる。

 見開かれた瞳には、夜の不気味な空と、取り籠のように根を広げるライカンハウスの根が映った。

 

 「や、ぁ」

 

 掴まれた左足が大きく回り、クルリと仰向けにされる。

 両足の間にしゃがみこむ群れ長が見える。

 

 「あ、あ」

 

 群れ長は掴んだ左足を見下ろすように佇むが、それは一瞬のこと。

 ガパリと頬の無いケダモノの口を大きく広げ、ガブリ、とエリーの左足の太ももに噛みついた。

 長い牙が深く、短い牙が抉るように、ズボンの生地ごとエリーの太ももに突き刺さる。

 皮膚をたやすく貫き、筋繊維をブチブチと千切りながら、牙が根元まで挿入され、太ももの肉を裁断しながら噛み合わさっていく。

 

 「痛い! 痛い! 痛いぃぃい!」

 

 エリーは自分が満身創痍であることを忘れたかのように叫び出し、自由な右足で群れ長を蹴りつける。

 ゲッシゲッシと群れ長のわき腹や肩を蹴るが、群れ長は煩わし気にうなるばかりで、むしろ太腿を嚙む力をます。

 

 「痛い痛い痛い痛い! 放してよ! 放してえええ! 」

 

 思い切り群れ長の横っ面を蹴れば、群れ長は無言の唸りと共にエリーの太ももから口を離し、転がるように遠ざかる。

 しかしそれは、激痛を伴なった。

 群れ長の噛みつきから解放されたのではなく、噛み千切られたのだ。

 

 「イヤあああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛っ」

 

 エリーの左の太ももには痛々しい噛み痕と、食いちぎられて抉れた肉が見えた。

 

 体を伝っった食いちぎられる音と、傷口の燃えるような熱さと、気絶しそうな激感が、エリーの意識を滅多打ちにする。

 

 間欠泉のように血を吹き出す太ももと、その奥でエリーを捕食者のように見る群れ長を見たエリーは、酷く荒い息と共に、一もにもなく逃げ出した。

 仰向けのままわずかに後退し、そしてもう一体のライカンスロープが、エリーの手首を捕まえた。

 

 エリーの見上げる先で、大きく開かれた口と捕まえられたエリーの右手が、近づいていく。

 上あごと下あごが咬合すれば、エリーの右手の人差し指から小指までが、ライカンスロープの口に含まれた。 

 筋の硬い肉を何とか噛み切ろうとするように、掴んだ右手首を口から遠ざけるように引っ張られる。

 

 食いちぎられる、とエリーが思った瞬間その通りになった。

 

 「ヒ、ギイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ」

 

 ブチブチブチブチ、と四回。指の付け根の骨と筋と皮膚が千切れる、鈍くも生々しい音が鳴り、エリーの右手から親指以外の指が一度に千切れる。

 

 「イダイ! ヤベデ! イタイ痛い痛い痛い痛い! 死ぬ! ひんじゃう! イダイィッ」

 

 エリーは生きたまま食べられるという初めて味わう狂気に、半狂乱になって暴れまわる。

 ビクンビクンと体を跳ね上げ、自由な右足と左腕を振り回す。

 だが右手も左足も捕まったままだ。

 狂獣たちは止まらない。

 

 再び群れ長が、先ほど噛み千切った傷口を選んで噛みつく。

 右手の親指とその付け根を丸ごと口に含み、奥歯を使って噛み千切りにかかる。

 

 「ヤダ! 痛いぃっ 食べないで! 痛いから! 痛いの! や、ア゛ア゛ア゛ア゛っ」

 

 またひと口、エリーの太ももが食いちぎられる。

 ライカンスロープの口元と、エリーの足と、その周辺を血液でビチャビチャに汚しながら。 

 エリーの右手の親指が、付け根の肉ごと咀嚼される。

 グッチャグッチャと咀嚼するたび、涎と血の混じった雫が、エリーの血だまりに落ちて混ざる。

 エリーは元気に泣き叫んで、意味もなく暴れて、痛い痛いと訴える。

 

 仲間二人の食事を眺めていた魔術師のライカンスロープは、ふと疑問を口に出す。

 

 「血抜きが足りなかったか?」

 

 十分弱らせたと思ったが、エリーが予想以上に抵抗して泣き叫んでいる。

 魔術師のライカンスロープは二人の食事に割って入り、エリーの横腹に蹴りを入れてうつ伏せに返す。

 そしてエリーの髪を掴み上げた。

 

 「ひ、だ、ぃ」

 

 左手と指の無い右手で頭を押さえ、せめてもの抵抗をするエリーに、魔術師のライカンスロープはまたも吐血の呪いをかける。

 

 「ヤダ、ヤダ……ん、ブェ」

 

 思い切り背中を反らされたまま吐血を強要される。

 腹筋に力を入れられず、食道を登ろうとする血液を、うまく押し出せない。

 

 「ガエェァ、んん、べ、ぇ、グブ」

 

 エリーの口から溢れた血が、下唇の上を伝って顎の表面を流れ落ち、顎の先からボタボタと滴った。

 ダラダラと垂れ流すような吐血が長々と続く。 

 食道の中を血液が昇っては降りを繰り返す。

 エリーは目を白黒させ、必死に吐き出そうとえずく。

 口元まで上がってから降った血液が気管に紛れ込み、反射的に咳込もうとするが、腹筋が痙攣するばかりで咳が出せない。

 

 エリーの喉から、ガブ、ゴポ、と咳とも嘔吐とも取れないような音が漏れ続け、窒息しながら、肉体の反射に身もだえる。

 

 「これで少しはおとなしくなるか?」

 

 魔術師のライカンスロープは、最後とばかりにエリーの背中を思い切り踏みつけ、グシャリと肋骨を踏みつぶしながら、のけぞらせた姿勢を無理やりうつ伏せに倒れ込ませる。

  

 一瞬だけ勢いよく口から血を吐きだしたエリーは、潰れた蛙のような姿勢のまま白目を剥いた。

 

 ジョロジョロと失禁し、エリーの体が完全に弛緩したのを見た魔術師のライカンスロープは、満足気に仲間二人を振り返る。

 

 「よし、食っていいぞ」

 

 エリーはピクリと一度だけ痙攣したが、それ以上の反応は出来なかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 ぶちぶちぶちぶち。ぐっちゃぐっちゃ。

 

 そんな音が聞こえてくる。

 荒い息づかいと、ピチャピチャと言う水音もする。

 

 食べられてる。

 

 ぼやけた視界で周りを見ると、頭がおかしくなりそうな光景が映った。

 

 右腕の肘から先が無い。

 

 私の右横に座り込むライカンスロープが、美味しそうに私の無くなった右肘のあたりをしゃぶってる。

 骨まで歯でガリガリ削って、折って、細かくしたのを嚙み砕いてる。

 私の腕、食べられちゃった。

 

 左足無い。

 

 ちょっと遠くに、左の足首から先が転がってる。 

 脹脛と太腿は、どこを見ても無い。

 ペロリと食べられちゃったらしい。

 今は群れ長が、私の鼠径部に噛みついてる。

 ジュルジュルと血を啜って、やすりみたいにざらついた舌で、足の付け根の断面を舐めあげてる。

 

 舌で肉を削り取って、血と一緒に食べてるらしい。

 

 ……もう一人は?

 

 見当たらない。

 

 気付かないうちにどこかに行ったのかな。

  

 

 

 

 

 

 

 ……こんなの、正気じゃいられないよ。

 

 獣三人で寄ってたかって、私みたいな女を襲って、食い散らかすなんて、酷すぎる。

 ヒトのやっていい事じゃない。

 こんなに痛めつけて、呪いなんて使って何度も血を吐かせて、追い詰めて、嬲って、足腰立たなくなるどころか、まともに動けなくなるまでボロボロにして、それから手足を食べるなんて。

 

 呪いと暴力で体を壊して、痛みと恐怖で心を折って、こんな無様に殺そうとするなんて。

 

 こんなに酷いことされたら

 

 私

 

 堪らなくなっちゃうよ。

 

 気持ちよくなっちゃう。

 

 体の方をこんなにズタズタにされたのは、初めてかもしれない。

 生きたまま体を食べられたのは初めて。

 

 正直指を食いちぎられたあたりから、痛みの後に、頭蓋骨の中身がしびれるような快感を感じてた。

 ブチブチって体が食いちぎられるたびに、視界がチカチカするほど、スゴかった。

 

 でも本気で痛くて怖かった。

 だから余計に興奮した。

 

 何度も痛すぎて気絶しそうになったけど、気絶しちゃったらもったいないから、必死で意識を保ってた。

 

 情け容赦なく貪られるって、こんなにも痛くて怖くて苦しくて、私の被虐趣向を満たしてくれる。

 

 あぁ、ずっとこうして居たいような気もする。

 ずっと食べて欲しい。

 もっと噛み千切って、抉って、削って、もっともっと私の体を、手遅れになるまで虐めて欲しい。

 

 でも、もう潮時。

 

 というか三人のうちの一人がどこかに行っちゃったわけだし、ヘレーネさんはともかくモンドさんやスコットさんや、ウィンターピットの人達が危ないと思う。

 

 だから、負けて良いように甚振られるのを楽しむのは、ここで終わりにしよう。

 

 「アァ……きもち、よかった」

 

 意図せずそう口にしたら、私を貪ってた二体の化け物が、ピタリと動きを止めた。

 

 動物の顔なのに、ものすごく驚いた表情をしたのがわかって、なんだかおかしくなっちゃって。

 

 「クフフ♪」

 

 体を再生させながら、私は笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「エリーの喉から、ガブ、ゴポ、と咳とも王都とも取れないような音が漏れ続け、窒息しながら、肉体の反射に身もだえる。」の王都が誤変換だと思われます(>_<) めちゃくちゃ興奮しました!血抜き…
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