化け物対化け物
ヘレーネさんがスコットさんを連れてどっか行った直後、群れ長が私の前に現れた。
群青色の耳と尻尾と、肘や膝から先が同じ色の体毛に覆われてる。
でもそのほかの部分は人間と変わらない。
「ワービーストが群れ長で間違いないみたいだね」
私がそう言うと、どこか軽薄な顔をした群れ長は、私を見て軽く笑った。
「悪いな。今俺たちがここに居ることがバレると困る。死んでくれ」
「お断り。と言うか、もうバレてるよ」
「そうなのか? あ、そうか。さっき走って逃げてったやつの中にワービースト居たな。なんで居るんだろうと思ってたが、本国から俺たちを追って来たってことか?」
「そうだよ。だからもう諦めて降伏して。何のためにライカンスロープなんて生み出したのか知らないし、私自身は興味ないけど、言うべき人にちゃんと説明して。今のところ、あなたのやっていることに何の意味があるのか誰もわかってない」
私は一応降伏勧告みたいなことを言ってみたけど、群れ長は私の言っていることが聞こえていないみたいだった。
「本国にバレている。となるとどうなる? 俺たちを追手は一人しか見てない。となると秘密裏に俺たちを回収しようとしている? なぜだ? 俺たちが不法入国をしていることが表ざたになると面倒だからだ。もし俺たちの目的や行動が表に出たらどうなる?」
ブツブツと独り言を零すだけで、私の降伏勧告は一つも聞いてくれなかった。
わかってる。このワービーストの人は、見た目がワービーストなだけで、匂いがライカンスロープのように歪んでる。
きっともう真っ当なワービーストじゃないんだ。
体も、心も。
軽く笑っていた顔が、ぱっくりと割れるような狂笑に変わった。
わかってた。
この人は、私と同じ化け物。
「戦争だなぁぁぁぁああああああああ!」
ドッ、と地面を蹴った。
群青の足が地面を駆けて、群青の毛に覆われた指先にある爪が、私の喉めがけて迫って来る。
「獣化しないんだ」
しないのか出来ないのかはわからないけど、体格は私より少し大きいくらい。
重さも私よりちょっと重いくらいじゃないかな。
速さと力は、見た感じ……
「ふっ」
「っ」
私の方が強いと思う。
迫る腕を取ってねじれば、硬いものが折れる音が手を伝う。難なくつかめて、難なくねじれた。
大丈夫。このまま足をもう一本折れば、もうまともに戦えない。
足を狙って蹴ろうとすると、群れ長はビュオッと跳ねて距離を取った。
「ヒャヘヘヘヘヘヘ……ッ!」
距離を取っても、私の方が群れ長より速いから、追いつける。
改めて足を狙って蹴る。
今度は当たった。
「グォ」
太ももの骨を折った。
体勢を崩して倒れ込む群れ長に、追撃の蹴りを叩きこむ。
群れ長はグシャグシャと地面を転がった後、とっさに片手片足で上体を支えて、私を見た。
「グル……人間かと思ったが、違うな。ヴァンパイアでもない」
「どうだろうね」
さっさと気絶させて、ヘレーネさんのところに行こう。
そう思ってさらに距離を詰めようとしたとき、気付いた。
腕の折った部分が筋肉で隆起してる。蹴った太ももが、群青色の毛に覆われてる。
「ヒャハ!」
突っ込んでくる私を迎え撃つように突き出した拳を躱して、さらに踏み込んで懐へ。
きっとその体には何かあるんだろうけど、気にしない。というか相手にしない。
鳩尾……は流石に死んじゃうと思うから、右のわき腹めがけて指尖硬化した貫手を打ち込む。
「オブァアッ、ガ、ハ」
指尖硬化した指が、付け根まで深々と腹に突き刺さった。肺まで貫いた。
「これで、終わり」
「オ゛オ゛オ゛エ゛ア゛ァァ」
突き刺さった状態で止まった腕を、力づくで振り抜いて引き抜く。すると一気に獣臭さと鉄臭さを混ぜたような悪臭がムワリと広がった。族長は仰向けに倒れ込むようにして崩れ落ちて、私の指が刺さっていた部分を両手で押さえ始める。
折ったはずの腕、普通に動いてる。それにさっきまで両足で立ってた。
となると、再生系のスキルを持ってるってことかな。
「お゛ご……殺さ、ないのか」
「殺さないけど、放置もしないよ。その傷も治るんでしょ?」
私自身も体の傷が再生するから、そう言う相手の殺す以外の対処法は知ってる。
ナイフをたくさん持っているなら、関節に刺して完全に再生できなくする。
より強い力で押さえつけて、増援を待つ。
今はどれも出来そうにないから、もう一つの対処法を使う。
それは気絶させておくこと。
気絶させるだけじゃなくて、気絶させている間に何かの手段で拘束することが必要。
ここに向かう少し前、野党が出るから退治してほしいって言う依頼があった。あの時は相手の人数が多かったから、捕縛用のひもが足りなかった。
その時の私は、野党が持ってたシャベルを使って、野党の全員を首から下まで地面に埋めて拘束した。
多分族長も埋めれば拘束できると思う。思った以上に地面に埋まると動けないからね。
ちなみに私も体験済み。
特に用事も無いけどなんとなく顔を見たくなって、ジャイコブやチェルシーやギンのところに遊びに行ったら、チェルシーに埋められた。
さらし首にでもなった気分で抜け出そうとしたけど、しっかり埋められると全然動けないことがわかった。チェルシーが飽きて部屋に戻って、そのあとジャイコブとギンが助けてくれるまで、ずっと晒し首だった。夜だったんだけど、騎士団の人の何人かにものすごくびっくりされて、その度に事情を説明して、恥ずかしかった。
酷い体験だったよ全く。
「そう言うわけだから、気絶させるね」
「どういう、わけだよ!」
私が近づこうと踏み出した瞬間、群れ長は私から逃れるように跳ぶ。でもそれは予想してた。
足が再生してたのも見えてたからね。
「逃がさない」
一瞬離れた距離を、一瞬で詰める。
狙うのは眼前の群れ長の首。
折らない斬らないねじらない。打って揺らして、脳震盪を狙う。
「オッラァ!」
先ほどよりも早くて鋭い爪が迫るから、左手でいなす。
右手は拳を握って、族長の首へと打ち込む。
ぎりぎり避けられた。
もう一方の腕が私の胸ぐらを掴んできた。
その手首を握って潰す。そして引っ張って、今度は顎を狙って右手をふるう。
「ぐっ」
引っ張った勢いを利用して頭突きが来たから、とっさに右手で顔を庇う。
失敗。頭突きくらい貰って、その隙に気絶させればよかった。とっさに動いたせいで手首を掴んでた左手が緩んで、振りほどかれた。
改めて私から逃げようとするから、私も改めて追う。距離は絶対に離さない。
「クソっ早いな!」
「逃がさないって言ったからね」
群れ長の手首はもう再生を終えたみたいで、最初よりも太く、手首を覆う群青の毛が長い気がする。
その手がまた私を掴もうとするから、群れ長の背後にクルリと回る。
後頭部に打撃して大丈夫かな。死んじゃったり、頭がパーになったりしたら困る。脳震盪か絞首で意識を奪いたい。
絞めようか。
軽く飛んで、両足を大きく開いて胴体をギュッと挟み込んで、右手を群れ長の首へ回す。胸と上腕と前腕で三角を作って、その三角で族長の首を締め上げる。左腕は右手首を固定して、
「エ゛ッ」
ギュっと締め上げる。
群れ長が変な声を上げて、苦しそうに舌を口から飛び出させて、両手で私の右腕を握りしめる。
ちょっと痛い。
「抜け出せないでしょ。諦めて」
顎の骨の下と鎖骨の上の内側のくぼみに、しっかりと右腕がはまり込んでる。そもそも群れ長より今の私の方が膂力が強い。
これで終わり。
「グ、ギ」
群れ長の手が私の腕から離れる。
堕ちたにしては早すぎる。
群れ長の手はそのまま下に行って、族長の腰を締める私の両足の足首を、がっしり掴んだ。
そしてそのまま、足を大きく開かされる。
そう簡単には堕とさせてもらえないらしい。
足が離れた一瞬で族長はまた私の右腕を掴んで、そのままものすごい勢いで、お辞儀でもするように上体を前に倒す。
私は遠心力でそのままくるりと空中で前転して、群れ長の頭は私の腕と胸の間をスルリと抜けてしまった。
胸がもう少しボリューミーなら抜けられなかったかもしれないね。
胸が痛いよ。
あとあれだ。私が軽いせいもある。力とか反射神経は強くなってても、体重は増えない。私はちょっとだけちっちゃくて軽い。別に悪いことじゃないだろうけど、身長高めで胸とお尻は大きくてちょっと重いくらいが私の理想です。
投げられた勢いのままグルグル空中を泳いで、ちょうど進行方向にあった木の幹に両足を着く。
群れ長はやっと上体を起こして、ぶん投げた私をちょうど見つけたみたい。目が合った。
足に力を込めて、重力に体を引かれる前に、幹を蹴る。
足の裏で木の皮がベコっとへこんで、幹が軋んで、次の瞬間には冷たい空気を顔が撫でて、髪の毛を煽って、群れ長の顔がぐんぐん迫って来る。
私は両手を前に突き出して飛び込んだ。
群れ長の両肩を掴んで、もみ合うように地面を転がる。
いやに冷たい湿った土が舞う。
私と群れ長の上下が何度も入れ替わる。
勢いが収まれば、私が上だ。
でも群れ長がムンと力めて地面を蹴れば、今度は私の上に族長が乗る。
マウントを取られた。
わかってた。私は軽いから、地面に踏ん張った状態でいないと、簡単に振り回されるし投げられる。
シィッと歯の隙間から息が漏れる音がして、次の瞬間には私の眼球狙いの一本貫手が目の前にあった。
「フゥッ」
思い切り体を横に捻って、背中を反らす。
ちょうど私の頭の在った位置に群れ長の指が突きこまれ、冷たい地面に刺さる。それを見ながら、群れ長の腕に自分の腕を絡め、肘を逆方向へコキャリと折る。
「マタか! ポキポキ折りヤガて」
群れ長を文句を言いながらまた離れようと立ち上がる。
だけど私は文句なんか言うほど、文句に一々答えるほど、時間に余裕があるわけじゃない。
いつまでもここで戦ってたら、モンドさんやスコットさんにヘレーネさんが何かしかねないからね。早々に終わらせて合流したい。
私は地面を這うように姿勢をかがめたまま、蛇のように群れ長の足元をうねり、今折ったのとは反対の腕に絡みついた。
「クッソ」
とっさに蹴ろうとした足を避けるのは簡単だった。
ポキリと、残った腕も折る。
これでもう両手はしばらく使えない。
でも絞め堕とすまでには再生しちゃう。
なら、やっぱり頭を揺らすしかない。
気付けば群れ長の体が膨れ上がってるのがわかった。肩幅も手足の形も、いつの間にかライカンスロープのように変化してる。顔なんて、いつの間にか口と鼻が前に突出しかけてた。群青色の体毛も、最初は生えてなかった部分を覆い始めてる。
でも関係ない。
これから本気になって、全力を出そうとしてるのかもしれないけど、それに付き合ったって良いことない。
サッと群れ長から一度離れ、死角に入り込む。
そしてジャンプする。
「どこダ!」
上だよ。
言わないけど。
狙うは首の付け根。
横方向から、首の骨をしならせるイメージで、叩く。
折ったり切ったりして殺してしまわないように、でもちゃんと意識を狩り獲れるように、加減して。
しっかり空中で体制とポジションを整えて
これで終わらせると心で決めて
「ヤァッ」
豹拳を振り抜いた。