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半ヴァンパイアの冒険者 外伝  作者: ストーブの上のやかん
北の果てにて
1/18

蠱毒姫は楽園に

あらすじをご覧にならずに来られた方へ。

当小説は、半ヴァンパイアの冒険者と言う作品の外伝です。もしよろしければ、本編の方からお読みいただけますと幸いです。

本編URL https://ncode.syosetu.com/n8779fj/

 クレイド王国の北と言えば、トレヴァー領でしょう。王都の北に位置するこの領の西にはスパイン領があったりしますが、北の領地と言えばやはりトレヴァー領です。しかし、北の果てはトレヴァー領ではありません。 

 トレヴァー領からさらに北に行けば、オリンタス山脈から分岐したヘリンタスと言う山が横たわっていて、そこが実質的なクレイド王国の北の国境です。これは200年前から変わっていませんわね。

 

 「ふぅ……いくらなんでも寒いです」

 

 (わたくし)が居るのはそのヘリンタス山をさらに北ヘ向い、山の北側の麓のところ。ヴァンパイアであり人間よりも体温がいくらか低いにもかかわらず、私の吐いた息すら真っ白になって視界を遮ってしまいます。

 ですが寒いのはここまで。

 山から離れれば、クレイド王国から随分と北に位置するはずのこの盆地は、生き物が十分生息できる程度の気温に保たれているのです。

 ……寒いのに変わりはありませんか。

  

 エリーさんに殺されかけ、エリーさんの記憶が失われているおかげで見逃され、ジェイドさんの憑依した旧都の兵士さんの血を吸ってギリギリ生き延びた私は、色々とあってこの北の果ての盆地、ウィンターピットへと落ち延びたのです。

 

 「ままならないものですわ」

 

 まぁ随分と手ひどくやられてしまいましたからね。活性薬や魔力による肉体強化の反動と、疲労と、夜明けとともに差し込んできた日光。あらゆる状況が私を死へと誘おうとしていました。

 しかしまぁエリーさんの詰めが甘いおかげで命拾いしてしまった私は、そのまま死ぬ気にもなれなかったのでしょう。壊れかけの拠点へ戻り服を着て、シトリン入りの香水吹き(アトマイザー)だけを手に取って、私を仕留めんと迫る旧都の兵士さんたちからなんとか逃げおおせました。

 

 「ふふ、まだ本調子とはいきませんか」

 

 旧都を出てからも追手が常に付きまとっていて、休める時はほぼなく、ギリギリの状態で数ヶ月を何とか生き延びた私は、ふとこのウィンターピットのことを思い出したのです。

 

 そこはヴァンパイアの楽園。

 

 オリンタス山のように人間の侵入を拒むヘリンタス山の向こうにあるのは、人とヴァンパイアの共生が根付いた場所。

 

 200年前から続く、私たちヴァンパイアを隣人と親しむ人間と、ヴァンパイアが住む雪の世界です。ここならゆっくりと療養出来ますわ。

 

 ヴァンパイアの強靭な肉体に物を言わせて無理やり山越えを果たした私は、ゆっくりとヘリンタス山から離れ、盆地へと向かいます。

 ウィンターピットについては父からおとぎ話程度に聞いたことしか知りませんが、あの生真面目な父のことですから、本当にあると考えていいでしょう。もしかしたらもう滅んでしまっているかもしれませんけれど。

 

 「お父様からお話を聞いたのは実に200年前のことですから、普通に滅んでいたりしそうですわね。もし滅んでいたら流石に困ってしまうのですけれども」

 

 お小言を漏らしながらザックザックと雪を踏みしめてしばらく進むと、フクロウの鳴き声が響いて来ます。

 そしてなんだか人間のいい香りも。

 気持ちの悪い獣の匂いも。

 

 「滅んでいるわけでは……無さそうですけれど……」

 

 真夜中の雪まみれの世界でも、お月さまとお星さまが輝いていれば十分に見ることが出来ます。ヴァンパイアですからね。それに雪がキラキラと光を反射してくださるおかげで昼間以上によく見えます。

 私の視界にはキラキラ光る地面と、散発的に生える木々と、遠くに人工的な光のようなものがありました。

 

 人はいるようです。同族(ヴァンパイア)も居るのでしょう。しかし、この気持ちの悪い獣の匂いは?

 

 嗅いだことの無い、本当に気持ちの悪い匂いですわ。単純に臭いというより、正常な香りが歪に混ざっているような感じでしょうか。

 

 ですが行って見なくてはならないでしょうね。何せ私はヴァンパイア。人間の血を飲まなければ死んでしまう、哀れでか弱い一人の女なのです。多少の悪臭には目を瞑って、熱く滾る血潮をいただきにまいります。

 

 

 

 

 

 村……というより町、なのでしょうね、ここは。

 私がたどり着いたのは夜の雪の町。防寒のためか家屋のどれもが大きい。家が大きいと言うより、壁が分厚いのでしょう。どの家屋にも大きな煙突があり、黒い煙を昇らせています。窓ガラスは小さな物ばかりで、大きな窓は見当たらず、雨戸が閉まっていて中をうかがい知ることは出来ません。

 村ではなく町だと思わせるのは、雪かきをされて整備されている道の幅と、少し先に見える何か大きな建物です。それにこの時間に窓の隙間から灯りが漏れている村は滅多にありません。

 

 「人間も思ったよりたくさんいるようですね。獣臭さに混じっていますが、想像以上の数がここに住んでいるようですわ」

 

 ヴァンパイアと共生など今の時代では考えられないことですから、どうせもっと少ないと思っていました。父が楽園と称するだけはあるようです。

 

 そして、私の存在に気付いた方が居られるようです。近くの家の雨戸が開き、窓が開き、モコモコとした黒いコートを着た女性が私を見つけ、驚いたような声を出されたのです。

 

 「隣人様……こんなところで何をなさっているんですか!? すぐにこちらへ。危険なことをしないでください!」 

 「え、えぇ。お招きありがとうございますわ」

 「そんなのいいですから早く!」

 

 正直に言いましょう。私は驚きました。

 ずいぶん久しぶりに”隣人”と呼ばれたことにではありません。人間の娘が、この赤い瞳と赤紫の髪を見たうえで、こんなに強気に声をかけて来ることが、私自身の思っていた以上に新鮮で、意外だったのです。

 私は娘に招かれるままその家の玄関に立つと、ギィと玄関扉が開き、先ほどの娘が私の手を取っていきなり中へ連れ込みます。

 

 おかしいですわね。普段は私が攫う側ですのに。

 

 「お邪魔いたします」

 「大丈夫ですか? お怪我は? ああ、こんなにお洋服が……」

 

 手を引かれるままついて行くと、リビングと思しき場所に通されました。大きな暖炉と積み上げられた薪と、絨毯にソファに、暖炉の火の上の網の上には白い磁器のピッチャー。ピッチャーの中身は葡萄酒のようですわね。いい香りです。

 

 ふと視線を感じて部屋を見回すのを止めると、娘が私の方を軽く睨んでいました。両手を腰に当て、怒っていると体で表しています。

 

 「聞いていますか、隣人様」

 「すいません。聞いていませんでした」 

 「そんなボロボロになるまで外を歩き回るなんて、何を考えているのですか? 奴らに襲われたのでしょう? 場所と時間と、同伴者が居られたのならお話しください、と」

 「なるほど」

 

 どうこたえるべきか考える時間はありませんでした。

 

 「と言ったのですが、どうやら隣人様はウィンターピットへ着いたばかり、なのでしょう?」

 「その通りですわ。よくわかりましたわね」

 「よく見ればわかります。その服、ドレスでしょう? この極寒の地で、そんな薄手の服で出歩く者は人間にも隣人様方にも居ません。なにより、私は隣人様を見たことが無い」

 「はい。私は今日来たばかりのヴァンパイアです。クレイド王国の中に居ると危険なので、落ち延びてきました。少しの間ここに住んでも構いませんでしょうか?」

 「ダメです」

 「なぜでしょう?」

 「今ここは隣人様方にとって安全ではなく、むしろとても危険だからです」

 「なるほど。では仕方ありません」

 

 私はここへ療養するために来たのです。それを断られてしまっては困ります。なので、断らせないことにします。

 ところが懐のアトマイザーに手をかけたと同時、娘は着ていたコートのボタンの一番上を外しました。

 

 「とてもお疲れのようなので、とりあえず、私の血で良ければどうぞ」

 「……」

 

 ゴクリ、と喉が鳴ったことは認めます。

 

 「警戒しなくても大丈夫です。ここはそう言う町ですから。隣人様方に守ってもらう代わり、生き血を飲んでもらう。それはこの町の住人にとって、当たり前なんです」

 

 娘はそう言って、慣れた様子で私に近づいてきました。コートの襟から覗く首筋には、古い物から新し目のものまで、いくつもの吸血痕が残っていました。彼女の言葉に嘘は無いのかもしれませんね。

 

 「それでは、お言葉に甘えて」

 「どうぞ」 

 

 私、実はそれなりに空腹でした。ヘリンタス山にたどり着く少し前から、登り切って降りてこの町にたどり着くまでの数日間、一滴も口にしていませんでしたから。

 

 娘の首に牙を突き立てながら、思うのです。

 

 無理やりでも、シトリンで従わせているわけでもない相手から吸血するのは、おそらく200年ぶりになるのでしょう。

 

 「ふぅ……」

 

 息を吸い込むだけで、震えることも痛そうな声を出すことも無い娘。

 

 なんだか、違和感がありますね。これでは血を吸っているのではなく、吸わせてもらっているという感じがしてしまいます。楽しくありません。ですが血の味は折り紙付きということでしょうか。空腹と言うスパイスのせいでしょうか。うっとりするほど美味しいのです。

 

 満足するまで血を吸うと、娘はぐったりとしながらも自分の足で立ち、ソファーへフラフラと近づいて腰を下ろしました。

 暖炉から漏れる灯りが彼女の横顔を照らしだしましたが、そこに嫌悪感や痛みは見られません。

 

 「私はニコラ。隣人様のお名前は何というんですか?」

 

 私は悩むことなく答えました。

 

 「レーネと申します」

 

 本名を名乗ったと想定してみたところ、リスクはあってもメリットが見当たりません。名乗り慣れた偽名、レーネを騙る方が良さそうですわね。それより、吸血によって思考がクリアになっていくのがわかります。

 

 「ニコラさん。このウィンターピットで、一体何が起こっているのでしょうか。私はここでしばし療養をしたいと考えているので、問題が起きているのなら、協力できることがあるかもしれません」

 「……そうですね。私としてもお話したいと思っていました。ぜひ聞いてください」

 

 シトリンを使って隷属させ、すべてを聞き出す方が手っ取り早いというのはわかっています。シトリンを使わないのは、補充が難しいからに他なりません。

 それに、隷属させなくてもこのニコラさんは、嘘は言わないのでしょう。郷に入っては郷に従え。この町はヴァンパイアに優しいと言うなら、甘える方が楽なはずですからね。

ヘレーネのその後のお話

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