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自由な僕らの小説 エメラルドは嫌う

作者: Emerald

面白味も何もない何の変哲もないただの日常の話だからね。それでもいいなら読んで、考えてほしい。

 小説を読むことに意味を見出すとしたら何だろう。

 暇つぶしか、娯楽か、或いは、登場人物に自分の理想を重ねてか。やはり売れる小説には魅力があるわけで、土に埋もれる小説というのはそういうものがない。

 もしこの土に埋もれた小説に目をとめて読もうとしてる読者がいたら、きっと僕はこう言うだろう。

「そこの君。君は自分のことが好きかい?」


 僕は外見上平凡で、性格は酷い有様。これと言って取り柄などなく、周囲の人からは変人と言われ続けている。集団行動を嫌い、人の感情を全く無視した言動を平気で取るような(エメラルド)だが、高校時代にはそこら辺に転がっている青春とやらを謳歌した身でもある。

 恐らくは今までで、これから先も他人をこれ以上好きになることはないだろうと思えるほどの大恋愛をしたことがある。彼女の名を何と呼ぼうか。

 [ルナ]と、そう呼ぼう。

 これはどこにでもあるような日常の話だ。


 僕と彼女が出会ったのは中学3年の夏、高校の体験入学の部活体験だった。その時からもしかすると僕は彼女に興味を持っていたのかもしれない。

 「僕ら」は同じ高校に入って、そうして知り合いになっていく。

 僕は彼女と同じ部活に入ったものの、途中で退部し、アルトと同じソフトテニス部に入部した。実際、これで本来なら僕とルナの関係は終わるはずなのだ。

 僕は朝早く起きて学校に行き、そこで本を読むことが日課だった。特にラノベが好きで机の中には教科書と同じくらいのラノベが詰まっていた。

 彼女は朝早くから部活があるため僕より少し遅れて、しかし同じフロアには僕以外誰も居ない時間に学校へやってくる。彼女は僕のいる4組ではなく隣の5組にいたが、誰も居ないこの時間だけよく4組に来ていた。

 他愛もない話をして、そして部活へ行く。日常の学校生活では一言も交わさない僕らの唯一の繋がりとも思えた。そうしていつの間にか僕も人気のない早朝、彼女に会いに5組へ足を運ぶようになった。


 「花火大会に来ないか?」

 夏休み前、僕は地元の花火大会に彼女を誘った。

 「え、考えとく」

 彼女の家は高校から近かったが、僕はだいぶ遠く、電車で1時間ほどだった。

 ここで断っておこう。この時の僕はまだ彼女のことを好きになっていない。だからこそ今の僕がこの時の僕に言う事があるとすれば「何言ってんだお前キモいぞ」だ。

 もちろん彼女は、というか彼女の両親が承諾するはずもなく僕は地元の友人たちと花火を見に行ったとも。そもそも女子と二人きりで花火大会へ行く度胸などありはしない。当然だよな。僕はどこぞのラノベの主人公じゃない。

 しかし、この辺りからか、僕とルナはお互いの距離感を意識しなくなった。


 「エメラルド、後ろ向いて?」

 「唐突だね?」

 「いいから。」

 別に拒む理由もない。素直に後ろを向いた。そんな僕の背中にむにゅっと、けれどもしっかり芯のあるものがぶつかってきて、そいつは細くて白い腕を必死に回してきた。

 「へへ。」

 きっと若干照れてるだろう彼女の背中に僕も腕を回した。

 「はいはい。」

 「エメラルド腕長いんだね。」

 「そうだね。」

 こんなことしてる僕たちの関係ってなんだろう?残念なことに僕にはそれに答えるだけの知識はない。だが、少なくとも僕は彼女の気持ちなどどうでもよかった。不思議とこうしてくっついていることに安心を覚え、いつまでもこうしていたいと思うほどには好きになっていた。

 僕はふと思うのだ。僕たちは高校生で、それならば好きな人がいたとしておかしくない、と。なるほど、僕は間違いなくルナが好きだ。今までの幼稚な恋愛ではなく、本気で彼女を好きになったと言って過言ではない。それはすなわち今までのLIKEからLOVEに移ったわけだ。好きという言葉では生温い。愛してるという表現がそれに近いだろう。

 では、ルナはどうなんだろうか。彼女に好きな人はいるんだろうか。

 僕は実家ではなく祖父母の家で生活していたこともあり、一人で考える時間はたっぷりあった。僕は普段教室で過ごす彼女を知らない。部活で汗を流す彼女を知らない。知っているのは朝の彼女だけだ。

 だから僕はルナにLINEで聞いてみた。

エメラルド:ルナって好きな人いるん?

  ルナ :いるよ?

  ルナ :なんで?

エメラルド:いや気になったから

  ルナ :エメラルドは?

 どうだろう。ここで君が好きと言って、それは、僕たちの仲にひびが入るのではないか?

 僕は書きかけのその言葉を飲み込んだ。

 恐れだ。他人にどう思われようと知らぬ存ぜぬを貫いていた僕が、ルナにだけは嫌われたくないと思った。当然のことだろう?好きな相手に嫌われること以上に精神にくるダメージはないだろう?

エメラルド:いる

  ルナ :誰?

エメラルド:君が教えてくれたら教えてあげるよ

 少しの時間が流れた。きっと僕も同じ返しが来たら迷うだろう。僕はそれでも本当のことは言わないだろう。だってそれは妥協でしかないからだ。僕にとってこの感情は捨てがたいもので、例えルナの好きな人が僕じゃないと分かったとしても切り替えることができる程軽いものではない。それは乙女のルナの方が顕著だろう。

  ルナ :エメラルド

 そう来た時、なるほどなと思った。つまり彼女は好きを友人としてとして僕を言ったのだ。嘘は言ってない。ならば僕も真実を言おうじゃないか。

エメラルド:じゃあルナで

 これであいこだろう?決して嘘じゃない。僕は君のことを友人としても好きなのだから。


 そんな風に僕らは変わらない関係のまま冬休みまで平日は毎日言葉を交わし、制服越しに互いのぬくもりを感じた。けれど、僕もそろそろ決着をつけようと思うのだ。

 冬はいい季節だ。空気が澄み、夜空が綺麗に映える。全身を突くような寒さで頭も冴える。一年で最も考え事には向く季節だ。

 ルナに好きな人がいる以上、僕との触れ合いは障壁でしかない。色々と僕らのうわさも流れだした。高校生なんてそんなものだ。誰が誰と付き合ったとか、誰と誰が分かれたとか。色恋沙汰が大好きで仕方ない連中が多い。だとしたら、ルナの恋にとって僕との噂は少なくともいい方向に転ばないだろう。

 除夜の鐘が鳴り終わった頃、僕は実家で炬燵に潜りながらルナに真っ先に連絡した。

エメラルド:新年明けましておめでとうございます

  ルナ :おめでとうございます

エメラルド:今年もよろしくと言いたいんだけどさ

  ルナ :今年もよろしくお願いします

エメラルド:朝会うのやめないか?

  ルナ :え?

  ルナ :え?

  ルナ :どうして?

エメラルド:ルナの好きな人にいい印象無いでしょ?ほかの男子と仲良くしてるのって

  ルナ :ないの?

エメラルド:それから

 もうルナと会うことはないだろう。僕もそれだけの覚悟は出来た。覚悟が決まるまでに3か月も要した。

エメラルド:ルナのこと好きだからルナの恋愛の邪魔したくない

 今の僕からすれば自意識過剰も甚だしい。恋愛とは自分を歪めてしまうものだ。狂わせてしまうものだ。けれども、やはり一人の青年として重きを置くのも当然だ。

  ルナ :私もエメラルドのこと好きだよ

エメラルド:それは友人としてでしょ?僕のは恋愛感情でだよ

  ルナ :私もだよ!

 「え?」

エメラルド:え?

 僕の頭は思考停止を訴えかけてた。

  ルナ :電話していい?

 訳も分からずとりあえず誰も居ない部屋に慌てて移動し、突然かかってきた電話に応える。

 「エメラルド!私今泣いてるよ!」

 それは突然だった。電話越しにもすすり泣いてるのが分かるその第一声に僕の頭はやはりついていくことができない。こんな笑えることがあるだろうか。ルナの告白はとうの前に終わていたのだから。ルナの好きな相手が他にいると思い込んでいた僕は混乱から出られずにいる。

 「うん」

 「どうして私が怒ってると思う?」

 怒っているのか。彼女は、嬉しいとか悲しいとかじゃなくて。怒りの感情を持って僕と話しているのか。

 「ごめん。分からん。」

 「私の気持ちを勝手に決めつけられたことに怒ってるの!」

 その一言に僕の頭は再び起動した。

 あぁ、そうか。その通りだ。僕は、一番大切にしたいと思っていた彼女を他の誰でもない僕が無下にしていたのだ。彼女の気持ちを確かめもせず、決めつけていたのだ。


 なんて愚かしいのか。なんて最低な奴なのか。


 彼女は僕を好きと言ってくれたが、残念だが僕は僕のことが大嫌いだ。


 自己嫌悪によって置き去りにされた自己愛という名の愛情は余すことなく全てルナへの思いへと転身した。そもそもがあまりなかったが、それでも自分を守るために必要な自己への愛すらも全て彼女への思いへ変わる。

 春休みだっただろうか、僕の面倒を見てくれていた祖父がこの世からいなくなった。

 僕は涙すら出なかった。悲しかったとも。切なかったとも。けれどもそれ以上に虚無感が僕を覆いつくし、あれほどこの世にその名を遺した僕の祖父がこんなにもあっさりと死んでしまうなんて、、、。

 僕の中に空いた穴はあまりにも多く、そう簡単に埋まるものではなかった。もし、ルナが僕の人生から消えてしまうと思うとそれもまた大きな穴が開きそうだった。

 僕とルナの関係は遅々として進んだが、進むにつれて僕のあまりにも重すぎる愛にルナが耐え切れなくなった。僕は彼女のすべてを容認した。例え彼女が僕を拒もうともそれを認めてしまった。

 高3の冬。大学受験の最中、僕と彼女は別れた。

 「僕の事怖い?」

 「怖い。」

 「そっか」

 ただそれだけだった。それ以上は何もかもが無駄だと思った。何を言っても彼女を怖がらせるだけだ。何を言っても何をしても二度と彼女は振り向いてはくれない。そう悟った。

 恐怖という感情ほど人間関係において邪魔なものはない。相手に恐怖を覚えれば二度とその相手を好きになることはない。頭の片隅にしっかりと恐怖は刻み込まれるのだから。

 僕の心には確かに大きな穴が開いた。それは祖父が死んだ時と同じくらい大きくて、何をしてももう埋まることのない穴だと、そう感じた。

 けれど、僕はその時には悲しみも切なさもどこかへ捨ててしまって、涙の一つも流れず、何時ものように電車に乗って祖母の家に帰る。一つ下だろうか、女子高校生が色恋沙汰に花を咲かせていても興味の欠片さえ沸かない。

 僕は僕を諦めた。僕はやはり自分を好きになれない。


 僕は僕が嫌いだ。他の誰よりも、自分自身を諦められる、人の感情を捨てたことさえいつの間にか忘れてしまった。そんな自分に怒りを通り越して憤りを覚える。「本気で笑った」と口先だけで笑った気分になっている自分が嫌いだ。


 だからこそ目の前の君に問う。

 「君は、本当に自分自身が好きかい?本当に自分自身が大嫌いかい?」

 僕は他の誰よりもこの世界の何よりも僕自身が大嫌いだ。


読んでくれてありがとうって言うのと、自分について深く考えてくれれば何を言われても構わないよ。

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