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鈴谷さん、噂話です

スマートスピーカー注文の怪

 私は夜中、寝る時にラジオをかけている。「今時ラジオか」と、思われるかもしれないが、実は特に聞いているという訳ではない。まぁ、子守唄代わりで、それがすっかり習慣化してしまっているだけだ。

 だからかけている番組もかなりマイナーなものだ。聞いた事もないような商品の宣伝を流していて、それが楽しいと言えば楽しいかもしれない。

 一緒に寝るような彼氏もいないので、そのラジオの習慣で特に誰にも迷惑をかけていないと、私はそう思っていたのだけど、ある日、アパートのお隣の綾さんという人から「真夜中に、あなたの部屋から誰かの話声が聞こえて来たわよ、大丈夫?」と心配をされてしまった。

 「あ、すいません。それ、多分、ラジオです。うるさかったですか?」

 そう謝ると「なんだ」と、その人はホッとした表情を浮かべた。

 「ストーカーかなんかだと思って心配しちゃったわよ。あなたの部屋の灯りは消えていたし」

 どうやら苦情ではなく、本当に心配をしていただけのようだ。綾さんはOLで、少し年上なのだけど、面倒見が良くて私は好印象を持っている。

 「アハハハ! ストーカーだったら、むしろ大歓迎ですよ。それくらい愛されてみたい。ま、私にストーキングするようなもの好きは1000%くらいの確率でいないですけどね」

 私はそれにおどけてそう返した。

 もっとも、私にストーキングするような手合いがいないと思っている点だけは本心だったけど。

 ところが、それから少し経って奇妙な事件が起こるようになってしまったのだった。

 

 「――あの、夜中に何か物音とか私の部屋から聞こえて来ませんでしたか?」

 

 そう綾さんに質問してみた。綾さんは少し怪訝そうな顔を浮かべたけど、一瞬の間の後で心配そうにこう尋ねて来た。

 「泥棒でも入ったの?」

 私はそれに首を横に振る。

 「いえ、違うと思います。多分……」

 「多分? どういう事?」

 「何も盗まれてはいないんです。ただ、私、つい最近、スマートスピーカーを買ったのですけど、そのスマートスピーカーが勝手に商品を注文していて……

 しかも、もうこれで三度目くらいなんです」

 注文されていたのは、“ワンワントラブル19”という名前の、オモチャなのか何なのかよく分からない商品で、もちろん、まったく少しも欲しくはない。そもそも、私はそれを知らなかった。注文のしようがない。

 綾さんはそれを聞いて数度頷いた。

 「ああ、その注文した時刻が夜中だったって訳ね」

 「はい。毎度キャンセルしているんで、まぁ、実害は発生していなのですけど、気持ち悪くって」

 それから綾さんは、少し考えるとこう尋ねて来た。

 「ねぇ? 本当に何も盗まれていないの? 気付いていないだけじゃなくて」

 「大丈夫です。盗まれていないどころか、誰かが入った形跡もないですから」

 「なら、やっぱり、ストーカーとか? どこかに隠しマイクを設置するような連中もいるっていうし」

 私はその綾さんの推理に首を傾げる。

 「でもそれ、隠しマイクですよね? 注文をしているのだから逆なんじゃないですか? そもそも、そんなイタズラをする意味が分かりませんし」

 それに、何度も書くが、私は誰かにストーキングされるような魅力的な外見も性格もしていない。

 「じゃ、スマートスピーカーのバグなんじゃないかしら?」

 「そーですかねぇ?」

 謎の業者が、自分達の商品を売る為に、そんな手の込んだ手段を執った……

 なんて事も考えたが、キャンセルできるのだからやっぱり意味がない。ただ、それからもそんな謎の注文事件は起き続けた。しかも、ほぼ毎晩だ。バグの報告もない。

 どうにも気持ち悪くてしかたなかったので、私は寝る前にレコーダーを設置して眠る事にした。

 ところがだ。

 そうしてレコーダーを設置して寝ると、その時はその謎の注文はされていないのだった。

 こーなって来ると事情が違って来る。私がレコーダーを設置しているのに気付いて、イタズラを止めているのだから。バグでもない。意識を持った何者かが、意図的に行っているという事になる。

 しかし、一体、何の為に?

 私は極めて特殊な性癖を持つストーカーの存在を疑った。

 愛されてみたいとは言ったが、流石にそんな特殊な愛され方はちょっと嫌だ。

 そんなある日だった。同じアパートに住む鈴谷さんという女の子が訪ねて来たのだった。彼女はスーツ姿で眼鏡をかけていたりなんかするが、実はまだ大学生だ。

 

 「あの…… 綾さんから聞いたのですけど。スマートスピーカーが勝手に注文する怪現象に悩まされているって」

 

 綾さんから聞いた事がある。その鈴谷さんという女の子は勘が妙に鋭くて、ちょっとした謎を直ぐに解決してしまったりするらしい。多分だから、綾さんは彼女に話をしてくれたのだろう。

 「ええ。実はそうなの」

 私はそう応えると、事情を軽く説明した。レコーダーを設置した時だけ、注文がない。いくら何でも変だ、と。

 それを聞くと鈴谷さんは、少し考えてからこう尋ねて来た。

 「あの、そのレコーダーを設置した時は、ラジオはかけているのですか?」

 「ラジオ? いいえ、レコーダーがラジオの音を拾ってしまったら、イタズラ注文の声が分かり難くなるでしょう? だから我慢して消して寝ているわ」

 それを聞くと、彼女は直ぐにこんな事を言ったのだった。

 「なるほど。なら、その謎の注文は、多分、ラジオが原因だと思います」

 「え? どういう事?」

 「私も確証がある訳ではないんですが、次はレコーダーを設置した時、ラジオをつけたままにしてみてください。それではっきりすると思いますから」

 私はそれを不可解に思った。ただ、一応、その言葉に従ってみる事にしたのだった。

 

 鈴谷さんに言われた通り、ラジオをつけたまレコーダーを設置して寝た次の日の朝、私は早速パソコンの電源を入れてみた。するとなんと勝手に注文が入っているではないか。もちろん、それはいつも通り、あの例の“ワンワントラブル19”とかいうよく分からない商品だった。つまり、同じ症状だ。

 私は注文された時刻辺りでレコーダーを再生してみた。

 すると、鈴谷さんの言った通り、謎は一気に瓦解したのだった。

 

 『“ワンワントラブル19” 注文して!』

 

 それはどうやらラジオの宣伝文句の一つらしかった。

 高らかに、そう訴えている。

 

 つまり、そーいう事だ。

 ラジオの宣伝のメッセージを、注文と勘違いしたスマートスピーカーが、勝手に商品を注文してしまっていたのだ。

 

 「――なんで分かったの?」

 

 それからしばらく経ったある時、偶然、部屋の前を通りかかった鈴谷さんを捕まえると、私はそう質問した。

 「いえ、大したことじゃないんです」と、彼女は応える。

 「ただ、テレビから流れる注文メッセージで、スマートスピーカーが誤発注してしまったってニュースを知っていただけです。それで多分、同じ事が起こっていたのじゃないかな?と思ったんですよ。

 マイナーなラジオ番組の宣伝だったから、多分、他では起こってなくて、騒動になっていないのじゃないですかね?」

 

 何でも、スマートスピーカー絡みでは、他にもインコが注文したとか、突然笑い出したとか、色々事件が起きているらしい。

 「新たな便利さは、新たな不便を産む」とかって言葉を聞いた事があるけれど、本当にそうだと私は思った。


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