9話 夢と始まり
この度、1月26日を持ってこちらの作品を大幅に改稿する事となりました。この話より完全に新作改定となりますので、よろしくお願い致します。以前の内容に関しては、活動報告の方に掲載しております。
夢を見ていた。
木漏れ日の中、楽しく駆け回るこども達が見える。
足には何も履いていない――履く必要が無い。
幹から落ちそうになるが――落ちる事は無い。
……楽しそうな笑い声と、足音が聞こえる。
これ迄、ずっとこうして来た。
子供達とこども達。
皆が仲良く楽しかった。
ずっと続くと思っていた。
主に創造された時からずっと。
その日もいつもと同じだった。
朝日と共に、子供達が伸び伸びとする。
大きく育つために。
こども達は、いつものように飛びながら歩きながらやって来る。
夜は静かに遊んで、昼は元気に遊ぶ。
わたしはそれを見守りながら、恵みを届ける。
集まった命の欠片を今日も分け与える。
しかし、その時だった。
唐突に現れた生き物が、携えた鉄を振るった。
本来、恵みに感謝こそすれ、恐れて牙さえ向けない獣が。
――失う感覚と、戸惑うこども達。
伸ばそうにも届かない。
動かそうにも動かない。
こども達は逃げ、近くに居た子供達は失われた。
しばらくして、その獣達はいなくなった。
その体で運べるだけのわたしを持って……
獣が去った後、周囲に対して与えるエネルギーを増やした。
決して再び獣が近づかない様に。
……しかし、やって来た。
人数が増えていた。
……再び蹂躙された。
今度は、奪われる瞬間にその部分からエネルギーを抜いていた。
――獣は去った。
再び、周囲へエネルギーを渡した。
次こそ、近づけない様に。
……しかし、やって来た。
次は、その手に炎の出る道具を持っていた。
子供達が焼き払われるのを見ている他なかった。
獣が三度目に来て去った後、大精霊の一人――こども達の親に願った。
――子供達に、加護を与えて欲しいと。
願いを聞き入れた火の精霊は、加護を与えてくれた。
しかし――
四度目は、今までで一番悲惨だった。
火で焼かれないと知った子供達を、その獣は奪っていった。
それこそ、根こそぎ奪われた。
獣が帰った後、ほぼ全ての力を周囲に与えた。
今度こそ、来れない筈だった。
森の獣にも、そのエネルギーを分け与えたのだから。
……且つて主と同じ神であった者が、海にその力を落とした。それ以降、海の中の獣は地上と隔絶された力を持つようになったと云う。同じ事を、限定的であれば行う事が出来るのだ。
海のそれからは、数段劣りはするが……それでも、獣程度を弾くには十分だろう。
しばらくの間は平穏があった。
多少、こども達も戻って来た。
もう大丈夫――そう思った。
しかし、再び獣はやって来た。
今度やって来たのは、数えて三つの獣だった。
再び奪われるのかと構えたが、違った。
獣の内一体が近づいて来た。
その獣は、身の丈ほどもある鉄の刃を構えると、嫌な感じのするエネルギーを纏った。
そして――切り裂けた。
いや、切り裂かれた。
失う感覚……欠片を残して失った。
獣たちは、そのまま帰って行った。
五度目は何も持って行かなかったのだ。
しかし、最早欠片となった今、そのまま朽ちるのは分かっていた。
……獣が去った後、主が現れた。
主は泣いていた。
『ごめんなさいね』
と泣いていた。
その涙が一滴落ちた時、力が満ちるのを感じた。
主は言った。
『貴方に与えたのは魂の欠片です。それがある間は大丈夫ですが、失われると世界が崩壊して行きます』
少し悲しかった。
――主が、あの獣の事も気にかけているのが分かって。
主は続けた。
『大丈夫です、守り手は見つけました。精霊達に愛され、生き物――植物もこよなく愛する守り手。その者へ守りを与えている為、暫くは彼方の世界で生きます』
守り手……こども達に愛され、子供達を愛してくれる守り手。
『その方の命果てる時、こちらの世界にお呼びしましょう』
そう言い終えると、主は戻って行った。
その後は待った。
とにかく待った。
待っている間、色々な事を考えた。
子供達の事、こどもの事、この世界の事、命の光の事……そして、獣の事。
獣については、形が違う事と形が違うと種族が違う事が分かった。
獣には、其々性格がある事が分かった。
こども達と同じだなと思った。
そんなある日だった。
主が現れて、言った。
『貴方の分身を下さい』
主に差し出した。
すると、主はその懐から、沢山のこども達を生み出した。
こども達を生み出した主は、わたしの分身にその子達を注いだ。
注ぎ終えると、主は言った。
『時は来ました。貴方にとっても望んでいた時が』
いよいよだと悟った。
――守り手が来る。
主が来てから、日が沈みまた昇った。
そして、日が少し傾いた頃だった。
唐突にそれは起こった。
気が付いたら、居た。
その姿はあの獣に似てはいたが、その在り方は明らかに違った。
感じるのは……そう、引き寄せられるような気配。
近くに居たくなる様な、安らぐような気配だ。
少し経った。
動けないのが残念な程だった。
それに、どうやらその獣――いや、その人は周りに居る"こども達"に気が付いていないようだった。
その人と一緒に現れた者が居た。
直ぐに誰だか分かった。
明らかに変わってはいたが、確かに我が分身にして、主によって生み出された者だった。その気配は、既に大精霊と同等かそれ以上のように感じた。
どうやら、その人に気が付いて欲しいらしく、ずっと近くをうろうろしていた。しかし、人は気が付かずに、ずっと子供達を見て回っていた。
その後、歩き回って子供達を見て回る姿を見ていて、これは主の言う通り"守り手"に相応しいのだろう。と思った。
日が暮れかけた頃、その人はわたしの上に登って来た。
人が触れて来たので、エネルギーを分けてあげると、落ちていたペースが回復した様だった。その者が歩き回るのは、不思議と悪い気がしなかった。
すっかり日が落ちた処で、その人――守り手が座り込んだ。
座り込んだ守り手の隣には、相変わらず一体の精霊がいた。こども達は、その精霊の力が強いのを感じて、守り手に近づくのを遠慮しているみたいだった。
人の子が言った。
「……マナ?」
不思議と、話している事が分かった。
守り手が『マナ』と言うと、隣にいた精霊が飛び跳ねて喜んでいた。
どうやら、その聖霊は"マナ"と言う名前持ちらしかった。
真名の他に名前が有ると云うのは、契約をしているという事に他ならない。
少し手助けをする事にした。
――膜となっていた余計な物を取り除く。
……守り手に付いていたのは、上位存在しか払う事の出来ない膜だった。
マナと言う名の精霊も、もう少しすれば払えるようになるが、今は無理だ。
……この状況、恐らく主がわたしが気に入るか試したのだろう。
守り手が精霊マナを呼び、それにマナが答える。
すると、ようやく気が付いた守り手が、マナに抱き着いた。
その後、会話をしていた二人を見ていたが、主の気配があって直ぐに二人の姿が消えた。その後、何処からともなく主の意思が伝わって来た。
『貴方も気に入ったみたいで良かったわ』
主の、慈愛の籠った意思に答えた。
――ええ、そうですね。
答えた直後、世界の境界線が歪み出し、視界があやふやになって行った……
遠のいて行く世界の中、確かに聞こえた。
――よろしくお願いしますね、守り手であり主の寵愛を受けし者よ。
声が遠ざかると共に、今見ていたのが夢だったんだと何となく分かった。
急速に遠ざかる景色と、戻って来る記憶そして――……
目が覚めた。
シナが最初に目にしたのは、隣にくっ付いて眠る小さな子供の姿だった。
シナが動いた為だろう、子供もモゾモゾと動き始めた。動き始めた子供は、寝ぼけた様子で体を起こすと目を擦っていたが、シナに気が付いて言った。
「おかあさん、おはようございましゅ」
少し眠いみたいだったが、挨拶をして来た子供に微笑むと言った。
「ええ、おはよう――マナ」
昇り始めた日の光を見ながら、新しい世界が始まろうとしているの感じていた。