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50話 お土産

「よし、これで良いわね!」


 島の海底から新種の植物"ウツボプラント"を運んで来たシナは、庭園の"散水路"に植えていた。


 この半透明の水路は、地下の鉱物を使用し作った水路だ。高い場所にも満遍なく水が行き渡る為に作ったもので、空中を通って四方へとつながっている。


 この水路は、少し離れて見るとまるで蜘蛛の巣が張っている様にも見え、この事から"蜘蛛の巣水路"とも呼んでいる。朝日を受けると、光がキラキラと散ってとても綺麗だ。


 水路を通る水は、地下に作った大型の貯水池と水源から引いて来ている。元々かなり綺麗な水だったが、今回このウツボプラント――愛称"ツボラント"を植えたので、より一層綺麗になるだろう。


 無事根付いた事を確認したシナは、振り返ると言った。


「さて、それじゃあ戻りましょうか!」

「戻るなの!」


 庭園には、マナと一緒に来ていた。


 これは、即時に根を張らせる為にマナの"生命の雫(ギフト)"が必要だからだあったが、テラはポチと遊びたいらしく残して来ていた。


 さっそく、島へと転移する為の魔法陣を展開し始めたシナだったが、そこに一匹の黒い狼が現れた。以前は痩せていたのだが、どうやらちゃんと食べているらしい。


 体の大きな黒狼が口を開く。


『主よ、もう行かれるのですか?』

「ごめんなさいね、ナンテツ。今度お土産を持ってくるから」


 残念そうに尻尾を垂らす黒狼にそう言うと、若干顔を上げる。


『おみやげですか、主?』

「ええ、何が良いかしら」


 そう言って聞いてみるも、首を傾げ始めたので例を挙げてみる事にした。


「ほら、例えば――お肉とか、魚とか、果物とか……」


 そう言いながら、実際に収納から出して見せる。


 お肉を見せると尻尾を振り、魚では垂れ、果物では垂直に……。


 やはり、果物にも興味があるものの、お肉が一番らしい。


 魚も美味しいのだが、どうも黒狼達は魚の匂いが苦手らしかった。


「今度、魚料理も研究しましょうかね……」


 最終的に残した肉を前に、尻尾をブンブンと振り、涎をダラダラと垂らす様子を見て呟いた。そんなこんなしている内に、いつの間にかナンテツだけでなく他の黒狼達も集まって来ていた。


 シナの前で"伏せ"の状態で尻尾を振る黒狼達、その様子に苦笑しながら言った。


「皆で分けて食べるのよ?」


 そう言うと共に、大きな皿を出してそこに肉を置いていった。


 どうやら、シナの手が離れたのが合図になったらしい。


 それ迄大人しくしていた黒狼達が一斉に立ち上がると、最初にナンテツが口を付け、その後で黒狼達の内若い個体が先に口を付けていた。


 一生懸命肉に食らい付く様子を見ていたシナだったが、横に居たマナが手を引いて言った。


「お母さん、お腹空いたなの!」


 どうやら、黒狼達の食べっぷりに食欲が刺激されたらしい。


「そうね、そろそろ戻りましょうか」


 言いながら魔法陣を展開すると、それ迄夢中で食べていた黒狼達が、一斉に食べるのを止め頭を垂れた。そんな様子を見ながら、(夢中に食べていても気付くのよね)と感心したが……


 ふと、(トゥフーだったら)と考えてみて、何となく食べるのに夢中で気付かなそうだなと思い、頬が緩むのを感じた。


「ふふ、きっとそうね……」


 転移する瞬間、シナの"謎の笑み"を見た黒狼のナンテツは、一瞬何か自分の(あるじ)を喜ばせるものがあったか――と不思議に思った。


 しかし直ぐに、主の考えを知ろうなどと自分には恐れ多い事だと、思い直したのだった。


 ◇◆


 景色が変わり、目の前に美しい湖が現れる。


「さて、テラとポチは……」


 そこに居るはずの二人を探したシナだったが、視界に二人の姿はない。


「……どこかしら?」

「どこ行ったなの?」


 シナが首を傾げると、それに合わせてマナも首を傾げる。


「……潜ってるのかしら?」

「どこで遊んでるなの?」


 真似して首を傾げるマナに、水中メガネを取り出すと一つ渡して水の中を覗き込む。


「……居ないわね」

ブクブクブク(いないなの)……」


 どこにも姿が無い事を確認したシナだったが、マナは楽しそうに水の中を見回していた。


「さて、何処を探そうかしら……」


 ふたりは、恐らく外海に出たのだろう。


 ただ、外海とは言ってもそれはそれは、とんでもなく広い。安易に方向を決めて、もし正反対にでも行けば会う事は決して叶わないだろう。


 いざとなれば、何か大きな魔法を使う等で、居場所を知らせる事も可能だが……流石にそこまで派手な手段を取るのは最終手段だろう。


「ううん、そうね……やっぱり、一度上空から見てみるのが先かしら。その後で、探知魔法を使って……でも、あの魔法色々信号が多すぎて、可笑しくなりそうなになるのよね……」


 そう、そもそも探知魔法を使えば事は簡単だったのだが、なにぶんシナの探知魔法はその性能も効果範囲も広すぎた。意図的に範囲を絞る事は出来るものの、性能を調整する事など出来ない。


 昔村を見つけた時は、それこそ未熟過ぎたお陰でその効果は百分の一以下だった。そのお陰で問題無かったが、基礎から学んで習得した今では、ありとあらゆる情報が入って来るのだ。


 どうやら、この探知魔法をコントロールするには、我慢して情報を絞る術を習得するしかないらしかったが、その為には強靭な精神力が必要になる。


 外傷を受けなくなったシナにとっては、苦痛と言える苦痛は、この精神攻撃の類のみだった。


 何となく自分が避けていた事を、ハッキリと自覚する事になったシナは、ため息を吐いた。


「はぁ……そうよね、コレも鍛えなきゃいけないわよね……」


 そう呟きながら、重い腰を上げようとしていたシナだったが、それ迄湖の中を覗き込んでいたマナが言った。


「ごぼごぼごぼ……!」


 何を言っているのかさっぱり分からなかったので、一体マナは何を見つけたのかと、自分も覗いて見ようとした。しかし、湖のほとりへ近づいたシナに――


「"ズザザザザザッパーーンッツ!"」


 ――突如、水面が跳ね上がった。


「うわっ……!」

「凄いなの~!」


 跳ね上がった水面が、大量の水しぶきと共に戻って来ると、そのしぶきを上げた張本人達もその姿を現した。そこに現れたのは滑らかな鱗を輝かせるポチと、その背中に乗ったテラ。そして、ポチの口に咥えられた巨大な魚だった。


 その魚は、艶やかな見た目をしているが細長く、何処かかば焼きにすると美味しい魚に似ていた。


「ポチ、それにテラも……これはどうしたの?」


 驚きのあまり口を開けたまま聞いたシナに、テラが答えた。


「ふふん、ポチが『あるじにおみやげ!』って言うから、仕方なく獲って来たの。逃げ回るし早いしで、本当に大変だったのよ?」


 テラからポチに視線を向けると、嬉しそうに頷いている。どうやらこの初めて見る巨大魚は、シナの為に、二人で協力し獲って来た"お土産"だったらしかった。

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