5話 白い部屋と願い
今回は少し長めですが・・
――気が付くとそこは、白い部屋だった。
『あらぁ……夢かしら?』
白い部屋、と言っても、床や天井といった概念はない。
ただ、何となく上があって、下がある。
そんな感覚だ。
『……さん……おか……さん』
ふと、足元から意識が引かれた気がして、下を見る。
『おかあさん!』
そこには、小さな、それでいて何処か神聖さを感じる子供がいた。
『えっと、妖精さん?』
声をかけると、コテッ?と頭を傾ける。
『ちがうよ?****は精霊だよ?』
……頭がズキズキと疼く。
何処かで会った。
何処かで知ってる。
……忘れてはいけない記憶。
……?
『私は誰……?』
『一つ目のお願いはそれで良いの?』
『お願い?』
聞いてくれたのが嬉しい!とでも言うかのように、妖精さん……いや、精霊さんが小さい手のひらをニギニギとしている。
……ふふっ、可愛い。
そう言えば、私の子供達が……
子供?
私に?
私は誰?
靄がかかったような、見えそうで見えない、届きそうで決してと置かないような……考えれば考える程、頭がズキズキとする。
『だいじょうぶ?』
可愛い顔が心配そうに覗き込んでくる。
『え、ええ。大丈夫よ。ありがとう』
少し無理をして、笑顔をつくる。
『えっとね、忘れたらいけないこと?』
『そんな気がするの……』
何を忘れたらいけないのか、分からない。
しかし、忘れてはいけない、そう感じる。
『分かったわ!』
パアッと笑顔を見せると、精霊と名乗った子が何やら難しそうな顔をしている。
……
『できた~!』
……
そして、思い出した。
決して忘れてはいけない、思い出、記憶、人生。
何故忘れていたのか、そう思うほどに自然に、全て、思い出せる。
『ありがとう……本当にありがとう!!』
わが子をぎゅっと抱きしめる。
そう、目の前の、神々しささえ感じる子供は、確かに私の子供だ。
よく見ると、その体は緑色ではないし、雰囲気が少し違う気がするが、それでも最近家族になった、かけがえのない我が子だ。
『おかあさん、大丈夫? ……おかあさん?』
いつの間にか、涙がこぼれていたらしい。
ぎゅっと抱きしめた子が、すりすりと頬を擦り付けて、涙を拭おうとしてくれる。
『ふふっ、大丈夫よ。それにしても、あなたの事を呼ぶ時に名前が無いと不便ね……』
そう呟くと、コテッ?と頭を傾けて、不思議そうな顔をする。
『私の名前は、****だよ~?』
……そうね、それが名前なのね?
『教えてくれてありがとうね、でも私分からないの……ごめんね……』
聞き取れない事をもどかしく感じる。
様子を見ていた精霊が”分からない”と聞いて一瞬悲しそうな表情を浮かべるが、思いついた!と、声を上げる。
『あのね! おかあさん。分からないなら、分かるようにすればいいの~!』
……?
『どういう事かしら?』
『うんとね~”いみあることば”のいみがわかるようにするの!』
どうだ!とばかりに胸を張っていて何だか可愛い。
可愛いのはともかく、さっき忘れていた記憶を元に戻してくれたのも、この可愛い子だ。何より、我が子がする事だ、信じる以外の選択肢はない。
『お願いできるかしら』
『わかった~』
……!
少しウンウンと唸っていて、パッっと顔を上げる。
『できた~!』
何が変わったか分からないが、一瞬ほんのりとした感覚があった。
この子の言う通りなら、これでさっきまで聞き取れなかった名前が聞き取れるはずだ。
『お名前を教えてもらえる?』
嬉しそうな顔をして、答えてくれる。
『私は、生命の幼子なの!皆で一人で一人で皆なの』
皆で一人で……?
多重人格?
いや、精霊の場合、そもそも性格が一つじゃないのが普通かも?
そう言えば、初めて会った時と、今こうして話している最中もコロコロと雰囲気が変わっているような……幼かったり、大人びていたり、のんびりしていたり。
何にしても……
『マナが名前かしら、それともミナス?』
『!お母さんには、マナって呼んで欲しいけど、ミナスでもよくて……』
どちらで呼ぶかに意味が有るのだろうか?
……確か、同じような単語でミナスは集合とか、全体とかいった意味があると聞いたことがあったけど。マナにはどんな意味が有るのだろう。
『どっちで呼んで欲しいのかしら?』
『みんなは一人になってもみんなだし、みんながみんなでいると、ただでさえ少ない、一人ひとりが母さんと居られる時間が、もっと少なくなるから……只のマナになりたいの!』
よく分からないが、それも精霊としての在り方なのだろう。
本人がマナと呼んで欲しいと言っているのだから、その通りに呼んであげる事にする。
『マナ、よろしくね。わたしの名前は、六樹姿よ。改めてよろしくね』
手を差し出して、マナと握手をする。
手を見つめながら、不思議そうな顔をしている。
『……マナ?』
あまりの輝きに、目がくらむ。
手を握った瞬間に、マナが輝き始めたのだ。
手を握ったまま、マナが何やら呟いている。
『お母さんの願い事は……?』
一瞬の内に、頭の中を何かが駆け巡る感覚があった。
そして、不意に思い出す。
一番辛かった時期、夫との間に子供が出来なかった時期の事。当時、女に生まれて来た自分を呪った事。その後、親を事故で無くした子供の里親になって救われた事……
『あったの!』
『あった?』
『お母さんは、マナ・ミナスを一人のマナにしてくれたの。次はお母さんの願いを叶えるの。まだ叶えるための力は残ってるの!』
マナが言い切ると同時に、つないだ手を通して何かが変わっていく。
……やがて、それが終わる。
『ふぅ、なの。どうにかできたの!』
変わった気がする……自分の身体、いや、何かが変わった。
……何となく、何をしたのか聞く気になれなかったので、他の事を聞く。
『えっと、マナがさっき言ってた、願いを叶えるっていうのと、力って?』
何となく、願いに関しては、これまでのやり取りで分かっている。
しかし、力というのがいまいち理解できない。
『うんと、願いは、お母さんの願い。力は、それを叶えるために許された力!』
今までマナから時々感じていた、多面性が一つに統一された気がする。ただ、統一された際に幼い面に引っ張られたのか、所々に幼さがある。これがマナが言っていた、みんなから一人になったと云う事だろう。
『つまり、私の願いを叶えてくれたのね?』
『うん! いつも会えるわけじゃないから!』
『なぜ? マナも一緒に来ればいいのよ?』
家には、明菜や昭介がいる。良平とは精神年齢が同じくらいに見えるし、良い兄弟になるだろう……マナが女の子なら、兄弟じゃなくて兄妹……マナが年上だとすると、姉弟?
そんな風に、この後の事に考えを巡らせていると、横からマナが申し訳なさそうに、話し出す。
『えっとね、お母さんは、家族でお祝いをしてもらった後で、亡くなったの。だから私がお母さんの魂を呼ぶ事が出来たの……』
……え?
誰が亡くなった?
……私?
でもこうして……一先ず落ち着こう。
『え……っと。まあ、100歳だったものね……だけど、もう少しだけ、もう少しだけ時間が欲しかったのに……マナにもこうして会えたのに……』
もう少しだけ、良平や昭介、明菜が独り立ちするまで……そんな考えが頭を過るが、ふと昨日の夜を思い出す。
確かに、公平の横で寝たその後、隣に口を開けて寝る公平と、一緒に話していた懐かしい面々の顔を見た。時間は3時を回っていた。
眠気が全くなかったので、散歩に出て、ほんのりと光る街灯が照らす道を歩いた。
……夜に道を照らす街灯なんて設置していないのに。
道の途中で出会った植物達にはその途中で声をかけた。
そうして歩いて来て、マナの前まで来た。
そう、全ては亡くなった後の出来事だったのだ。
『……お母さん?』
不安そうにのぞき込むマナ。
『大丈夫、良平も昭介も、明菜も私が居なくてももう立派に生きて行ける。何より、今日は家族が一緒にいる』
マナに言っているのではない、自分に言い聞かせている。
”もう大丈夫”だと。
それに、今は目の前の小さな家族を不安にさせてはいけない。
『さて、私は死んじゃったけど、この後はどうなるのかしら?』
天国や地獄の様な場所に行くのだろうか。
それとも、このまま魂のような状態でいる事になるのだろうか。
……魂の状態だったら、家族の様子を見守れるし嬉しくはある。
『お母さん、他にお願いない?』
決意した様な、引き締まった表情をしてマナが見上げてくる。
『他に?』
『そう、まだもう少し力が残ってるから……最後の力で願いを叶えられるの。この後の事とかも……』
……何処か引っかかる。
『マナは、一緒に来る?』
すると、一瞬困った顔をするが、直ぐに笑顔をつくる。
『お母さんは、大切な家族がいるの! 元の世界に居るの! だから、大切な人とは一緒にいた方が良いと思うの』
……多分さっき手をつないで、過去の記憶から願いを叶えてくれた時一緒に、色々な記憶を見たのだろう。
『マナは?』
『マナは、お母さんの願いを叶えたいの!』
マナの顔を見ると、笑っているように見える。
『マナの願いは?』
だが知っている。その笑い方は、他の人を傷つけ無いように、自分が傷ついている時の笑い方だ。
『この力は、マナがクイーンから貰った、お母さんの為に使う力なの……』
『その願いを叶えたらマナはどうなるの?』
一瞬、マナが手のひらをぎゅっと握る。
『マナは、力を使ったら役目が終わるの』
それを聞いて、心が決まった。
『じゃあ、マナの残りの力を全て使って叶えて頂戴!』
さようなら家族、100年は長いようで短かった、短いようで充実していたわ。後は任せるから、よろしくね……
『はい、お母さん!』
そこには躊躇いなく、全てを捧げようとする愛しい、我が子がいた。
『マナ、あなたが私と一緒にいる事!これが最後の願いよ!』
もう残された時間は少ないのだろう、この後私が消えてしまえとしても、今は目の前のマナの為に時間を使おう。
『はい……?!』
呆けた顔でこちらを見ている。
これはこれで可愛い。
『さあ、早く叶えて頂戴?』
早く、と言いながら、マナを抱き寄せる。
抱き寄せられてから、理解が追い付いたらしい、眼のふちに涙が溜まってきている。
『はィ゛……お母さマ゛っ~』
精霊なのに泣くのね、それに折角統一されたのに、呼び方がブレて来てるじゃない……なんて思いながら、腕の中で泣きやまないマナを抱きながら、白い部屋がぼんやりと霞んでいくのを感じていた。
……人生の最後で不思議な体験をしたが、こんな最後も良いだろう。次また人生があるとしたら、次はもう少し外界の事に興味を持ってみても良いかもしれない。きっと、もっと不思議な体験が待っているだろうから……
そして、100歳を迎えたお婆さんは眠りに着いた――
次話から新しい世界に入りますが・・
マナが色々と説明していないせいで、少し困った事になりそうです・・
シナ(ばあちゃん)
そもそもなんでマナは、願いを叶えてくれたりしたんだろう・・?
マナ(統一前)
みんな(精霊たち)がうるさくて、何か大切な事忘れてるような・・?
マナ(統一後)
・・そう言えば、転生の話とか、女王からの話とか伝えて無かったような・・まあいっか(テヘペロ)
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願いによって叶えられた事
【前世の記憶】
前世の記憶。世界を渡っても消える事が無く、保つ事が出来る。
【言語理解】
全ての言語、意味言語や指示言語他、意味を持つ言葉の意味を理解し使いこなす力。
【**の改変】
**から**へと改変された。
【マナの存在化】
元々マナ・ミナスであり、精霊の集合体であった存在が、マナという存在に統一された。その後、シナの願いによって、マナがともにいる為の”存在化”を果たす。