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49話 海底の秘密

 ポチが、"種族進化"を果たした。


 それ迄、どことなく柔らかさを感じるフォルムだったのが、今ではガラス質なものへと変わっている。変わったのは、見た目だけではない。


 それ迄出来なかった"会話"が出来るようになっていた。


「それじゃあ、寝る時以外はいつも泳いでいるのね」

『そうなんだ、お腹がへるから!』


 どうやら、普段から海の中を泳ぎ回って餌を探しているらしい。


 そんなポチの話を聞いて気になったのは、安全かについてだった。と言うのも、最近少し遠出する事も多くなってきた中で、それなりに危険な生き物にも出会って来たのだ。


 ……体長が二十メートルも三十メートルもあるような巨大肉食魚や、複数の触手を持つ軟体生物、ゆったりと漂っている様に見えて電撃を放ってくる浮遊生物など、危険な生き物は沢山いる。


「怪我したりしないの?」


 今更ながらに確認したシナだったが、ポチの答えはある意味予想通りだった。


『けが? ……あ、噛まれたりとかとかはあるよ!』

「それは、大丈夫なの?」


『うん! 前に、すっごく噛まれたけど、ここで休んでたら治ったんだ~』

「ここで?」


 頷くポチを見て、"ここ"と言われた場所が気になって来た。


「単に淡水が湧き出ているだけだと思っていたけど……」


 試しに、自分の指を切ってみようとするも、取り出した刃物ではシナの皮膚には傷もつけられなかった。そこで、仕方なく植物を根っこごと摘んでくると、茎に傷を入れた。


 そして、その植物をゆっくりと水に浸すと――


「あら、本当に治療効果があるみたいね……」


 もしかすると、湧き出している水に何か秘密があるのかも知れない。茎に入っていた傷が見る見るうちに治っていた。


 もし治らなければ、マナに頼んでギフト"生命の雫"で治してもらうつもりだったが、確認する限りその必要はなさそうだ。


 どうしようかと思ったが、気になる事を、そのままにしておく事は出来なかった。


 テラの方へと視線をやると、テラとマナの二人から肉団子を食べさせて貰っていた。邪魔するのをためらう様な微笑ましい光景ではあったが、そうも言っていられない。


 残りが少なくなったタイミングで、声をかけた。


「えっとね、ポチ?」

『うんー?』


 振り返ったポチに聞く。


「この下で、水が出て来ている場所、知ってる?」


 もしポチが知っていれば、そこに行けば秘密が分かるだろう。


 もしかしたら、海底に何か癒しの効果のある物質が眠っていて、それに触れた地下水が"治療薬"のような効果を生み出しているのかも知れない。


 以前、回復ベッドのようなものを作りたいと考えた事があったが、毎回必要な魔力量が半端では無く、魔法陣の起動だけで死にかける不良品になってしまった。もし、回復効果のある物質が取れれば、あの時作れなかった魔道具を、完成させる事が出来るかもしれない。


 シナの言葉を聞いたポチは、少し頭をひねって考えていたが、しばらくして頷いた。


『あ、あの痺れる(・・・)やつ!』


 ポチが何を言っているかは分からなかったが、どうやら何か心当たりがあるらしかった。何にしても、実際に確認しなくては分からないだろう。頷くと言った。


「そこまで案内してくれるかしら?」


 残っていた団子を口にほおばったポチは、楽しそうにして応えた。


『あるじと泳ぐ!』


 その後、マナとテラには冒険セットの中から"水中眼鏡"と"足カキ"を出してあげた。


 勿論、こんなもの無くとも水中を不自由なく移動できる二人だったが、何せ可愛いのだ。付けて貰わない理由は何処にもなかった。因みに、水中眼鏡にはライト機能とズーム拡大機能も付いている。


 その後、二人が着替え終えたのを確認したシナは、ポチに先導を頼み海中へと潜っていた。水中では、ポチのその長い体が良く映える。


 上を見ると、初めは淡い青だった水面も、潜るにつれて少しずつ濃い青へと変化していた。


 外の海との違いもあり、島の内側は普通よりも深くまで光が入っている気がした。これが、水質の影響なのかは分からなかったが、何かありそうな期待をさせてくれる雰囲気があった。


『ポチ?』


 ポチが潜るのを止めたので、念話で聞いてみると答えがあった。


『ここだよ!』

『ここ?』


 ポチは、着いたと言いたいらしかったが、着いたと言うには早い気がした。何故なら、まだ海底にすら着いていないのだ。確かに、横には外海へと抜ける横穴が空いているが、まだまだ下がある。


『横にあるのがそうだよ、食べるとビリビリするから気を付けてね~!』


 ポチの言葉に、聞きたかった事が伝わっていなかったのではないか――そう思ったシナだったが、ポチの言った通り、確かに何か植物が生えているのが確認出来た。


 見ると、近くの壁には下までずっと同じ植物が生えているのが分かる。


『取り敢えず確認してみましょうか……』


 湧き水が噴き出ているのが確認出来ない以上、もっと潜るか地上に戻るかと言う選択肢もあったが、目に入って来たのが"植物"だった為、それら選択肢は頭になかった。


 隣をテラとマナが泳いでいたが、ちゃんと足を動かして移動しており、不便を楽しんでいる様子だった。そんな二人の様子も眺めつつ、薄く光を放つ植物に近寄った。


『……何となく、壺みたいな形をしているわね』


 茎はしっかりと壁に生えているようだったが、そこから生えているのは壺のような"葉"だった。葉元から外へと口を開く形で生えている葉に、何となく不気味さを感じるも、興味が勝った。


『少し失礼して……』


 ゆっくりと指先を近づけたシナだったが、そこである事に気が付いた。


『……?』


 見ると、そこで微妙な水流が生まれている。


 てっきり単なる水の流れかとも思ったが、そういう訳でもないようだ。何方かと言うと、何か吐き出しているような気がする。


 試しに、壺状の葉の外側に手を近づけてみる。


『うわっ』


 近づけた手に、壺のような葉が近づいて来て驚く。


 咄嗟に、食虫植物のような何かを想像したが、手を離すと元に戻った。


 もう一度近づけると、また近づいて来て――戻る。


 どうやら、壺状の葉は外側から水を吸収して、内側から吐き出しているみたいだった。


 その後、危険が無い事を確認出来たシナは、より詳しく観察をしていた。


 その結果、どうやらこの植物は葉の外側に水を吸い込む器官を持っており、そこから吸い込んだ水を、内側から吐き出すらしい事が分かった。


 そして、吸い込んだ水に含まれる微生物を餌としているらしい事、吸い込んだ際にはあらゆる異物がろ過され吐き出される事が分かった。


『驚いたわね。こんな植物が向こうの世界に居たら、水質汚染の問題も解決されたでしょうにね……生ける超ろ過植物だわ……!』


 そう、てっきり地下から水が湧き出ていると思っていたのは、実はこの植物が途中で海水を真水へとろ過し、結果的に淡水となっていたのであった。


『この子を少しだけ拝借すれば、庭園の方もより豊かになりそうね……』


 そう呟いたシナは、慎重に一株だけ拝借する事にした。


 その日、新たに加わった植物は数種存在したが、中でもこの壺植物"ウツボプラント"は、特殊さが際立っていた。


 その後の研究で、本体には非常に強い麻痺の作用がある事が分かるのだが、その強さは大人の人間を数週間動けなくするほどに、強いものだった。


 ――シナの庭園に、新たな植物(なかま)が増えた。

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