48話 海竜トライグン
目の前にいる海竜"ポチ"に、マナとテラが二人で餌をあげている。
「よく噛んで食べるの!」
「そうよ、ちゃんと噛まないと大きくなれないわ」
二人して交互に魚やら魔獣の肉やらをあげているが、これらは全て二人が仕留めた生き物のものだ。少し前から、二人が「自分で獲ったのをあげる」と言うので、好きにさせていた。
シナの手間が減った訳だが、楽しそうな様子を見ていたら混ざりたくなって来た。
「今日は、私からも良いかしら?」
楽しそうな三人に聞くと、マナが言った。
「良いなの、お母さんのは美味しいなの!」
「そうね、シナの料理はいつも美味しいわ」
「クルゥ、クルルルゥ!」
ポチは、二人の言葉に期待したのか体を左右に揺らしている。
「あら、そんなに期待されちゃ下手なものは出せないわね」
「クルゥ!」
寄せて来る頭を撫でながら、どれにしようかと考えたが一つ、とっておきがある事を思い出した。本当は取っておく予定だったのだが、小山程に在庫があるのだ。少しくらいは良いだろう。
「それじゃあ、折角だから簡単に調理しましょうか」
これ迄は、全て調理しない"生"のモノををあげて来た。これは、現状でも美味しそうに食べていたので、特に必要性を感じなかった為だった。
しかし、さらに喜んでくれるのであれば、手間をかける価値はあるだろう。
「ちょっと下がってちょうだいね」
早速、普段趣味で"料理"をする時に使っている調理台を出す。
本来、そもそも料理などせずとも、"合成"のスキルで目的のものを作り出す事が出来る。しかし、料理とは見て楽しむ面もあり、初めて見るのであればその過程も楽しいものだろう。
そもそも、この"合成"スキル自体が便利過ぎるのだ。
作りたい対象についてその生成過程を知っている事や、必要な材料が揃っている事などの制約はあるものの、前世の記憶を持ち、しかも研究者であったシナの前には制約も何も無いも同然だった。
まさに、"知識こそ力なり"だ。
調理台は、大人が横に三人寝られるほどの大きさがある。
「さて、そうね……村の皆は頭が好きだったからこれは外して、背中とお腹部分から少し持って来ましょうね。味付けは、塩と醤油で良いかしらね!」
呟きながら、収納していた巨大魚の一部を持ち出した。
「あ! この前のやつなの!」
「そうね、一緒に獲りに行った時の魚ね」
知ってる!とばかりに指差すマナに頷くと、テラが少し不満げに言う。
「なによ、わたし知らないのだけど?」
「そうねぇ、テラはレンと丁度村長の所に行っていたものね……」
シナの言葉に、残念そうに俯くも直ぐに顔を上げる。
「今度付き合ってもらうわよ」
下唇を噛みながら言うテラに頷きながら、手を動かす。先ず処理するのは骨だ。
「分かったわ、何処に行きたいの?」
「えっ? ちょっと待っててね!」
慌てた様子で考え始めたテラを横に、ポチの様子を伺った。
不思議そうにこちらを見ながら、骨を除ける度にその手の動きを目で追っている。恐らくだが、いつも骨ごと食べているポチなのだ、骨を取ると言うのが不思議なのだろう。
「あのね、今度日が昇る時に雲の上に一緒に……」
ポチの様子を面白く見ていたシナだったが、テラの言葉もしっかりと聞いていた。
「ええ勿論よ。その時は三人で良いのかしら?」
「やったぁ! ――ええ、もちろんマナも一緒よ!」
喜んだテラが言うも、マナは魚の方を見ていて反応が遅かった。
「……そうなの?」
頷きながらも首を傾げているマナに頬を緩めながら、最後の仕上げに入った。
「それじゃあ、ちょっと離れていてね」
テラとマナの二人を調理台から離れさせると、調理台に魔力を送り込んだ。
実は、この調理台はれっきとした"魔道具"で、内部には幾つかの魔法陣を組み込んでいるのだ。その一つが、シナの手によって起動される。
「さて、今日はタタキ料理よ! ――"魔力殴打"!」
調理台を中心に陣が浮かび、結界が構成される。そして――
『"ズヅヅゥゥン……"』
低い地鳴りがしたかと思ったら次の瞬間、そこには原形の無い"ミンチ肉"があった。
「……よしっ良い感じね!」
若干、普段より音が大きかった気がしたが、結果として"ミンチ肉"が出来上がっていたので、まぁ良いだろう。
早速ミンチになった肉をこぶし大の大きさに丸めて行くと、それぞれ味付けをして行った。そのまま味付けした物もあったが、半分ほどは表面を炙って炙り団子にした。
準備している最中に、ポチを含めた三人が口から涎を垂らしていた。
テラは、シナの視線で気が付いたらしく、口元を拭ってキュッと口を閉じていた。しかし、その後直ぐに口が半開きになっていたので、余程美味しそうに見えたのだろう。
「さぁ出来たわ!」
大皿に盛りつけた、山盛りの魚の団子を前に言うと、マナとテラは夢中で拍手しポチは体を揺らしていた。どうやらもう我慢できなそうな様子だったので、早速ポチにあげる事にした。
「先ずは、一つずつ食べてみてちょうだいね。もし口に合わなければ困るしね」
そう言って、手に持った団子を塩に付けると、ポチの口の中に入れてあげた。
「クルルッルルー!」
食べた瞬間頭を上下に振って次を催促して来た。
どうやら、口に合ったらしい。
次は、醤油に付けた団子をあげる。
「クルルルルーー!」
今度は、食べた直後に空を見上げて鳴いた。
口に合ったのか合わなかったのか、それが気になっていたシナだったが……今度は、醤油で味付けした団子の乗る大皿へと直接頭を持って行ったので、安心した。
どうやら、塩味よりも醤油味の方が気に入ったらしい。
「ほら、これはポチのなんだから慌てないで大丈夫よ」
そう言いながら、横ですがるような眼を向けていた二人に向き直る。
二人とも、今にも手を伸ばしそうな様子だ。
「ふふ、ほら二人の分もちゃんとあるわよ」
「なの!」
「一つだけ、いえ、二つだけ貰うわ」
其々そんな事を言いながら口にする。
口にほおばる姿を見ながら、てっきり何時ものように喜んでくれると思ったシナだったが、ここで予想外の事が起きた。
「……お母さん、これ何かちがうなの?!」
団子を手に言うマナに続けてテラも続ける。
「……そうね、何かが混ざってる気がするわ」
食べながらも首を傾げる二人を見て、慌てて自分も口にしたシナだったが、心配したような反応は体には起こらなかった。
てっきり、何か有害なモノが含まれていたかとも思ったのだが……
丸々一つのさかな団子を食べたシナは、薄っすらと何か普段とは違う感覚が、体を覆うのを感じていた。その感覚は、例えるならば"湧き上がってくるような"ものだった。
「二人とも、危ないからそれ以上は食べないで――」
シナが言い終える前に、それ迄夢中になって食べていたポチに異変が起こり始めた。
「グロロオォォォ……!」
それ迄エナメル質に艶めいていたポチの体が、どこか表面がくすんで行き表面にひび割れが出来始めている。
「ちょっと、これは……何とかしないと!」
慌てたシナだったが、テラの反応はシナとは違うモノだった。
「あら、珍しいわね」
良いものでも見た、とでも言うかのようなテラにシナが聞き返す。
「珍しい?」
シナの問いかけに対して、「シナに比べたら大した事はないけどね」と前置きをしてから言った。
「ええ、これは滅多に見れない"種族進化"ね。多分さっきのだんごに、固有種の"魔核"が入っていたのね。きっと、それが最後の条件だったのよ」
言葉の意味が分からず数秒フリーズしていたシナだったが、その直後にすっかり灰色となったポチの鱗に、大きく亀裂が入るのが見えた。
「……ポチ?」
恐る恐る声を掛けたシナに、何処からともなく声がした。
『あるじのごはんは美味しいね!』
一回り程だろうか、小さくなった体を摺り寄せながら、皿に残っていた団子を食べている。
「……ポチ?」
何となく理解はしたものの、改めて声の主かと尋ねたシナに、首を僅かに傾げて見せたポチが言った。
『そうだよ?』
「……」
最早疑う欠片が無くなったシナは、大きく深呼吸して自分を落ち着かせていた。その後、思考力が戻って来た処で、再びその姿を確認したシナは色々と深く考える事をやめた。
「そうね、良いじゃない。これでポチとも会話できるようになったんだし!」
そう呟いたシナだったが、その前には"ポチ"と呼ぶには、余りにも神々しい姿の生き物がいた。
その鱗は、エナメル質のモノから艶やかなガラスを思わせるモノに変わり、その額には後方へと延びる三つ又の角が生えていた。
その姿は、かつて太古の昔存在した海竜種の内、一部がその"試練"を乗り越えた末に到達する姿だった。その姿を見た人々はこう口伝した。
『海神種、"海竜トライグン"その咆哮が駆ける時終末の時が来る。祈れ、その時が来ぬ事を。祈れ、怒りを収めお帰り頂く事を。祈れ、その裁きがこちらに向かぬ事を。祀れ、すみやかに――』
章分けさせて頂きました。




