47話 秘密の孤島
海上の孤島――そこは、海岸線から約三十キロ程の場所にある。
この場所を見つけたのはほんの偶然だったが、発見以来約三日に一回は来ている。
本当であれば転移陣を設置したいところだが……特殊な土地柄のせいだろうか、地面に陣を印しても直ぐに意味をなさないモノに変換されてしまっていた。
結界を応用して無理やり固定化させる事も可能だろうが、そんな事をしてもし何か異常が生じてはいけない。何せ、あの島の植物についてまだその全てを確認していないのだ。
もし、固有植物なんかが存在しているとすれば、決して失う訳にはいかない。
ちなみに、島はクレーターの形をしている。島の外側はぐるりと壁がそびえ立っている為、海から見たら、何か壁に覆われた得体のしれない島に見えるのだ。
しかし、その一見壁に覆われた島も、中は自然で溢れており中心には大きな湖がある。島の中心にある湖は海底で海と繋がっている訳だが、どういう事かこの湖は淡水だった。
恐らく、何処かで地底から水が湧き出しているのだろう。
湖のほとりで寛いでいるであろう姿を思い浮かべながら、眼下に見え始めた目的地へと急いだ。
「さて、今日は北側に降りてみようかしらね」
いつも敢えて壁側に降り、中心にある湖までの間を散策する事にしている。
これは、湖までの間にある植物を観察する為であり、下手すると何日でも観察に時間を使ってしまうシナ自身への制約だった。
島の外側にそびえる崖の上に降りると、そこに目立つように岩の柱を立てた。
この柱は、何処を探索したか分かるように作っている目印であり、今現在島の崖の上には百近い数の柱が立っている。
この柱の数は、既に百回以上探索していると言う事を示しているが……想像通り、この島はそれなりに大きい為、未だに全ては探索できていないのだ。
柱を立て終えたシナは、ソワソワとする二人にお待ちかねの"観察セット"を渡した。
観察セットと言うのは、シナ自作の"魔道具"の一種だ。
手渡した魔道具には幾つか種類があるが、使うのは基本的に三つだ。
一つ、観察水晶:対象を拡大し観察ができる。
二つ、保護帽子:上からの衝撃を防ぐ。
三つ、採集容器:採集した植物を収納できる。
最初の二つは見た目(使っていると可愛いと思う)で用意した面もあるが、最後の採集容器はそれなりに実用性を考えて作成したものだ。
採集容器……これは、肩からかけるポシェットのような形をしている。空間魔法をかけている為、中は家一軒どころか二、三軒が丸々入る広さになっており、植物を採取するのに十分な空間が確保できているだろう。
「お母さん~?」
麦わら帽子を被り、ポシェット(採集容器)を下げたマナが覗き込んでくる。
「あら、可愛いわよ~」
「ふふふ、そうなの~?」
麦わら帽子は、マナの見た目に合わせて作った。
若干緑がかった洋服とマッチして、中々映える。
しばらくマナを愛でていたシナだったが、少し歩いた所で既に観察を始めているテラを見て微笑んだ。テラには、マナとは色違いの麦藁帽をあげていた。
マナのワンピースが緑がかっている分、テラの麦藁帽にも緑を加えてみたのだ。渡した時、テラが「これでお揃い……」と呟いていたので、きっと喜んで使ってくれているに違いない。
テラは観察水晶を使っているが、あの感じだと多分また植物の葉の葉脈でも見ているのだろう。どうやら、マナは大きな植物が好きで、テラは小さな世界が気になるみたいだ。
「それじゃあ、ゆっくり行きましょうか」
そう言ったシナは、早速目新しい植物を探し始めたのだった。
――その後、約一時間ほどかけて探索した植物探検隊は、どうにかこうにか中心部の湖まで辿り着いていた。
周囲を鬱蒼とした木々に囲まれる中、開けた視界とそこに広がるコバルトブルーの湖に思わず溜息が漏れる。既に百回以上来ている場所だったが、何度来ても緑とブルーのコントラストには息をするのも忘れるほどだ。
「綺麗ねぇ……」
恐らく、地中に含まれている鉄分や、微生物が影響しているのだろう。しかし、そんな細かい事はどうでも良くなって来るほど美しいのがこの湖だ。
黙って眺めていたシナだったが、後ろでゴソゴソと音がした後で"ボゴンッ"と音がして、大きな植物が持ち上がった。根元を見ると、マナが小さな手で持ち上げているのが見える。
「大丈夫? 根は痛めてない?」
心配して聞いたシナだったが、マナが言った。
「大丈夫なの、"痛くないように引っ込めて"って言ったの!」
そう言いながらも、持ち上げた樹木を小さなポシェット、もとい採集容器にしまっていく様子に苦笑した。
「本当に大きな植物が好きなのね……」
一応、無茶な採取はしないように話しているので、その心配はないだろう。
「さて、テラは……」
テラを見ると、両手で細かい線の入ったモノを映し出していた。
何となく、葉の様に見える。
不思議な光景を眺めながら、テラに聞く。
「それは、葉を表しているのかしら?」
シナの問いに、テラが頷く。
「そう、光でなら出来ると思って……あっ――」
シナの言葉に集中を切らせたのだろう。
それまで綺麗な細線で描かれていた葉に、僅かな歪みが出来た。そして、その歪みは瞬時に全体へと広がり、一瞬の間があって次の瞬間弾けるように炸裂した。
瞬時に放電した細かい雷がシナを襲うも、直ぐにかき消えていた。
「気をつけてね、テラ?」
シナ自信は、女王の加護により傷付く事はないが、テラ自身が心配だ。
「分かったわ。でも、もう少しで完全に同じ形で再現できると思ったのに……そもそも、管の間を通るのはどれだけ小さい物質なのよ……」
どうやら、葉に存在する細かい葉脈まで再現しようとしていたらしい。そのチャレンジは中々面白いものがあると思ったが、それもケガしては意味のないものだ。
「ほら、手を見せてちょうだい」
「テラは精霊だから――」
何か言おうとするテラに、黙っている様に言うと続けた。
「手は大丈夫ね。あとは足と顔と……」
テラが怪我をしていないか確認していたシナだったが、確認が取れたのとほぼ同時に湖の中心部分が盛り上がり始めた事に気が付いた。
その様子を見ながら、テラとマナを引き寄せて浜辺近くへと歩き出した。
「きっと、さっきの炸裂音で気が付いたのね」
「そうなの、テラが呼んじゃったなの!」
「あら良いじゃない。どちらにせよ、今日はテラが呼ぶ番だったんだもの」
テラとマナが言い合う中、盛り上がり始めていた水面が完全に持ち上がると、そこに現れた生物がシナの方へと迫って来た。
「久しぶりね」
"ポチ"と呼ばれた生き物は、シナの言葉に嬉しそうに頭を上下させると、その頭をゆっくりと近づけた。そこには、エナメル質の鱗を持ち長い胴体を持つ生き物がいた。
その鱗は、一枚一枚が光をぬるりと反射しており、その瞳は知性を湛える澄んだ色をしていた。
近づけて来た頭に手をのせると、そのまま撫で始めたシナだったが、何かを期待するかのようなその瞳に苦笑する。
「はいはい、今お土産をあげるわね」
シナの言葉に、"待ってました!"と言うかのように反応がある。
「クルルルゥ……!」
まるでエサをねだる犬か何かのような姿に呟く。
「ほんと、"ポチ"って名前がぴったりな子ね」
苦笑するシナだったが、自分の名が呼ばれた事に気が付いたのだろう。誇らしげに身体を伸ばすと、小さく雄たけびを上げた。
「クルルルルルルゥ!」
そして満足したのか、ゆっくりと頭を近づけて来る様子に、これまた苦笑するしかなかった。
「一応、竜なのよね? 間違って、中に犬とか入ってないわよね……」
そう、ポチと名付けられたその生物は、海の王にして覇者"海竜"の子供だった。




