46話 雲の島
トゥフーを森へと見送った後、マナとテラを迎えに行く事にした。
この後向かうのは、海の真ん中にある"ある孤島"だが、そこにはマナとテラと一緒に行く事が多かった。これには、ちょっとした理由があるのだが……それは行けば分かるだろう。
先ずは、マナとテラを迎えに行かなくてはいけない。
早速出発したシナだったが、向かう先は地上でも地下でもなく天空だった。そこは少し前に作った場所だったが、マナ達もその場所が気に入ったらしい。
「女王様から頂いた"力"を注いだのが良かったのかしらね……」
そもそもこの場所を作る事になったのは、契約に来た精霊で溢れだしたからだった。
名付けて"精霊ホイホイ"――これがシナの取った策だったが、その仕組みは単純だ。シナの魔力を循環させる為の"ある程度大きな器"を作り、そこに精霊達を誘導するのだ。
シナが作り出したのは、空に浮かぶ魔力循環の器だったが、想像以上の活躍をしていた。ちなみに、この精霊達の住処はシナのいる場所を中心に、半径数キロを移動する様に出来ている。
「さて、アレがそうね」
上空を見上げたシナは、少し離れた場所にある大きな雲の塊を見つけた。
見た目こそ雲のような外見をしているが、その実特殊な結界と力の込められた魔力的存在だ。結界を埋め込む事で、外部へ不必要な力が漏れ出す事を防いでいる。
また、精霊が増えれば手狭になるだろうと考えたシナは、一定時間毎に魔力を自動供給する形にした。これにより、供給された魔力に応じて内部が変化して行く。
外見は変わらないが、結界と空間魔法によりかなり特殊な内部をしている。
早速飛び上がったシナは、そのまま雲の塊に向かってスピードを上げた。そして、雲の中に突っ込むかという寸前でその勢いを殺すと、手前で止まった。
「ほいっと!」
初めの内は、この速度感に慣れず上手くコントロール出来なかったが、村長のアドバイスのお陰もあって、今ではかなり正確な速度コントロールが可能になっていた。
「そうね、何かお礼をしないといけないわよね」
お礼は何が良いかと考え始めたシナだったが、直ぐに答えが出た。
「まぁ、村の人たちが好きなのと言ったら決まってるわね!」
村人達は、何か良い事があると直ぐにやろうとする事がある。
頭の中でその準備について考え始めたシナだったが、つい最近秘密で潜った時に獲った魚を思い出して、それをメインに色々と料理を用意すれば良いだろうと結論付けた。
「トゥフー用に味付けしていたけど、多分大丈夫よね……うん」
頭を切り替えると、雲の中に入った。
……何処かふんわりとして心が安らぐ気がする。安らぎを感じたシナだったが、近づいて来る気配を感じて腕を前に出した。
「きたー!」
「来たねー!」
「きたよー!」
「どうしたのー?」
「してほしいことー?」
シナの出した腕には、その一瞬で沢山の小さなふわふわとした精霊達がくっ付いていた。その他にも、沢山の浮遊する低位精霊の光が見える。
無邪気に話しかけて来る精霊達、ひとりひとりに返しながら言った。
「いいえ、マナとテラを呼びに来たの。ここにいるかしら?」
そう言って聞くと、精霊達が答える。
「いるよ~」
「こっち~」
「あっち~」
「そっち~」
それぞれが"付いて来て!"と案内しようとしてくれる。中には、皆と違う方向を指す子もいるが……きっとその子は、そこで姿を見たのだろう。
「はいはい、ありがとうね。向こうにいるのね~」
そんなに強い力ではない為痛みはないが、数が多くて引っ張られる。抵抗しようと思えば造作もないが、どうせならこのまま連れて行ってもらおう。
その後、雲の中を引っ張られる形で移動したシナだったが、宙を浮いた少女が何やら小さな羽の生えた存在に引っ張られて行くのだ。傍から見るとかなり異様な光景だっただろう。
距離にして十数メートル程だろうか、移動した所に目的のふたりとひとりが居た。
「あら、気持ちよさそうに寝てるわね~」
そこには、一辺が一メートル強程の四角形をした魔道具が浮かんでいた。見た目こそ座布団のようだが、中を水の層と砂の層に分ける事で、程よい弾力を生む事が出来た。
座布団ベッドに近づいたシナは、そこで気持ち良さそうに眠るマナの頬をつついた。
……柔らかい。
頬の感覚が気持ちよくて、思わず反対の手でも隣で寝るレンの頬を触った。
「あぁぁいいわぁ……」
そのまま無心で撫でまわしていたシナだったが――
「……なんで私のは触らないのよ!」
横になっていた筈のテラが頬を膨らませて怒っていた。
普段触ろうとすると怒られるので遠慮したのだが……
どうやら、仲間外れされる方が我慢できなかったらしい。
「それじゃあ、おじゃまして~」
ぷっくりと膨らんだ頬をつつくと、ぷにっと気持ちよかった。
「もう、そんなに、さわっちゃ……いいわよ、しょうがないわね少しだけよ」
少しめんどくさいテラに構っていたシナだったが、その間に残る二人も目を覚ました。
「お母さんなの~」
「はれ? どうしたんですかぁ?」
嬉しそうに飛びついて来るマナを受け止めると、レンに答えた。
「これからペットに餌を上げて来るのよ」
「エサですか?」
「そう、普通は食べないと死んじゃうのよ」
「あ、ロードもそうです!」
思い出したように言うレンに頷くと、村長が捜していた事を伝えた。
すると、笑顔になったレンが言う。
「ロードが呼んでいたのですね!」
「ええ、呼んでたわよ」
レンは嬉しそうにすると、お礼を言って飛んで行った。レンを見送ったシナは、少し前から嬉しそうに飛び跳ねているマナに言った。
「楽しそうね」
「そうなの! このまえつかまえたおっきいヤツ、あげるの!」
飛び跳ねるマナに、少しあきれ顔をしてテラが言う。
「マナは、大きければ良いと思ってるからまだまだなのよね。私みたいに丁度良い大きさで美味しい魚じゃないと。この前も、私が獲った魚が一番喜んでたわよ」
自慢げなテラだったが、マナは聴いているのかいないのかニコニコとしていた。しかし、その後もテラの話を聞いている内に、段々と頬が膨らみ始めていて少し可愛かった。
「行きましょうか」
「いくなの!」
「そうね、次こそ満足させるわ!」
ふたりが座布団ベッドの上からシナの横に浮き上がると、それ迄少し離れた所で浮かんでいた精霊達が座布団ベッドの上に殺到した。
マナとテラに遠慮していたのだろうが、あまりに殺到したため座布団の上に、精霊達が積み重なる形になった。そんな様子を見ながら呟いたシナだったが、二人が急かすので孤島迄向かう事にした。
「……今度、座布団量産しないといけないわね」
雲から飛び出たシナは、それぞれ両肩にマナとテラを乗せ、目的地目指して飛び始めた。




