45話 三年経って・・・
村に来てから、かれこれ三年が経過していた。
三年と言うと長く聞こえるが、シナにとっての三年はあっという間だった。それこそ、目の前の事をこなしていたらいつの間にか……という感じだ。
三年の間に幾つかの変化や出来事があったが、身近なところで言うとトゥフーの身体が大きく強く成長した事が挙げられるだろう。体が大きくなった事すなわち、モフモフ度が増したという事である。素晴らしい。
トゥフーに関しては、もう一つの変化があった。
それは、つい二か月前まではひたすら増え続けていた食事の量が、極端に減った事だ。村長の持つ古い文献の中に、白狼の記事があったがこのような"変化"の事は記載されていなかった。
トゥフーを鑑定すると"仙獣"という記載がされていた。もしかすると、仙人であるシナと契約しているトゥフー固有の変化なのかも知れない。
何はともあれ、それ迄小山程の食事を摂るトゥフーだったので、これ以上大量の食事を用意しなくて良い事に安堵していた。このままだと、毎日漁に出る事に成り兼ねなかった。
因みに、漁には二、三日に一度の頻度で出ていた。
海中で有効な魔法を幾つも教えて貰ったという事もあるが、深海に存在する海草や生物を見るのが楽しかったのだ。そして、浮上する際の乱反射するクリスタルブルーの海面もまた、楽しみの一つだった。
世界樹のふもとの庭園には、事ある毎に戻っていた。――と言うのも、途中で陣魔法の内"転移陣"を習得したので、庭園の中心に陣を刻んで来たのだ。
庭園は、順調な回復と成長を見せていた。
其々植えて来た植物達は成長し、その枝葉をのびのびとさせていた。黒狼達ものびのびと生活しているらしく、最初の頃よりも体格が良くなり毛も黒々と艶めいていた。
そして、今回新たに海草を新たなエリアに植えて来たのだが……今度帰った時には、恐らく元気になっているだろう。この海草は"魔炎草"と言って魔素を生む植物だ。
どうやら、この草を見つけたのは世界でシナが初めてだったらしく、その見た目から名前を付けるとそれが定着した。見た目から名付けた――というのは、海底で魔素を放出する様子が、まるで燃えているみたいだったのだ。
村長には、「安直だが分かり易くて良い!」と言われた。
他にも、見つけた植物を庭園に持って行っていたら、いつの間にか庭園の広さが最初の規模の三倍ほどに拡張していた。まぁ、これと言うのも世界樹が思いの他大きくなると言う事を知って、急遽庭園を広く増築したのが原因だったりもするのだが……。
何にせよ、この三年間は非常に充実していた。
約束していた通り、村長や村人からも様々な事を教えて貰った。
口伝されている歴史や伝説、そして怪談や噂話の類まで。魔法に関しては、陣魔法と普通の魔法、そして特異魔法(精霊魔法)に関してもその概略と違いについて教えて貰った。
陣魔法は、単に時間が掛かる魔法の劣化版だと思っていたが、庭園に刻んだ転移陣に代表される通り、それはそれで適した使い方があると言う事だった。
魔法は放てばそれで終わりだが、陣魔法であれば据え置き型の使い方が出来る。
結界魔法も陣魔法の一種で、陣魔法の有用性について教わった時も、結界の例えを出されて納得した。陣魔法と言うのは便利ではあるが、幾つかのデメリットもあった。
先ず、陣魔法の場合は陣を刻む必要がある。
次に、普通に魔法を発動させるのに比べて多量の魔力を消費する。
陣を刻む必要がある事自体は言わずもがなだろう。しかし、次の"多量の魔力の消費"は、シナが想像していたよりもずっと大きな注意点だった。
陣魔法――刻む際には一定以上の魔力を消費する。これにより刻む事が出来る魔法は、保有する魔力量によって制限される。そして、使用する際の魔力効率はそのまま魔法を使用するよりも悪い為、結果的に発動後の威力が弱くなる。
転移陣の場合、移動距離に応じて消費する量が変わり、運ぶ物の量によっても変わって来る。何れにしても、常人には自由に使用する事は愚か発動する事すら困難な部類だった。
そして、そもそも陣を刻む魔力すら、足る人が少ないと言う……。
そんな"転移陣"だったが、幸いな事に村長の持つ書籍にその陣が記されていた。過去、誰も"転移陣"として効力を持つ陣を刻めなかったらしいが、シナが発動するといつもの事ながら呆れられた。
さて、魔法を陣に落とし込む際は、その陣を記憶していなければならない。ただ、現在使われている陣魔法はその殆どが、予め陣が刻まれた道具――魔道具を使用して発動するらしい。
シナに限っては、対象の魔法さえ使う事が出来れば、女王の知識によって陣の正確な形を描く事が出来るため、殆どの魔法を陣魔法として再現可能だった。
ただ、転移魔法などの特殊な魔法は使えない為、今後発見次第習得する必要があるだろう。習得には学習が必要だが、生憎シナは勉強が嫌いではない。それに加えて、魔法と言う科学と真逆な現象に対して、植物に次ぐ強い興味を持っていた。
話を戻そう。転移陣に関連してだが、シナの刻んだ陣について、村人たちに発動させられるか試して貰った。幸いな事に村人の内数人は発動させる事が出来た。
発動後、行ったきり戻って来ないので様子を見に飛んだら、転移先で魔力切れで倒れていた。どうやら、余りにも消費魔力が多すぎるらしく、実用云々の話では無いらしかった。
そんなこんなで、陣魔法に関しては習得したと言って良いだろう。
今では、色々な道具へ陣を刻む、"魔道具づくり"の仕事も請け負うようになった。
次は魔法だが、これは何と言うか……
まるっきり精霊魔法(特異魔法)の下位互換だった。
威力も弱く、発動可能な魔法は、自身の体内に持つ魔力の範囲内でしか選択肢がない。まぁ、そもそも精霊魔法と通常の魔法では、魔力を引き出す大元が異なる為仕方ないだろう。
魔法に関して、精霊と人間とで競り合うには少々人間に分が悪すぎる。
極々稀に"勇者"と呼ばれるほど強い力を持つ、イレギュラーも生まれたりするらしいが……それはそれこそ伝説レベルらしく、基本的には精霊魔法と言うのは稀で且つ強力なものと言う事だった。
昼食後、頼まれていた魔道具を作っていたシナだったが、最後の道具――"ウチコミ"を作り終えた。この"ウチコミ"は、発動するとかえしの付いた銛(魚を取る際に打ち込む槍のようなモノ)が真っすぐに飛び出す。
"ウチコミ"は村長に頼まれた魔道具だったが、これは腕に付けて使用するらしく、魔法陣を刻む媒体は腕輪だった。まぁ、海中を移動する際に邪魔にならない形を考えると、無難なとこだろう。
「あら、トゥフーは寝ちゃったわね……」
シナの後ろで囲うようにして横になっていたトゥフーは、静かに寝息を立てていた。
しばらくの間その寝息を聞いていたシナだったが、来訪の影があった。
「お、流石嬢ちゃんだな。終わったかの!」
「ええ、終わったわ。それにしても、これだけ漁の為の魔道具を用意してると言う事は……」
村長の顔を少し寂しげに見たシナだったが、それに対して村長が言った。
「……そろそろ旅に出るのか。まあ、そろそろ嬢ちゃん離れも必要だからな! 既に教えられる事など何も残ってないし、こちらの都合ばかり押し付ける訳にはいかんしな」
村長の少し寂し気な顔を見ながらも、確かにここ最近は村から出る時間が多くなったと思った。転移陣があるのですぐに戻れるが、それでも拠点を村に置いている以上は長期での旅は出来ていない。
「……そうですね」
そのまま少ししんみりしてしまったが、気分を変える為に立ち上がった。
「頼まれていた物はこれで間違いないですね?」
「おお、間違いないのぅ。いつも通り完璧じゃな」
腕輪数種類を確認する村長に頷く。
「それじゃあ、他のも渡して来ますね。それと、少し海に出て来ます」
「うむ。海、と言うと例の捕まえたと言うペットかのぅ?」
ペットとは、マナの言葉だが定着してしまっている。
「ええ、そうです」
「そうかそうか。……そう言えば、レンの姿が見えないんじゃが、知らないかのぅ?」
心配そうにした村長を見て、何となくレンの居場所について悟ったシナは、ただ「見ていないですね……」とだけ答えておいた。
その後、完成した魔道具――壺や発光の魔法陣を組み込んだ光スタンドを抱えると、一つ一つ確認しながら収納魔法でしまった。
トゥフーが目を覚ましたので、これから海に行く事を伝える。
「トゥフーはどうする?」
『僕は森で狩りをしてくる!』
トゥフーは、それ程海が得意ではないらしい。以前無理して付いて来た際にはパニック状態になっていたが、それ以来『あるじ、踏みしめる大地があるのは幸せです!』と言うのが口癖だった。
……海の中でも、上手い事魔力で足場を作っていた気がするが。
ただ、これから行く先で待つ新たな契約獣――もといペットと、トゥフーが仲良く出来るか分からなかったので、今回はそれで良い事にした。今度、どこかで機会を見つけて顔合わせしよう。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
「途中でレンを見つけたらよろしく頼むのぅ」
村長と別れたシナは、一通り頼まれていた魔道具を届けてから、マナ達が居るであろう場所に向かった。途中でトゥフーとも別れたが、駆けて行く姿を見て、改めて大きくなったなぁと思った。
――トゥフーは、小さな小屋ほどの大きさにまで成長していた。




