44話 そもそも美味しい魚
現在、シナの目の前には料理が並べられている。
そこに並べられたのは、軽く二十人前はあろうかと言う量だった。
「真ん中から半分が新鮮な魚を使ったので、もう半分がそうでない分だ。比べられるように沢山用意したからな、さぁ食べてくれ!」
テーブルの真ん中を境にして、左右で同じ料理を作り分けたらしい。急かして来る村長と周囲に集まった村人達に見守られる中、一口目を口にした。
「うむ、そっちは古い方じゃの」
ロードの声を聞きながらだったが、その旨味に思わず呟いた。
「これ、美味しいわね……」
切り身に付けたタレが甘さのあるタレだったからなのか、まろやかな味で上品な味わいだった。タレは壺に入れられていたが、後でサリーにでも作り方を聞いておこう。
「さて、次はこっちね」
途中で何か話してくれれば良いのに、誰一人として何か言う事なくこちらの様子を伺っている。そればかりか、先ほどまで燥いでいた子供達でさえ、息を呑むようにして見ている。
何となくだが、それ以上時間をかけるとヤジが飛びかねない雰囲気があったので、早々に済ませる事にした。それに、流石にそんなに大きな差は無いだろう、そう思ったのだが――
「あら、こっちはタレを付けないの?」
シナがそう言うと、隣に居た男――解体を手伝っていた若い衆が答えた。
「当然だ。新鮮でしかもあれ程の魚だからな」
「だな。その旨さを味わうには、そのまま食べるのが一番だ」
「それじゃあ、頂きます」
口に入れた瞬間悟る。
……違う、圧倒的違いだ。
これは、最早新鮮だとかどうとか言う話では無い気がする。
口に含んだ瞬間感じる、旨味の香り。
舌に触れた瞬間感じる、きめ細やかさ。
噛む前にとろけてしまう、切り身。
――何をとっても別格だ。
「美味しい、全然違う……」
そう呟いたシナは、二口目、三口目と手を伸ばしていた。
ハッと我に返った時には、既に七口目を食べ終えた処だった。
「うぁ……お、美味しいな~」
生暖かい村人の視線に気が付いたシナは、咄嗟に誤魔化すも、かえって村人を笑顔にしただけだった。恐らく、シナの見た目が子供にしか見えない事が影響しているのだろうが、それでもムズ痒いものがあった。
「嬢ちゃん、どうだった?」
「確かに、美味しかったです……ふふっ」
男に答えたシナだったが、視界の端に映った光景を見て思わず笑みを溢した。
そこには、待ちきれないのか前足で世話しなくステップを踏むトゥフーと、涎を垂らしているマナとテラそれにレンが居た。
マナ達の事を見て微笑んだのだが、どうやら村人達は勘違いしたらしい。
大きな歓声を上げて喜び始めた。
「おおー! やったぞ、これでもう一匹入るぞー!」
どうやら、シナの言葉が答えだと勘違いされたらしかったが、確かに新鮮な魚の方が美味しかったのでこれ以上は何も言うまいと思った。
ただ、何となく鮮度以上に魚自体の種類が影響している気もしたので、その事は後で確認しておく事にした。確認さえ出来れば、美味しい魚を見分けられる。
「おかあさん、もう良いなの~?」
「ねえ、シナもう食べても良いのかしら?!」
「わふっ!」
マナ達に言われて、村長に視線を向けた。この魚はシナが獲って来た物だが、捌いたのは村人達だ、自分が許可して良いものか迷ったのだ。
「……ん?」
「いえ、もう美味しい事が分かったので、皆で食べませんか?」
シナの視線に気が付いた村長にそう言うと、その言葉を聞いた村長が目を輝かせた。
「……と言う事は?」
「ええ、もう一匹でも二匹でも獲って来るわ。その代わり――」
魚の種類を教えて欲しい。そう言う前に、村長の雄たけびが上がった。
「お、おぉぉぉー! 皆の者やったぞー! 今日は宴だぁぁぁ!」
村長の言葉を聞いた村人達は、拳を突き上げた。
「よっしゃあ!」
「食うぞー!」
「酒だ、酒を運んで来い!」
早速テーブルの上の料理に手を付け始めた村人達を見ていたシナだったが、それに混ざってマナとテラが大量の切り身を確保しているのを見て、注意しようとした。しかし――
「まあまぁ、大丈夫だ。まだまだ有るからな。それに、あの子達も結界が強化される切っ掛けになったんだろう? 沢山食べて欲しい。まぁ、そもそも嬢ちゃんが獲って来た魚だがな」
そう言って笑う村長だったが、その横には美味しそうに切り身を食べるレンが居た。
「こいつが人間の食べるものに口を付けるなんて、あまりない事なんだがな」
「そうなんですか?」
「ああ、本来精霊には必要無いからなぁ。余程好みに合わないと、そうそう食う事なんて無いんじゃよ。まぁ、そうは言ってもレン以外の精霊の事を知らないから、何とも言えないがのぅ……」
そう言ってから、テーブルの一角を占拠しているマナとテラに目をやって続けた。
「まぁ、嬢ちゃんの連れを見る限り、ワシの考えが正しいとは到底思えないがなぁ」
それもそうだろう。至福の表情を浮かべてモグモグと食べる姿を見れば、とても「食べる事は珍しい」なんては思えない。
「もしかしたら、私の料理が原因なのかも……」
そう呟いたシナだったが、足元で頭を摺り寄せて止まらないトゥフーを抱き上げていた。トゥフーは、どうやらこの短い間に胃の中の食べ物を消化したらしく、そのお腹は普通に戻っていた。
「嬢ちゃんの連れは、どうやら食いしん坊みたいだのぅ」
「食べ盛りみたいですね……ははは」
一先ず自分とトゥフーの分を確保する事にしたシナは、争奪戦の繰り広げられている"食の戦場"へと赴いたのであった。
切り身を確保していたシナだったが、マナとテラの側だけ空いているのを見て、そちらから貰う事にした。途中、マナの横から手を出した際に何やら抵抗を感じたが、そのまま手を伸ばすと問題無く取る事が出来た。
「おふぁあふぁんなふぉ」
「はいはい、ゆっくり食べてちょうだいね~」
マナにそう答えたシナだったが、隣に居たテラは首を傾げていた。
「あれ? ねえマナ、貴方疑似結界に手を加えた?」
「しふぇふぁいふぁの」
その直後、それ迄他の誰も近づいていなかった一角に、村人達が殺到した。
「ちょっと、あんた達!」
「だぁめふぁの……それ、マナのなの!」
どうやら、何かしてしまったみたいだった。慌てるマナとテラには悪いと思ったが、それでも独り占めするのはお行儀が良くはない。
……結果良し。
苦笑する村長に「やはりとんでもないなぁ、嬢ちゃん……」と呆れられたが、それに答えるよりも、待ちきれなくて拗ねかけていたトゥフーに切り身をあげる事にした。
土魔法で作った皿から、綺麗に切り身を食べるトゥフーだったが、どうやら味わって食べる事にしたらしかった。小さくかじっては尻尾を振っている。
「それで、魚を一匹獲って貰う事もじゃが、お礼を受け取って貰う事も良いかな?」
そう言った村長だったが、何とも言いようのない表情をしていた。
「分かりました。魚は兎も角、お礼は何をくれるんですか?」
下手に高価なものを貰っても、何だか申し訳ない。そう思って聞いたのだが、村長は何と言ったら良いものか悩んだらしかった。
「うむ、その事なんだがなぁ。普通だったら鍛えてやったりするんだが、何分お嬢ちゃんだからなぁ……ワシにも、何をお礼にしたら良いか分からないんだ」
何か欲しいものや困っている事は無いのか、そう聞いて来る村長を見てようやく、村長が悩んでいた理由が分かった。どうやら、お礼に相応しいものが思い付かない、と困っていたらしい。
村長に分からないのに自分に分かるはずが無い、そう思ったシナだったが、閃いた事があった。それは、道中やこの村に来た時に困った事だった。
「そうですね……それじゃあお礼は、私が滞在している間に"色々な事を教える"――でお願いします。知らない事が沢山ありますから」
そう、この世界については知らない事が沢山あった。それこそ、常識的な部分や歴史なんかも全く知らない。種族やなんかは女王様に貰った"女王の知識"があるが、それに関しても基準が無くては活用の幅が狭くなってしまうだろう。
良い事を思い付いたものだと思ったシナだったが、村長の方は納得いかないらしかった。
「いや、唯でさえ結界のお礼があると言うのに、これだけの魚の礼ともなると、生半可では済まないからなぁ……それに、教えるって言っても魔法は嬢ちゃんの方が――」
「いえ、実は魔法もどんな魔法が有るのか知らないんです。使えるだけで。それに、そう言った事では無くもっと基本的な――歴史とか常識なんかについて知りたいんです」
そう言うと、少し考えた上で頷いた。
「なるほど。確かにお嬢ちゃんは、少し常識から外れてるからのぅ。いいだろう、ワシが責任もって常識から歴史、魔法、作法、狩猟に関するまで教えよう」
そう言った村長にホッとしたシナだったが、そこに居たサリーが言った。
「なるほどねぇ……そういう話なら、爺さんだけに任せるのはおかしいわね」
「えっ、サリーさんそれってどういう――」
戸惑ったシナだったが、次の瞬間息を吸い込んだサリーが言った。
「みんな、今日のお礼は、シナちゃんに優しくする事で返すんだよ。聞かれたら教えてあげな!」
サリーの声も大きかったが、それ以上に村人達の声が大きかった。
「もちろんだぜ、何でも言ってくれ!」
「俺の所に来れば、家の建て方教えてやる」
「私は美味しいお菓子を教えてあげるわ!」
「僕は、食べられる草を教えてあげる!」
彼方此方から上がる声を聞きながら、この調子だと全部教わるまで、随分と留まる事になりそうだと思った。しかし、その温かい気持ちに有難く思ったシナは答えた。
「ありがとう。私は一匹と言わず魚を獲って来るわね」
この時、その日一番の歓声が村に響いた。
少し間が空きましたが、どうにか書き上がりました。
気になる部分があればご指摘下さい。修正いたします。




