43話 血は捨てちゃダメ!
シナが海から引き上げた魚を見た村人達は、一同揃って後退っていた。ロードとサリーが、揃って何か呟いていたが、どうやら少し珍しい魚だったらしい。
「これ、何処に置いたら良いですか?」
そう言って、先程陣頭切って捌いていたサリーに聞くと、顔を引きつらせたサリーが言った。
「ちょっと待って頂戴ね、それを自由にしちゃダメよ?!」
慌てているサリーに「浜に下ろすから……」と言いかけたのだが、ものすごい勢いで頭を振って止められた。そんなに頭を振ったら首が痛いのでは無いかと思ったが、そんな事を言える雰囲気ではなかった。
「ダメよ! もし生きたまま解放したら、私達がどうなるか!!」
どうやらサリーは、魚を生きた状態で開放する事に反対だったらしい。まあ、確かに魚は陸に上がっても暫くは元気だったりする。それに、この世界の魚は前世のそれに比べて遥かに生命力が積用みたいなのだ。下手に暴れられて、誰かが怪我でもしたら大変だ……。
「分かったわ、これで――『風切刃』どうかしら?」
言いながら魚の頭を落とすと、それを見ていた村人達は口をパクパクさせていた。その様子を見たシナは(もしかすると、何か鮮度を落とさないで絞める方法が有ったのかも知れない)と若干後悔したが、既にしてしまった事なので今更だろう。
口を開いたままになっている姿を見ながら言う。
「ごめんなさい。何か捌き方が有ったのなら、ここから先を教えて貰えるかしら?」
そう言いながら、宙に浮かべた水の塊を砂浜の上まで移動させた。因みに、この"水牢"は宙に浮くような術ではない。宙に浮いているのは、"水牢"に対して重力魔法を掛けているのだ。
シナの言葉を受けたサリーは、自分が口を開けたままだった事に気が付いたらしい。口元に手を当てると、目は上に向けたまま言った。
「え、ええ。完全に"食材"扱いなのね……」
「え?」
「いえ、何でもないわ。それより……」
「ええ、指示して貰えればやるわ!」
一応、これでも長い間主婦として一家の台所に立って来たのだ。使う道具が違えど、道具を手足のように使える以上は責任もって料理するつもりだ。
「そうね。それじゃあ、先ずは血液と切り身の分離をして貰えるかしら?」
そう言ったサリーに頷くと、水に込めていた魔力を操作した。
これも森の中を移動するうちに気が付いた事なのだが、魔法を発動した後の素体(土魔法の"土"や火魔法の"火"、風魔法の"風"、そして水魔法の"水")は、その発動の際に込めた魔力量に応じて素体内に魔力が残存するらしい。
そして、シナはその魔力を直接操作する事ができていた。その結果――目の前では、血液だけが集められた赤い球と魚を包む水球の二つが浮かぶ事になった。
サリーが頷いているのを見て、当然(魔法が使える人ならこれが出来るものだ)と思ったシナだったが、その横で始終口をあんぐりとさせていたロードは様子が違った。
――いや、ロードだけでなく他の魔法使いもだったが。
その内の一人――村でも優秀なまで魔法使いの一人で、今朝まで自分が村長の次に優秀な魔法使いだと思っていた――が呟いた。
「村長……」
若者の言葉に頷く。
「ううむ、随分簡単そうに操作しているが、アレはかなり神経を使う"魔力操作"――しかも、遠隔だからかなりの練度が必要だろうな」
村長であるロードの話を聞いた若者は、自分の頭で予想していた事の裏付けを貰ってほっとした。しかし、直ぐに自身が未だに精神統一した上でないと出来ない"術"を、年端も行かないように見える少女が自由に使っている事に驚きを隠せなかった。
しかしそんな驚きでさえ、自身で見た海中での出来事と、少女から感じる圧倒的"強者"の気配の前では、新たに加えられた"証拠"でしかなかった。
「まったく……常識も何もあったもんじゃなくて、色々と感覚がくるってくるわい」
「そうですね、全く自身の未熟さを思い知りました」
「ほう、お前も"勇者"とワシとサリーの次位には強いがな」
「……はは、こんな光景見た後だと虚しいだけですよ」
若者の言葉に頷いたロードは、心の中で(思わぬ収穫だったな)と思った。と言うのも、才能のある若者に陥りがちな過度な自信から来る"慢心"これに、この若者も陥っていた。それが、規格外の存在に出会う事で自分の矮小さを認識できたのだ。
(うむ、慢心で失うものは大きいからな)
心の中で喜んでいたロードだったが、目の前の少女が宙に浮かべていた水球から、その魚の血液をまとめて海に放ったのを見て、絶叫した。
「ヴァアァァァぁあっ!」
ロードの急な絶叫に驚いたシナは、水球を維持したまま振り返った。
「どうしたの?! 何か魔物!?」
「どうして……どうして……」
そこに魔物の姿は見当たらなかったが、その代わりに、何処かうわ言でも言うかのようなロードを確認したシナは「ロード?」と呼びかけたが、そんなシナに対してロードが言った。
「どうして、捨ててしまったんじゃあぁぁ~~!」
「へ? アレ必要だったの?」
ロードの反応に驚いたシナだったが、その話を聞いて納得した。
「……なるほど、強い魔物は全身に価値が有るのね」
「うむ、暴食者であれば、魔法具なんかを作る際にも、大いに役に立ったに違いないだろうのぅ。はぁ……」
落胆するロードを見て「今集めれば、まだ間に合う?」と聞いたが、どうやら不純物を多く含んでしまうとその効果は薄れてしまうらしかった。
何となく申し訳ない気分になっていたシナだったが、落ち込んでいるロードの側にサリーが歩いて来た。その様子を見る限り、サリーはロードほど何かショックを受けた様子は無かった。
「ほら、無くなってしまったもんは仕方ないじゃないかい。それに、そもそも魔力の籠った血液ならまだまだストックがあったんじゃないかい?」
「……はぁ、分かっとらんのぅ。アレのは特別、他のとは比べ物になるまいて」
どうやら、簡単に立ち直れない程らしい。
その様子を見ていたシナが言った。
「それじゃあ、この"食べ比べ"で新鮮な魚の方が、明らかに美味しいと証明して下さい。そうしたら、もう一匹同じようなのを獲ってきます!」
シナがそう言うと、それまで項垂れていたロードがその顔をパァっと輝かせた。
「ほんとじゃな?!」
「ええ、約束します」
手を握るロードに苦笑しながら応えると、顔いっぱいに笑みを浮かべたロードが言った。
「よしっ、皆の衆! 最高の料理を作るぞーー!」
――その後、張り切るロードを中心にして次々と料理が作られ始めた。その浜の端では、仰向けになった白狼の上に頭を乗せ、マナとテラそして、村長ロードの契約精霊"レン"が寝転がっていた。
「ね? 気持ちいいでしょ?」
そう言ったのはテラだったが、それに答えたのはレンだった。
「……確かに、もふもふしてるのも良いですね」
レンの言葉を聞いたマナが頷く。
「そうなの。とうふーはきもちいいなの!」
「わふっ!」
頭をグリグリと動かしたマナに、白狼がくすぐったそうにしたが……
「あ、動いちゃダメなの!」
「ダメですよ、トゥフー!」
「気持ちいいから、もう少し!」
上位者からのクレームを受け、再び仰向けになったまま動きを止めたトゥフーは、小さく鳴いた。
「わぉっふ~!」
それは、主への助けを求める声だったが……不意に振り向いたシナは、その様子を見て(微笑ましいものを見れた)と喜ぶと、再び魚の調理に戻っていた。
――幼き白狼"トゥフー"の試練は、まだしばらく続くのであった。
途中で中心視点がシナからロードへと切り替わりますが、直ぐにシナへと戻ります。読みにくい場合はご指摘下さい。違和感の無いように気を付けたつもりですが、力不足でしたら申し訳ありません。




