40話 本当の理由
迫り来る大波に対処したシナはその後、問題を起こした張本人――水の精霊"レン"と、その契約者にして村長"ロード"を引き合わせていた。
しばらくの間、抱き着いたり話をしたりして懐かしんでいたようだったが……シナはと言えば、二人が話している間中、大波が凍って出来た"氷塊"を片っ端から空間収納していた。
「……さて、これくらいで良いかしら」
近づいてみて良く分かったが、この世界の海は非常に綺麗で透き通った色をしていた。折角凍らせた物を単に溶かしてしまうのも忍びなかった為、凍らせた分は氷として活用する事にしたのだ。
ある程度まとまった量を確保したシナは、その様子に満足して頷いた。
「また必要になったら作れば良いし、一先ず戻りましょうかね」
そう呟くと、ふたりに声を掛けて一先ず村へと戻る事にした。
――十分後。
村に帰った一同は、其々質問攻めに合っていた。
シナに対しては、大波を凍らせた魔法について。
村長に対しては、手を繋いで帰って来たレンについて。
レンに対しては、昔の知り合いからの挨拶と旅していた期間の事について。
レンに関して"旅していた"と言うよりは、"彷徨っていた"と言った方が正確だと思うのだが、その辺りは配慮する事にしたらしい。
その後、如何にかこうにかして人の輪を抜け出したシナは、少し離れた場所から様子を見守りながら、マナ達と一緒に一息ついていた。
「おかあさん、すごかったなの!」
「そうね、確かに凄いけど。ちょっとやりすぎよ」
「そうね、少しやり過ぎちゃったかも知れないわね」
……トゥフーは、ポッコリとしたお腹を上にしている。どうやら、残っていた朝食を全て食べてしまったらしい。どうやって、あれだけの量(トゥフーのサイズを大きく上回る量)を食べたのか突っ込みたくなったが、こらえた。
『くぷっ、もう食べられないです……あるじ』
「あんまり食べ過ぎるとお腹が破裂しちゃうわよ?」
若干脅しを込めてそう言うと、仰向けだったトゥフーが慌てて言った。
『あるじっ、お腹はれつは痛いです?! どうしたら良いです!?』
……足をパタパタとさせている。
慌てる様子は可愛かったし、そもそも森の中でも相当量食べていた筈だが……笑うのを堪えて黙っていると、いよいよパニックになり始めたので言った。
「大丈夫よ、トゥフーのお腹には魔法を掛けておいたから。でも――」
『!それじゃあ、もっと大丈夫ですね、あるじ!』
……どうやら、調子に乗り易い質のようだ。
「だめよ、この魔法はそう何度も使えないの。もし魔法が切れる前に食べた分を消化し終えられなければ、それはそれは大変な事になるわね……」
わざとらしくそう言って脅すと、これまた分かり易く動揺し始めた。
『えっ、それじゃあどうすれば良いですか! あるじのまほうが切れる前に、どうにかしないと……ぼくのおなかが……どうにかしないと……!』
その後、考えるふりをしていたが、いよいよ焦ったトゥフーが魔法を使ってどうにかしようとし始めたので、慌てて言った。
「ちょっと、その影魔法は止めてちょうだい。それに、食べ過ぎた時は一つしかないわ!」
『あるじぃぃ』
これで少しは凝りてくれれば良いのだけど……
涙目で見つめて来るトゥフーに続ける。
「それはね、"運動"よ!」
『"うんどう"ですか、あるじぃ?』
仰向けのまま小首を傾けている。
「そう、運動――つまり飛んだり跳ねたり走ったりして、消費するしかないの!」
『分かりました……すみません、起こしてもらえますかあるじ』
余程危機感を覚えていたらしく、大人しく頷いたトゥフーだったが、その後足をパタパタとさせてからこちらを見て来た。どうやら、自分では起き上がれなかったらしい。
笑いそうになるのを堪えながら起き上がらせた。
「はい、これで良いわ」
『あるじぃ』
「そうね……。みんなの邪魔にならないように近くを走ると良いわ」
シナがそう言うと、必死の様相をしたトゥフーは早速走り始めた。
その様子は、傍から見るとそれ程格好の良いものではなかったが、何処か鬼気迫る様子があり、子供達も遠巻きに恐る恐る様子を伺うほどだった。
そんな風に楽しくしていたシナだったが……どうやら、精霊と村人達についてもひと段落したらしかった。それまで当たり障りない質問が飛び交っていたが、落ち着いて来た処でサリーが一歩前に出て話していた。
「それで、結局のところ私達が勇者を迎え入れたのが、不味かったのかしら?」
……どうやら、一番気になっていた事を聞く事にしたらしい。
対してレンは、首を傾けると言った。
「何を言っているんですか? 確かに、世界樹を傷つける勇者に味方する事は出来ませんが、それでも契約主との関係は簡単に切れる程のモノでは無いなのです」
それに反応したのはロードだ。
「それじゃあ、俺達の元から去ったのは?」
「むぅ……それをあなたが聞くのですか。あなたが『のぞきをするから協力してくれ』と言った事が原因で……レンが居るのにそんな事を言うから……」
レンが答えると一瞬の間があってから、顔色を変えたロードが慌てて言った。
「ん……? いや、レンそれはきっとお前の記憶違いで――」
しかし、今更取り繕った処で遅かった。レンの肩を掴んだロード、その真後ろには眉間に青筋を浮かべたサリーが居た。
「アナタどういう事か話して貰うわよ?」
その後、しっかり(?)と事情聴取された元悪ガキもとい村長ロードは、話が進むに連れ段々と元気がなくなって来ていた。
どうやらそもそもの切っ掛けは、入浴中の女性を覗きに行こうとしたロードに対して、レンが反対した事がその切っ掛けだったらしい。
当初の話では、世界樹に近づこうとする勇者達一行を受け入れた為、敵対したという話だったが……話を擦り合わせる内に、そういう事でもなかったという事が分かって来ていた。
「その、だからすまんかったと言っているだろう。それに、昔の事だからよく覚えていないんだ」
「あなたって人はこれだから! 私達は、貴方が『勇者一向を受け入れたせいでレンが去った』というから、それを信じていましたのに!」
「いや、まあそれはなぁ……すまん」
「すまん、じゃないでしょう! お陰でどれ程大変だったか、海の魔物が上がってきたらとヒヤヒヤしていたのに!」
「それは、ほら結界があったから……」
「何言っているんですか! その結界が無くなったら大変だ、という話をしていたのですよ。それに、今ではこうして結界が無くなってしまっていますし――」
白熱し始めたサリーだったが、シナとしてはどこか懐かしさを覚えていた。
「……何処の世界でも似たような事はあるのね」
ゆっくりと寛ぐシナだったが、その従魔はそれ処では無かった。
従魔であるトゥフーは、食べ過ぎて膨らんだ分をエネルギーとして消費する為、一生懸命手足を動かしていた。しかし、どうやらその背にマナが乗って居る事には気が付いていないらしく、スタート時よりも若干重くなった体を改善する為に頑張っていた。
マナにそのあそびを教えた張本人は、すました顔でシナに寄り添っていたが、テラに気が付いたシナに手を繋がれると若干頬を染めていた。
その後、しばらく経って解放された村長は、広場の隅で体を横たえた白狼の隣に行くとぐったりとしていたが、ふとシナの視線に気が付いたらしく頭を掻いて誤魔化していた。
その後、程なくして歩いて来ると言った。
「悪いのぅ。客人であり恩人のお主たちを放っておいたりして」
……どうやら、精神ダメージの影響は言葉遣いにも出て来たらしかった。




