39話 精霊の事情
テラとマナが、二人揃って村人達に気を使わせていた少し前。霊体化したシナは、村長であるロードと共に押し迫る波へと急いでいた。
『ロードさん、もしかすると平静では無いかも知れないので気を付けて下さいね!』
『ああ、そうだな。それに……どんな魔物が迫っているとしても、これだけの力を持つ魔物だ。そもそも俺が如何にか出来る相手じゃないだろうな』
頷いているロードを見て、何となく違和感を覚えたシナは言った。
『魔物……? えっと、ロードさんはこの先に居るのがどんな存在か、分からないんですか?』
『そりゃあ無理さ。どの程度の強さか、気が高ぶっているかどうかなんかはその波で分かるがな。流石に、それがどんな存在なのか迄は、近づかない限り判断できないな。まあ、そう言った感知に優れた種族なんかもいるが、それは特殊だろうな』
言った後で、そう言えば自分が話している相手は、そもそも"普通"の枠には当てはまらないであろう存在だ、と思い出した。
『……まあ、嬢ちゃん達には当てはまらないかも知れないが』
『それって、どういう――』
この世界の"常識"に触れる、絶好の機会だと思ったのだが……言葉の途中で遮る者がいた。正確には、近づいた瞬間水が槍の形を取って飛んで来たのだ。
『危ない!』
『任せろ!』
避けようとしたシナだったが、ロードの考えは違ったらしい。
迎え撃つために、魔法を行使していた。
『水盾!』
目の前に、水で出来た盾が現れる。
よく見ると、盾には何やら細かい装飾のようなモノも再現されている。
精霊魔法や陣を用いない魔法は、そのイメージがより鮮明である事が、結果に大きくかかわって来る。その事から考えると、咄嗟にしてこれだけの盾を再現できると言うのは、それだけ練度が高いと言う事を示しているのだろう。
水の槍は、ロードの盾によって防がれていた。
見ると、その盾の強度で砕き、その広い面によって全面的に防いでいるようだった。
『っつ、次来るぞ……おいおい、こんなの……』
次、と言ったロードだったが、その"次"が想像を遥かに超える規模だった。
山なりになり向かってくる津波が、その形を変えて巨大な一本の槍を形作ろうとしていた。対してそれを見たロードは、一瞬ひるんだものの再び盾を形作り始めていた。
『不味いわね……きっと、防げたとしても後ろの村には被害が出るだろうし。そうならない為には、この量の水をどうにかしないと……そうね、凍らせちゃえば良いかしらね』
必死に盾魔法を用意しているロードの横で、シナは想像した。
凄く沢山凍るイメージと言えば……
『これね!』
その直後、想像した通りになるように必要なだけ力を込めた。
『氷の世界』
一瞬だった。
シナを中心にして前方へと放たれたその魔法は、そのまま目標であった水の槍を凍り付かせると、その勢いを留める事なく水の壁――そびえ立つ波を凍り付かせて行った。
『た、たて……』
ロードが何やら呟いているが、その前に再現された盾が凍り付いているのが理由かもしれない。水の状態でも装飾が綺麗だったが、凍り付いた後は更に美しくなっていた。
それにしても……
『すこ~しやり過ぎちゃったかもしれないわね』
目の前は愚か、見渡す限り氷世界となってしまっている。
確かに、目の前の水は全て凍らせる必要が有ったのだが……凍り付いた氷の壁を越え、反対側へと目を向けると、その先も広範囲に渡って氷世界になっていた。
『っと、それより……』
隣へと視線を向けると、未だに固まったままのロードが居た。
無理に連れて行くのもなんだと思った為、一先ずロードはそのままにしておく事にして、目的である存在が居るであろう場所へと向かう事にした。
――
『えっと……ここら辺ね』
巨大な氷の壁と化した中にあって、その中心あたりに来たシナは、その場所に向かって炎を放った。もちろん、最新の注意を払ったのだが――
『ふぁっ!?』
思いの他威力が強かった。
慌ててその勢いを空へと逃がしたのだが、上空に一柱の炎が巻き上がる結果となってしまった。……森の中では、光魔法と土魔法を中心に使用していたが、どうやら火や水など他の魔法の訓練も必要らしい。
少し失敗しはしたが、取り敢えずは目的が果たせたのだから良いだろう。
目の先には、半透明に霊体化した精霊が居た。
……何やら話している。
『ちょっと待って下さいなのです……こんな、普通は私ごと凍らせるなんてあり得ないです……それに、冷たい次は熱いなんて勘弁してほしいなのですぅ……もしかして、やっぱりレンは要らない子だったのですか……いや、きっと怒って出て行ったから愛想を尽かせたのですね……』
氷に挟まったまま、若干火に炙られているその子は"レン"と言うらしい。
どうやら、何か自身の内で悶々としている様で、シナが近づいても中々気が付く事が無かった。
『そんな事ないわよ、きっと理由が有ったのよ』
『そうかなぁ……でも、レンが出て行ってから直ぐに繋がりが消えちゃったし……』
どうやら余程ショックを受けているらしく、その子の周囲を炎で溶かしているシナにも特別反応が無かった。
――いや、氷から助け出した後抱えたら抱き着いて来た事から、反応したと言えばしたのだろう。言うなれば、何か心地よさに包まれて、それが何であっても構わないと言った処か。
『……自分から会いに行こうとは思わなかったの?』
レンと自分の事を言った子を抱きながら、子供をなだめるように聞いた。するとレンは、少し悲しそうな顔をして伏し目がちに呟いた。
『だめだったの、兎に角遠くに行ったら帰れなくなって……でも、繋がりが有るから大丈夫だって、辿れば戻れるって、そう思ったのに……』
どうやら、帰ろうにも帰る方向が分からないといった状況だったらしい。
『そうだったのね、でもなんでこんなに大きな魔法で攻撃しようとしたの?』
『…………違うの。ただ、レンの方が新しい子よりも"つよい"って知ってほしかったの。それなのに、何だか大きな気配がするし、気が付いたら――あり得ないのに――氷で動けなくなったの……』
何となく、自暴自棄になってやったと言う感が強い。
それに、どうやらテラが言っていた通り、精霊に対してであっても精霊魔法を以ってすれば魔法は効果を発揮するらしかった。
実際に用いたのは海水だったが……魔法を行使する際に、媒体となる物質に魔力が行きわたる事で、本来透過する筈の物質を以ってしてもその効力が及ぶのだろう。
……大分燃費は悪そうだが。
何となく落ち着きかけていたシナだったが、魔法で以って解凍しない限りそのままであろう氷壁と、腕の中で心地良さそうにしている精霊"レン"を見て言った。
『それじゃあ、さっさと謝って仲直りしちゃわないとね! そもそも、精霊と人間は時間の流れが違うのだから、思い立った時に行動しないと二度と会えないわよ?』
そう言いながら、レンの頭を撫でた。
シナの言葉に頷いていたレンだったが……ふと、その目をシナへと向けると、驚きの余りだろうか口と目が丸く開いていた。
『マザー……じゃないけど、精霊? 違う?!』
どうやら、ここに来て自分がどんな状態に有るのかに、気が付いたらしかった。
自分が抱えられている事に気が付くと直ぐに腕から離れ、霊体から実体へと変化した。実体化したレンの髪は、淡い水色をしておりその瞳は深い蒼だった。
淡い髪色をした深い蒼の瞳を持つ精霊"レン"です。上位精霊が実体化できる訳ですが、その髪色なんかは基本的に属性に応じたモノになる――と想像していただけると、分かり易いかと思います。




