38話 察しの良い村人達
多少改稿いたしました。
違和感を感じる部分あればご指摘下さいm(_ _)m
押し迫って来る水の壁を見て『探知』をしたシナは、そこに何となく覚えのある気配がある事に気が付いた。それは――
「シナ、あれって……」
「おかあさん?」
テラとマナがこちらを見て、何か言いたそうにしている。
「ええ、そうね間違いなさそうね」
状況を整理しながら深呼吸すると言った。
「マナは、いざと言う時にあの"水の壁"を消すだけの魔法を用意していて頂戴。多分二人と同じだと思うけど、冷静な状態か分からないわ。それとテラは、いざと言う時にはここに居る人達を守って頂戴」
二人にそう言うと、シナ自身もやるべき事をする事にした。
「ロードさん、途中だった霊体化の続きを!」
「し、しかしだなアレを如何にかせんと……」
どうやら、迫っている水の壁が気になっているらしかった。
そんなロードに対してサリーが言う。
「ほら、あなたは先ず言われた通り済ませちゃって下さい。それに、何か状態異常の効果を含んでいるなら別ですが、村の皆があの程度の普通の波でやられると思うのかしら?」
サリーの言葉に目が覚めたらしい。
「む、確かにな。魔法が得意な者も居るし、何よりお前が鍛えている奴らは問題無いだろうな……。よし、嬢ちゃん達がどうするつもりか分からないが、任せようじゃないか!」
そう言うと、途中だった霊体化の続きを始めた。
体の輪郭があやふやになり、何処からともなく空間との境目が無くなって行く。
「……どうやら、本当に出来たみたいね」
目の前には、霊体となったロードが居た。
半透明となったロードは、何処か懐かしむような表情を浮かべて自分の状態を確認している。そんなロードを見て一安心した。
「さて、それじゃあ私もなっちゃいましょうか!」
「へっ? あなた何を言って――」
ロードが変異したのを確認したシナは、疑問を浮かべるサリーを気にする事なく霊体化した。かかったのは一瞬だったが、まだ慣れない。
「やっぱり不思議な感覚ね」
久しぶりに霊体化したシナは、その場で少し浮き上がってみながら呟いた。
「さて、と。それじゃあ早速――」
「ちょ、ちょっと、シナちゃん?!」
慌てた様子でサリーが手を向けて来た。サリーは手を掴もうとしたようだったが、霊体化したシナを掴めるはずもなく……
「あ、あれ?」
サリーの手はシナに触れる事が無く、宙を掴んでいた。
「む、霊体化したという事は契約者……いや、精霊?」
「えっそれじゃあ、貴方の契約していたレンちゃんと同じ精霊?!」
……どうやら、要らぬ方へと勘違いしたらしい。
二人の誤解を解こうとしたのだが、テラが手を引いて来た。
「早くしないと!」
テラの声に目を向けると、既にその高さを感じるほどに水の壁が近づいていた。
「そうね、それじゃあそっちはよろしくね!」
「大丈夫なの~!」
「そうよ、任せなさい!」
手を振るマナと、腰に手を当てて早く行ってこいと手を振るテラに見送られ、取り敢えず目の前の事に集中する事にした。
「さあ、ロードさん行きますよ!」
「えっ? おい――つっ!」
ロードの手を掴むと、押し寄せる波の方へと飛んだ。テラに手を引かれて気が付いたのだが、どうやら霊体となっても精霊と霊体はお互いに干渉できるらしい。
ロードは何か言っていたが、ゆっくりと説明している時間など無い。気合いを入れ直すと、気配を感じた方向へ急ぐことにした。
◆◇◆◇◆◇
……夫と少女の姿をしたナニカ――シナと名乗った存在が飛んで行く。
サリーが感じていたのは、今しがた飛んで行った少女への"恐怖"だった。確かに、目の前の可愛らしい子供達にも何か"強者"の気配を感じるが、明らかにあの少女とは違う。
そう、例えるならば目の前の子供らは"勇者ぐらい"と言うのが良いだろうか。
確かに、勇者は人類最恐とは言われている。
しかし、それは飽くまでも想像できる強さだ。あの少女のように、仮に自分と夫百人が束になっても敵わないような、そんな強さは感じない。
「さて、悪いけど少し耳を閉じていてくれるかしら?」
そう言うと、二人の内一方は頷くと『わかったなの!』と直ぐに耳を閉じてくれた。しかし、もう一方の子は何やら悩み、結果的に『仕方ないわね』と言って耳に手を当てていた。
嫌々と言った風に耳に手を当てる様子を見て、ふと先程その子――テラと言ったか――が、霊体化した少女の手を握っていたことを思い出した。
……自分は、少女――シナの事を触れなかったのに。
何となく重要な事の気がしたが、考えるのは後にする事にした。
息を吸い込むと腹に力を込め、力いっぱいに声を出した。
「みんな、引きこもってる場合じゃないわよ! さっさと出て来て頂戴!」
そう言うが否や、ひっそりとこちらを伺っていたのだろう。近くの家を始めとして、ぞろぞろと村人達が出て来た。中には小さな子も居るが、普段から訓練をしているのだ。
子供であっても気配には気が付いていたのだろう、ひどく怖がっていた。
そんな子供達に言う。
「大丈夫、この子達はとても優しいのよ。それに、このオオカミの子だって可愛いわ」
言いながら、白い狼の子とほんわかした雰囲気の子供の頭を撫でた。
すると、その様子を見てようやく警戒が薄れたのだろう。
近づいて来ると、恐る恐る話しかけていた。
その様子を見ていると、村の内でも腕利きの若者が小声で話しかけて来た。
「姐さん、大丈夫なんですか? その……」
恐る恐ると言った感じで、その視線は二人の子供と、白い狼の子に向けられたままだ。
「大丈夫なはずよ。それに、今この子達の――(なんと言ったら良いのか分からないけれど)そうね"お姉さん"が私達の為に海の方に行っているわ。わざわざ、助けてから敵対なんてしないでしょう?」
それに、何よりこれまで接してみて、何となく"善良"な感じがした。
「確かに、あの"波"を発した存在は、ここにはいないようですが……分かりました。姐さんが駄目だったら、元より終わりですからね。全て判断は任せます。それと、村長は?」
今更村長が居ない事に気が付いたらしい。
……確かに夫は魔術の最高峰ではある。
しかし、得意なのは水魔法であり、その効力を発揮するのは水の中である為、地上では強いとは言っても百人を相手に無双できる程と言う訳では無い。
これが海や川など、水源が近くにあれば別なのだが……
取って付けたように言う若者に、苦笑を浮かべながら言った。
「ああ、それはほら、あの大波をどうにかしに行っているわ」
「大波ですか?」
海を指して言うと、不思議そうな顔をされた。
「そう、大波よ。これ迄、ああした自然災害なんかは全て"結界"が守ってくれていたからね、本来はとても危険――とは言っても、貴方達なら大丈夫でしょうが。それでも、家やその他生活に必要なものは、全て攫われちゃうのよ」
どうやら、そこまで説明してようやく事の重大さが理解できたらしい。
「えっ、それじゃあ急いで荷物を取りに――いや、それよりも協力して大波を消した方が? おい、お前らみんなで協力してあの波を……」
早まった若者が周囲に呼びかけ始めたので、急いで言った。
「だから、大丈夫よ! 今夫とシナちゃんが――」
慌てている皆に、「とんでもなく強い子が行っているから大丈夫」と言おうとしたのだが、途中で村人たちの視線が一方に向いているのに気が付いた。
何となく見なくてはいけない気がして、そちらへと目を向けた。
そこには――
「あれは……氷の壁?」
そう、そこには氷の壁がそそり立っていた。
その高さと、海面が広範囲に渡って凍り付いているのを見ると、それは先ほどまで迫っていた筈の大波だったのだと気が付いた。
自分で魔法を行使できないサリーではあったが、流石にこれが異常も異常、天変地異レベルの移譲である事が分かった。
村人一同で言葉を失っている中、宙へと浮かび上がった子供――テラが言った。それは、村人の反応を見て"気になったからよく見ようとした"程度のつもりだっらしかった。
「低位精霊の氷魔法でもあそこ迄なるなんて、やっぱりシナはおかしいわ……」
テラは、どうやらシナの事を"おかしい"と言っているようだったが、周囲の村人たちはそれ処では無かった。と言うのも、宙を飛ぶための魔法などほとんどない――風魔法を応用すれば可能だが、周囲には強風が舞う――のだ。
それが、何事も無かったかのように宙に浮いている。こんな光景は、村長ロードが霊体化した遥か昔、その姿を見た事のある一部の人間だけだった。
おかしいのはそれだけでは無い。
仮に霊体化しても、ロードとシナがそうだったように"半透明"になる筈なのだ。それなのに、目の前のテラははっきりした姿で宙に浮いている。
これじゃあ、まるで……
ある答えが浮かんで来た処で、もう一つ不思議な事が起きた。
「テラずるいなの、とうふーも来るなの~」
そう言って少女マナが、白い狼の子供を抱えた。
何をするかと思った瞬間、テラの隣まで浮き上がった。
その姿を見上げるしかなかった一同だったが、心の中では皆が同じ事を考えていた。
(きっと、触れない方が良いヤツだ……)




