33話 結界と最強の盾
垂れ始めていた涎を、空間魔法で取り出したタオルで拭いてやると、言った。
「そうね、この村にも美味しい料理が有るかも知れないわ。でも、何方かと言うと美味しい魚が食べられそうね、ふふっお刺身なんて良いわね~」
トゥフーを地面に下ろしながら、村の向こうに感じる海の気配にそう言った。すると、尻尾をぶんぶんと振り回したトゥフーが、テラとマナが居る場所に向かって走り出した。
落ち着くように言っても効果が無い事は分かり切っていたので、若干苦笑しながらもその様子を見ていた。そして、テラ達とシナの丁度中間あたりまで着いたトゥフーだったが――
『きゃいん!』
その途中で、まるで壁にぶつかったかのように、弾き飛ばされた。
「まあ……大丈夫?」
慌てて隣まで移動したシナは、そこに薄い膜のような光の膜が点滅しているのに気がついた。どうやら、トゥフーはこの膜に弾かれたらしかった。
「シナ!」
「おかあさん!」
寄って来た二人を見て恐る恐る手を伸ばしたシナは、その光の膜をすり抜けて二人に触れる事が出来ていた。そこで、先に光の膜を越えたシナは、トゥフーを呼んだのだが――
『きゃいん!』
……どうやら、トゥフーだけこちらに来れないらしかった。
一瞬パニックになっていた為、何が起こっているのか冷静に判断できなかったが、これは以前にも見た光景だという事に気が付いた。
「"結界"ね」
「間違いないわ。シナの結界ほどの強度は無いけど、これは精霊の力を借りて行う"結界"の一つね……見た処、効力は魔物や魔獣の侵入を妨害する――と言った処ね!」
なるほど、何故村の周囲に守りとなるような設備が無いかが、これでわかった。そもそも結界で守っているから、その様な設備が不要だったらしい。
「トゥフーは入れないなの?」
「そうね……結界が有るから――」
マナの純粋な質問に『今の状態だと入れないわ』と答えようとしたのだが、それを聞いたトゥフーが悲しそうに言った。
『あるじ……お留守番、待ってるから置いて行かないでほしいなぁ』
どうやら、ここでシナ達が置いて行くとでも思ったらしかった。
「まったく、そんなことしないわよ!」
そう言うと、足早にトゥフーの隣に移動して言った。
「ほら、もしかしたらこうやって私が抱えて入れば――」
言葉通り、悲しそうな顔をしているトゥフーを抱えたシナは、そのまま結界の中へと入ろうとした。どうなるか分からなかったシナだったが、一瞬何かのれんを潜るような感覚があったが越える事が出来た。
……微かに『"パキィン"』と音がした気がしたが、気のせいだろう。
問題なく超えられたのを確認して言う。
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
無事に越えたのを確認する様にトゥフーの事を撫でていたシナだったが、ふとテラとマナが口を開けたままシナの後ろ――今すぎた結界の辺り――を見ている事に気が付いた。
「どうしたの、後ろを見たってなにも……」
そこには、何かが割れた様な真っ白な亀裂と同時に、幾つかの水の塊が浮いている事に気が付いた。それが何か分からないでいたシナだったが、嫌な予感がして、咄嗟に魔法を使っていた。
「空間壁!」
シナが展開したのは、空間魔法を応用した魔法だった。
普段は収納魔法として使用している空間魔法だが、空間座標を指定して異空間に繋がる入り口を広めに開ければ、全てを通さない"盾"になる。
正確には、全ての魔法は異空間に"収納"された事になる訳だが、まあそれは良いだろう。何は兎も角、シナが魔法を展開した次の瞬間、何か空を切る音が聞こえた。
「シナ、アレは水の魔法よ!」
隣に移動したテラに頷きながらトゥフーを任せていると、隣で空を見ていたマナが言った。
「おかあさん、これ……大丈夫なの?」
そう言ったマナの言葉で、初めてその亀裂に気が付いた。
亀裂は、目の前の空間盾の向こうから上空へと続き、そのまま四方へと広がっていた。これが、結界に入った亀裂であれば、結界はドーム状に村を囲んでいた事になる。
……いや、間違いなくそうだったのだろう。
そして、先程壊れた結界の一部――白い靄が集まって水魔法で攻撃して来た。仮にこの結界全てが壊れたとして、そこから魔法が行使されるとすれば……
「みんな集まって!」
そう言うと、シナは空間の壁を自分達を囲うようにして展開した。
空間魔法で壁をつくるとその空間が歪むため、空間壁の向こうは確認できない。自分達をドーム状に囲んだのは良かったが、完全に外の状況が分からなくなってしまっていた。
しかし、万が一があってはならないのだ。
ここは最強の盾で守るしかないだろう。
その後、途中で地面が振動していたが、トゥフーが心配そうだったため、取り敢えず空間壁を地中の深い所まで広げておいた。
空間壁を広げると振動が無くなった為トゥフーはホッとしていたが、次は外に出るタイミングをどう計ったらよいか分からなくなってしまった。
外の状況が分からないまま、十数分その中に籠る事になったシナは、この後果たして村人達と仲良く出来るかに不安を感じ始めていた。
テラが言った。
「わたしはシナを信じるわ」
その言葉と小さな手の平の感覚、それだけで幾らでも頑張れそうな気がした。
その後、トゥフーだけでなく一同に余裕が生まれ始めた処で、ようやく魔法を解除する事にした。若干緊張しながら一部の壁を解除したシナは、その光景を見て思わず呟いていた。
「うわぁ、少しやり過ぎよこれ……」
そこには、シナ達の居た場所を残して、きっちり十メートル程の穴が周囲に出来ていた。どうやら空間魔法を行使したのは、間違いではなかったみたいだった。




