30話 露天風呂
シナ達一向は、庭園を出発してから三度目の夜を迎えていた。
一向は、現在夕食の時間を迎えており、シナの作り出した背の高い大きなテーブルで、食事をしている所だった。因みに、テラとマナはナイフとフォークを使う練習をしている。
……二人とも煩わしそうだが、一生懸命に頑張っている。
フォークを手に奮闘する二人の横では、幸せそうな顔で肉をほおばる白い狼が居る。トゥフーはテーブルの上に乗る形になっているが、一人下で食べさせるのも可哀そうだったので、トゥフーが乗っても狭くない大きさのテーブルを作ったのだ。
側から見たら、暗い森の中で明かりが灯り、そこで食事する幼女二人とペットを連れた女――いや、今は見た目的にシナ自身も幼い見た目だから……幼女三人とペットが、森の中で食卓を囲んでいる――と言う訳の分からない絵になっているのだろう。
現在一同はイスとテーブル――西洋式の食卓に付いているが、一応こたつや足の短いテーブルとふかふかのマットなんかの"和風セット"も作っている。
後者を出したら、直ぐにだらだらとしてしまうのが目に見えていた為、未だに使った事は無いが……もう少し経ったら、二人がフォークとナイフを使いこなせるようになったら出す事にしよう。
因みにだが、日差しに関して森の中には薄っすらとしか射さないので、"夜"と言っても日中と比べ光のスリット以外は、それ程変わった感覚は無い。
ただ、夜になると多少は気温が下がるらしく、トゥフーは寝る際にくっ付くのが習慣になっていた。シナ自身は、どうやら気温の変化に鈍くなったらしく、トゥフーが震えていても寒さを感じる事が無かった。加護の有無も影響しているのかも知れない。
相変わらず精霊達は倒した獣を持って来ていたが、その量は既に認識が難しいほどの量になっていた。重さで言うと、数十トンは下らないだろう。
……肉に関しては、店が開けそうな程在庫が溜まってしまった。
それと、運ばれてくる獣を見て気が付いた事なのだが、どうやらエリア毎に獣の縄張りのようなものが存在するらしい。
これまで連れて来られた中に、何体か他と比べるとひと際大きな獣がいた。
その個体は"支配種"と呼ばれる通常の個体の上位種らしく、縄張りの主として襲って来たのでは無いかという話だった。
「……また持って来たのね」
精霊によって、フワフワと持って来られるソレを見て、マナが言った。
「"くま"なの!」
最初にこの獣を見た時に、シナが呟いたのを覚えてしまったらしい。
「そうね……何となくクマとは違う気がするけど、まぁクマよね」
若干ため息が出そうになりながら、目の前に運ばれて来た獣を改めてよく見てみた。
……ゴワゴワとしながらも長く丈夫な毛と、その手足に生えた立派な爪。そして、何よりその鋭い牙と大きな顎が特徴的だ。仮に、この牙と顎に挟まれでもしたら、ひとたまりも無いだろう。
この様な獣が普通にいる事と、この危険そうな獣でさえ倒して持って来てしまう精霊に改めて驚いていると、隣にいたテラが言った。
「シナは何で"クマ"って呼んでるか分からないけど、この魔獣は"グライガ"って言われてるのよ? それに、毛皮や牙なんかは装備品の素材としても人気みたいね。特に、ドワーフは好んで外套の素材に使ってるみたいね」
……なるほど、シナの持っている"女王の知識"には『その体毛は魔力を通しやすく、その牙は魔力の伝導性が高い』――とあったが、それ以上の事は知識に無かった。
因みに、ドワーフについて調べてみると『背が低くて職人肌でお酒好きで力持ち』という事が分かった。追々出会う事があれば、その際にでも話してみれば良いだろう。
言葉の壁も無いのだし、話が通じないという事も無いだろう。経験上、極一部の人間には話が通じない者も居たが、そうした人間はそれはそれでどうにかなる。最低限言葉さえ通じれば、話が通じなくてもどうにかなるのだ。
――実は、単にシナが頑固な為相手が折れるだけの話だったのだが、それをシナが知る筈もなかった。
テラに『テラは物知りね、色々知ってること教えてね』と言ったシナは、聞いた事を忘れないように覚えておく事にした。
その後、試しに毛皮を取り出して魔力を流してみたのだが、何故か毛皮が淡く光り出したので驚いて即座に収納し直した。マナとトゥフーは夕食に夢中になっていたが、テラはしっかりと見ていたようで『まったく、驚いたじゃない!』と怒られてしまった。
テラに謝ったシナは、その後座っていたイスを仕舞うと、横に洗面台を取り出した。
勿論、蛇口などは存在しない只のガラスの付いた水が溜まる台だったが、それを取り出すと水魔法で水を創り出した。その後火魔法を使い水を温めると、少し前に食べ終えていたトゥフーを連れて来た。
トゥフーは、洗面台に溜まったお湯を見ると、嬉しそうに尻尾を振っていた。実は、昨夜トゥフーが獣臭かったので洗ってあげたのだが、それが気に入ったらしかったのだ。毎日洗う必要はないかも知れないが、足や体が汚れている時は今後も洗ってあげようと思う。
……そうでないと、寝ている間にトゥフーで汚れてしまう。
すっかり綺麗になったトゥフーを、獣の毛で作ったタオルで綺麗に拭いた。その後、テラとマナを連れて来ると大きな風呂桶を取り出してお風呂にした。
……トゥフーも入りたそうにしていたが、ここで入れてしまうと体中が毛だらけになってしまう為、心を鬼にして我慢した。
因みに、マナとテラが来ていた服は、シナが収納すると同時に綺麗にゴミや汚れを分離しておいたがこれは、いわば"クリーニング"のようなものだ。
シナ自身の服は、意識すると不思議な事に消えてしまい、再び意識すると元の様に着た状態に戻った。どうやら、着たままでも濡れる事は無いみたいだったが、二人が真似すると困るので、風呂の時は服を消しておく事にした。
その後二人の髪を水で洗ってあげたが、気持ち良さそうにしているのを見て、如何にかしてシャンプーやリンスのような物も作りたいなと思った。
頭を洗った後、樽の形の風呂に浸かりながら、白い湯気が周囲に漂う光に照らされて漆黒の闇夜に吸い込まれて行くのをゆったりと眺めていた。
……確かに、気温は低いのだろう。湯気はかなり白かった。
その後、余り長風呂にならない様に上がる事にした。濡れた二人をタオルで拭くと、最後は風魔法と火魔法を調整して暖かい風で乾かした。
昨日初めてお風呂に入った時は、テラが『こうすれば乾くよ?』と言って、霊体化して再び戻って見せた。確かに乾いていたので、それで良いかも知れないと思ったのだが……マナが『マナはおかあさんに拭いてもらいたいなの!』と言うので拭いてあげた。
すると、テラも『……』と無言で再びお湯に浸かり直して『わたしも……』と言った。結局、何故か二人とも手間のかかる方法を選んだ訳だが、シナとしては面倒を見るのが嫌いではなかった為何方でも良かった――いや、可愛かったので、面倒でも拭いてあげる方が良かった。
そんなこんなしつつも、取り敢えずベッドを取り出したシナは、そこに毛布を敷くと毛布を掛けた。横で、テラが『こんなの普通じゃないんだけど……既に色々おかしいし……』と呟いていたが、トゥフーとマナを寝かせてあげるとベットに上がってくれた。
その後、シナもベッドに入り、二人と一匹が寝静まるまで付き合った。
一同がすっかり寝息を立て始めた処で静かにベッドから出ると、毎日恒例の"夜の散歩"に出かける事にした。ベットの下には女王の結界が機能する様に組んでおいたので、いざと言う時でも大丈夫だろう。
もう一度眠った様子を確認して、音を立てないようにしながら歩き始めた。散歩のお供は、小さな精霊の子達だった。




