28話 お腹の空いたとうふー
庭園を出発する事にしたシナは、二本の柱の間から結界の外へと出た。
結界の外は、当然シナが手を入れていない未開の土地だ。目の前に広がる未知と、先の先まで延々と広がっているであろう植物の楽園が、そこに有った。
少し進むと、周囲と比べて木が若く、その足元には切り株さえ見受けられた。その様子を見るに、以前に世界樹の元に来た何者かの名残なのだろう。
その後、取り敢えず切り株や若い木の跡に沿って進みながら、周囲を改めて観察していた。
木々の一本一本は大小様々であり、表面が滑らかなモノからゴツゴツとしたモノまで、種類も様々だ。その地面には、広く絨毯の様に苔が地表を覆っていたのもあり、歩いていても絨毯の上を歩いている様だった。
助かったのは、辛うじて日の光が木々の合間から薄っすらと射していた事だろう。
一応、仙人としての力なのか暗闇でも視る事は出来たが、流石に暗闇でその色を感じる事は出来なかったのだ。これ程幻想的で美しい光景を見る事が無かったとしたら、それは"残念"どころの話では無かっただろう。
その後も、新しい植物が無いか確認しながら進んだ。このまま、切り株や若い木々を辿って行けば、最悪何処か人里に出る事が出来るだろう。
テラは、途中途中で自分の知っている事を教えてくれた。
テラの知識には、ちょっとした人間の歴史や、人間以外の種族に関する事も含まれていた。女王様の知識には、それら人間の知識や他種族の歴史に関する事は存在しなかったので、ありがたかった。
恐らく、女王様の知識は辞書のようなモノであって、歴史や生活の知恵のようなモノは含まれていないのだろう。
テラの話を聞いていたシナだったが、途中でマナが手を引いて来た。
「あのね、とうふーがお腹すいたなの」
……どうやらそう言う事らしい。
トゥフーは、マナの横で『まだ大丈夫だよ?』と不思議そうにしていたが、時間的にも昼食を摂っても良い頃だ。
大きな切り株を見つけたので、そこで一旦お昼にする事にした。
勿論、昼ごはんはシナが持って来ていた空間収納内の肉だ。一度断ったのだが、黒狼の長が『持って行ってください』と、全体の半分ほどをくれていたのだ。
「はい、これはトゥフーの分で、これはマナとテラの分ね~」
そう言って、それぞれの分を木皿に並べた。
直ぐに食べ始めたマナと対照的に、テラが不思議そうに聞いて来た。
「シナは食べないの?」
……どうやらテラは、シナが自分の分を用意しなかったのが気になったらしい。
「ええ、私の主食は"霞"なの。気にしないで食べてちょうだいね」
そう言って、テラの前の皿を進めると、少し首を傾げながらも食べてくれた。
マナ、テラ、トゥフーの食べる様子を見ていたシナは、一先ずホッとしていた
実は、内心どうしようかと悩んでいたのだ。
一応、収納内に入れておいた肉は沢山あるが、このまま行くと途中で無くなるのは確実だろう。そうなった時、新たに何か食べ物を用意しなくてはいけなくなる。
テラとマナは食べなくても大丈夫だが、トゥフーに関してはそう言う訳には行かないのだ。いずれ困るのであれば、一人分でも節約しておくのが良いだろう。
勿論、いよいよとなればテラとマナにも我慢してもらうが、最初から我慢してもらうのは可哀想だ。……まあ、そんなこんなあっての二人と一匹分の食事だ。
その後、美味しそうに食べる様子を見ながら、周囲の植物や落ち葉を一つ一つ確認していった。最初は自分の知識の中で推測をし、答え合わせは女王様の知識で行う――そんな事を繰り返した。
中には、医療的使い道や後々役に立つかもしれない物もあったので、それぞれを少しずつ空間収納でしまった。勿論、他の植物に害を与える物や、生き物が口にすると致命的な事になる様な物は、出来る限り収集しておいた。
偽善的ではあるが、危ない物が目に入ると、どうしても子供達の顔が同時に浮かんでしまうのだ。これは一種の癖であり仕方が無いと思う……。
それに、お腹が空いたトゥフーが口にしたら困るしね。
その後、満足したらしい一同から、ピカピカになった皿を回収して再び歩き始めた。
――
その夜、僅かに差し込む星の光の元、宙に浮かべたオレンジ色の光の下にいた。
宙に浮かんでいるのは、テラが作り出してくれた"暖かい色の光"だ。最初に出したテラの光が白く、目を刺すような光だったので、お願いして調整して貰ったのだ。
テラは、『暖かい色って何か分からないけど、シナが言うなら……』と色々試してくれた。テラにお礼を言ったシナは、他の二人を見て苦笑した。
マナは、途中で見つけた木の棒を杖代わりにして遊んでいたし、トゥフーは後ろに付いて一緒に遊んでいた。こうしてみると、子供と犬にしか見えない。
テラと一緒に、二人を見て微笑んでいたが、トゥフーのお腹の音で夕食にする事にした。
「はい、夕食よ」
そう言って、今日何度目になるか分からないお肉を出していた。
……実は、途中途中で何度か間食を摂っていたのだ。
勿論、マナが食べたいと言ったわけでもテラが言ったわけでもない。
どうやら、トゥフーは普通より沢山食べるらしかったのだ。
……既に、大きな猪二頭分は食べていると思う。
目の前の子犬の、何処に入るのかという量を食べている訳だが……どうやら、シナの試算は甘かったらしい。このままだと、確実にあと二日以内に食料が尽きる。
少し困りながら、テラとマナには普段より多めにお肉を出した。
すると、食べ始める前にテラが聞いて来た。
「……シナ、お肉多いけど?」
「ん、良いことなの!」
代わりに答えてくれたマナを撫でながら、言った。
「そうなのよ、実はテラとマナにはお願いがあってね……――」
その後、一生懸命に肉にかぶり付いているトゥフーの横で、二人に説明した。
説明したのは、このままだとあと二日以内に食料が無くなる事、そうなったらトゥフーが困るから、今回の食事を最後にして次の食事は我慢して欲しい事だ。
一通り話を聞いていた二人だったが、それを聞いたテラが言った。
「……なんだ、もう少し早く言ってちょうだい! ほんとは秘密だったけど……まあ、みんなに対応して貰てたのが無駄じゃなくなるし、いいわね!」
テラの言葉に全くピンと来なかったシナだったが、そんなシナを見てマナが言った。
「大丈夫なの、たぶんみんなが周りにいた事なの!」
「……え、ええ。……?」
物凄く納得顔のマナだったが、それを聞いたシナには、何の事かさっぱり分からなかった。
テラが『少し待っててちょうだい』と言って、浮かび上がったテラを見送った。それから10分ほど経った頃、何か木々の合間を進んで来る複数の影とぼんやりとした光を見ていた。
……あれは何だろうか。
何となく、暗闇を進んで来る"何か"に身構えそうになったが、直ぐにその正体が分かった。近づく影の中、他より圧倒的に早いスピードで飛んで来たテラが、戻って来たのだ。
「シナ、これで足りるかしら?」
そう言って降ろしたのは、3メートル以上は有るかという大きな獣だった。




