27話 一滴の血と召喚術式
戻って来た黒狼達に、早速肉をあげようと思ったのだが、何やらこちらに期待するような眼差しを向けている事に気が付いた。
「……な、なにかしら?」
シナに答えたのは、新たに来た黒狼達だった。
『契約をして下さい!』
そう言ってた黒狼達を見て、どうやらしない訳には行かなそうだと思った。
その後、承諾すると黒狼達は尾を振って喜んでいたが、光と共に黒狼達の額に現れた契約の紋様を見て、「今日からあなた達も"ナンテツ"ね」と言った。
すると、黒狼達は声を合わせて『我らは黒狼ナンテツ!』と吠えた。
しばらくして落ち着いた黒狼達が、思い思いに伏しているのを見て、何となく(これじゃあ、"庭園"と言うより最早"ドックパーク"ね……)と一人苦笑していた。
少し補足しておくと、テラは始終「やっぱりおかしいわよ、幾ら何でもこんなに沢山の魔獣と"従魔契約"するなんて普通じゃないわよ……」と呟いていた。
そんなテラの呟きは、シナの耳にも届いてはいたが、シナにとって目の前に居るのは黒くて人懐っこい少し大きな犬に過ぎなかった為、(何をそんなに慌ててるのかしら?)程度にしか思わなかった。
その後、トゥフーのお腹の音と『あるじぃ……』と死にそうな声を聞いて、慌てて解体加工のし終わった肉を取り出していた。
器には、粘土質の土を合成で加工したものを使ったが、土の種類によって磁器のような美しく硬い器も作る事が出来ていた。
偶然が無いので完璧な形で生成できるが、やはり何処か大量生産品の様に安っぽく感じてしまう。合成のギフトを使用すれば、一瞬で作れてしまう為便利ではあったが、趣味として作るのであれば自分の手で形を作って、窯で焼いて作りたいなと思った。
その後、試しに記憶にあるレシピで作ってみた料理を前に、みんなでワイワイと食事をした。
この食事が転生して初めての"食事"だった事に気が付いたシナは、何となく前世で最後にした"宴会"の事を思い出していた。
両方大切な家族と食べる食事だったが、前世では人間しかいなかったのに対して、今は人間が一人も居ない事を見て何となく面白く思った。
「……不思議な事もあるのねぇ」
その後、マナがローストビーフを持って来たので一緒に食べた。
どうやら、マナは"食べる"事が大いに気に入ったらしく「ずっと食べてたいなの!」と言っていた。そんなマナには「ずっとは無理だけど、そうね、毎日三食にしましょうか」と言った。
精霊達は、実体を持たないと食事は出来ないようだったが、それでもその場の空気を楽しんでいるみたいだった。中には『たべたいなの~』と、どうしても諦められない食いしん坊な精霊も居たが、その精霊には「そうね、上位精霊になれば食べれるわよ」と言っておいた。
黒狼達も、どうやら"料理"された肉というのは初めてだったらしく、口にするまでは不思議そうにしていたが、いざ口にするとこれまた大層気に入ったみたいだった。
特に、肉の角切り極大骨付きチキンは人気で、肉の味を楽しんでいるみたいだった。
そんな、皆が楽しんでいる中シナだけは、少しだけ物足りなく感じていた。
「……やっぱり調味料が無いと、幾ら臭みを消してもどこまで行っても"肉"ね」
そう、辛うじて香りのする植物や、噛むと辛かったり苦かったりする植物を肉に合成する事で、味のバリエーションは増やせていたが、それでもやはりどこまで行っても"肉"でしかなかった。
その後、周囲が夢中になって食べている中、シナは少しだけ考え事をしていた。
それは、ある意味娯楽であり、只欲望を満たす手段だった。しかし、凝り性な面があるシナにとって、気になってしまったら解決するまで気になり続ける事だった。
マナが口元に差し出して来るローストビーフを食べていたシナだったが、ある事を決心していた。それは"準備"の必要な事であったが、それをするだけの価値が有る事だった。
満足するまで食べて、すっかり満腹になっていた一同に対してシナは言った。
「わたし、暫く旅する事にしたわ!」
その後、シナの突然の宣言に驚いた周囲に説明をしていた。
シナが話したのは、旅の目的とその前にしておこうと考えている事だった。
「――……という事で、魔草(魔力を含む草花)の場合、通常の食事以外に周囲の魔力を吸収するって事らしいのよ。それで確認した所、世界樹は随分とそのエネルギーが枯渇しているみたいだったわ。半日単位で確認してけれど、十分にエネルギーが溜まる迄年単位――下手すると数十年単位で時間が掛かるのよね。そんな事もあって、結界を張って助けとなるようにしたのだけど、少し調べてみたら他にも幾つか有用な結界があってね……」
――とこんな感じに話していたのだが、途中からテラだけでなく黒狼達も付いて行けなくなっていた。マナに関しては、途中からまたお肉に手を付けていたし、黒狼たちの内半分以上は聞いている振りを決め込んでいた。
その後、満足いくまで話したシナだったが、懸命に最後まで聞いていたテラが言った。
「……なんか色々考えてるのは分かったわ。でも、ここの守りはどうするなの?」
どうやらテラは、シナが旅に出た後の世界樹が心配だったらしい。
――いや、「折角綺麗になったのに」と呟いている事から、世界樹だけでなく庭園自体が害意を持つ存在によって荒らされるのを心配しているのかも知れない。
安心する様にとテラに言うと、それについても考えがある事を伝えた。
「一応、結界はもう幾つか掛けておこうと思ってるわ。女王様に貰った知識に、幾つか"神聖結界"というものが有ったのよね。それと、役に立つか分からないけど結界が一つでも壊れたら、強制召喚が発動する様にしておくわね」
テラが「強制召喚?」と聞いて来たので、強制召喚が予め定めた"対象"を召喚するもので、その為には本人の素体が一部でもあれば術式が作れることを伝えた。
「それで、一体誰を召喚するの?」
テラがそう言いながら黒狼達を見回した。
……言いたい事は分かる。
「えっと、黒狼達にはここの警備をお願いしようと思ってるの」
そう、そもそもシナ一人に全員で挑んでおいて、歯が立たなかったのだ。それに結界を破れないような黒狼達が、結界を破る力を持った何者かに勝てるとは思えない。
テラが「それじゃあ……?」と悩んでいたが、少し悩んでみて気が付いたらしかった。テラがこちらを見て言った。
「もしかして、召喚するのはシナ?」
「ええ、私が戻ってもどうにかなるか分からないけど、一応女王様に頼まれてるからね」
そう言うと、早速結界に新たな結界と召喚術式を重ね掛けし始めた。
……基礎となる結界に直接触れる事で、その重ね掛けをして行く。始め、触れている場所にのみ紋様が浮かんでいたが、重ね掛けをするたびにその範囲に広がる結界自体が淡く点滅していた。
点滅する結界を見て、何となく楕円形の膜が掛かっている様に見えた。
こうしてみると、女王謹製の結界や術式は"陣魔法"の一種なのかも知れない。
召喚術式の構成には"血"を使用したが、一滴垂れる前に治癒してしまう為、必要な一滴を得る為に苦労した。最終的に、黒狼の牙で作った小刀で腕を切りつける事で、血液を得る事が出来た。
少し深く切り過ぎて血が沢山出たので、慌てて作った魔晶石の小瓶に入れておいた。今後必要が出て来た時には、ここから使えば良いだろう。
その後、一同の見守る中結界を張り終えた。
緊急召喚の召喚先は、世界樹の洞の中に設定しておいた。
その後も、黒狼達の為に幾つかの皿や水飲み場、寝る場所を作った。結局一日中作業をする事になったが、日が沈む頃には必要な作業を終えていた。
夕食の料理を並べた後、黒狼達含めた全員で食事をとった。
黒狼達と精霊達はこの庭園に残る事になった。
黒狼達は大人しく従ってくれたが、精霊達は『ついて行くの!』と大変だった。如何にか「後から来た精霊達に紹介する大任"案内役"は皆にしかお願いできないから」と言って納得してもらった。
黒狼達はすんなりと従ってくれたが、その条件として一つ出して来た。それは、まだ小さい黒狼の子にしてアルビノの狼――トゥフーを一緒に連れて行く事だった。
どうやら、多少なり殺そうとした側としての"気まずさ"があるらしかったので、その気持ちを汲む事にした。精霊達の中では、マナとテラが"護衛"として一緒に行く事になった。
その後、庭園の細かい調整にかかったシナは、朝日が昇り始めたのを確認して呟いた。
「さあ、この世界を見に行きましょうか」
勢いだけで書いていますので、気になる部分があれば是非お気軽(?)にコメント下さい!修正すべきところは修正して改善して行きます!




