24話 従える者《ドミナートル》
マナのギフトによって活力を得、そして動き出した木々の枝は、その先を獣へと向けていた。その様子を見ていたシナにとっては興味深い物だったが、獣たちにとっては恐怖でしかなかっただろう。
一匹目は呆気に取られている内に捕まったが、二匹目、三匹目はそうは行かなかった。枝が近づくのを見て、器用に避けていた。
……中々素早いみたいだ。
しかし、その様子を見ていたマナが『こうなの!』と言って、手で囲うような動きをすると、それ迄ただ追い掛け回すだけだった枝が、周囲から次々と集まり囲んで行った。
それ迄器用に避けていたが、最後には諦めた様だった。
木の枝に、前足や後足を掴まれている獣を見て言った。
「君たちは、どうしてこんな事をしたんだい?」
問いかけたシナだったが、一向に返事が無い為、やはり意思疎通は出来ないのかと思った。少し残念に思ったシナだったが、その様子を見ていたテラが言った。
「もしかしたら、聞こえて無いじゃないかしら」
何を言っているのかと思ったが、次に言ったテラの言葉で恥ずかしさで赤面する事になった。テラは、前を指して言った。
「ほら、結界があるじゃない?」
そう言ったテラを黙って抱きしめるたシナだったが、頬を膨らませたマナが、危うく木の枝で獣たち基――黒狼たちを絞め殺しそうになっていたので、慌ててマナも抱き寄せて止めさせた。
その後、ゆっくりと黒狼たちを結界に通してみた。
すると、すんなりと結界を通り抜けた。
どうやら、『結界は敵意を持つ者を通さず、内側を害そうとする行為だけを防ぐ』――と言うのは本当らしかった。
加えて、黒狼たちは既にこちらに敵意を向けていない事が分かった為、地面に開放した。地面に下ろすと、黒狼たちはごろんと仰向けになり、こちらに対して敵意が無い事を示して来た。
狼たちがお腹を見せているのを見て、思わずそのお腹を撫でたくなったが、黒狼たちの中でもひと際大きく途中で飛びかかって来た狼がこちらにやって来た。
黙ってその様子を見ていると、目の前で体を伏せてから言った。
『主よ、我らは貴方に従います』
……どうやら、黒狼たちの主になったらしかった。
「えっと、それは良いのだけど――」
必死な様子の黒狼に『取り敢えず敵じゃないなら、治療をしながら事情を聞かせてちょうだい』と言おうとした。しかし、シナが『良いのだけど』と言ったその直後、黒狼たちが光り出した。
驚いた拍子に、浮かべていた火炎球を消してしまった。
光が収まった後、目の前の黒狼たちに一つの変化があった。
それは――
「ねえ、その額の模様はどうしたの?」
黒狼たちの額には、手のひら大の模様が現れていた。その模様を見て不思議そうにして聞いたシナだったが、そんな様子を見て不思議そうに首を傾けた黒狼が言った。
『主との契約の証です!』
「……契約?」
『そうです!』
「どうしてそんな……?」
『それは、主が"従える者"で我らがそれに従ったのです!』
「そう……」
黒狼の言っている意味はよく分からなかったが、どうやらシナは黒狼たちと契約をしたらしかった。よく分からない処で交わされた契約は、面倒毎の種だと言うのが前世からの知識だ。
しかし、今はどうこうする手段は無いので、取り敢えず急いでしなくてはいけない事をする事にした。頭に次々に浮かんでくる疑問を横にどけたシナは、周囲の状況を確認してから言った。
「一先ず、怪我してる子を連れて来て頂戴。マナは、【生命】で治癒力を上げてやって頂戴。それから、精霊の皆は、今から私が言う草を見つけて来て頂戴。テラは辺りを照らしてくれるかしら?」
そう言うと、其々が元気に返事をしていた。
早速移動し始めた面々を見ていたシナだったが、少しして、黒狼たちが今にも死にそうな怪我の同胞を、咥えて連れて来ようとしているのを見て、慌てて手伝いに行った。
その後、しばらくは治療の時間だった。
残念ながら、黒狼たちの一部は即死だった。
亡骸を葬ろうとしたシナだったが、黒狼の長からの願いで、亡骸はシナが受け取る事になった。
断ろうとも思ったが『それが我らが差し出せる非礼への償いです』と言われれば、断る事など出来る筈もなかった。
精霊達が持って来てくれた薬草で"治療薬"を合成した後は、きちんと薬を飲ませてからマナに黒狼たちの治癒力を上げて貰った。
マナがギフトを使っている間、即席で少し大きめの小屋と、床に引く厚手の絨毯を空間収納内で作っておいた。
その後、明日の朝に詳しい話を聞く事にして、一先ずは休むように言った。
シナの言葉に従って、その場に伏した黒狼たちの横に小屋を取り出したのだが……突如として現れた小屋に驚いた黒狼たちが『敵襲だ!?』と慌て始めたので、慌ててこれは小屋でシナが作ったものだと教えた。
少し苦労したが、小屋の中で休み始めた黒狼たちを見て、一先ずホッとしていた。それは兎も角として、問題なのは白い方の"黒狼"だった。
白い黒狼は、体に受けていた傷が癒えても一向に目を覚ます気配が無かった。
心配になってその体を調べた処、その体を包むようにして、ぐるぐると紋様が走っている事が分かった。女王様の知識で調べてみると、どうやらそれは、無理やり結界内に入った者を拘束する為の"拘束紋"らしかった。
拘束を解くには、結界を張った者が『解けろ』と命じれば良いらしかった。早速、目の前で動かない白い黒狼に向かって『解けろ』と言ったシナは、その直後に震えてこう言うのを聞いた。
『僕は生贄じゃないです、僕食べても美味しくないです、僕もあるじと契約したいです、もう怖い思い嫌です、頑張って逃げたのにもっと怖い思いしたのです……』
……どうやら、契約を望んでいるらしかった。
◆◇◆◇◆
誇り高き黒狼の長は、主となった存在の創り出したねぐらで、静かにその様子を伺っていた。視線の先に居るのは、恐ろしい力の宿った魔法を操り、上位精霊を従える圧倒的強者だ。
そんな圧倒的強者にして、主たるものが抱えているのは、一族でも精鋭たちによって追撃して仕留めようとした"災厄の子"だった。
自分達黒狼は、精霊に選ばれた影の精霊との契約者だなのだ。
しかし、生まれて来たあの白き忌子は、精霊の加護を持っていなかった。これは、我々黒狼から加護が無くなる可能性が有るやも知れぬ"災厄"だった。
自分達黒狼は、精霊の加護による影魔法で力を示して来たのだ。それが、影魔法が使え無くなれば、他の生物たちに襲われ、蹂躙されるのはそう遠くない事だった。
――強者の加護の下に入った今は、既に昔の事だが。
なにはともあれ、今は主に従う者となったのだ。
あの災厄の子は、その能力だけで言うと一族で並ぶ者が居ない。災厄の子によって、主が少しでも傷付く事があってはならない。もし、その気配があれば、瞬時に主を守れなくてはいけない。
――それが、加護を受ける者としての責任だ。
心配が杞憂に終わると知らない黒狼の長は、その後も気を抜く事なく、じっとその姿を見つめていた。その後、主に服従し同じく契約した災厄の子を見る事となった。
災厄の子が、同じ主を持つ同士となった事を知った黒狼の長は、人知れず一滴の涙を流していた。
その涙は、自身の子を手に掛けなくて良くなった事からの"安堵"だったのかも知れない。涙が完全に乾いた時、黒狼は真の従魔となっていた。
――己の全ては、主の為にある。




