17話 楽園づくり
テラとマナの二人が言い合っているのを横目に、シナは考えていた。
考えていたのは、これから暮らす家についてだ。
最初に考えたのは、前世の家に似た造りのもの――平屋で半和室、半洋室のリビング、ダイニング、キッチンがそれぞれある様な造りの家だ。
しかし、同じ様な家を作るにしても、機能的に不要なモノや逆に足りないモノもありそうだし、何よりここは異世界。魔法があり、見た事も無い様な植物の自生する世界なのだ。
別に、前の世界基準での常識に囚われる必要も無さそうだった。
それじゃあ、どんな家にしようか……
色々考えてみて、必要な機能と不要な機能を擦り合わせてみた。最初に悩んだのは、主婦の頃こだわっていた機能の一つ"キッチン"だった。
「キッチンは不要になるのよね……」
シナが転生によって得た種族は"仙人"である。女王に貰った知識によると、仙人の主食は"霞"……つまり、形のないものでそこに漂う"気配"のような物を食べる――らしい。
「でも、時々は料理したいわよねぇ」
義務としてすると時に辛くなるが、息抜きとしての料理は良いものだ。
……取り敢えずは大きなキッチンではなく、小さな物が良いかも知れない。
「完全に"趣味"ね……」
実は、必要な材料を集めてギフト【合成】を使用する事で、知識にある料理であれば再現可能となる。その為、もし料理をする場合でも"キッチン"は不要だったのだ。
だからこそ"趣味"なのだが、何でも息抜きは必要だろう。それに、試しては無いがテラとマナが食事を出来るのであれば、作った料理の反応を楽しむ事も出来る。
取り敢えず、小さなキッチンは作っておく事にした。
次は寝る場所だ。
これも、仙人であるシナには不要な機能だった。
「寝るのも"趣味"ね……」
前世で若かった頃は、睡眠は敵だった。しかし、ある時――子供達を受け入れ始めてからは、睡眠は一つの楽しみだった。何故なら寝る時、起きる時に可愛い寝顔が見れるからだ。
……一応、小さいベッドを作る事にした。
次は倉庫や収納棚だ。
これに関しては、シナの着ているワンピースのポケットが、ある程度広さのある収納機能を持っている事が分かっていた。
しかし、どこぞの未来の動物型ロボットでは無いのだ。流石に、何でもかんでもワンピースに突っ込んで置く訳には行かないだろう。
この世界の人間が使えるという"収納魔法"に興味が湧いて来たが、取り敢えずそれを考えるのは後にする事にした。
「えっと、先ず洋服を仕舞う箪笥と靴箱、後はそうねぇ……家の中に小さな"植物棚"を作りましょう。あとは、今回の様な事が有った時用に大きめの"素材庫"かしら。あとは植物園を作る為にも土地の境目を確認しておかないといけないわね……」
言いながら、そう言えばこの世界のこの場所の所有者は自分だ、という事を思い出した。前世で植物園を作った時に若干もめた事を思い出しながら、この世界では好きに出来るという事に改めて喜びを感じていた。
「……そうね、この際家も植物園の中に入れちゃえば良いわね」
呟きながら、大体の想像が固まり始めていた。
「ようしっ、それじゃあ作りましょうか!」
気合いを入れたシナだったが、シナの言葉を聞いたテラとマナが、パッとこちらに顔を向けた。それ迄言い合っていた二人だったが、どうやら興味の方が勝ったらしかった。
「なに作るなの?」
「わたしも手伝うわよ?」
瞳をキラキラとさせている二人に言った。
「私達の家よ!」
シナがそう言うと、二人共不思議そうな顔をしていたので、先ずは"家"について説明する事にした。どうやら、精霊にとって"家"という概念は存在しないらしかった。
「家って言うのは、安心できる場所の事で、ご飯を食べたり寝たり家族と一緒に居たりする場所の事なのよ。人間は家を持ってるし、動物なんかにも家を持つ子も居るわ」
シナの言葉を聞いてテラが言った。
「私にとってのこの"森"みたいなものね!」
「ええ、そうね」
そう、"精霊"には其々、居心地が良い場所があるらしい。テラにとってはこの森がそうなのだろう。隣で頭を傾けているマナも同じかと思ったのだが……
「あのね、おかあさん」
「あら、どうしたの?」
ピタッとくっ付いて来たマナが言う。
「マナにとっての"いえ"は、おかあさんのいる所なの!」
思わず抱きしめそうになるのを抑えながら、マナの頭を撫でた。マナの言葉を隣で聞いていたテラが、何か重大な失敗をしたかのような顔をしていた。
テラのフォローをしようとしたシナだったが、周囲の精霊達から送られてくる思念の波に対応するのに、いっぱいいっぱいになってしまった。
周囲の精霊達も、総じて『いっしょの所なの~!』と言っていた。
その後、数分掛けて精霊達を落ち着かせたシナは、すっかり落ち込んで手遊びをしていたテラを抱え上げながら言った。
「それじゃあ、この世界樹を中心にした"庭園"を造りましょうか!」
賑やかな様子の精霊達を見て、先ずは植物園もとい"庭園"を造り、そこを"家"とする事とした。そうでないと、恐らく小さな小屋を"家"として、とんでもない数の精霊達が集まってしまう事に成り兼ねない。
それを、予め広い場所(庭園)を"家"として置けば、取り敢えずの問題は解決されるだろう。庭園を作った後で、"管理小屋"とでも言って自分の家を作れば良い。
造ってから気付かなくて良かったと思いながら、早速前世の知識を動員した"理想"の庭園を造る事にした。すっかり機嫌の直ったテラと、何やら褒めて貰いたそうなマナが『つくるなの?』と言うのに頷きながら言った。
「それじゃあ、最初は蔦の加工から始めましょうか!」
こうして、シナの"楽園"づくりは始まった。
因みに植物園とは、主に学術研究に貢献する事を目的とした庭園の一種です。今話では、マナやテラを始めとした精霊達の"家"として表記した為、"植物園"ではなく"庭園"としました。
ご理解いただけると幸いです。




