12話 封印の岩
マナの後に付いて歩いていたシナは、現在人の背丈の三倍以上は有るかという大きな石……いや、"岩"を前にしていた。その岩には樹の根が巻き付いていて、森に飲み込まれそうな様子だ。
岩の様子はともかくとして、世界樹からこの岩までは、歩いて10分程の距離にある。
仮に、時速4㎞無いぐらいのスピードで歩いていたとして、600メートル強の距離と言った処だろうか。森の中を歩いて来たにしては、それ程疲れる事なく歩いて来れた。
何となく、木々が歩く道を開けてくれているように感じたが、もしかしたらこの世界の植物はそういった性質があるのかも知れない。
「おかあさん、アレなの!」
そう言って大きな岩を指しているマナに、若干苦笑いしながら言った。
「そうね、確かに大きな石ね」
「そうなの! 大きいの~」
マナには『手頃な石を』と言ったのだが、どうやら周囲にはこの"岩"以外に手頃な石類は見つからなかったらしい。楽しそうにしているマナを連れて、岩の周囲に手頃な破片が無いか探してみた。
しかし――
「……無いわね」
そう、岩の周囲を幾ら探しても、石が見つからなかったのだ。
そんな様子を見ていたサナが言った。
「おかあさん? 不要なのは森が細かくしちゃうの!」
「石とか?」
「そうなの、良い環境づくりなの!」
……どうやら、この森は自身で住みやすいように環境に手を入れているらしい。確かに、前世でも植物は環境をゆっくりと変えて行く力を持っていた。
良く知られているのは、コンクリートの間に落ちた植物の種がコンクリートを押しのけて根を張ることが有る。という事だろう。
この世界には、世界樹と言うモノが存在するのだ。それに、魔法や精霊も存在する。全てが今までの常識とは外れているのだ。
勝手な思い込みで考えない様にしなければいけないな……と思った。
「どうしようかねぇ……こんな大きな岩割れる筈ないしねぇ……」
そう呟いた後、ため息を吐きながら岩に"コツン"と拳を当てた。
シナとしては、『どうしたものかなぁ』というつもりだったのだが――
『"ドゴッツ!"』
何やら重そうな音を立てて、岩に亀裂が入った。
「……あれ? マナ何かしたかしら?」
まさか自分が軽く小突いただけで岩が割れたとは思えず、マナにそう聞いたのだが……
「マナは何もしてないなの~おかあさんなの!」
と言ってはしゃいでいた。
どうして、そんなに楽しそうなのかと不思議に思ったのだが、マナが『この岩は凄いなの、魔力が集まってるなの!』と言っていた。
……なるほど、確かに世界樹とは少し違うながらも、何か"気配"の様なものを感じる。不思議に思って近づいたシナだったが、何故かマナに止められてしまった。
「なんか変なの!」
マナがそう言った瞬間、寒気を感じた。
心臓を冷たい手で触られるかの様な感覚だった。
「これは……どうしたのかしら?」
状況が読めずにそんな事を呟いていたシナだったが、突如煌めいた閃光に驚いた。
「おかあさん! 精霊なの、怒ってるなの!」
閃光と同時に『"バヂンッ!"』と音がして、目の前に薄い膜の様なモノが現れた。
マナが『怒ってる』と言っているが、今のはそういう事なのだろうか?
「ごめんなさい、聖霊さん。貴方のお家を壊してしまったかしら?」
精霊の家になっていた岩をシナが壊してしまい、その結果そこに住んで居たという精霊が怒ってしまった。――そう思ったのだが……
「何を、白々しい事を言ってるんですかぁー!! 僕をこんな所に閉じ込めておいて、そんな事を言っても許せないですっ!!」
再び閃光が走る。
「ダメなの! おかあさんは違うなの!」
今度は、マナが前に立った。
高位聖霊であるというマナだったので、何らかの防御手段を持っていると思ったのだが――炸裂音と共に残ったのは、二枚の葉で作った服を裂かれたマナの姿だった。
地面に倒れたマナに近寄ったシナだったが、直後慌てた様子の声が聞こえた。
「そ、そんな……守るなんて、勇者とか言ってるのは只の蛮族なのに……」
どうやら、シナに当てる筈がマナに当たってしまい、焦っているみたいだった。どういう訳か問い詰めたくなったが、そんな事よりマナの状態の方が心配だ。
「……マナ、大丈夫?」
相当大きなけがを負ったモノだと思って、心配して抱き上げたシナだったが――
「大丈夫なの、治ったなの!」
元気な様子でこちらを見上げて来た。そんなマナを見て不思議には思ったが、何となく女王様が言っていたマナの"生命のギフト"に関係している気がした。
ひょっとすると、精霊という存在自体が"怪我を負ってもすぐ直ってしまう"という特徴を持っている可能性もあったが、その線は薄いだろう。
少なくとも、怪我は治っても何らかの影響――ダメージはある筈だ。そう考えて、マナを持ち上げたのだが――
「そう……うん、大丈夫そうね」
マナに我慢している様子が見られなかったのと、何か弱ったような感じでもなかったので、大丈夫だと判断した。恐らく、マナの命のギフトと言うのが上手く機能したのだろう。
「……それで、私は魔法とかは使えないのだけれど、マナはどうかしら?」
正確には、『使えない』では無く『使い方が分からない』のだが……
倒さないまでも、精霊を止める様な手段を持ている事を期待して聞いた。
すると、少し困った様子で言った。
「マナはね、元々低位精霊が沢山集まってたの。だからいろんな魔法が使えるけど、攻撃する為のものは少ないなの……」
俯いてそう言ったマナに、聞いた。
「少ないという事は有る事は有るの?」
「あるけど、それを使うとここ等辺が無くなっちゃうなの」
『使うと無くなっちゃう』どんな魔法なのか少し気になったが、確かにそれを使う訳には行かないだろう。なにせ、ここは森の中で相手は精霊なのだ。
と、ここで、先程から精霊の攻撃が止んでいる事に気が付いた。
……気のせいか何やら泣きそうな声も聞こえて来る。
「……だって、そんな、てっきりあの人間かと思ったのに……あの人間も優しそうだったけど、森を焼いて、切り開いて……だから、間違えちゃって、だって仕方ない筈なのにぃ……」
先程、自分には攻撃が当たらなかった事を思い出して、その声の方に近づいてみる事にした。声は、大きな岩の後ろから聞こえていた。
恐る恐る岩の後ろを覗き込んだシナだったが、そこに足を縮めて小さくなっている子供を見つけた。その子供は、背中にキラキラと光る羽を広げていた。
「……精霊さん?」
シナが声を掛けると、少し頭を上げるも再び蹲ってしまう。
「……ダメなの、今更好きなんて言ってもきっとダメなの……あぁ何で私はこう早とちりなんだろぅ……クイーンにも言われてたのにぃ……そう、きっと閉じ込めてた人間たちがいけないの……」
随分と腐ってしまっているが、どうやら根は優しい子らしい。それに、何故岩を割ったらその中から精霊が出て来たのかが分かった。
恐らく、誰かに岩の中に閉じ込められ、そのままになっていたのだろう。それで、岩が割れた瞬間目の前に居る私たちがこの子を閉じ込めた張本人だと勘違いした……こんな感じだろう。
その様子から、時間が経っている事に気が付いているみたいだったが、時間の感覚が人間のソレとは大分違うのだろう。その証拠に、シナ自身仙人として転生してから、時間に対しての感覚が変わった気がする。
人間だった前世の記憶が有る為、辛うじて人間の頃の時間感覚というモノがまだ理解できるが、記憶が無かった場合下手すると、とんでもなく気の長い感覚になっていた可能性が有る。
記憶が残っている事に感謝しながら、目の前の子供基――精霊を抱き上げた。
こうして、ハッキリと見える状態になっているという事は、恐らく高位精霊で且つ、こちらに対して敵意が無いという事を表しているのだろう。
「……軽いわね」
マナもそうなのだが、やはり軽い気がする。
子供と言う事を抜きにしても、綿あめを持ち上げるような感覚と言うのはどうなのだろう。
……ひょっとすると、精霊と言うのは重さが無いのだろうか。
何となく気になって、割れた岩の半分を押してみた。
すると――
『"ズ……ズズゥゥン――"』
物凄い音を立てて、岩が吹き飛んで行った。
一瞬、飛んで行った岩は軽石だったのかとも思ったが、岩の飛んで行ったその先にあった木々がみな折れてしまっているのを見て、そんな事は無かったのだと思い直した。
「……いよいよ、力の制御が必要になったわね」
そう呟いたシナを見上げていた精霊は、小さく言った。
「……そうですよね、こんなに心地よくて、こんなに人間離れした力が有って、命令する訳でもなく精霊に守られる様な存在が意地悪する筈ないし、それに――人間である訳無いですよね」
しっかりと一言一句聞いていたシナは、少しだけ傷付いていた。




