10話 洞の中で
目を覚ましたシナは、自分が世界樹の切り株の上に居ると気が付いた。
早速、体を起こそうと手に力を入れたのだが……
『"メキィ……"』
寝ていた"切り株"が不穏な音を立てた。
見ると、木の部分は大分腐ってしまっている。
ふかふかした寝心地は、木が腐ってクッションの様になった結果だったらしい。
「……おかあさん?」
起き上がったマナが、不思議そうな顔をして覗き込んでくる。
「あのね、マナ」
「どうしたの?」
マナが不思議そうにしているので、念の為注意しておく事にした。
「ここ、腐ってるみたいだからあまり動かないでね」
しかし――
「ここ、なの?」
そう言って、マナが切り株をペシペシと叩く。
一瞬、心臓が止まるかと思ったが――
「……あれぇ?」
不思議な事に問題ないみたいだった。
(さっきは少し力を入れただけで、危険な感じがしたのに……もしかして、私の体重が重かったからかしら?)
少しだけ傷付いて、自分の体を見た。すると、そこで初めて体が幼いものになっている事に気が付いた。子供と言うよりは、丸っきり"幼女"と言った感じだ。
しかも、覚えのない白いワンピースも着ている。
不思議に思ったが、状況から考えると間違いなく女王様からの贈り物だろう。一先ず感謝する事にして、ワンピースのつくりを見た。
こう見えても、ちょっとした服なら作れるぐらいに裁縫が得意なのだ。
ワンピースは、とても丁寧な造りがされている様に見え、おまけに二つのポケット付きだった。そのポケットに、何となく手を入れてみると――
「あらぁ……」
不思議な事に、ポケットの中にすっぽりと手が入ってしまった。明らかに、外から見えるポケットの大きさを超えている。不思議そうにしていると、マナが覗き込んで来た。
「どうしたなの?」
「いえ、思ったよりたくさん入るポケットだな~と思ってね」
シナの言葉を聞いて、『マナも手、入れていーい?』と聞いて来たので、『いいわよ』と言った。すると、前かがみになって近づいたマナが、ワンピースのポケットに手を入れ始めた。
……手を入れているマナは、生まれたままの姿だ。
「そうねぇ、洋服を作ってあげないといけないわね」
そう呟いたシナだったが、マナが両方のポケットに手を入れたまま、何か不思議そうにしている事に気が付いた。
「どうしたの、マナ?」
すると、手を入れたまま不思議そうに言った。
「おかあさん、入らないなの……」
マナの言葉を不思議に思って、その様子を見ると、確かに"入らない"いや、"普通にしか入らない"みたいだった。
試しに、マナに変わってシナが再び手を入れてみた。すると――
「入るなの! 奥まで入ってるなの! ……何でなの?」
マナの言った通り、シナの手は肘の辺りまでは行ってしまった。
……どうやら、コレはそう言う物らしい。
その後も何回か手を出し入れしていたマナだったが、やがて飽きて来たらしかった。
「おかーさん、移動しないなのー?」
そう言って立ち上がったマナを見て、先程の木の軋みは気のせいだったと思う事にして、立ち上がった。すると、思っていたよりもすんなりと立ち上がる事が出来た。
「心配して損したわね……」
そう言って、足元を確かめるように軽く『トントン』と足元を踏んだ。
特別力を入れた訳では無かったのだが……
『"メキメキ――"』
瞬間、音を立てて足元が崩れ落ちた。
周囲は少し薄暗いながらも、日の光がスリット状に差し込んでいる。
「――っ痛てて……痛くはないわね……」
そう言って、ふとマナが大丈夫か心配になった。
精霊の状態であれば心配なかったと思うが、今のマナがどの様な状態で存在しているのかは分からない。万が一、落ちた拍子に打ちどころが悪かったりしたら……そう考えて、マナを探した。
「マナ?」
すると、少し上の方から声がした。
「おかあさん、大丈夫なのー?!」
見ると、4メートル程だろうか、上の方にマナが居るのが分かった。
どうやら、底が抜けて落ちて来たらしい。
「それにしても……大分痛んでいるみたいね」
恐らくここは、幹の内部が腐って出来た洞なのだろう。
大きな木の中に出来た空間と言う事に、浪漫を感じる――が、同時にこの世界樹がどれほど痛んで深刻な状況かを示してもいるので、何とも言えない。
心配して降りてこようとするマナに上で待っている様に言って、取り敢えず樹の状態を確認する事にした。しかし、我慢できなかったらしく途中でマナが声を掛けて来た。
「おかあさ~ん、マナは降りちゃダメなの~?」
「痛むと大変なのよ~」
「それじゃあ、触らなければよいなの~?」
「そうね、そうすれば痛まないわ。でも、そんなこと――」
そこまで言ったシナだったが、フワフワと降りて来るマナを見て驚いた。
光の射す中を浮いて来るものだから、何となく天使の様にさえ見える。
「……マナ、これは?」
見ると、マナの背中から半透明の羽が生えて見える。
不思議そうにするシナに説明してくれた。
「これは、精霊の力の一つなの!」
どうやら、精霊の羽と言う事らしい。
触ってみるも、どうやら実体がある訳では無いらしかった。
「……綺麗ね」
薄明りの中、幻想的な光を放つマナの羽を見てそう言ったシナだったが、マナの嬉しそうな表情には気が付かなかった。少しの間見入っていたシナだったが、マナが言った言葉で我に返った。
「おかあさんも、飛べるようになるなの!」
「……飛べるように?」
そんな魔法少女的な事が可能なのか、と不思議に思ったが、そもそもこの世界にはそう言った不思議な法則――魔法が存在すると思い出した。
「どうやったら良いのかしら?」
興味津々で聞く。
そう、空を飛べるようになれば、今まで苦労していた高い場所や断崖絶壁に生える草など、様々な植物の観察や研究をする際に助かるのだ。
「簡単なの! 精霊を見つけて契約すれば良いなの!」
「精霊と契約……それって、マナと同じような存在と契約するって事?」
もしそうだとしても、どうやって契約したら良いか分からない。真名を知れば契約できるとは聞いたが、毎回教えてくれるとは限らないだろう。
「そうなの! マナと契約した時と同じなの!」
マナに聞いてみる事にした。
「もし、名前を教えてくれなかったら、どうすれば良いの?」
「大丈夫なの! おかあさんの事はみんな好きだと思うなの!」
マナが言っているのが精霊全般に共通している事なのか、それともマナに限っての事なのか分からない――とは言っても、何方にしても今知りようのない事なので、その時に確認する外ないだろう。
「……それで、精霊と契約したらどうして飛べるようになるの?」
「それは、其々精霊の持つ特異魔法を使えるようになるからなの!」
特異魔法――それが普通の魔法とどう違うのかはよく分からないが、そもそも魔法はどの様にして使うのだろうか。
「その"特異魔法"は、どうやって使うの?」
「えっとね、こうイメージするなの、そうしたら出来るなの!」
……前世で学生をしていた頃を思い出す。
その友達は、所謂天才だった。感覚的に理解してしまうのだ。その友達に聞いていた時期もあったが、結局何も分からなかったので、それ以降はどうしてそうなるのかを突き詰めるようになった。
結果的には、その子にも分からない事、理解できない事が出て来た。しかし、それ迄考える訓練をしていなかったその子は、あっさりと辞めて行ってしまった。
恐らく、マナにとっては魔法が使えるのが当たり前なのだろう。
『この世界は、生前いた世界とは違う』――これを頭に於いて、しっかりと考える事が重要だ。
「魔法を使うのに、何か制限はあるのかしら?」
もし、魔法が使えたとして、何か大きなデメリットや制限があるとしたら困る。
「んーと、確か人間の使う"魔法"と、"じん魔法"って言うのは制限があるみたいなの。でも、特異魔法は事象その物に置き換わる精霊が起こす魔法だから、精霊の存在に依存するなの」
……またまた新事実だが、どうやら魔法にも複数の種類があるらしい。
人の使う『魔法』と『じん魔法』……『じん魔法』の"じん"がどの様な意味かは分からないが、"魔法"そして"じん"と来れば"魔法陣"で間違いないだろう。
これも、実際に確認しない事には何とも判断できないが……
取り敢えず、現状で判断できない事は追々確認して行く事にした。
今は、世界樹の幹の観察――と言っても、診た瞬間その症状は理解できたので、先にやるべきはマナの洋服づくりだ。
世界樹は、その内部が腐ってはいたが、その状態はどうやら安定しているみたいだった。何となく、まだ元気な部分とそうでない部分から、其々感じる"気配"が違った。
予想が正しければこれが"魔力"――世界樹に置き換えると、『"生命エネルギー"がある部分と無い部分』という事なのだろう。
満足したシナは、マナに声を掛けた。
「マナ、私も持ち上げて一緒に外に出られる?」
浮いた状態のマナに聞くと、頷いてから言った。
「大丈夫なの、おかあさんも一緒に出られるなの!」
そう言うとシナの背中に掴まり、上昇し始めた。




