1話 いつもと変わらぬ朝
いつものように目が覚める。
半世紀以上毎日眺めている天井。
白いレースのカーテンから薄日が差し込んでいる。
いつもと変わらぬ朝。
ただ、ここ半世紀の間で随分と体が動かなくなってしまったが。
まあ、それもある意味当然であろう。
今日で100歳なのだから。
100歳。1世紀も生きて来た。
長いようで短かったと思う。
懐かしく感じるくらい前に幼稚園で砂遊びをしていて、気が付いたら小学生。あっという間に中学生時代が過ぎ、気が付いたら高校生で恋をしていた。その後大学生時代所属していた研究室で、バイオテクノロジーの権威ある学会で発表をして評価を受けたんだっけ。その後もあっという間だった。結婚をして、でも子供には恵まれなくて。ある事が切っ掛けで孤児の里親になる事になって……その子たちと過ごすために働いていた研究所を退所して、田舎で植物園を開いた。その後すぐに夫が亡くなって、だけど、子供達の面倒を見るのに忙しくて悲しんでる暇なんてなくて……今思えば、悲しい気持ちから逃れる為に忙しくしていたんだと思う。
「……ッケコッコー」
飼っている鶏のコッコが今日も元気に鳴いている。
「さて、今日も元気に頑張りましょうか」
「コッコ、コココ、コケー、ッコ」
能天気に鳴くコッコの鳴き声に癒されながら、ベットから起き上がる。
少し前から腰が痛くなり始めていて、朝の体操を欠かすと昼頃には動けないくらいに、体が強張ってしまう。
一応、被験第一号として製薬会社と医療器具メーカーから、投薬と強化骨格の埋め込み手術を受けている。しかし、ベースとなっている体への負担は大きいようで、どうしても体のメンテナンスとストレッチは欠かせないのだ。
……さて、皆は起きているかしら。
「おはよー、おばあちゃん!」
部屋から出てリビングに入ると、今年6歳になった良平が挨拶をしてくる。
「おはよう良平、顔は洗ったかい?」
「うん、朝一で!」
また変な言葉を使っている。
きっと昭介の影響だろう。
「昭介は起きてるかい?」
「婆ちゃん、ここに!」
良平よりも頭一つ大きい男の子が立っている。
……右手を胸に手を当てて。
「何だい?昭介は参謀か何かになったのかい?」
最近、近くの町に行った際、流行っているというアニメのDVDをレンタルして来た。その中に気に入ったキャラクターでも居たのだろう。昭介は14歳、中学二年生になる。この年の、男の子は何かと影響されやすい。それも、3年経ってから振り返ると赤顔悶絶モノの影響の受け方をする。
面白いから今度動画を取っておこう。
数年したら皆が集まったところで見るのだ。
きっと楽しい。
「……参謀、だったかな?」
「なんね、覚えて無いのかいな」
昭介の必死に思い出そうとしている横顔を見ていると、それだけで幸せな気持ちになってくる。
「それじゃ、思い出せるまで朝食なし!」
つい、からかう。
「ええ~婆ちゃん、そんな~」
「そんな~」
昭介の横に立っていた良平も真似している。
「ぷぷっ……コホン。さて、そろそろ朝の体操をしますよ」
笑ってしまうと、昭介の機嫌が悪くなってしまうので、からかうのをそこそこにして、ソファーの上の明菜に声をかける。
「……もう少しだけ……」
明菜は寝起きが悪い。悪いと言っても、機嫌が悪くなるとかいった悪さではない。ロー・スターターなのだ。ただ、これもいつもの事なので、気にせずソファから抱き上げる。
「お婆ちゃん、大丈夫、起きる」
明菜が昭介と良平の横に並んだのを見て、録音している体操の歌を再生する。明菜は今年高校1年生なだけあって、中学2年生の昭介よりも背が高く、160cm後半という所だろうか。ただ、最近の昭介の伸びが凄いので、1年もすれば抜かれているかもしれないが。
『体操第一~背筋を伸ばして、前に……』
体操の歌と共に体を動かしていく。
……何時もより随分と体の調子が良い気がする。
『……体操第一終わり!』
終わりの言葉と共に、明菜、昭介、良平がそれぞれ準備を始める。それぞれに担当があり、朝ご飯の準備をしているのだ。
「それじゃあ、卵取ってくるわね。良平は食べる?」
明菜と昭介は鶏の卵を毎日食べるが、良平はここ数日食べていない。数日前良平に、コッコの卵は、コッコの子供の様なもの。と話をした際に、”コッコの子供を食べていた”と考えてしまい、色々と考えるところがあったらしい。最近コッコへの餌やりの担当をしているのも影響しているのだろう。
「ううん、僕はいいや」
「分かった。でもね、良平。生きている以上、他の生き物を犠牲にして生きるのよ。生きている以上、それは欠かせないの。ただ、犠牲にするからと言って、蔑ろにするのではないし、尊い事なの。命を頂いて、生きる。これは、他の命を尊く思う大事な事なの。いつも、食べるときに感謝して食べているでしょう?」
「うん……」
まあ、時が来れば解決されるだろう。
「じゃあ、明菜卵取ってくるからよろしくね」
「は~い、いつものでいい?」
「ええ、葉を取る時は付け根を捻るのよ」
「大丈夫。流石に3年も葉摘みしてればプロ級~」
明菜が畑に向かうのを見て、ため息をつく。
(あの子、ちょっと油断すると茎までダメにしちゃうんだから)
そんな事を考えながら、明菜とは反対のドアを出る。
畑と反対にコッコ達の鶏小屋が有るのだ。
「コケーコッコ、コッコ、コ」
「あらあら、今日も元気だ事」
コッコを扉から離しながら、中に入り卵部屋をのぞき込む。
そこから3つ卵を取り出す。
「コッコ、今日も頂きますね。いつもありがとう」
「コケー、コ」
知ってか知らずか、元気に鳴くコッコを横目に小屋の扉を閉めて、部屋に戻る。
…………
「さて、感謝して頂きます」
「「「いただきまーす」」」
テーブルに並んだ朝食に手を付ける。
「おや明菜、葉を取るの上手になったね」
「取るだけじゃなくて、育てるのも上手になったよ~」
「え~明菜姉ちゃん、ちょっと気を抜くと水をあげすぎるからなー」
「へ~昭介、そんなに土運びしたいんだ~丁度、運んでおいて欲しい土があったのよね~80キロほど~」
「ほど~」
ニコニコとほほ笑む明菜に続いて、良平も続く。
「良平、お前良いのか?俺と一緒にお前も運ぶんだぞ?」
「違いますよ~良平は明菜と水やりです~」
「です~」
いつもと同じ、のんびりとした朝である。ただ、今日が連休の初日なのもあって、この後みんなで畑や園の手入れをする点だけ違う。
「みんな、仲良くね。今日は公平おじさんとか美穂おばさん達も夕方頃には来る予定だから」
「おじさん、おばさん来るんだ!他には?」
「う~ん、二人から来るって連絡あったから二人は家族で来ると思うけど、他の皆は分からないわね」
公平も美穂も元孤児で、10年以上前にここで暮らしていた。他にも何人もここで暮らしていた子達はいるが、皆忙しい身の為、今日来るのは数人、いや数家族だろう。
「そっか、じゃあ他の部屋も綺麗にしておかないとね」
この家は今でこそ、孤児が3人しかいないが、以前は10人以上が暮らしていたこともあった。その為、部屋数も普通の家の倍以上にある。
「大丈夫よ、他の部屋は昨日までに掃除しておいたわ」
皆忙しいから、そんなに帰ってこないだろう。と言ったものの、何処かで皆と久しぶりに会いたいと思っていたのだろう、1週間かけて全ての空いている部屋を綺麗にしていた。
「ふふふ、お婆ちゃんったら」
舞い上がっているのに気が付いたのだろう、明菜がニヤニヤしている。
「お婆ちゃんの誕生日だものね!」
そう、今日は誕生日。100歳の誕生日だ。
100歳と云う事で、明菜達が”何か欲しい物はないか”と聞いて来た。
そこで、もう100年も生きているのかと想い、過去を思い出していて、ふと『皆どうしているかしら』と言ったのだ。何の意図もなかったが、それを聞いた明菜が『任せて!』といって、『何を?』と問いかける間も無く、今日を迎えた。
「ふふ、楽しみにしているわ」
近くにいた良平がキラキラした目で下からのぞき込んでくる。
「ばあちゃん~楽しみ?」
「ええ、楽しみよ~」
可愛いくるくると縮れた髪を手で撫でながら、心から愛おしいと思う。
しばらく良平を堪能してから、畑と植物園の仕事をしに外に向かうのだった。
読んで頂きありがとうございます。
先が長くなりますので、取り敢えずブクマ、
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