4
銀髪に新緑の瞳を持つ美形エルフ、エイデンの仕事は医者だ。
とはいえ、獣人の次に頑丈なエルフは、ほとんど病気にならないし、戦時中ではないので大怪我もしない。
なので、いろいろな効能の薬を売ったり、出張で検診に出かけたりしていることが多いようだ。
「生活に困らない?」
「大丈夫ですよ。医者の他に国の代表の仕事もしていますし、薬の売れ行きが好調ですから」
「病気や怪我が少ないのに、薬が売れるの?」
「あー……最近はダイエット薬とか化粧品とか、滋養強壮薬とか、媚薬とか。まあ、色々」
少し気まずそうな表情のエイデンは、マルから視線をそらせてそう言った。
エルフの国は、民主制。
今、一番権力を持つ代表が、あの黒いエルフ――ライリーらしい。
「結婚するからといっても、無理はしなくて大丈夫です。祭りの最終日に、相手と婚姻するかどうかの意思確認を行いますので。それまでは、男側から手出しすることはありません。まあ、たまにフライングする奴もいますが……僕は紳士ですので心配要りませんよ」
エルフたちのルールによると、祭りの最終日に女性側の意思を聞くとのこと。
決定権は、獣人にあるようだ。
「あのさ、エイデンは本当に私を嫁にしたいの? どういう条件の女性が、家畜小屋に出されているか、本当に知っている?」
「ええ。穏やかで、可愛らしい獣人たちですよね?」
「違うし! 役に立たない弱い種族の特徴が出た獣人が家畜小屋に入れられているんだよ!」
「ハムスターなんて、特に小さくてふわふわで可愛いですよね。多産だし、お嫁さんに打ってつけです……ああ、もちろん、子供目的で君を選んだわけじゃありませんよ。子供が要らないのなら、無理に産ませたりしませんし」
エルフは変な生き物で、その価値観は獣人と全く異なる。
(こんなに甘く優しい条件が揃うことなんて、本当にあるのだろうか)
……今までの経験から、すぐには彼を信じられないマルだった。
エイデンに連れ帰られた日、マルは彼の元で一夜を過ごした。
警戒していたが、彼がマルに手出しすることはなく、寝室も別々だ。
ふかふかの桃色の布団の上で、ハムスターは一人、今後の選択について思い悩むのだった。
※
「そうだ、君の友達に会いに行ってみますか?」
エイデンの家に泊まった翌日、マルは彼にサラミの元に行こうと誘われた。
「いいの?」
「いいも何も、虜囚じゃあるまいし。花嫁は自由に行動できますよ? あなたたちがいた、あの国とは違います」
「でも……」
なおも言い募るマルを、エイデンは優しくなだめた。
「相当辛い目に遭ってきたのですね、辛いという状態がわからなくなるくらいに。ここに来る花嫁たちはみんなそうです。故郷で悲しい思いをした者が多い……簡単に忘れられる記憶ではないとわかっています」
「エイデン?」
「ですが、僕らエルフは花嫁たちを幸せにしたい。今まで苦しんだぶん、ここでは幸せになって欲しいと思うのです」
「…………」
戸惑いつつも頷いたマルは、共にサラミの元へ行くことを承諾する。
レンガで造られた森の道を進み、集会所へ向かった。
集会所は、昨日の鳥かご型の建物の呼称だそうだ。ちなみに、ものすごくご近所である。
中に入ると、色黒エルフのライリーと一緒にサラミが立っていた。
「サラミ!」
「マルちゃん!」
何年かぶりに再会したかのように抱き合う二人に、エルフたちは優しい眼差しを送っている。
マルは、鼻をヒクヒクさせて友人の無事を喜んだ。
集会所の中には、四人以外にも獣人がいた。
見たところ兎と雌牛の獣人のようで、兎の獣人のお腹は大きい。妊娠しているのだろう。
「あの人たちは?」
「私たちよりも前に、エルフの国に送られた女の人よ。ここでの暮らし方や、色々なお話を聞かせてもらっていたの」
話を聞いたマルは、テケテケと彼女たちの方へ歩いて行き、挨拶する。
「こんにちは」
「まあ、こんにちは。小さなお姫様」
彼女たちはマルに好意的だ。サラミも交え、四人の女子トークが始まった。
ずっと城の中の狭い部屋に閉じ込められていたマルは、他人と喋ることが好きだ。
「今日は、他の獣人の子のところも回って来たのよ。あなたたちは、比較的落ち着いているわね」
兎の獣人がそう話すと、雌牛の獣人も口を開いた。
「私たちもね、ここへ来た頃は怖くてずっと泣いていたのよ。新しく連れて来られた獣人の皆が、きっと不安だろうと思って。少しでも元気になってもらいたくて……私たちの経験を話そうと思ったの」
そう言うと、二人はエルフの里に来た頃のことを話し始めた。
最初は不安だったこと、エルフが優しくしてくれたこと、今は獣人の国にいた頃より良い暮らしをさせてもらっていると言うこと。
獣人たちは、嘘をついているように見えなかった。
マルは、ちらりとエイデンやライリーの方を見た。
(……彼女たちに会うことも、今日ここへ来た目的だったりするのかな?)
不安に思う獣人たちに、「以前からエルフの里にいて、エルフと友好的な獣人」に接触させる行為は効果的だろう。
獣人たちの緊張が緩むだろうし、彼女たちに感化されてエルフへの敵意も薄れるはずだ。
好意を疑ってしまうのは、長い年月をかけて植えつけられた習慣のようなものだった。
マルは、人一倍臆病なハムスターなのである。
けれど、今のところ、エルフはそんなに酷い人種ではなさそうだった。
先入観をなくして見ると、戸惑いを覚えるほど親切というのがマルの受けた印象だ。
そして、それはサラミも一緒らしい。
彼女は、ライリーと親しげに見えた。