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その晩、家畜小屋の中で動きがあった。
「エルフが来た!」
見張り役の雌鶏獣人が警報のように大きな声を上げ、それを聞いた他の獣人たちがベッドから飛び起きる。
マルやサラミも、寝間着の上に上着を羽織って小屋の外に出た。
「サラミ、エルフは……こんな夜中に襲撃してくるものなの?」
「わからないわ。皆、何の知識も与えられないまま、この場所に放り込まれているから」
「……向こうで、悲鳴が上がっているけど」
マルとサラミは、恐怖で引きつった顔を見合わせる。
「私、様子を見て来る……! エルフが家畜小屋の女性たちに危害を加えているのかもしれない」
「ちょっと、何を言っているの!?」
「サラミは、このまま逃げて」
「だめよ、マルちゃん!」
サラミの手を振り切り、マルは悲鳴のする方へ走った。
他の女たちに危害が及んでいるのなら、助けるべきだと思う。
(小さくて無力で世間知らずなハムスターだけれど、家畜小屋行きと同時に王籍も剥奪されてしまったけれど――きちんと「国民を守る」という義務くらいは果たしたい)
てけてけと細い道を全力疾走すると、被害の実態が見えて来た。
黒いフードを深く被ったエルフと思われる男たちが、女たちを捕まえている。
家畜小屋の女たちは、恐慌状態に陥っていた。
「嫌あっ! 離してよ!」
「お願い、見逃して! 私の他にも女がいるでしょう?」
反応は様々だが、女たちは全員が抵抗している。
「大人しくしてくれよ。ったく……女を百人寄越すことに、獣人の国は同意しているんだろ? なんで毎回、こんなことになるんだ」
なかなか言うことを聞かない女にしびれを切らしたのだろう、エルフたちの行動が次第に荒っぽくなっていく。
一人の背の高い男が空中に手をかざすと巨大な魔法陣が現れ、白い光が周囲を照らした。
マルは、本に書いてあった「エルフの使う魔法陣」というものを初めて間近で見た。
過去の戦争で、獣人たちはこの魔法陣の攻撃にやられたのである。
光に当てられた女たちが、よろよろと地面に倒れ伏した。
「今のうちだ、連れて行け」
魔法を使った男が周囲の者に指示を出し、動かなくなった女たちは次々に荷馬車に積まれていった。
女たちが魔法で殺されたのではないかと心配になったマルは、思わず物陰から飛び出してしまう。
「待って、彼女たちに何をしたの!?」
急に突進して来たハムスターを目撃し、周囲の男たちが困惑したように顔を見合わせた。
「心配いらない、眠らせただけだ。明日の朝には目覚めるだろう……おい、この女も連れて行け」
「やめて! 彼女たちは、今まで十分辛い思いをして来たのに。これ以上傷つけないで……!」
言い募るマルだが、何者かに背後から羽交い締めにされて言葉を失う。
黒いフードを被った男の一人が、マルを捕らえたのだ。
「はいはい。わかりましたから、少し大人しくしてくださいね。こっちだって、本当は手荒な真似をしたくないんですよ」
「女性たちを昏倒させておいて、何をっ……ん……」
突如、急激な眠気に襲われ、マルは前のめりに倒れる。
それを、背後の男がしっかりと受け止めた。
きっと、先ほど命令していた男と同じ怪しい魔法を背後にいる男が使ったのだろう。
(なんだか、ハーブみたいな良い香りがする……)
などと考えているうちに、マルは意識を手放してしまった。