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「マルを持ったまま殴りかかってくるなんて、許し難い暴挙ですね。どうしてくれましょうか?」
エイデンが魔法を使い、狼獣人たちが一斉に動きを止めた。
動けない狼獣人たちの合間を縫って進んできた彼は、宙ぶらりん状態のマルを両手で優しく包み込む。
マルはエイデンの手の中で小さく丸くなった。
「来るのが遅くなってすみません。マル、怪我はありませんか?」
「キュッ、キュ……」
返事を確認したエイデンは、マルをシャツのポケットに入れて再度狼獣人たちに向き直る。
なんとなく、ハムスター語が通じたらしい。
「さて、あなたたちは、エルフの国の代表の一人に暴力を振るった。国際問題ですね。そして僕の愛する花嫁を乱暴に扱った」
「…………」
狼獣人たちは押し黙った。彼らに命令していたのは、熊の獣人だろう。
国王は彼らに命令はしていないものの、行動を知りつつ黙認している。
彼らのやり方をよく知るマルは、そう確信していた。
「エルフにとって花嫁は命よりも大切な存在です。マルを攫った挙句、勝手に魔族の国へ送ろうとしたあなたたちの行動は、エルフから見て万死に値すると思うのですが……」
そこまで話し始めたエイデンを、奥から出てきた影が遮る。
「その辺にしておけ。獣人の国を滅ぼす気か?」
ライリーが、エイデンの右腕をつかんでいた。
「マル、無事か?」
「キュウ」
「俺は、この後で再び国王と交渉する。今回のことは全て獣人の国の落ち度だ。そこを突いて有利な条件を引き出してこよう」
なぜか、ライリーは嬉しそうだった。
エルフ総代表としての血が騒ぐのかもしれない。
「僕の部屋へ戻りましょうか、マル」
「キュッ」
エイデンは、狼獣人たちを魔法で拘束すると、同行していた他のエルフたちに引き渡した。
彼のポケットに入ったまま、マルは部屋へ運ばれる。
エイデンはハムスター姿のマルが怪我をしていないか丹念に観察し、怪我がないとわかると愛する花嫁をモフモフした。
「ああ、本当に怪我はないみたいですね。もし、マルの体に傷がついていたら……僕は狼獣人たちを殺してしまっていたかもしれません」
「……キュウ」
マルの毛並みを堪能しながら、エイデンは物騒な言葉を口にする。
「ねえ、マル。そろそろ人の姿に戻ってくれませんか? あなたと普通に会話がしたいです」
「キュ、キュ……」
オロオロしながらエイデンの腕を駆け下りたマルは、素早くベッドの中に潜り込んだ。
中でポフンと音がなり、人の姿に戻ったマルがおずおずと顔を出す。
「……ごめんなさい、服がないと出られなくて」
とはいえ、室内に服はなく、信用の出来ないメイドを呼ぶのも微妙だ。
とりあえず、エイデンがエルフの国から持ってきた着替えを借りて身に纏う。
(……ぶかぶかだ)
小さなハムスターには、長身のエルフの服は似合わなかった。
シャツだけで、ワンピースを着ているような状態になっている。
……なぜか、エイデンは嬉しそうだった。
「その格好、最高に可愛いですね」
「そ、そう?」
「ええ、誰にも見せたくないです」
「エイデンが喜んでくれるなら嬉しい。今日は、助けてくれてありがとう」
「いいえ、僕がもっと早くあなたを発見できていれば、怖い思いをさせずに済んだのに……すみません」
「どこも怪我をしていないし、大丈夫だよ。ハムスター姿のまま、狼獣人に変な持ち方をされていたせいで、ちょっと背中の皮膚が痛いけど……」
「……あの獣人の背中の皮膚を剥いで来ましょうか」
「エイデン!?」
「冗談ですよ」
しかし、エイデンは本気の目をしている。穏やかに見えて、割と気性が激しいのかもしれない。
そんな彼をなだめつつ、マルはずっと思っていたことを彼に告げた。
「あのね、エイデン。私、あなたのことが好き」
「マル……?」
「狼獣人に牢屋に連れて行かれた時、ずっと考えていたの。エイデンのことが好きで、あなたと一緒に暮らしていきたいって……恥ずかしくて言えなかったけれど、ずっと、あなたにそれを伝えたかった。私、エイデンと結婚したい」
ブカブカのシャツを着たまま、おずおずとそう告げるハムスター獣人を前にして、エイデンの理性は完全崩壊したのだった。




