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彼らが過ぎ去ってくれることを祈りながら、マルは隅っこでプルプル震えていた。
(今なら扉を突破できる……!)
狼獣人に見つからないよう、機会を伺いながら息を殺す。
「ん? 近くで、ハムスターの匂いがするぞ」
突然、一人の狼獣人が立ち止まった。
「本当だ……おい、どうなっているんだ? ハムスターの牢屋は、まだ先だぞ!?」
「牢屋から抜け出したんじゃないのか? 近くを探せ!」
狼獣人たちは、クンクン匂いを嗅ぎながら、徐々にマルへと迫ってくる。
成す術のないハムスター獣人は、隅っこの壁際で震えながら、なんとか逃げ出せないかと必死で考えを巡らせていた。
しかし、状況は絶望的だ。
「いたぞ、あの隅にハムスターが隠れている!」
一人の狼獣人の鼻が、マルを見つけ出した。
他の狼獣人たちも、一緒になって壁際へ迫ってくる。
「……!!」
とっさに駆け出したマルを、狼獣人が易々と捕獲した。
「チー! チー!」
「うるせぇぞ、ハムスター」
背中の肉を指でつままれ、マルは宙ぶらりんの状態になっている。
乱暴に扱われて、皮膚が痛い。痣になりそうだ。
「おい、こいつを連れて行け。今夜中に、船に乗せて魔族の国へ移動させる」
マルは、狼獣人の言葉を聞いて絶望した。
成すすべもなく、ブラブラとつままれて移動しながら、ハムスター姿のまま泣いている。
もう、何をしてもどうにもならない。
地下から階段を登り、地上に連れて行かれようとしたその時、不意に狼獣人たちが動きを止めた。
「おい、なんの真似だ……ッ!?」
先を歩いていた狼獣人が、耳と尻尾を逆立てて叫ぶ。
何かに怯えているような、警戒しているような、そんな雰囲気だ。
「なんの真似? 花嫁を迎えに来るのに、理由が要るのですか?」
続いて聞こえてきた声に、マルはハッと顔を上げる。
立ちはだかる狼獣人の向こう側に、見慣れた銀の髪が見えた。
「チー!」
マルは、ハムスター姿のままエイデンに向かって叫ぶ。
「マル!!」
無事に花嫁を見つけたエルフは、ホッとしたように相好を崩した。
しかし、狼獣人たちはマルを掴んだまま、エイデンを怒鳴りつける。
「近づくな! こいつは魔族への手土産にするんだよ。陛下が、魔族の国の土木知識を欲しがっている」
「断ります。エルフの国は、彼女の返却を拒否しました。これは、獣人の国の国王陛下の前でも告げたことですが……」
「なぜ、こんな弱いハムスターにこだわる? 陛下は、条件の良い肉食獣人の女たちを用意したはずだぞ?」
「マルを愛しているからに決まっているでしょう? そんなことも理解できないなんて、あなたは馬鹿なんですか?」
「なんだと!?」
エイデンの言葉に激昂した狼獣人たちが、彼に殴りかかる。
「先に手を出したのは、そちらですからね?」
薄暗がりの中、深緑色の瞳をニンマリと細めたエルフは、右手を開いて狼獣人たちに向けた。




