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マルは、エイデンと初めてのキスをした。
しかし、それから数日経過したが、特に関係は進展していない。
エイデンが自分のことを「花嫁」や「ハムスター」としてではなく、「マル」として好いてくれているというのは伝わってくる。マル自身もエイデンが好きだ。
思いを伝えられていないだけで……
以前彼に話した「嫌いじゃない」では、告白にならない。
そんな言葉では、敵意を抱いていないという証明にしかならないからだ。
けれど、タイミングを逃してしまったため、改めて彼に異性として好きだと告げにくい。
結局、その状態のままで、エイデンとマルは平和な日々を送っていた。
時折、マルはハムスターに変身し、エイデンに触らせてやっている。
※
ある日、強張った表情のライリーが病院へやって来た。
「エイデン、話がある」
「……なんでしょう?」
「今朝、獣人の国から使者が来た。その内容が、どうにも腹立たしいものなのだ……姫を、マルを返却してほしいと言ってきている」
「はあ? そんなもん、却下に決まっているでしょう」
「それが、どうにも難しい。向こうは、マルを魔族の大陸に嫁がせたいと……」
「自分たちで彼女を放り出しておいて、今更政略に使いたいって? ずいぶん都合のいい話ですね」
「ああ。俺もそう思う。だが、相手は獣人の国の王だ。簡単に断ることができない……だから、直接話をしに行こうと思う」
「獣人の国へ行くのですか?」
「ああ、そうだ。お前も来て欲しい」
黙って二人の話を聞いているマルだが、内心は不安で仕方がなかった。
おそらく、獣人の国と魔族の国とで何らかの取引をしたのだろう。そして、獣人の国の姫を一人送ることになった。
けれど、姫たちは皆、泣いて嫌がったに違いない。見知らぬ異国へ嫁ぐ度胸のある者は、あの城にはいなかった。そこで、マルにお鉢が回ってきたのだろう。
エルフへの花嫁なら、いくらでも替えが効く。けれど、獣人の国の姫は限られている。
魔族の国へ送っても、痛くも痒くもない姫はマルだけだ。
(私のような半端な姫を送りつけても、国が恥をかくだけだと思うんだけど……)
そういった理屈は、弱肉強食の獣人の国で通用しない。
そして、弱いハムスター獣人であるマルの反論も一切通用しない。
「マルと離れる気はありません。僕の花嫁は一人だけです」
エイデンは、不機嫌な声音でそう言い切った。
「わかっている。返却するのがサラミだったら、俺も同じことを考えるだろう……使者は「代わりの獣人をよこすから良いだろう?」などと、ふざけたことをぬかしていた」
「許し難い愚行ですね」
「おい、抑えろよ。お前がキレるとロクなことにならなさそうだからな」
「抑えますよ。僕は沸点が高いんです」
「……そういうことにしておこうか。とにかく、獣人の国との交渉が必要だ。俺とお前で獣人の国に向かうぞ」
ライリーの言葉に、エイデンは黙って頷いた。部屋の中の空気が重い。
「待って、私も行く!」
大人しく話を聞いていたマルが声をあげた。




