表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

11

 マルは、エイデンから薬学の基礎を学び始めた。

 薬部屋の薬草に興味を持った彼女に、エイデンが勉強の話を持ちかけたのだ。

 助手ができることは、一人で医者をしているエイデンにとってもありがたい話だったようだ。


 最低限の読み書きはできるものの、獣人の国の城でロクに教育を受けてこなかったマルは、知識がかなり偏っている。

 そのため、エルフの子供たちが最初に勉強する内容も並行して学んでいた。

 しかし、勉強中にエイデンの体が触れたりすると、それだけで集中力が飛んでしまう。

 なんだか昨日から様子がおかしな自分に、マル自身も戸惑っていた。


 そんな折、また新たな患者がやって来た。今度の相手は重病を患った老エルフだ。

 息子に付き添われながら、木製の車椅子で運ばれて来る。

 エルフは頑丈だが、全く病気をしないというわけではない。

 むしろ、エルフがかかるような病気は、特に悪質なものと言っていいだろう。

 前々からエイデンが治療をしていたらしいが、エルフが年寄りで体が弱っているため、取れる措置が限られてしまうということだった。


「悪い部分が広がり過ぎて、手の施しようがありません。この分では回復は難しいです。少しでも延命できればと思いますが」

「…………やはり、そうですか」


 診察が終わった後、エイデンは「患者の命は長くないだろう」と、その息子に告げた。

 息子の方もそれは予測していたみたいで、エイデンに向かって今までの延命措置の礼を言っている。

 魔法を使える万能なエルフでも、医療の世界では使用に限界があるのだ。

 患者たちが帰った後、エイデンの口数は少なかった。落ち込んでいるのが、傍目にも見て取れる。


「あの、エイデン……あなたはできることを全てやったのでしょう? あの人の息子が言っていたよ、本来ならとうに命を落としていたって。それを助けてくれたのは、エイデンだって。そうやって、自分を責めないで」

「……」

「エイデンはすごいよ。賢いし、優しいエルフだよ」


 マルはエイデンがそうしてくれたように、診察室の椅子に座っている彼の頭を撫でた。

 急に触ったので驚いたのか、尖った耳がピクリと揺れる。


「ありがとうございます、マル……」


 椅子から立ち上がった彼は、そっとハムスター獣人の花嫁を抱き寄せる。

 マルは抵抗しなかった。


「君がいてくれてよかった」 


 パチパチと瞬きするマルの目の前に、エイデンの顔が近づいてくる。

 そうして、唇に温かいものが触れた。


「…………」


 生まれて初めて他人から受けたキスに、マルの思考が停止する。


「エ、エイデン……?」

「すみません、マルが愛おしくて。つい……」


 なんだか甘酸っぱい空気になり、お互いの動きがぎこちなくなった。

 不思議と、それが嫌ではない。


「エイデン」

「なんですか?」

「私、エイデンのこと、嫌いじゃないよ。最初は、あなたのことを警戒していたけど、だんだんわかってきたし」


 マルは、おそらく自分はエイデンのことが好きなのだろうと自覚していた。

 ライリーに笑顔で駆け寄ったサラミのように、夫のことを自慢げに話す兎や雌牛の獣人たちのように、自分を選んだエルフに好意を持ってしまった。


 だが、そのことを後悔してはいない。

 これから彼とエルフの国で生きていくことに、純粋に希望を感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ