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 なんとか床に降り立ったマルは、落ちていた服の下で人型に戻った。

 服の下から現れた裸の花嫁を見たエイデンは動揺している。


「……エイデン、あっちを向いていて」


 大事な部分は隠せているが、見られていると着替えにくい。

 素直にマルの要望を聞いたエイデンは、無言でそそくさとダイニングを出て行った。どこへ向かったのかは知らない。

 着替え終わってしばらくすると、彼が戻ってきた。木のスプーンは新しいものを用意してくれたようだ。


「マルは、その、可愛らしいハムスターですね。思わず、理性を飛ばしてしまいました」

「エイデンは、ハムスターが好きなの?」

「小さくて可愛くて、ふわふわしたものは好きです。ハムスターは、全てに該当します。それに、君自身も素直で優しくて魅力的だと思いますし」

「……!!」


 真顔でそんなことを言うなんて、反則である。

 照れから、マルの顔は急速に熱くなってしまった。


「ああ、そうそう。食事の後に患者さんが来る予定です。薬を用意しておかないといけません」

「私に手伝えることはある?」

「手伝いは特に必要ありませんが、病院の中を案内したいので来ていただけますか?」

「うん、もちろん!」


 マルは、助けてもらった恩をなんとかして返したかった。とはいえ、その目処は立っていない。

 エイデンはマルをさらった相手だが、彼への嫌悪感はなくなっている。

 今の自分が大事にされていることは、ずっとエイデンを見ていれば理解できた。


 食事後に、二人で病院内の一室にやって来る。

 エイデンの作った料理はとても美味しかった。後片付けも、もちろん手伝っている。

 周囲には、薬草の入った木の箱が積まれていた。壁にはたくさんの引き出しが設置されており、その中にも様々な薬の材料が入っているようだ。


「いろんな匂いがするね」

 

 鼻をヒクヒクさせたマルは、興味深そうに周囲をキョロキョロ見回した。

 エイデンが棚から順序よく薬を取り出していく。

 マルは、それらの匂いを一つずつ嗅いでいた。

 そんな様子を微笑ましく思ったのか、彼が一つ一つの薬草の名前を教えてくれる。


「これは、マリー草。熱冷ましの作用があります」

「へぇ……」

「こっちのエメリの花は風邪薬、ザサの根は胃腸薬です」


 薬部屋は広く、たくさんの箱や引き出しがひしめき合っている状態だが、エイデンは正確にすべての薬の場所を把握していた。


「マル、こちらが診察室ですよ。向こうが待合室ですね……とはいえ、待機しているエルフや獣人はほとんどいなくて、来るのは主に人間です」

「なるほど。人間は賢いけれど、か弱い生き物だからね」

「ええ。だから、定期的に見て回るようにしています」


 そんな話をしていると、本日の患者が訪れた。まだ若い人間とエルフの夫婦だ。


「……妻が、夏風邪をひいてしまったみたいで」


 夫のエルフは、心配そうに人間の女性を抱えている。


「そちらにおかけください。いつ頃から症状が出ていましたか?」

「昨日の夜からだ。先に連絡した通り、熱が下がらなくて困っている。腹の調子も悪いらしい」

「他に目立った症状は?」

「ないと思う……」


 エルフが人間の女性を見ると、彼女は静かに頷いた。苦しそうだ。


「わかりました、診察を始めますね」


 エイデンは丁寧に女性を診察し、カルテにメモをとっている。

 マルは、そわそわしながら彼の仕事を見ていた。


「うん、これだと……エメリの花が、もう少し多いほうがいいかな」


 彼のその言葉に、マルが素早く反応する。


「私、取って来る……!」

「マル!? 場所はわかるのですか!?」

「匂いで覚えた!」


 ダダダと薬部屋に駆け込んだマルは、迷わずエメリの花を手にして戻ってきた。


「……正解です。すごいですね」


 エメリの花を受け取ったエイデンは、必要な薬をそれぞれ袋に入れて患者に渡した。


「飲み方は、中に入っている紙に書いてあります。今回の薬は、全部煎じて飲めば大丈夫」

「ありがとうございます」


 人間の女性と夫のエルフは、大事そうに薬袋を抱えて病院を後にした。


「マル、お手柄でしたね」

「匂いを覚えるのは得意なんだ。薬や毒の匂いは、特にね」


 その言葉を聞いただけで、エイデンはマルに何があったのかを大体察してしまったようだ。

 泣きそうな顔で、ハムスター獣人を抱きしめてきた。


「ちょっと!? エイデン!?」


 またしても、顔面が羞恥で噴火しそうである。


「あ、あの」

「もう大丈夫ですよ。二度とあなたに、そんな辛い思いをさせないと約束します。あなたのお家の事情は少し聞いています……可哀想に、獣人の国では命を狙われていたのですね」

「ハムスターがいなくなってくれれば、安心できたんだろうね。たまに毒を送って来る性格の悪い兄弟が数人いた。簡単に死んでやる気はなかったけど……」

「あなたが生きていてくれて、本当に良かった」


 頭を撫でるエイデンの手を振り払えない。

 優しい言葉をかけられて、思わず泣きそうになってしまう。


「ずっと気を張っていたんですよね? ここへ来てからも」

「…………」

「僕がマルを守ります、あらゆる敵から、だから、安心してください……とはいえ、すぐには難しいかもしれませんが」


 エイデンは、そのあともマルを慰め続けた。

 彼相手に気を許し始めた花嫁が、泣き疲れて小さな寝息を立てるまで。


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