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「エ、エイデン! 血、血が出てる!」


 マルは、エイデンの背中を目にして叫んだ。

 彼の着ている白いシャツが、少しだけ赤く染まっている。


「大丈夫ですよ、大した量じゃない。ただの打ち身と擦り傷だから」

「で、でも……」


 動揺するマルをなだめるように頭を撫でたエイデンは、椅子を振り回した羊獣人の方を向いた。


「僕の可愛い花嫁が、危うく怪我をするところでしたよ。あなたは、エルフの花嫁に手を出すことの罪深さをご存知ですか?」


 しかし、苦情を言われた羊獣人は開き直っている。


「そのハムスターが悪いんだよ。獣人のくせに、それも元王族のくせに、簡単にエルフに絆されて! さすが王家の恥さらしだよね!」


 自分も家畜小屋に入れられたのに堂々とマルを非難する羊獣人は、すでに精神を病んでいるのだろう。まともな会話が成立しなさそうだ。

 彼女は男性店員たちに店の奥へ連れていかれ、マルはその場にとり残された。


「あの、エイデン……助けてくれてありがとう」


 庇ってくれた彼に、素直に礼を言う。


「いいえ。あなたに怪我がなくて本当によかったです。もしあの椅子が君にぶつかっていれば、僕は平常心を保てなかったでしょうから」

「……?」

「さて、家に帰りましょう。他の女性たちも迎えが来たようです」


 店の外を見ると、他のエルフたちが立っていた。

 先ほどまで隠れていたサラミが、笑顔でライリーに駆け寄っている。

 マルも身を呈して助けてもらったことで、エイデンなら気を許しても大丈夫じゃないかと思い始めていた。


 サラミたちと別れてエイデンの家兼病院へ帰る。

 医者であるエイデンは、自力で自分の怪我を手当てしてしまった。

 エルフは頑丈だというが、本当に打ち身と擦り傷だけだったようだ。


 その後は、食事の準備に取り掛かる。

 支度を手伝いたいところだが、マルは幽閉生活が長かったせいで料理が得意ではない。家畜小屋の生活で少し要領を掴めてきたばかりだった。

 キッチンでエイデンが食事を作り、マルがダイニングへグラスや皿やカトラリー類を運ぶ。


 しかし、不意に手が滑り、小さな木のスプーンをダイニングの棚の隙間に落としてしまった。

 慌てて手で取ろうとしても、届かない。


「困ったなあ」


 マルは、キョロキョロと周囲を確認した。

 エイデンは料理に夢中になっているようで、ダイニングの様子に気がついていない。


(……よし、今なら大丈夫かも)


 彼がこちらを向いていないことを再度確認し、マルはハムスター姿になった。

 ぐんぐん体が縮み、服の中から小さくふわふわしたハムスターが現れる。

 この状態なら、棚の隙間に潜り込んで木のスプーンを取って来ることができるだろう。


 棚の横をトテトテと前進し、すぐにスプーンまでたどり着く。

 それを口でくわえて引きずり、無事に外まで運んだ。

 思ったより時間がかかってしまったが、スプーンを失くさずに済んだマルはホッと息をつく。


(重かった……早く元の姿に戻ろう)


 ハムスター姿のときは非力なので、一刻も早く人間の姿に戻りたい。

 変身時に床に落ちた服の上で、こっそり人型に戻ろうとしたところで……不意にヒョイと体を掴まれた。


「チーーーー!?」


 思わず声を上げて手足をばたつかせるが、体はブラブラと持ち上げられたままだ。

 そのまま、そっと温かいものの上に降ろされる。

 不安定でフニフニした地面は、エルフの手のひらだった。

 ハムスター姿のマルを発見したエイデンが、嬉々として花嫁を捕獲し、愛でようとしている。


「チー、チー!」

「どうしましたか? 可愛い、可愛いですねえ、マル」


 エイデンは、指でマルの毛皮を優しく撫で、デレデレした表情を浮かべている。


「…………」


 出会って初めて、エイデンはマルの名前を呼んだ。

 彼の蕩けるような美しい顔は破壊力抜群だ。なんだか、無性に落ち着かなくなる。

 しかも、優しく撫でてくる指が気持ち良い。


「キュ……」


 だんだん抵抗する意欲が奪われていく。


「ああ、マル。君のハムスター姿を見られて僕は幸せです。本当に可愛い……」

「キュウ……」


 頰をスリスリされている途中で、マルは思った。


(そろそろ着替えて食事をしたいな。スプーンも洗わなきゃ)


 しかし、今人型に戻ると弊害がある。

 獣人は獣姿になる際には服を着ないので、元に戻った時は素っ裸なのである。


「キュゥ、キュッ!」


 着替えたいので少し席を外して欲しいとエイデンに訴えるが、当然ながら彼にハムスター語は通じない。


「どうしたんでちゅかー? かわいいでちゅねー、マル」


 ついに、喋り方までおかしくなってしまった。エイデンはかなりのハムスター好きのようだ。

 人型に戻りたいマルは彼の腕の上を全速力でテケテケと走り、足に沿ってトトトと下り、数分の格闘の末に無事地面に着地したのだった。


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