第9話 街
「何をやっているの? 童顔」
俺が茜に朝のキッスをされた直後、ラーニャの声が聞こえてきた。
俺はまだ茜の尻尾に巻かれ、拘束されたままだ。
「何でこれで俺がやってると思われてるんだ! むしろ俺はやられてるほうだよ!」
「朝からテンション高い」
「テンション高いんじゃなくて興奮してるんだよ!」
「や、興奮なんて」
茜が自分の両頬を手で覆う。彼女が照れると同時に尻尾がより締まる。ぐるしい……。
「ぎぶ……ぎぶ……」
「あ、ごめん」
急速に拘束が緩んだ。そのせいで、重力により俺の体は地面へと叩きつけられる。
なんとか体を起こし、俺は四つん這いで息を整える。
「朝から騒々しいな」
「むしろ俺は君が落ち着いていて安心してるよ」
「あ……あれは、ちょっとパニくっただけ」
「ん。ならよかった」
「よくない……」小声で茜のツッコミが入る。
「俺がいいっていったらいいの」
「……手は?」
尋ねながらも、落ち着かないのか、心配してるのか、不自然にラーニャの手は自分の水色の髪を撫でていた。
「治ったよ」手の甲を見せる。少しまだ赤いが、痛みはなかった。
「そ。治癒術で治ったなら、よかった……わね」
微妙に他人事なラーニャの一言のせいか、茜の眉間が少し険しくなる。
ま、治癒術じゃないんだけど。それはいいか。
「それじゃ、今日こそ霊山に行こうか。ちょっと昨日ルート変えたから、回り道になっちゃったけど」
俺はバッグの中から、この大陸の地図を開いた。それを地面に置く。
この大陸の特徴は、山脈がNに似たような形に伸びていることだった。
その山から、ところどころ海の方へ川が流れている。
この大陸では、川を跨ぐようにして街や都市が栄えてることが多かった。
「ねね、常葉くん。山に行く前に、街に寄らない?」
茜がそう訊いてくる。
「え、えっ、街って……」
色々と問題があるんだけど、それ。
「でも、街に寄るなら南に行かないとダメだし……」
現在位置より南にある、元々俺の目的地だった街を指差した。
ここへ寄って、西北にある霊山へ行くとなると、昨日より大きな回り道になる。
「んにゃ? 違う違う。こっちじゃなくて……えっと、多分ここ」
「え? ここって……」
ちょうど、俺達がいるすぐ北の辺りに、茜の指が置かれる。
地図の色は深い緑に染まっている場所だった。つまり、そこは。
「森?」
キュラーの森、という場所だ。その森の中央を横断するように、川が通っている。いや、まさか。
結論から言えば、街はあった。
とても広大な森で、街が隠れるのには十分だった。
おかげで、半日近くも北に向かって森の中を歩くはめになってしまった。
平原ならそこまで時間がかからない距離だ。
しかし、森なせいで沢山のモンスターにも出会うわ、足元は悪いわの、酷い環境だった。
やがて、開けた場所が見えてきた。
そこには、さほど背の高くない外壁があり、ところどころに屋根のようなものが見えている。
「こ、ここまで来たら街に寄るのはいいんだけどさ、でも、流石にこのまま街に突入するのはやばくないかな?」
俺はいいのだが、茜とラーニャの姿に大きな問題がある。
茜は下半身が蛇の姿をしているし、ラーニャには竜の尻尾と角が生えている。
一目見て、モンスターと間違う人間もいるだろう。
「なぜ躊躇っている?」
ラーニャが意味が分からない、とでも言いたいかのように眉を顰める。
「いや、そりゃ、さ」
逆になぜ躊躇わないんだと聞きたい。
「よくわかんないけど、もう行くよ、常葉くん」
いや、ちょっと。
俺は茜のやわらかい手に、左手をひかれていく。
反抗して立ち止まろうとしたのだが、茜の引く力が強くて逃げることが出来ない。
手の力まで負けてるのか、俺。……なんだか悲しくなった。
いや、問題はそこじゃない。
「このままでいったらヤバいって! だって茜とラーニャ、モンスターだ……」
反論するのが完全に遅かった。
すでに、俺の体は街に辿り着いていたのだ。
そして、そこで俺が見た、最初のその街の住人は。
――翼が生えていた。
少女の背中に翼が生えていたのだ。
……いや、違う。手が翼になっているらしい。
そんな翼をはためかせて、空中を泳いでいる。
その幼い容姿の少女の足は、太ももより下が鳥だった。茶色の、細い、鳥の足。指の部分には鉤爪が付いている。
「――は?」
そうして、俺は、亜人種達が住む街へと辿り着いたのだった。




