第8話 体質
「強力な自然治癒力?」
俺の言葉に、茜は眉を顰めてこちらを見てくる。
その表情を歪めているにもかかわらず、綺麗な茜の顔だとやはり映える。不思議なものだ。
「そういうこと」
「そういうことってどういうことなの? 全然説明になってないんだけど」
「説明って言ってもね……俺自身も全然わかってないんだけど、俺にはそういう能力? や、体質みたいなものがあるんだ。
かすり傷程度なら1時間で直るし、骨が折れても一晩寝れば元に戻ってる。実際に、さっきの火傷ももう治ってるよ」
まあ、痛いから怪我するのは勘弁して欲しいけど。俺はそう付け足した。
自然と目の前の焚き火を眺める目も鋭くなってしまう。
もう時間は夜になっていた。
辺り一面は闇に包まれている。それとは対照的に、焚き火は眩しかった。
草原を東北に歩いて、山のほうへと辿り着くのは大変だった。
燃やせる木を探すのだって、一苦労だ。もう野宿は勘弁して欲しい。
おかげで霊山へと近づくのも遅れてしまった。今日中に辿り着けるだろうと思っていたのに、とんだ誤算である。
まあ、別にラーニャを恨んだりはしていない。あそこで彼女が火を噴いてくれなければ、俺達が勝っていたかどうかも怪しいのだ。それに彼女なりに、俺達の役に立ちたかったのだろう。
茜は未だに根に持っているだろうけど、俺がなだめてなんとか怒りは収めた。
本気で心配してくれたのだろうけど、茜が怒る姿を見ていると、嬉しかったような、怖かったような。
とりあえず、怒らせることは絶対にないようにしたい、と心に誓った。
怒らせた張本人のラーニャは、背中に俺が持っていた青いシートを引いて寝ていた。
さっきまで「ごめんなさい」としか言葉を発しなかった彼女。 恐らく、強い良心の呵責にさいなまれたのだろう。
明日には元の彼女に戻っているといいなと、切に思う。
寝ているラーニャを見ていると、やはりそのあどけない寝顔は子供にしか見えない。つい、頬が緩む。
……なんかロリコンっぽいな。笑っている自分の頬を指でほぐした。
「体質」
茜が呟く。
「そう、体質。茜にもあったりするの?」
この世界に転生してきた者には、みんなそういうのが備わっているのかもしれないという仮説が、思いついたことが昔あった。
「ある……かな。……うん、ある」
「そうなんだ」
無理に聞くつもりはなかったが、茜は話の流れからか語り始める。
「わたしは、簡単に言えば夜目かな。よく猫とかカラスとかが持ってる奴。あの洞窟でも、中にある鉱石の光だけで辺りを見渡せたりした」
夜目か。蛇に夜目はあったかな。いや、なかったような気がする。
「……あれ、じゃあ、どうして俺は襲われたの?」
俺の顔も、茜と同じく前世から変わっていない。茜は一目俺を見たら、誰かわかっただろう。
「それは単純に、ランプの光がまぶしくて、逆に見えなかっただけ。声を聞いた瞬間に気付いたけど。
というか、常葉くんこそ酷くないかな。気付いてなかったとはいえ、いきなりわたしから逃げた上、斬りかかるなんて。斬るのなんて、わたしより酷いよ」
「ははは……ごめん」
「……この罪は一生かけて、罰として償ってもらうから」
いきなりマジトーンになるの怖いからやめて。
お兄さん逃げ出したくなるから。兄でも年上でもないけど。
俺と、茜はそんな話をしつつ、寝た。問題は朝だった。
「――」
俺は唇になにやら変な違和感を感じて目を覚ました。
……目の前には、茜の目があった。彼女の目は開いている。つまり彼女は起きている。
頭が一瞬真っ白になった。
え、何。お、おう。
少し茜の顔が離れる。俺は唇の違和感から解き放たれる。と、思ったのだが。
ざらりとした何かが俺の唇を撫でた。
混乱していたその時の俺には、『何か』が『茜の舌』だと気付くのには時間が必要だった。
「うぁ、え、ああ。ぎゃああああああ!」
言葉にもならない声が出た。
腕を動かそうとしてもぴくりとも動かない。足も同じだった。
自分の体を見ると、赤くて、うろこの付いた太いものが巻きついていた。それは茜の下半身から伸びている。俺は茜に拘束されていたのだ。
「ちょ、何。え」
「んんん? ……既成事実?」
嬉しそうに鼻を鳴らすな。頬を緩めるな。顔を赤く染めるな!
前世まで振り返っても、今までで一番の波乱の朝だった。




