第16話 神竜
男冒険者達の助太刀を終えたあと、俺達は再び3人で山を登り始めた。
「ところでさ、ラーニャの親……みたいなのって、霊山のどこにいるんだ?」
「……さあ?」
「え?」
「あたしは知らない」
「マジか……」
「でも、一つ心当たりはある。山頂を抜けてすぐのところに、あたしの家がある。とりあえず、そこに向かえばなんとか」
「なるほど、そういうわけか」
家……って、どういう家なんだろうな。まさか木の一軒家ではないだろうし。
よく考えてみれば、竜の家なんて考えても分かるわけがないのだ。そういうのは見たほうが早い。
それにしても先程の冒険者達が先行してくれているのは助かる。
モンスターの数が減らされているのだ。いちいち戦うのは面倒だし、手間だ。リスクだって伴う。
歩いていると、次第に山の頂上が見えてきた。
そこに竜がいるようには見えなかった。
「というか、よく考えてみたら、さっきの奴ら山頂から折り返してくるんじゃないか?」
「まあ、そうね」
茜が首を縦に振って肯定する。
「いやいやいや、暢気に構えてる場合じゃないだろ」
どちらにせよ、隠れなくてはならない。俺はまだ見つかっても何とかなるが、彼女達は見つかってしまったら面倒なことになる。
山は波を打つような形状となっていた。時折深い段を形成して、山道から少し陰になりそうな部分もあった。
「とりあえず、そこに隠れよう」
俺は人一人が隠れられそうな高さの岩場を指差した。そこならば、屈んでやり過ごすことができるだろう。
少しモンスターが出ないか心配だが、冒険者達が折り返してくるのに時間がない。
とりあえず、岩場の陰に隠れることにする。
数分ほど待っていると、やがて山の上のほうから下ってくる冒険者の影が見えた。
俺は覗き見るのをやめて、体を全て岩場へ隠した。
3人で息を潜めていると、彼らの声が聞こえてきた。
『さっき一緒に戦った彼だけどさ』
『彼って……ルーってやつか?』
『そう、ルー。ルークリッドって男の子。さっき名前を聞いて、ちょっと頭に引っかかってたんだけど……』
『心当たりがあったんですか?』
『んー、心当たりというか、聞いたことがあったんだ。……僕の記憶が正しければ、ルークリッドは火山の越えた向こう側の村――オルトヴィレッジの勇者候補の名前だった気がするんだけど』
『勇者候補? ……それって、あれだろ? あの、勇者になる資格がある人間だとか、どうとか数十年に一度の逸材……みたいなことを聞いたが』
『そうです。それで彼は未だにアークの街に着いていなかったという噂でした』
『えっと、それでは、なんで彼はこんな場所に歩いていたのでしょうか。それも、一人で』
『迷った――とか?』
『それはないでしょう。村と街の間が難しい道ならまだしも、火山を挟んでも一本道で、かつ東に進むだけです』
『そうか、じゃあなんで』
「常葉くん、伏せて!」
突然聞こえてきた声に俺は反応して、地面にすぐ突っ伏した。
頭の上でビュン、という音が鳴った。空気を切り裂く音。
目の前には黒い竜――ワイバーンがいた。
陸からならモンスターが来ても冒険者達が片付けてくれるから大丈夫だと思っていたが、空から来たらしい。
「嘘だろ!」
俺は膝立ちの状態で、再び襲ってくる翼を腰の鞘から出してすぐの状態の剣で止めた。
だが、流石に体勢が悪い。
翼との競り合いで、剣を持っている手の握力が弱まってきた。
握っている剣を落としそうになった頃に――業火がワイバーンの体を襲った。
ラーニャが吹いた火だろう。
「大丈夫か!」
男、男の声が聞こえた。近寄ってくる複数の足音。
くそ。まだ通ってる途中だったか。
「あ、さっきの方……その隣の人達は……?」
「逃げよう!」
俺は茜達に言い放った。俺はラーニャの胴を担いで、岩場の段を飛び越えて走り出した。
後を追って茜が不満を言いながら追いかけてくる。胴を担いでることが気に食わなかったらしい。
というか――重い!
ラーニャの体が想像していた2倍近く重かった。
特に尻尾だ。その部分が竜なせいか、異常なほど下半身が重い。
脚力に自信はあった俺だったが、流石にそれでワイバーンから逃げるのは厳しかった。
最初は少し差が開いていたが、次第に奴は距離を詰めてくる。
刹那、前方から強い風が吹いた。
俺はつい目を閉じてしまって、足を止めてしまった。いや、俺だけじゃない。
隣を進んでいた茜も風が邪魔だというように腕をクロスして止まっていた。それくらい強い風だった。
突風か? 目の前には何もいなかった。
そう思った瞬間に、聞こえてきた、
「上だ童顔!」
俺の胴に担がれていたラーニャが、そう叫んだ。
俺は顔を上に向ける。
「なんだあれ……」
竜。竜だ。ワイバーンなんてちゃちなもんじゃない。そんなのの数十倍の大きさは優にある。
神竜。さっきの冒険者達の言葉を借りるとすればそんな存在が滑空していた。