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第14話 竜が棲む霊山

 部屋で目を覚まして、俺は気付く。

 もしかすると、俺はこの状況から逃げ出す最後のチャンスを逃してしまったのかもしれない。


 今までは茜やラーニャと一緒に居るという状態だったため、何か行動を起こすことはできなかった。

 しかし、この宿屋に泊まっている状況は違う。夜の間なら、いつでも逃げることが出来たのだ。

 でも、もうすでに夜は明けていた。窓の外には日が照っていて、時すでに遅い。


「まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないか……」

 俺はベッドから扉へ歩いて、鍵を開けて外に出――ようとした。

 が、少し開いたところで、何かに詰まって扉が開かなくなった。


「ん?」

 僅かに開いた隙間から、青い服のようなものが見える。人間?

 わざわざ躊躇ちゅうちょする必要もないので、俺は更にドアを強く押した。

 ゆっくりゆっくり扉は開いた。その人間らしきものも、押されてころころと転がる。

 やがてそれは部屋の前の壁にぶつかった。


「んん?」

 赤い尻尾が見えた。

 ドアを全開にする。先程までは視界に入らなかった顔が見えた。

「ふぁぁ……おはよ」

「うむ」

「いや、夜の間に添い寝に来たら、鍵が閉まってて」

「……」

「それで眠かったから寝ちゃった」

 以上、扉の向こうで待ち構えていた茜さんの犯行動機でした。

 ……こええよ。



 ◇◆◇◆


 色々と面倒なことは起こったが、つつがなくアルトピアを出ることができた。

 俺達3人は、その後北西に向かって森を歩き出した。

 南から森を通って街に行くにあたっては、かなりの距離を歩かなければなかったが、北へ抜けるまではさほど長い距離ではなかった。

 森を抜けて、再び俺達は平原に出て、その後すぐに山が見えてきた。


 東に抜ける山脈は、殆ど木の緑に覆われていたが、その山は明らかに色合いが違う。

 焦げた茶色の山がそびえ立っていた。


「にしても、風貌がいかつい山ね……やっぱり帰らない? 危なそうだし」

 茜が今更すぎる提案をした。明らかに遅い。それを言うならば、街で言うべきだろう。

「ここまで来たら行かないと。それに、ラーニャのことをほっぽり出すわけにもいかないでしょ」

 俺はラーニャに一瞥する。キッ、という強い目つきでにらまれた。

 街でのことをまだ根に持たれてるようだ。

 それにしても、嫌われすぎだろ。俺は溜息を漏らしたくなった。

「それに、この山がこんな見た目なのは、山の緑を全てドラゴンが燃やし尽くしたという話だし」

 まあ、ここ数年、ドラゴンが発見されたという噂は聞いたことがなかったけど。

 それの亜人種が目の前にいるんだから、なんともまあ奇妙な話だ。

「じっちゃんが……」

「ん?」

 小さな声でラーニャが呟いて、瞬間的に俺は反応してしまった。

「なんでもない」

「……そう」

 嫌われすぎだろ。



 俺達はそこから、しばらく歩き続けた。

 鋭い斜面の山ではないため、歩くのはそこまで辛くはない。これと比べれば、獣道でモンスターが多かった森のほうが数倍キツい。

 それにしても、

「モンスターが少ないな……」

 小一時間ほど歩いているが、まだ4体の敵にしか出会っていない。

 ウルフ系のモンスター2体と、くたびれた剣を持った骸骨のアンデッドモンスター2体に出会っただけだった。

「モンスターがいないのって、いいことじゃないの?」

 茜が俺に問いかける。

 ウルフを尻尾で絞めてねじ伏せたのも茜だった。

 こないだのように、ウルフの動きが異常なほどいいということはなかった。

 あの時のモンスターは、本当になんだったのだろうか。

「いや、それはそうなんだけど。奇妙というかね……」

 森だったらもう10匹ぐらいと遭遇しててもおかしくないくらいだ。


『グォオオオオォオオオオオ!』

 そんなことを考えながら話していたその時、突如として強い雄叫びが場を震わせた。

 歩いている場所より、更に上からその声は聞こえてきた。

 俺達は顔を見合わせて、その方向へ走った。


 そこは開けた場所だった。

 傾きの緩やかな地面に、3人の男達が立っていた。

 少し軽装な鉄の鎧を着て、盾と剣を装備した男。そしてそこから3歩ほど離れたところに、白いローブの男。そこから更に後ろに、コートのようなものを羽織った、黒くて頭の尖がった帽子を被った男が居た。後衛の二人は杖を持っている。


 そして彼らが相対していたのは、

「竜?」

 全体が黒色の、大きな翼の生えたモンスターだった。表面はうろこ状でごつく、目は赤く光っていた。


「違う。あれはワイバーン。偽者」

 ラーニャは目を鋭くした。竜の偽者は、俺と話すことよりも更に嫌いならしい。

「ワイバーン」

 俺は反芻はんすうする。

 聞いたことがないモンスターだった。ここにしかいないモンスターだろうか。


 どうやら、男達はワイバーンとの戦闘に苦戦しているようだった。

 前衛の戦士は怪我こそしていようだが、息を切らしている。

 鎧がところどころ割れている。そこからも、今の戦闘の苦しさが見て取れた。


「助けないと……」

 ――援護をしようと駆け出そうと思った瞬間に、気付いた。

 俺は亜人種と一緒にいるんだ。

 彼らは恐らく、アルトピアの人間ではない。

 そんな彼らが亜人種達を見たら、どう思うだろう。


 答えは容易に出た。無益な殺し合いが始まるだけだ。

 それならば。


「茜とラーニャは、そこで隠れてて」

 俺は僅かに下ったところにある、大きな岩を指差した。

「で、でも」

 茜は慌てたように食い下がる。

「君達の姿を彼らに見られたら困るんだ。だから……」

「……わかった。でも、危なくなったらすぐに助けに行くから」

 茜は神妙な顔をして頷いた。少し目は物憂げにも見えたけれど、やむをえない。

 ラーニャはじっと俺の目を見つめていた。品定めでもしているかのように、見据えている。


「……ワイバーンは竜じゃない。ただの偽者。火も噴かないし、雑魚。ちゃっちゃと倒してきなさい」

 ラーニャは俺にそう言った。

 なんだか、アドバイスも素直じゃないのが可愛らしかった。

 俺は頷くついでに、左手をラーニャの頭に乗せようとした。

 が、左手が頭に触れる前に、それは口で噛まれた。

「いって!」

 と、反射的に言ってしまったが、すぐにラーニャの歯は離れた。

 実際は、そこまで痛くなかった。優しくしてくれたのだろうか。


「要らないことはしない」

 ラーニャはまた鋭い目つきを俺に向ける。

「後で話があります」

 茜さんはなぜか敬語でした。とても声のトーンが低くて。低すぎて地面に突き刺さりそうでした。

 怖い。『後で』が来ないことを祈りたい。


 まあ、それはさておき。

「んじゃ、ちょっくら助けてくるよ」

 俺は二人に手を振って、ワイバーンのほうへ走り始めた。

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