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第10話 〈アルトピア〉

「――は?」

 いや、あれ。

 俺は人差し指で両目をこすった。

 目に映る世界は特に変化しなかった。

 やはり街の中には翼の生えた、鳥のような少女がいる。


 なんで、モンスターの体をした人間が普通にいるんだ。

 その答えは、すぐに茜から告げられた。

 茜は俺の斜め前に立って、右腕を広げる。木の建築物が立ち並ぶ、小さな街だ。


「――ようこそ、亜人種の街〈アルトピア〉へ! 歓迎するよ。常葉くん」


「アルトピア……?」

 どういうことなのか、いまいちまだ分かっていない。

 そんな俺の顔を見て、ラーニャは溜息をつく。

「……なんだ、そういうこと。童顔は知らなかったのね。ここが亜人種の街だってことを。そして蛇女も、それを隠していたと」

「ご名答。これは常葉くんへのサプライズなのでした!」


「ははは……」

 笑い声をもらしながら、俺は尻餅をつく。

 亜人種の街? 

 亜人種の存在をつい一昨日知ったばかりの俺には、もう脳の容量が足りなかった。


「大丈夫? 常葉くん」

「うん。大丈夫」

 何が大丈夫か、自分でも分からない。

 とりあえず、自分の住む世界は狭すぎたということだ。

 世界は広い。また一つ学べたことだった。今は一旦、そういうことだけにしておこう。


 しゅるしゅると、茜の尻尾が後ろ手を付いていた俺の体を起こしてくれる。

 俺はふらりとしながらも、なんとか自らの力で大地を踏んだ。


「とりあえず宿取ろう、常葉くん。いくらお金は持ってる?」

「1万ルピアだけど……」

 プラチナの貨幣が10枚で1万ルピアだった。つまりプラチナ貨1枚で1000ルピア。

「え……? この街で4年ぐらい働いても、稼げるか怪しい額じゃない……次はこっちが腰抜けそうなんだけど……」

 もちろん、俺が働いて稼いだ金ではない。

 親が俺に預けてくれた金と、国から勇者候補への補助の金も含まれている。


「宿なら……1泊10ルピアだから、1000日泊まれるよ」

「そんなに泊まらないから……」

「そう? ……それじゃ、わたしの家に泊まったりする?」

 茜はちらちらと目線をこちらへ寄越しながら、小声で呟いた。

「……ご遠慮申し上げます」


 このあとボコられた。


「というか、茜の家ってこの街にあるんだね」

 茜の右ストレートを被弾したが、痛みは10分ぐらいで取れた。こういうとき、俺の体質はありがたいと思う。

 俺達は結局、宿屋へと向かうことにした。金銭面で余裕のあった俺が、ラーニャの分の宿泊代も払うことに決まった。


「うん。生まれも育ちもここだよ」

「へぇ、意外と近いところに住んでたんだなぁ」

「二人の思いが実を結んだということだね!」

「そうだね!」

 とりあえず茜の言葉にはやけくそ気味に返事しておいた。

「馬鹿っぽい」

「ぐぬぬ……」

 茜はラーニャの一言に握りこぶしを作る。


「ちょ、ちょ、暴力はなしね。もしくは俺オンリー」

「や、やだな。常葉くんのこと殴るわけないじゃない」

 そうなのか。じゃあ、さっきの右ストレートは幻覚なのかもしれないね。

「自分に都合よすぎ」

 ラーニャの小さな呟きは、とても的を射ていて素晴らしいものだった。


 街を歩いていると、やはり亜人種ばかりだった。

 鳥の体をした人間――ハーピーや、茜のように蛇の下半身を持った人間――ラミア族というのもいた。

 オーガ族という、頭にツノの生えた大柄の亜人もいる。女性にもかかわらず、俺よりもかなり身長が高かった。茜によると、鬼のモンスターとの混種らしい。


 やがて俺達は宿屋へと辿り着いた。この街で一つしかない宿屋だそうだ。

 それならば、大きいのも当然かもしれない。

 食材や呉服店などの他の店などに比べても、倍以上の面積がある。高さも2階建てだった。


 俺達は中へと入った。中は外の作りと同じく、暖かい色合いの木の壁に囲まれている。

「いらっしゃいませ」

 ちょうど入って突き当たりにカウンターがある。

 カウンターの両腕にあたるところの近くから、2階への階段が伸びていた。

 そのカウンターには、青年がいた。20歳前後くらいだろうか。

 さらさらとした少し長めの金髪に、整った顔つきをしたお兄さんだった。

 彼は人の良さそうな微笑みを顔に貼り付けている。


 上半身を見たところ、普通の人間とは変わらない様に見える。

 ちょうど木のカウンターに隠れている下半身が、人間と異なるのだろうか。


 俺の吟味するような視線を感じ取ったのか、青年は一層笑みを強める。

 不自然で、ちょっと引きつっているようだった。

「宿泊のお客様……でいいのかな?」

 お兄さんは横目で茜に尋ねる。どうやら、茜の知り合いらしい。

「そうよ」

「なるほど、やっぱりこの街の人じゃないみたいだね。なんだか勘違いされてるみたいだけど、僕は亜人種じゃないんだ」

「あー、そっか。言ってなかったね。この人は、宿屋の店主のクランさん。亜人種じゃなくて、純粋な人間だよ。オーグ族の奥さん――カーラさんと、一緒にこの宿を営んでるんだ」

 茜が説明をする。


「あ、人間の方も街にいらっしゃったんですね」

「うん。圧倒的に亜人種の人の割合が多いけど、純粋な人間も若干だけどいるよ。まあ何にせよ、よろしく」

「よろしくおねがいします」

 クランさんに手を差し出された俺は、そのまま握り返す。

 その細身の体に似合って、男性にしては小さい手だった。


「クラン、久しぶり」

「……ん? あ、あれ? ラーニャ様? お久しぶりです」

 クランさんの目が見開かれたり細められたりと忙しい。相当驚いているようだった。

 というか、様、って。

「今日はおじいさまと一緒でいらっしゃらないのですか?」

「ん。じっちゃんはいないぞ」

「そ、そうですか」

 クランさんも、深くは突っ込んで来なかった。


「ラーニャ、ここに来たことあるの?」

「ん。ここの北に別荘のようなところがある」

 べ、別荘って。いや、でも、よく考えたら彼女はドラゴンと人間の亜人だ。

 もしかしたら、そのじっちゃんとやらがこの辺りの大地主とかの可能性もある。なんだか聞くのが怖いから、わざわざ聞かないけど。


「え、じゃあ、今日はそこに泊まればいいんじゃ……」

「別荘の鍵がないから無理だ」

「あ、さいですか……」



 その後、俺とラーニャの泊まる、二部屋分の勘定をした。

 その時にした話によると、ここは宿屋だけでなく酒場も営んでいるらしい。

 実際に、左側の壁のところに扉が付いていた。どうやらその向こう側が酒場ならしい。


「そういえば、ここって夫婦で営んでるって話ですけど、クランさんの奥さんってどこにいるんですか?」

「ああ、そこで寝てるよ」

 クランさんが指差したのは、俺達の背中の側だった。

 入口から見て左側に、茶色のソファーが置かれていた。

 そこから二本、緑色の肌の艶かしい足がこちら側へ伸びている。

 ソファーの両サイドの肘掛けが高いせいか、こちらからは足しか見えない。


「まあ、この宿は実質、僕だけが営んでるようなもんさ」

 と言うクランさんの顔は、奥さんに怒っているわけでもなさそうで、どこか誇らしげだった。


 俺達はクランさんと別れて、階段を上っていく。201と202の部屋に泊まることになった。

 俺は201の鍵を持ち、ラーニャは202の鍵を持っている。


 階段を上っている途中に、ふと下のソファーのほうを見た。

 そこには、美しい妙齢の女性が目を瞑っていた。

 すらりと整った顔は、やはり足と同じく緑色。

 頭からは二本の角が出ていて、両耳は人間と違い、大きく外に広がっている。しかし、尖っているわけではなかった。


 そして何よりも目を引くのが、凹凸の激しい体付きだった。

 カーラさんは体のラインがよく表れる黒いぴっちりとした服を着ていた。

 胴元はとても細くくびれているが、それとは対照的に、尻と胸は強い主張をしていた。


 そしてついでに付け足すとすれば……そう、妖艶な雰囲気を纏っている。端的に言えば扇情的せんじょうてきだともいえるが、そうともいえない名状しがたい魅惑の容姿をしていた。


 俺がカーラさんの姿に見とれながら歩いていると、隣の茜が、

「むー」

 不満げ声を出したと思ったら、強い力で脇腹をつねってきた。

「痛い痛い」

 肉がむしり取られそうだった。

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