第242話「『謎の城塞都市探索計画』の準備と、チート嫁たちのないしょ話」
そんなわけで僕たちは『魔導探求の城塞都市』の調査の準備をはじめた。
目的は『魔王のオーブ』に使われていたような『竜の魔力』を探すこと。
でも、あの町は警戒が強い。
近づくには冒険者としてよりも、商人に化けていった方がいいかもしれない。
だから、僕はイリスに相談することにした。
『アカデミー』は秘密めいた都市だけれど、商人は出入りしてるはず。
交易都市である『港町イルガファ』なら、なにか情報があると思ったんだ。
僕たちは聖女さまに別れを告げて、保養地へ。
保養地から『港町イルガファ』に転移。アイネたちと合流。
その後、ひとやすみして、夕食の席でイリスに話をすることにしたのだった。
「申し訳ありませんお兄ちゃん。イルガファと『魔導探求の城塞都市』は、今のところ取り引きがございません……」
夕食時。
領主家から帰ってきたイリスは、僕の膝の上で言った。
なんで膝の上かというと、その方がやる気がでるから……らしい。
というか、イリスが帰ってきたとき、セシルが僕の膝の上にいたからね。
見たら乗りたくなったみたいだ。
「仕方ないね。ここから『魔導探求の城塞都市』は距離があるから」
「ですが、『保養地ミシュリラ』の『商人ギルド』さんなら、取り引きしているかもしれません」
「じゃあ、保養地の商人さんに聞いた方がいいかな」
僕とイリスは顔を見合わせた。
当然、思いついた相手は同じだ。
「例えば──商人のドルゴールさんとか?」
「ドルゴールさまなら、なにか情報をお持ちだと思います」
僕とイリスはうなずき合う。
商人のドルゴールさんは『保養地ミシュリラ』に住んでいる。
ガタイのいい男性で、昔は冒険者をやっていたらしい。その頃『海竜ケルカトル』に命を救われたことがあって、今じゃ立派な海竜マニアだ。屋敷をたずねたことがあるけど、部屋は『海竜お面』でいっぱいだった。
『海竜の巫女』イリスのことも尊敬していて、僕たちにも親切にしてくれる。いい人だ。
あの人なら『魔導探求の城塞都市』に行く方法を知ってるかもしれない。
「わかった。明日また転移して、話を聞きに行くよ」
「イリスは手紙を書きましょう」
「それじゃ『魔導探求の城塞都市』に行きたい理由は──『港町イルガファ』の販路拡大、ってことでいい? 保養地が売ってる商品とかぶらないものを、『アカデミー』に卸したい。魔法の研究には頭を使うから、甘い物を──とか」
「最高です。お兄ちゃん」
イリスは、ぐっ、と親指を立てた。
「というよりも、実際に商売をいたしましょう。うまくいけば、新規の販売ルートを確保することになるかもしれません」
確かに。
そうすれば、この町はもっと発展することになる。
『竜の魔力』を見つけて、『港町イルガファ』の経済を活性化できれば、一石二鳥だ。
町の人の生活が楽になれば、僕たちが働かないで生活してても、あんまり目立たなくなるからね。
「では、ドルゴールさまへのお礼も考えた方がよいですね」
「そうだね。あの人が喜びそうなものというと……」
海竜マニア向けのプレゼントなら……いくつか思いつくな。
たとえば──
「来年使う予定の『海竜の祭り』のお面のデザインをリークするとか?」
「めちゃくちゃ喜ばれそうでしょう」
「来年の『海竜の祭り』まで出回らない『海竜型のお菓子』をオーダーメイドで作ってあげるとか」
「感動で気絶するのではないでしょうか」
「『海竜の聖地』の水面に浮いてる『海竜ケルカトルの鱗』をあげるとか?」
『海竜の聖地』の壁には、『海竜ケルカトル』の鱗がびっしりと張り付いている。
それは毎年、儀式のたびに聖地に来てる海竜本人の鱗が、時々はがれて、壁にくっついたものだ。
ということは水面には、海竜の鱗が浮いてるわけで──
「……いや、さすがに海竜さんに怒られるか」
「というよりも、ドルゴールさまが感動で卒倒されるのであぶないと思います」
イリスは目を丸くしてる。
「大丈夫です。喜ばれることには間違いございません。やってみましょう!」
「だから海竜さんが怒るって」
「イリスが交渉いたします。シロさまを連れて」
「海竜さんが絶対に断れない状況で交渉するのひどくない!?」
とりあえず、商人のドルゴールさんへのお礼はあとで考えることにした。
翌日、僕たちは再び『保養地ミシュリラ』に転移した。
交渉の手順として、まずは僕とアイネが使者として、ドルゴールさんの家を訪ねることにした。
そうして僕たちが、イリスからの手紙を渡すと──
「なるほど。よくわかりました」
ソファに座り、大きな身体を揺らしながら、ドルゴールさんは言った。
「『海竜の巫女』さまが『アカデミー』に興味をお持ちとは……なるほど。あの町はさまざまなマジックアイテムの研究をしておりますからな。これから発展していくとお考えなのでしょう。さすがは『海竜の巫女』さま。先々を見据えておられる」
相変わらず応接室は『海竜ケルカトル』グッズの山だ。
本人も、『海竜の巫女』イリスからの手紙をもらったことに感動してる。
この人に『海竜の鱗』をあげたら……やっぱり、倒れちゃうような気がする。危険だ。
「ですが、どうして今の時期なのでしょうか?」
商人のドルゴールさんは、不思議そうな顔で僕を見た。
僕は『イリスからの使者』という立場なので、軽くお辞儀をしてから、
「最近『港町イルガファ』では『魔王欠乏症』などの奇妙な事件が起こっております。『魔導探求の城塞都市』は魔法使いと錬金術師が集う町。でしたら、怪しい事件への対処法や、そのヒントもつかめる……そのようにイリス=ハフェウメアさまは考えていらっしゃるのです」
「それならわかります。さすがは『海竜の巫女』さまですな」
ドルゴールさんは感心したようにうなずいた。
ちなみに、この話はイリスと昨日考えたんだけど。
夜。ベッドでごろごろしながら。
しょうがないよね。
僕もイリスも、リトル天竜モードのシロも、考えはじめたら眠れなくなっちゃたんだから。
「そういうことであればぜひ、協力いたします」
「「ありがとうございます。ドルゴールさま」」
僕とアイネは同時に頭を下げた。
でも、ドルゴールさんは申し訳なさそうに、
「ですが、わしの方では直接『アカデミー』と取り引きはないのです。なので、あの町との取り引きは、保養地の『商人ギルド』を通すことになります」
「『商人ギルド』をですか?」
「はい。そしてこの保養地の『商人ギルド』は、権威主義でして、『アカデミー』と取り引きをするときは、立派な護衛を連れて行くように、と。そうでないものは取り引きを許さない、というお達しが出ているのです」
「……立派な護衛を」
「強くて立派な護衛を連れている商人でなければ、『アカデミー』のような高貴な町に行く資格はない、と。なんというか、そういう自主規制がございまして……」
自主規制かー。
たまにあるよね。そういうの。
『魔導探求の城塞都市』は、魔法使いと錬金術師が集う町だ。
当然、ハイレベルな魔法使いや錬金術師がいるはず。
そういう人たちであれば、貴族や金持ちとも付き合いがあるということで──
だから、立派な護衛を連れている商人でなければふさわしくないと、保養地の『商人ギルド』は考えているらしい。
面倒なローカルルールだけど、しょうがないか。
「もちろん『商人ギルド』を通さずに取り引きすることも可能でしょう」
ドルゴールさんは難しい顔をしている。
「ですが、それではギルドの怒りを買うことになります。それに『魔導探求の城塞都市』に知り合いはいませんからな。商売をするのも難しいかと」
「わかりました」
うん。そういうこともあると思ってた。
僕もイリスも、ドルゴールさんを通せば、すぐに『魔導探求の城塞都市』に入り込めるとは考えてなかったからね。
保養地の『商人ギルド』を通さなきゃいけない可能性も、考えておいたんだ。
「『海竜の巫女』イリスさまは、ぜひ『商人ギルド』に紹介していただきたいと考えてらっしゃいます。『商人ギルド』が求める立派な護衛とは、どんなものでしょうか?」
聞いてみた。
「例えば『港町イルガファ』の兵士であれば、能力的には問題ないでしょうか?」
「いえ、『商人ギルド』では冒険者の護衛を想定しているのです。『魔導探求の城塞都市』には、他の町の兵士をあまり入れたくないそうで……」
「では、僕たちのような冒険者なら大丈夫、ってことですか」
「そうですね。ある一定の条件を満たしていただければ」
ドルゴールさんは深刻そうな顔でうなずいた。
「それは冒険者としても、まことに厳しい条件なのですが……」
この人も、元冒険者だ。
それが、これだけ難しい顔をしているということは、本当に難しい条件なんだろうな。
「まず第1に、強い武器を持っていることです。魔法の剣があれば申し分ありません」
『うむ。ならば問題ないな。魔法剣なのじゃ!』
僕の背中で魔剣状態のレギィが言った。
あ、こら。
『しゃべるだけの剣じゃが! 魔法剣には違いあるまい!』
「……タイミングってものがあるだろ。レギィ」
ドルゴールさん、びっくりしてるじゃないか。
まぁ、この人なら信用できるから、必要以上に情報を広めることもないだろうけど。
「というわけで、しゃべる魔剣を持ってます。かわいいです」
『主さまにほめられたのじゃ! えっへん!』
僕の背中で、ぶんぶんと震えるレギィ。
「な、なるほど。魔法の剣はお持ちなのですな。ですが、さらに難しい条件もあります。『魔導探求の城塞都市』に行く冒険者は、使い魔を連れている必要があるのです。魔力を制御できて、強力な使い魔を連れているものこそ、強力な冒険者の証明だと……」
『はーい。使い魔になるかとー』
荷物の中から、『リトルドラゴンゴーレム』状態のシロが飛び出した。
翼を広げて、部屋の天井近くをぐるぐると飛び回ってる。
朝までシロも一緒だったからね。そのまま、ついてきちゃったんだ。
「そ、その他にもですね。『商人ギルド』が依頼したクエストをクリアするという実績が必要になるのです。もちろん、これからクエストを受けていただいても大丈夫なのですが……」
「わかりました。じゃあ、帰りに『冒険者ギルド』に寄ってみますね」
「……まったく問題がなくなりましたな……」
ドルゴールさんは目を丸くしてる。
「魔法の剣に使い魔はすでにお持ちなら、あとはクエストだけクリアしていただければ大丈夫でしょう。わしは、イリスさまが『魔導探求の城塞都市』との商売をお望みということで、『商人ギルド』に申請を出しておきます」
「「よろしくお願いします。ドルゴールさま」」
「『港町イルガファ』の申請を、『商人ギルド』が拒否することはないでしょう。将来的には……わしもあの町での商売に参加させていただきたいと考えておりますよ」
「はい。『海竜の巫女』さまにお伝えしておきます」
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕とドルゴールさんは握手を交わした。
「しかし、おどろきましたぞ!」
ドルゴールさんは感心したように、
「魔法の剣にしゃべる使い魔をお持ちとは、さすが『海竜の巫女』さまお気に入りの冒険者ですな! おそらくこれまで、普通の冒険者とは比べものにならないほどのクエストをクリアされたのでしょうな……」
「……ソウデスネ」
「? なぜ遠くを見るような目をされているのですか?」
そういえば『冒険者ギルド』のクエストって、ほとんど受けてなかったね。
ギルドでクエストを受けたのって『商業都市メテカル』のコウモリ退治を含めて数回だ。
『ミイラ飛竜のライジカ』や、獣人の村の人たち、人魚さんたち──『冒険者ギルド』を通さない依頼は、結構受けてるんだけどね。竜や、この世界の秘密に関わるクエストはやってるけど、町の『冒険者ギルド』の仕事は、ほとんどしてないな……。
いい機会だから、『冒険者ギルド』の実績も作っておいた方がいいな。
「それじゃ、冒険者ギルドで、クエストを探してみます」
「う、うむ。ナギどのほどのお方であれば、大丈夫でしょう」
そうして、僕たちはドルゴールさんの屋敷を後にした。
屋敷を出たあと、僕とアイネは並んで歩き出す。
「アイネ。『商業ギルド』からの依頼って、『冒険者ギルド』には結構来るの?」
「ときどきあるの。ギルド同士、もちつもたれつなの」
「そっか……まぁ、難しくないクエストだといいけど」
「大丈夫なの。アイネもがんばるの」
アイネは、むん、と拳を握りしめている。
『うむ。任せよ』
『やるかとー』
魔剣のレギィは僕の背中で、シロは僕の肩の上で声をあげる。
『魔導探求の城塞都市』に行くための実績づくりだ。やってみる価値はあるな。
そんなわけで、僕たちは保養地の『冒険者ギルド』に向かったのだった。
そんなわけで久しぶりの冒険者ギルド。
僕たちはクエストボードで、『商業ギルド』の依頼を探していた。
「たまには普通の仕事をするのもいいよね」
「うん。面白そうなの」
『そうじゃなぁ』
僕とアイネとレギィは、クエストボードを見上げている。
ちなみにシロは荷物の中で休んでる。
「あったの。『商業ギルド』の依頼は、これだけみたい」
そう言ってアイネが指さしたのは──
「『キメラ退治』。依頼者は……『保養地ミシュリラ』の『商人ギルド』と『宿屋ギルド』か」
「場所は、西にある森の中みたいなの。そこにはぐれキメラが住み着いてて、ときどき街道にも出てくるから、退治して欲しいんだって」
「確かにこれなら、ギルドでの実績になりそうだね」
「……問題は安全性なの」
アイネは口ごもった。
実績になる。時間もかからない。
でも、安全性はいまいちらしい。
敵はキメラ──つまり、人工的に作られた合成型の魔物だ。
クエストボードにある依頼票には『ヤギと獅子と牛』の合成生物と書かれている。
それがどれくらい強いのかわからないのが問題なんだけど──
「大丈夫。いざとなったらセシルの魔法で、森ごと焼いてもらうから」
『さすが主さまじゃ!』
「だめなの! なぁくんもレギィちゃんも落ち着いて!」
「『えー』」
「森ごと焼いちゃったら、冒険者ギルドに報告するときに困るでしょ!?」
そうだった。
最近は人目につかないように暗躍するのが多いから、忘れてた。
冒険者ギルドに報告するんだから、ちゃんと普通の冒険者っぽく仕事をしなきゃいけないんだよな……。
「わかった。うまい方法を考えるよ」
「……なぁくんの言うことだから、信じるの」
「まずはクエストを受ける前に、キメラの情報を詳しく聞いてみようよ。それで受けるかどうか決めよう。無理だと思ったらやめるから」
「それがいいと思うの」
「じゃあ、受付に行って話を──」
そう思ってギルドの受付を見ると──むちゃくちゃ混んでた。
正確には、受付嬢を数人のグループが取り囲み、叫び声をあげてる。
「「「我ら! 世界の進化のため、新たなるクエストを受注した!」」」」
「いえ。あの……別にクエスト受注を大声で宣言する必要は──」
「「「これは小さな一歩かもしれない。だが、この日から、世界は確実に変化するであろう!!」」」
「みなさんびっくりしてますから。お静かに。ね、ね?」
「「「今はまだ、我々がもたらす変化に人々は気づくまい。だが、いずれ知るだろう。これがはじまりの一歩だったということを!!!」」」
「あなたたち、何回もクエストを受けてますよね? 一歩もなにも、もう十歩くらい進んでますよね!?」
「「「さぁ。ゆこう、仲間たちよ!!」」」
受注票を掲げて、彼らは受付に背を向けた。
「強力な魔物が現れたら、我々を呼ぶがいい」
「我らこそは新世代の冒険者『ネオス・ファミリー』」
「ここではない世界から来た、勇者の愛弟子なのだから」
なんだかそれっぽいセリフを口にして、冒険者たちはギルドを出て行った。
かっこいい。
かっこいいんだけど──
「『ここではない世界から来た、勇者の愛弟子』……?」
まさか、『来訪者』か?
『勇者の愛弟子』──つまり『来訪者の愛弟子』なのか?
来訪者がどこかで冒険者を指導してる……とか?
そんなことがあるのか……?
今まで出会った来訪者たちは、そのほとんどが貴族に雇われて、英雄になることを目指してた。
人を指導するには向いてなさそうだったんだけど……。
「いや、すぐに判断するのは危険か」
『勇者の愛弟子』が、ただのハッタリって可能性もある。
僕たちは『冒険者ギルド』に来て、変な冒険者に出会っただけだ。
今のところはそれだけだ。
ただ……気にはなるんだけどね。
「とりあえず今の人たちについて、ギルドで情報を集めてみようよ。アイネ」
「……ん」
「アイネ?」
「は、はいっ!? なぁに、なぁくん」
声をかけると、びくん、とアイネが飛び上がった。
アイネはいつの間にか後ろを向いて、じっと荷物の中をのぞき込んでた。
「どしたのアイネ」
「な、なんでもないの。『勇者の愛弟子』って言葉が聞こえたから、アイネも気になって……それで」
荷物の中からは、リトル天竜モードのシロが顔を出してる。
なるほど、アイネはシロと話してたのか。
「『勇者の愛弟子』ってのが気になって、それでシロと話してたの?」
「そうなの。シロちゃんに、あの人たちが本当に勇者の関係者なのか。強い人なのか。魔力の強さとかわかったりしないかな……って聞いてみてたの」
「そっか。ありがと、アイネ」
「う、ううん!? お、お礼はいいの。別のことがわかったから」
「別のこと? 進化したシロには、やっぱりなにか特別な能力があるの?」
『あのねー。それは……』
荷物から顔を出したシロは、なぜかアイネの方を見て、それから、
『強さを測る能力は、ないかとー』
「そっか」
『ごめんなさい。おとーさん』
「別にいいよ。それじゃ、ギルドで情報収集しよう」
「は、はいなの」
『はーい。おとーさん』
『うむ。では、我もこっそりと聞き耳を立てるとしよう』
そうして僕たちは、保養地近くに現れたキメラの情報を集めて──
念のため、『勇者の愛弟子』を名乗る『ネオス・ファミリー』についても、うわさ話を聞いていったのだった。
そうして、その夜。
「セシルさん、リタさん。大変なの」
「どうしたんですか。アイネさん」
「真剣な顔してどうしたの?」
「重要な話があるの……イリスちゃんとラフィリアさん、カトラスさんは?」
「イリスさまとラフィリアさんは、領主家の方に行ってます」
「カトラスはナギと話をしてるわ。呼んでくるわね」
「待って……なぁくんと一緒なら、呼ばなくていいの」
「そうですね。ご主人様の邪魔をするわけにはいきませんから」
「そうじゃなくて……」
アイネは声をひそめる。
ただごとではないとわかったのだろう。
セシルとリタも真剣な顔で、アイネの言葉に耳を澄ませる。
「実は今日、シロちゃんの新しい能力がわかったの」
「シロさんのスキルですか?」
「ナギに『再構築』してもらうってこと?」
「そうじゃないの。それは天竜の超感覚みたいなものだから、『再構築』はできないと思うの。いい……よく聞いて」
アイネは、すぅ、と深呼吸。
セシルとリタも、息を詰めて話を聞いている。
そうしてアイネは、一言。
「シロちゃんは、天竜だから生命の流れが見えるらしいの」
「生命の流れ、ですか」
「生命力とかそういうもの?」
「そうなの。つまりシロちゃんには──」
アイネは一呼吸置いてから、告げる。
「アイネたちに子どもができたら、すぐにわかっちゃうってことなの!」
「「はっ!!」」
セシルとリタが声をあげた。
アイネは、唇に指を当てて「しーっ」と、つぶやく。
口を押さえるセシルとリタに向かってうなずきながら、
「そういうことなの」
「そ、それで、今はどうなんですか?」
「シロちゃん、なんて言ってたの?」
「……今はまだ、って」
「でも、わたしたちに子どもができたら、すぐにわかる、ってことですよね」
セシルは、ぐっ、と拳を握りしめた。
「わかりました。魔族の未来に──いえ、ナギさまに、新しい家族を差し上げるために、わ、わたし……が、がんばりまひゅっ」
「そ、そうね。これは……私の覚悟を試されてるのよね。ナギと──が──すぐに──ちゃって──みんなに──その──あのその」
「セシルちゃん落ち着いて! 顔、真っ赤になってるの。リタさんも、テーブルをガジガジしたらだめなの! ささくれがなぁくんの手に刺さったら大変なの!」
「ア、アイネこそ、どうしてそんなに落ち着いてるの?」
「そうです。ナギさまとの子どもについては、アイネさんが一番気にしていたはずじゃ……」
「だって、アイネは、これはチャンスだと思ってるから」
アイネは、おだやかな笑みをうかべて、つぶやいた。
「シロちゃんにお願いすれば、子どもができたことがすぐにわかるでしょ? そうしたら、心の準備もできるし、必要なものを用意することもできるの。シロちゃんにそういうスキルが生まれたことは、すごくいいことだと思うの」
「アイネさん……」
「アイネ、すごい……」
「それに、パーティの誰かに子どもができたことがわかれば、なぁくん──ご主人さまに『弟か妹がいた方がいいと思うの』って、すぐにおねだりできるの」
「「──!?」」
「子育てなら、アイネは自信があるの。ひとりもふたりも同じなの。ううん。逆ににぎやかでいいと思うの。子どもも、兄弟姉妹がいた方が、遊び相手がいていいの。お母さんの方も、ふたり一緒なら困ったことを相談できるし、片方のミルクの出が悪くても大丈夫なの。それに、他のみんなもこれからの覚悟が──」
そうして、熱のこもったアイネの話はしばらく続き──
「──と、いうわけで、シロちゃんのことはいいチャンスだと──って、あれ? セシルさん。リタさん?」
「「…… (ぽーっ)」」
熱にあてられたように、真っ赤な顔で座り込むセシルとリタ。
アイネは、自分が夢中になってしゃべりすぎたことに気づいて、思わず口を押さえる。
けれど、セシルとリタは、頭を振って立ち上がる。
顔や肌を上気させたまま、ふたり同時にアイネの手を握る。
「わ、わかりました。アイネさんのおっしゃりたいことは、わ、わかりました……から」
「わ、私も、がんばる。がんばってみるもん」
「そ、そうなの。がんばろうなの。セシルさん、リタさん」
がしっ。
手を握り合ってうなずく、セシル、リタ、アイネ。
さらに三人はひそひそと、今後の計画を話し合う。
チャンスはたくさんある。
これからパーティは、キメラ退治に向かう。
それが終わったら『魔導探求の城塞都市』への旅だ。運良く『先代天竜の魔力』が見つかれば、ご主人様もよろこぶはず。そこでお祝いのパーティを提案する。お祭り騒ぎになって気が緩んだところを──みんなで。いやいやそれだと『先代天竜の魔力』が見つからなかったら計画倒れ。だったら出発前にもう前祝いをしちゃおう。でも、それだとご主人様が不審に思うかも、とにかくご主人様に気づかれずに自然な感じで…………。
…………。
……。
こうして、セシル、リタ、アイネの相談は、深夜まで及び──
翌朝。
「お、おひゃようござましゅ。なぎひゃま」
「い、いい朝、だもん。なぎぃ」
「………… (すー)半分目を閉じて料理中」
「セシルもリタもアイネも、一体なにがあったの!?」
──翌朝、彼女たちのご主人様をびっくりさせることになるのだった。
いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!
「チート嫁」書籍版第12巻が、本日発売になりました!!
これも、このお話を応援してくださる皆さまのおかげです、本当に、ありがとうございます!!
今回のお話も、ほぼ全編書き下ろしです。
パーティ全員集合の表紙が目印になっています。セシルの子どものリスティも登場してます。
『なろう版』とは別ルートに入った書籍版『チート嫁』を、よろしくお願いします!




