第240話「挑戦! チート嫁ダンジョン(セシル編)」
『それじゃ、デリリラさんはラフィリアくんのところにいるよ。お風呂の準備をしなきゃいけないからねー』
そう言って、聖女さまは通路を戻っていった。
結局、ラフィリアのお願いを聞いてあげることにしたみたいだ。
ほんとにいい人だな。聖女さま。でも、ラフィリアがお風呂の底にゴーレムを沈めようとしたら止めてね。お願いだから。
「さてと、セシルのダンジョンは……油断しない方がいいな」
セシルは賢い。しかも、僕のやり方をよく知ってる。
それを踏まえた上で、ダンジョンを作っているはずだ。
そんなことを考えながら進むと──分かれ道があった。
まっすぐな通路と、それぞれ右と左に通路が続いている。
さらに、壁に文字が彫ってある。セシルの字だ。
なるほど……それぞれのルートについて書いてあるのか……。
「左が『知恵が必要なルート』、中央が『素早さが必要なルート』、右が『技術が必要なルート』……か。面白いな」
「セシルちゃん、ルートを3つに分けたのね」
「それぞれ得意な分野に挑んでください、ってことですわね」
どれかひとつが正解のルート、ってことじゃなさそうだ。
パーティを3つに分けて、バラバラに挑戦して欲しいんだろうな。
「でも……3人一緒に、ひとつずつクリアしていったらどうなるのかな?」
「セシルちゃんが泣くわね」
「ですわね。せっかく作ったんですもの」
「それは一大事だな」
「一大事ね」
「セシルさんのことですものね」
顔を見合わせてうなずきあう、僕とリタとレティシア。
「となると、ルートは決まったようなものね」
「わたくしが『技術ルート』、リタさんが『素早さルート』ですわね」
「で、ナギが『知恵ルート』ね。これで完璧」
リタとレティシアは言った。
確かに、それが最適解だ。
今までのセシルなら、間違いなくそれでいいと思うんだけど──
「成長したセシルが、そんなわかりやすい選択肢を作るかな?」
「どういうこと、ナギ?」
「聖女さまが言ってただろ。セシルもラフィリアも成長してるって。特にセシルがすごいって。となると、考え方も成長してると考えるべきだろ? 特にセシルはずっと、一番近くで僕の戦い方を見てきたんだから」
「……確かに、そうかも」
セシルは一番最初に僕と主従『契約』をしていて、それからずっと一緒にいる。
僕がどうやって貴族や勇者を出し抜いてきたかも、みんな知ってる。
もちろん、リタやレティシアの戦い方も知ってるんだ。
これまでのセシルだったら、素直に正面から僕たちの得意分野で挑戦してきたと思う。
でも、この先にいるセシルは、聖女さまの元で修行してきたセシルだ。
成長した彼女なら、複雑なトラップなんかも仕掛けてくるかもしれない。
「今のセシルを甘く見ない方がいい。おそらく、成長したセシルは、今まで以上にかしこく、強くなっているはずだ」
「確かに……ナギの言う通りね」
「セシルさんはまだちっちゃいですものね。その分、成長速度も速いはずですわ」
『…………ぇ?』
ん?
今、どこからともなくセシルの声が聞こえたような。
気のせいかな?
「とにかく、今のセシルをたとえるなら『セシル・ヴァージョン2』だと思った方がいい。聖女さまが『セシルくんはすごい』と言ったくらいだからね。きっと見違えるくらいにかわいく、きれいになっていて、想像もつかないくらいに強い魔力や、すごい作戦を使ってくるはずだ」
『──!? ぇ……!?』
「確かに、その通りかもしれないわね」
「セシルさんをずっと見てきたナギさんの言うことですもの」
「だから、このまま僕が素直に『知恵ルート』に向かうのは、セシルをみくびっていることになる。それはセシルに対して失礼だよね?」
「つまり、得意分野とは別のルートに行くべきだってこと?」
「そうだよ。ここは、僕が『素早さルート』、リタが『技術ルート』、レティシアが『知恵ルート』に行くべきだと思う」
『!!!? ──!?』
「セシルが僕たちの裏をかいていた場合、ルートを変えることで僕たちはセシルの知恵を正面から受け止めたことになるよね? つまり、セシルを甘くみていないことになる」
「でも、ナギさん。仮にセシルさんが裏をかいていなかった場合……本当にわたくしたちが得意分野のルートに向かうと思っていた場合、どうなりますの?」
「その場合、僕たちは苦手分野で戦うことになるよね?」
「……ですわね」
「そうすると僕たちは苦労する──つまり、セシルの挑戦をめいっぱい受け止めることになるんじゃないかな? 得意分野だと、すぐに終わっちゃうかもしれない。でも苦手分野なら、より長く戦える。それはセシルたちと同じように、僕たちも修行するってことだよね? 同じ苦労を味わうことで、セシルやラフィリアに近づくことができるんだ」
「「なるほど!!」」
普段なら、できるだけ楽なルートを選ぶのがセオリーなんだけど。
でも、これはセシルが僕たちに向けた挑戦──メッセージのようなものだ。
正面から、めいっぱい受け止めるべきだよね。
「それじゃ、僕は『素早さルート』に行くよ」
「私は『技術ルート』ね」
「わたくしは『知恵ルート』に行きますわ。セシルさん、あなたの挑戦、受け止めますわよ!」
『────!! (ばんばんと机を叩くような音)』
こうして、僕とリタとレティシアはセシルの挑戦を受けるため、それぞれのルートに向かったのだった。
──素早さルート──
『『『ことことことこと──』』』
『素早さルート』の先にいたのは、高機動型のゴーレムたちだった。
小さな身体に翼を生やして、手にはやわらかい剣のようなものを持っている。
「その高機動型ゴーレムが20体か」
『あのやわらかい剣で、こちらをペチペチ叩くつもりじゃな』
僕の背中で魔剣状態のレギィが言った。
壁には数字が浮かんでいる。「20」──ゴーレムと同じ数だ。
部屋の反対側にはドアがある。今は、鍵がかかってる。
壁には文字が書かれている。
この部屋の説明書のようだ。えっと──
「ゴーレムをすべて無力化すれば、あのドアが開くらしいね」
『そのようじゃな』
「ゴーレムのふにゃふにゃ剣が赤くなってるのは、塗料がついてるからだね。あれに叩かれると、身体に塗料がつくようになってる。で、真っ赤になったら、こっちの負け……ってことか」
『エルフ娘がお風呂を用意すると言っておったのは、これを知ってのことじゃったか』
「素早さを鍛えるには、いい修行法かもしれないね」
リタなら分身して、ゴーレムをすぐにつかまえられるかもしれない。
でも、つかまえるにはゴーレムに接近しなきゃいけない。
その過程で、飛び散った塗料を受けることになるだろう。セシルはそれを見越して、こういう部屋を作ったのかもしれない。リタの素早さだけではクリアできない部屋だ。
「なかなかやるね、セシル。リタの能力を封じるにはいいアイディアだと思うよ」
天井に向かって呼びかけてみるけど……返事はなし。
おかしいな。
ラフィリアの部屋の時は、すぐに返事が来たのに。
「もしかしたら、セシルは3つの部屋のどれかにいるのかもしれないね」
『あるいは、ゴールで待っておるのかもしれぬ』
「あんまり待たせても悪いからね。すぐに片付けよう」
『承知じゃ! となると、あやつの出番じゃな』
「うん。せっかくだから、セシルにもこっちの成長を見てもらおう」
僕は背中の荷物から、やわらかゴーレムの『りとごん』を取り出した。
でも、以前とは姿が変わっている。
今は大きな翼を持った真っ白な姿──魔力を十分に吸い込んだ、ミニチュア型の天竜の姿だ。
「シロ。お願い。あのゴーレムたちをこっちに追い込んで!」
『しょうちかと──っ!』
目を覚ましたシロが、翼を広げる。
『ふらい』の能力で、ゆっくりと飛び上がる。部屋をぐるぐると回って、それから──翼あるゴーレムたちの方へ向かう。
『『『ことことことこと!?』』』
ゴーレムたち、あわててる。
さすがにシロが進化してることは予想外だったみたいだ。
はばたきながらシロに向かっていくけど──シロには半透明の盾『しーるど』があるからね。塗料はシロには通じない。だから──
『『『ことこと────っ!』』』
ゴーレムたちは一列になって、僕たちの方に向かって来た。
予定通りだ。
「いくよ。レギィ!」
『承知じゃ! 主さま!!』
僕は魔剣レギィを構える。
翼を生やしたゴーレムたちは、結構速い。素早さでは僕とレギィでは敵わない。
だけど、一方向から向かってくるだけなら、剣でとらえるのは簡単だ。
「発動! 『柔水剣術LV2』!」『なのじゃっ!』
しゅるん。
魔剣レギィが、ゴーレムの持つ『ふにゃふにゃ剣』を、やさしく受け止める。
『……ことこと?』
「そのまま」『一回転じゃ!』
『ことことことこと──っ!?』
ぐるんっ。
ゴーレムを引っかけたまま、魔剣レギィが弧を描く。
突進してきた勢いはそのままに、ゴーレムは方向を180度逸らされて──
『ことことーっ!?』『ことっ!?』
べちゃり。
ゴーレムたちの列に、突っ込んだ。
5体のゴーレムたちが団子状態になって、塗料まみれになる。
その5体はそのまま稼働停止。
なるほど、塗料をくらったゴーレムは『やられた扱い』になるのか。ペイント弾で模擬戦をやってるようなものかな。
「じゃあ、次行こうか」『行くのじゃ!』
『『『ことこと──っ!』』』
数分後。
ゴーレムたちは全滅した。
「よっしゃ。クリアだ」
『うむ。なかなか手強かったぞ。魔族娘よ』
『たのしかったよー』
僕とレギィとシロは勝ちどきを上げた。
「ありがと、セシル。すごく楽しかったし、訓練になったよ」
天井に呼びかけるけど、返事はなし。
やっぱりセシルは別のところにいるみたいだ。
「それじゃ扉も開いたし、ゴールに行こうか」
『うむ』
『行くかとー!』
僕とレギィとシロは、『素早さコース』をクリアして、通路の先に向かったのだった。
──技術コース──
「……け、結構大変だったわね」
『『『ことことー……』』』
その頃、リタは『技術コース』をクリアしていた。
壁に書かれたクリア条件は、すべてのゴーレムの身体に触れること。
ただし、ゴーレムの身体に書かれている数字の順番でなければいけない。
さらに数字が書かれている場所は、ゴーレムごとにバラバラだ。
後頭部に書かれているものもあれば、足の裏に書かれている者もいる。
一番難しかったのは、上から見るとゴーレムの腕が『1』と『5』を描いているというものだ。身体のどこを探しても数字がないので、ジャンプして上から見たらわかったのだ。
「でも、ナギの予想通りだったわね。これはレティシアの『強制礼節』を使ってしまうとクリアできなくなる課題だもん」
レティシアの『強制礼節』は、使うと相手が礼儀正しくあいさつをしてしまう。
だが、このゴーレムたちは腕のかたちで数字を表している。
『強制礼節』を使ってしまうと、そのポーズが変わってしまうのだ。
これは『強制礼節』を受けた相手が、身体の側面か前に両手をそろえて、お辞儀を返してしまうためだ。
セシルはそれを考えて、この部屋を作ったのだろう。
「やっぱり成長したのね。すごいわ。セシルちゃん」
リタはうきうきしながら、部屋の出口に向かって走り出す。
早くセシルに会いたい。
妹のような彼女が、どれだけ成長したのか確かめたい。
ナギと一緒に、セシルのがんばりをほめてあげたいのだ。
「今行くわよ。セシルちゃん」
そうしてリタはゴールめざして、全速力で走り出したのだった。
──知恵コース──
「これは……どうしたらいいんですの……?」
『知恵コース』に向かったレティシアは、固まっていた。
通路を抜けた先にあったのは、大きな部屋。
地面はスライム型のゴーレムが敷き詰めてあるのだろう。ふかふかだ。
部屋の奥の、長いすのようなところに、セシルが座っている。
椅子の隣にスペースがあるのは、もうひとりが座るためだろう。
地面には、無数の紐が這っている。
その先は椅子の上のセシルに繋がっている。正確には、彼女の服に。
部屋の奥にあるドアには錠前がついている。鍵は部屋のどこにもない。ということはセシルが持っているのだろう。わかる。ドアの隣にある壁には『チャンスは5回』と書いてあるから。
つまりこれは、地面にある紐の中から5本を選んで、セシルが隠している鍵を抜き取る仕掛けで。
チャンスは5回。
間違った紐を引いてしまうと──
「……本当に……どうしたらいいのでしょう」
くいくい、と、レティシアは紐を引いてみる。
くいくい、と、セシルの服が引っ張られる。
「わかりましたわ。間違った紐を引いてしまうと、セシルさんの服が脱げてしまうのですわね。正しい紐を引いたら鍵を手に入れて脱出。間違った紐を引くと、最終的にセシルさんの服がすべて脱げてナギさんはうれし──」
「ふぇぇぇぇぇんっ!」
椅子の上のセシルが真っ赤になった。
「ち、ちがうんです! こ、この部屋は、ナギさまがいらっしゃると思って作ったんです。ナギさまなら、絶対に『知恵コース』を選んでくださると思ったのに、ど、どうして、あんな深読みをしちゃうんですか……!?」
「それはたぶん、聖女さまが『セシルくんは成長した』とおっしゃったからですわね」
「わたし……成長なんかしてないです」
それは見ればわかる。
セシルは相変わらずちっちゃいまま。『見習い魔法使いの衣』越しに見える胸も、大きくなっていない。泣き虫なのもそのままだ。
「た、確かに魔力は多少増えましたし、新しいスキルも身につきましたけど……わ、わたし、なにも変わってないです。ナギさまが大好きなままの、魔族のセシル=ファロットのままです……」
「わかってますわ」
レティシアは笑った。
「だって、こんな部屋を作ってしまうんですもの」
「……うぅ」
「この部屋は本当にナギさん専用に作られていますのね。ふたりで座るのにちょうどよさそうな長いすに、転んでも平気なふかふかの床。さらには……そ、その、ナギさんがセシルさんの服を脱がせて……楽しむこともできるようになっておりますもの」
「…………」
「セシルさんの予定通りなら、ナギさんがこの部屋に来ている間のわたくしとリタさんは別の部屋を攻略中。おそらくは、それなりの時間がかかっていたはずです。その間のナギさんとセシルさんはふたりきり。つまり、この部屋で紐を引いているうちに、ふたりがうっかり『すごくなかよし』な状態になって……時間をかけても……ごまかしがきくという」
「……その通りですけど、く、詳しく解説するのはだめです!」
「いえ、わたくしは感心しておりますのよ」
「感心、ですか?」
「ええ。セシルさんはやっぱり、成長しているのですわ」
さすがはナギさんの最初の奴隷ですわ──と、レティシアはうなずく。
この部屋はナギの思考と、彼がどんなものを好むかを計算に入れて作られている。
ダンジョンを3ルートに分けたのも、セシルがナギとふたりっきりになるためだ。
それを考えて、実際に実行してしまうのは、とてもすごいこと。
そういう意味では、セシルはやっぱり成長したのだと、レティシアは思うのだった。
「計算外だったのは、聖女さまの『セシルさんは成長した』のセリフを、ナギさんが深読みしてしまったことですわね」
「……そうですね」
「どうしますの? セシルさん。わたくしが戻って、ナギさんを連れてきてもいいのですけど……」
「いえ、もうナギさまは別の部屋を攻略してるころだと思いますから……」
セシルは困ったような顔で、首をかしげた。
「今回はあきらめます。わたし、まだまだナギさまには敵わないんだってわかりましたから」
「いいんですの?」
「はい。聖女さまの洞窟で修行をする間に、似たような作戦を38個考えましたから」
「逆に心配になりますわ!」
「だから、次の機会を探します」
「ナギさんの身体のことも考えてあげてくださいな。ところで──」
レティシアは床に伸びた無数の紐と、錠前のついた扉を見た。
「セシルさんが納得されたのであれば、ここはクリアといたしましょう。鍵を出してくださいませ」
「すいません。無理なんです」
「はい?」
「わたし、この長椅子に繋がれているという設定なんです……」
セシルは両腕を上げた。
じゃらん、と音がして、両腕を繋ぐ腕輪と、細い鎖が現れた。
「な、なんでそんなことになってますの!?」
「えっと……この場所に繋がれたわたしを、ナギさまが身も心も自由にしてくださって……そ、その……最終的には、ナギさまの……愛の鎖に繋がれるという設定なので……」
「それなら、わたくしがセシルさんに近づいて鍵を探せば……?」
「だめなんです……この椅子には、鍵を持ってないと近づけないように、聖女さま特製の結界が張ってあるんです……」
「さすが聖女さまですわ……って、それはいいとして……」
レティシアは少し考えてから、
「セシルさんは自分では動けない。わたくしが近づいて鍵を探すこともできない。では……この部屋から出るためには……」
「レティシアさまに、紐をひとつずつ引いていただくしかないんです……」
「……仕方ありませんわね」
「すいません。レティシアさま……」
セシルはがっくりとうなだれた。
それから、はっ、と顔を上げて、
「そ、そのお詫びに、わたしの新しいスキルをお見せします!」
「新しいスキル、ですの?」
「興味がありますか、レティシアさま」
「はい。それはもちろん」
レティシアはうなずいた。
「ラフィリアさんのスキルも見せてもらいましたもの。ぜひ、セシルさんのスキルも見たいですわ。どんなスキルですの?」
「魔力で使い魔を作れるようになったんです。いきます。発動『魔鳥作成』!」
ふわり。
セシルが宣言すると、彼女の肩に──半透明の鳥が現れた。
「すごいですわ。セシルさん……こんなこともできるようになったんですわね!」
「これは聖女さまに指導してもらって、覚醒したスキルです。ゴーレム作成の応用ですね。石や土を使わずに、その場で使い魔を作り出すことができるものです」
「魔力で、ということは、もろいのではなくて?」
「そうですね。戦闘向きではないです。小さな荷物を運んだり、偵察するのに使います。あとは、誰かにメッセージを届けることもできるんです。みんなでバラバラに行動したときなんかに便利ですね」
「……ですわね。『意識共有』系のスキルを使えないわたくしには助かりますわ」
「じゃあ、試しに、レティシアさまに言葉を送ってみますね」
セシルが半透明の鳥の頭を撫でる。
鳥は、すぅ、と浮かび上がり、レティシアの肩に向かって飛んでいく。
そうして、彼女の耳元で──
『わたしはナギさまのこどもが欲しいです』
「「──────っ!?」」
レティシアとセシルの顔が真っ赤になった。
「セ、セシルさん!? わたくしにこんなこと言われても困りますわ!!」
「あ、あれれ? おかしいです。普通にあいさつをするはずだったのに……」
ふたたび、セシルの元から使い魔が飛び立つ。最初に飛び立ったものと合わせて、合計4羽。それが限界数らしい。それらはレティシアのまわりを飛び回りながら──
『わたしはナギさまとくっつきたいです』
『ナギさまのぬくもりを、おぼえてます』
『ひとつになったことを、夢に見ます』
『それはとてもしあわせで……心地よくて』
──とても恥ずかしい言葉を繰り返していた。
「ど、どうして────っ!?」
「セシルさん。まさかあなた『忠誠暴走』状態なのでは!?」
『忠誠暴走』──それは以前、リタがかかった症状だ。
ナギへの忠誠心が強すぎるリタは、彼と離れている時間が長かったことで、行き場のない忠誠心が暴走してしまったのだ。
リタが『忠誠暴走』にかかるなら、セシルだってかかる。
それがここで起こっているのだと、レティシアは思ったのだが──
「それはないです。ナギさまと再会したときに見苦しくないように、『忠誠暴走』は、ちゃんと克服しています」
「そうなんですの?」
「はい。あふれそうになる忠誠心は一旦、使い魔に預けることにしてますから。そうすると自分を客観的に見ることができるし、思いを口にすることで、少しだけ楽になるんですよ?」
「それですわ────っ!!」
レティシアは思わず声をあげた。
「セシルさんは使い魔に、ナギさんへの思いを乗せる癖がついてしまっているのです! 早くなんとかなさい。ナギさんの前で同じ状態になったらどうしますの!?」
「ナギさまの前で同じ状態になったら……」
セシルの脳裏に、レティシアに言われた光景が浮かぶ。
ナギの周囲を飛び交う使い魔。
使い魔たちが次々と口にするのは、ナギへの思い。セシルの望み。
それがナギと──他のみんなの前で明らかになってしまう。
そんなことになったら──
「ど、どうしたらいいんですか……」
「落ち着きなさいな。有り余る忠誠心は発散するのが一番です。リタさんもそうしたのですから」
「わ、わかりました」
「使い魔に忠誠心を移せるなら、それを声にせずに、ナギさんに伝えなさいな。そういうこともできるのですわよね?」
「できます。使い魔は魔力の塊ですから、ほどいて、やわらかい魔力に変えて、ナギさまの中に溶かせば……というよりも、気を抜くと使い魔はほどけちゃうんですけど」
「それなら問題なしですわ」
「よかったです」
「ハラハラさせますわね。もう」
セシルとレティシアはため息をついた。
それから、ふたりは顔を見合わせて、
「……安心したら、気が抜けちゃいました」
「セシルさんったら、成長したのかしてないのか、はっきりなさい」
「わたしは……まだまだです。早くレティシアさまみたいに落ち着いた女性になりたいです」
「わたくしだってまだ成長途中ですわ。ところで、セシルさん」
「はい。レティシアさま」
「わたくしの肩にとまっていた使い魔が消えてしまったのですけど」
「気が抜けたので、溶けてしまったみたいです」
「そうですの。そのせいで、肩のあたりに不思議な魔力を感じたのですわね?」
「わたしもまだまだ制御不足ですね」
「気にすることないですわよ。では、使い魔のことは忘れて、部屋の攻略を始めましょう」
「すいませんレティシアさま。お願いします……」
「ですから、気にしないでくださいませ。わたくしたちは仲間ですわよ?」
レティシアはセシルに向かって、片目をつぶってみせた。
「わたくしとセシルさんは、同じパーティの仲間で、家族で、ともに『ナギさんの子どもが欲しい』────て、ええええええええっ!?」
思わず口にしたセリフに、レティシアの顔が真っ赤になる。
なんで!? なんでセシルさんの前でこんなことを──と、あわあわしながら、さっきセシルが放った使い魔のことを思い出す。
レティシアの背中に留まっていた、セシルの魔力と『ナギへの忠誠心』で作られた使い魔。
あれはセシルが気を抜いた直後に、魔力になって消えてしまった。
それが『ナギへの忠誠心』と一緒に、レティシアの中に溶けてしまったとしたら──
「ち、違いますわ違いますわ! わたくしは『ナギさんの子どもが欲しい』なんて思っていません! 『触れ合ったぬくもりを覚えて』たり、『ひとつになったことを夢に見たり』なんてしていないのですわ──っ!!」
「落ち着いてくださいレティシアさま! それはわたしの忠誠心ですから!」
「わかってます。わかってますけど──でも」
「そ、そうです、皆さんに聞かれたときのために、『忠誠暴走』のせいだって証明することにします。それじゃ、新しい使い魔を生成して──」
「これ以上はやめなさいセシルさん──っ!!」
こうして──
レティシアが『知恵ルート』を攻略するまでには、予想外の時間がかかり。
そんな状態で鍵のついた紐を、すんなりと見つけられるわけがなく──
セシルの服は予定通りに脱げていき──
「……やっと、やっと落ち着きましたわ」
「……ごめんなさい。レティシアさま」
ぐったりしたレティシアとセシルは、無事に、ダンジョンのゴールへとたどり着いたのだった。
──ナギ視点──
「やっと会えた。セシル、久しぶり!」
「は、はい……ナギさま」
あれ?
……なんだろう。セシルが真っ赤になってる。
レティシアも気まずそうに目をそらしてる。
『知恵ルート』で、なにがあったんだろう……。
「違いますからね。ナギさん!」
「どしたのレティシア!?」
「違います。あれはわたくしの本心ではありませんからね! 勘違いしないでくださいませ!!」
「なにがあったのか説明して!」
「できるわけがないでしょう!! あんな……あんな恥ずかしいこと……」
『どうしたんだいレティシアくん。そんなに興奮して』
「……聖女さま」
レティシアは、はぁ、とため息をついた。
聖女さまの姿を見て、落ち着いたらしい。
「取り乱してすいません。聖女デリリラさま」
『別にいーよー。それだけ、セシルくんのダンジョンがすごかったってことだろう?』
「確かに、すごかったですわ」
『だよねー。セシルくんも成長したもんね』
「ええ、その思いのたけが伝わってきましたわ。ところで聖女さま」
『なにかな。レティシアくん』
「セシルさんの使い魔のことですけれど」
『おぉ。レティシアくんはあれと接触したのかい?』
「はい。精神を削られる思いでしたわ」
『あれは伝令もできるし、偵察もできる、小さい荷物なら持てるというすぐれものだからね』
「その上、魔力に乗せた思いも伝わるのですわよね……」
『いや、その能力はあんまり当てにならないよ』
「そうなんですの?」
『そうだよ。あれは魔力に乗せた思いに共感するひとにしか伝わらないからねっ』
「……え?」
ぽかん、と、レティシアが口をあけた。
なんだろう。呆然としたように、レティシアの目が点になってる。
「思いに共感したひとにしか……伝わらない?」
『うん。あれはセシルくんの思いに対して、それを受け入れたいとか、自分もそうなりたいとか思っている人にしか伝わらないんだ。魔力に乗せた思いが伝わるのは、セシルくんのようになるのが嫌だと思っていない人に限る……って、あれ? どうしたのレティシアくん。なんで両手で顔をおおってるの? なんでじたばたしてるの!? ねぇ!!』
「ナギさん!」
え? なんでこっちを見るの!?
レティシア、真っ赤な顔で僕をにらんでるのは、どうして。
「違いますからね!!」
「だからなにが!?」
「違います! 絶対にわたくしは、あなたのことをそんなふうに思っていないのですから!! 勘違いしないでください!!」
「だから説明して!!」
「だから、そんなことができるわけないでしょう!?」
「セシル! ダンジョンでなにがあったのか教え……って、なんで真っ赤になってくずれおちてるの!? このダンジョンで一体なにがあったの!?」
その後、詳しく聞いてみたけれど、レティシアもセシルも詳しいことは教えてくれず──
聖女さまもラフィリアも、事情はわからず──
僕とリタとレギィは、セシルの作ったダンジョンの威力にふるえるばかりで──
結局、レティシアとセシルに起こったことは、文字通りの迷宮入りになったのだった。
いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!
書籍版第12巻の発売日が決定しました。7月10日です!
今回も、ほぼ全編書き下ろしでお送りします。
(11巻以降は、ほとんどすべてを新しく書き下ろしています)
『なろう版』とは別ルートに入った書籍版『チート嫁』を、どうかよろしくお願いします!




