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第234話「『闘技場』からの帰り道で、荒ぶる勇者とでくわした」

「……待って、ナギ。向こうの通りを走ってる集団がいるわ。このまま進むとでくわすかも」


 闘技場を出て、宿に向かう帰り道。


 その途中で、不意にリタが僕の腕を引いた。


 夜中の町をうろついてる集団がいるらしい。いや、他人のことは言えないけど。


「わかった。じゃあ、『気配察知』をお願い」


「了解。ご主人様」


 リタは目を閉じ、獣耳をぴん、と立てた。


 アイネとカトラスは口を押さえてる。僕もリタの邪魔をしないように、息を止める。



 しばらくして──



「人数は15人くらい。位置は、この先を曲がったところね。先頭の人が大声で叫んでる──聞き覚えのある声ね。これは、えっと……」


 リタはびっくりした顔で、僕を見た。


「『来訪者』のヤマゾエ、って人の声よ」


「……ヤマゾエかー」


 そういえば、この近くにいてもおかしくないな。


 あいつはケルヴィス伯爵(はくしゃく)に雇われてて、『武術大会』にも関わってるんだっけ。


 となると、一緒にいるのは『武術大会』の参加者かもしれない。


 見つかると面倒だな……。


「離れよう。関わらない方がいい」


「わかったわ」「了解なの」「承知であります」


 僕とリタ、アイネとカトラスは、ヤマゾエたちとは逆方向に走り出す。


 その間もリタは『気配察知』を続けてる。


 ヤマゾエたちは少しずつ遠ざかっていく。見つからなかったみたいだ。


「……ナギ。さっきの人が『今日も俺の能力を見せてやろう』──って言ってる」


「……え?」


「『お前たちよりも俺が上だということを、今日もわからせてやる。誰にも消せない……自在に操れる剣の波動を見せてやる』──って!?」


「あいつなに考えてるの!?」


「剣を振る音が聞こえた! 空気が裂けて……衝撃波が近づいてくるわ! ナギ!!」


「少しは人の迷惑を考えろ、ヤマゾエ!」


 僕たちがいる路地の向こうに、光のようなものが見えた。


 それはまるで遠隔操作(えんかくそうさ)されたドローンみたいに動いてる。


 光はこっちを向いて──突進してくる。


「シロ。お願い!」


 僕は『天竜(シロ)の腕輪』に触れた。


『しょうちかと! しーるどっ!』


 卵状態のシロが、半透明の『円形の楯(ラウンドシールド)』を発生させる。


 ヤマゾエが生み出した光が、盾に激突する。


 光はしばらく、『しーるど』を突破しようとするみたいに光っていたけれど──


 ──やがて、ふっ、と、消滅した。


「……えっと。『俺くらいになると建物に触れないように技を移動させ──なにっ!? 消えた!!』だって」


「うん。聞こえてる。この距離だからね」


 こっちに気づいたな。ヤマゾエ。


 近づいてくる足音と、叫び声が聞こえる。


「ありえない」「勇者の技が防がれるなんて」「全員でその地点を囲め」──って。


「……あいつと関わるつもりはなかったんだけどなぁ」


 だって、すごくめんどくさいから。


 こないだ会ったときも、勝ったとか負けたとかで騒いでたから。


 あいつは、本人にしかわからないルールで勝負を挑んでくる。勝ち負けを勝手に決めて、怒って、満足して帰っていった。


 本当に面倒な相手なんだ。


「イリスとレティシアには『真・意識共有マインドリンケージ・トゥルー』で事情を伝えることにするよ。僕たちは奴らを突破して、そのままイルガファに帰ろう」


「そうね。もう、ここですることはないものね」


「『武術大会』の秘密はわかったの。対策もしたの」


「後のことは考えず、思い切ってここを突破するであります」


『うむ! 我に任せよ。あんな勇者など一撃でしとめてみせよう』


拙者(せっしゃ)も協力するであります』


『シロもやるよー!』


 全会一致だった。


 レギィとデス公はちょっと好戦的だけど。


 どっちにしても、僕たちの用事は済んでる。


 イルガファの領主さんからは、豪華ツアーを用意してもらった。それはもう、充分に堪能(たんのう)した。


『武術大会』のキーアイテム『魔王のオーブ』も書き換えた。


 見るべきものは見たし、やるべきことはやった。


 あとはもう、帰るだけだ。


 聖女さまに話したいこともできたし、セシルとラフィリアにも会いたいからね。


 僕はアイネからデス公を出してもらって、身につけた。


 同時にカトラスは『竜騎士(りゅうきし)(よろい)』を発動する。


 リタの『気配察知』は続いてる。


 前方から近づいてくるのは、ヤマゾエを含めて数人。後方からも数人だ。


「なぁくん。前方の勇者さんと後方の人たち、どっちに向かうの?」


「前方。ヤマゾエの方に向かおう」


 あいつのスキルは得体が知れない。


 後ろから狙われるより、一撃食らわせて逃げた方がいいだろう。


「リタ。カウントをお願い」


「了解。あと10秒……9……8……」


 闇の中、道の角から誰かが現れる。


 それが見えたと同時に、僕たちは走り出した。


「──な、なんだ!!」


「──こいつらが、ヤマゾエさまの技を打ち消したのか!?」


「──なんでこんな奴らがここに!?」


 現れた人影は剣を構えてる。『武術大会』の参加者だからか。


 こっちはただの通行人で、武器を向けられる理由はないんだけど──




「その者を無力化した者には、『武術大会』のシード権を与える!! 逃げた者は大会に参加する権利を剥奪する!!」


 


 人影の向こうで、ヤマゾエが叫んでいた。


「俺の技を防ぐような奴を野放しにはできない! 捕らえて、俺より弱いことを証明するんだ!!」


「──なんだそれ」


 思わず突っ込んだけど、まわりの人影は聞いてない。


 剣を手に、こっちに向かって突っ込んでくる。しょうがないな。


「発動! 『柔水剣術(じゅうすいけんじゅつ)』!」




 しゅるんっ。




「──おわぁっ!?」


 剣を受け流された人影が体勢を崩す。そこに──


「ていっ!」




 ぼこっ。




 リタの拳が、人影のみぞおちにめり込む。さらに──


「はい。『記憶一掃(きおくいっそう)』なの」




 ぺちゃん。




 アイネのモップが人影の顔をなでる。『記憶一掃』のモップを食らった相手はスタンして地面に転がる。


 反対側からも人影は(おそ)ってくる。


 後ろはカトラスが守ってる。『竜騎士(りゅうきし)(よろい)』をまとったカトラスは、最強のタンクだ。


『一糸まとわぬ速さで動き回る重装騎士(タンク)のようなものじゃからな、あの騎士娘は!』


「そのたとえはどうなの!?」


 でも、レギィの言う通りだ。


 重装備なのに高速で動く相手に、敵は反応できてない。


 剣を払われて、盾で殴られて地面に倒れ込む。流れ作業のようにアイネのモップで顔をなでられて、スタンする。


 路地にいるのが幸いした。向こうは一人ずつしか来られない。


 先頭にいる僕と、最後尾にいるカトラスが敵の攻撃を受け流し、アイネとリタに引き渡す。その流れであっという間に十人以上を無力化できてる。


「……な、なんだこいつらは!?」


「……こっちは十人以上いるんだぞ!?」


「……敵は重装備(じゅうそうび)なのに。なんであんなに素早く動けるんだ!?」


 敵がひるみ始めてる。そろそろいいかな。


「リタ。『華麗逃走(かれいとうそう)』を発動して」


「はーい。ご主人さま」


 リタがスキルを発動すると同時に、『真・意識共有マインドリンケージ・トゥルー』のウィンドウにリタの視界が映る。そこには『華麗逃走』の効果で、逃走用の最適コースが表示されてる。


「それじゃ、全員出発」


「はーい」「了解なの」「行くであります!」


 僕たちは路地を飛び出した。


「──な!? 速い!?」


「武器が届かない──? こっちの動きが読まれている!?」


「この暗闇で、なんでそんなに的確に動けるんだ!?」


 ヤマゾエが連れていた『武術大会参加者』は残り4名。


 彼らはもう、戦う気をなくしてる。


 そもそも彼らは『武術大会』のシード権と、参加資格が欲しくて戦ってただけだもんな。


 僕たち相手に全力を出す必要なんかないんだ。


「ぐぬぬ……」


 通りの向こうでは、ヤマゾエがうなってる。


 奴は大剣を大上段に振り上げる。剣が光る。


 ヤマゾエは剣をそのまま振り下ろして──


「……ナギ。さっきの攻撃よ!」


「光の剣術か」


 でも、おかしい。


 僕たちはさっき、あいつの技を防ぎきった。


 技が効かないことは、ヤマゾエもわかってるはずなんだ。となると──


「奴はこっちの顔と姿を確認しようとしてるのかな。あの技は光源を得るためかも」


「シロちゃんが防いだ瞬間、こっちの顔が照らされるってことね?」


「そういうこと。だから全員、一列縦隊になって」


 僕は走りながら、魔剣レギィを空振りする。


 空振りの回数は6回。保険として、シロに『しーるど』も準備してもらう。


 そうして──


「発動! 『遅延闘技(ディレイアーツ)』!!」


 巨大化した魔剣レギィと、ヤマゾエの光が激突した。


 そして同時に『能力接触分析(スキル・アナライザー)』も発動する。


 このスキルは、武器や防具で接触したスキルの能力を知ることができる。


 ヤマゾエの光のスキルの正体は──?




操作光剣コントローラブル・フォトンソード


 魔力を込めた光の刃を打ち出すことができる。


 打ち出した刃は、術者を中心とした数百メートルの範囲で、自在にコントロールすることができる。


 威力(いりょく)は、通常の大剣の一撃の3倍程度だが、術者のもうひとつのスキルと組み合わせることで、文字通りの『最強の技』となる。




 ──なるほど。


 つまり100メートル以上離れれば問題なしだ。


 でも、ヤマゾエのもうひとつのスキルってなんだろう。


「攻撃力は通常の大剣の3倍。なら、空振り6回のレギィで打ち消せるな」


『うむ! 問題なしじゃ!!』




 ぶんっ。




 巨大化した魔剣レギィの刃が、ヤマゾエの光の刃をまっぷたつにして、消した。


「な、なんだおおおおおおお!?」


 ヤマゾエが叫んでる。


 よし、今のうちに逃げよう。


 最後に『武術大会』の参加者に警告だけはしておこうかな。


『主さま。警告は、我に任せてくれぬか?』


「いいけど。めずらしいな、レギィ」


『たまにはよいであろう? それに、主さまと獣人娘とメイド娘、ボクっこ騎士娘の声は、ヤマゾエとやらに聞かれておるからの。叫べばあやつが皆の顔を思い出すかもしれぬ。我は顔を見せておらぬじゃろ?』


「一理あるな」


『それに、我も使命に(しば)られて、大切なものを見失っていた時期があるからのぅ。「武術大会」の参加者どもを、きちんと説得してみたいのじゃ』


「わかった。頼むよ。レギィ」


 珍しくレギィがやる気になってるんだ。


 ここは任せよう。


『では、こほん──』


 僕の肩の上に、フィギュアサイズのレギィが出現する。


 彼女は胸を反らして、顔を上げて──




『勇者という幻影にしばられた者たちに告げるのじゃ!!』




 めいっぱい、声を張り上げた。


『お主たちはだまされておる! 「武術大会」は、勇者を決めるためのものではない。勇者に滅ぼされるための魔王軍、すなわち犠牲者(ぎせいしゃ)を決めるためのものじゃ!!』


 すごい。普通だ。


 レギィが誰にでもわかるように、『武術大会』の事情を話してる。


 成長したな……レギィ。


 出会ったころは、ただのえろい魔剣だったのに……。


『お主らに命令していたあの勇者を見よ! 他人をおどして操っているあの者を。あれが勇者か!? お主らはあんな者になりたいのか!?』


「……すごい。レギィちゃん」


「……アイネたちの言いたいことを言ってくれてるの」


「……魔剣のレギィどのって、実はまじめだったのでありますな」


 みんなも、レギィの言葉にびっくりしてる。


 ヤマゾエも、いきなり少女の声が聞こえたからか、動きを止めてる。


 スタンした人たちはもちろん、戦う気をなくした参加者たちも。


 レギィは続ける。


『真の勇者とはそういうものではない! 他人を利用するだけの者が、勇者であってたまるものか! 真の勇者とは──』


 ──レギィの考える真の勇者とは?


『人を導き、その才能を発揮させるものじゃ!』


「「「「おおおおおおおっ!!」」」」


 レギィがまともなことを言って──


『──人を力で従わせるだけでは、少女のかわいさも、えろさも引き出すことはできぬ!!』


 ──あれ?


『目を覚ますのじゃ皆の者! あのような自称勇者にだまされてはならぬ!! 人は力ではなく、信頼と愛情によって結びつくものなのじゃ! たとえば、パーティの少女たちと触れあい、彼女たちに新たな自分と気持ちよさを見いださせるわが主人のように。お前たちは知るまい。主さまと結ばれるようになってから、彼女たちの肌につやが増したことを。さほど愛されるということは重要で、それによって新たな自分を見いだしたあやつらは──ちょ、なにをする主さま!? まだ話は半分じゃ!! 我は、真なる勇者とはいかに少女のかわいさとえろさを引き出し、自らその快楽に(おぼ)れさせ──やめて、我を(さや)ごとぐるぐる回すのはやめて──!?』


 まったくもう。


 ちょっとは成長したと思ったけど、レギィはやっぱりレギィだった。


 おかげで武術大会の参加者のひとたちも戦闘意欲無くしてるみたいだけど。


 あきれてるのか、それとも毒気を抜かれたのかな。


『……とにかく「武術大会」は、怪しいものだと言うことじゃ』


 レギィは、むりやり話をしめくくった。


『仲間を連れて帰るがいい。ヤマゾエとかいう勇者の本性は見たであろう。他人に命令して、戦わせるだけの者じゃ。そんなものに従うのはやめて、愛に生きるがいいのじゃ』


 ──ラストは一応まともだった。


 成長したのか、えろい魔剣のままなのか、はっきりしてくれ。


「……僕たちはこれで」


 僕は口に布を当てて、声を少し変えてから言った。


「『武術大会』をやるなら勝手にしてくれ。それじゃ」


「……それで俺の上に立ったつもりか」


 不意に、ヤマゾエが口を開いた。


「何者かは知らないが、俺の技を防ぎ、俺の配下に余計なことを吹き込んで、上に立ったつもりかと言っているんだ!!」


 そう言ってヤマゾエは剣を振り上げ──って、どこに向けてるんだ!?


「俺の無様な姿を見た者は消えろ!! 『操作光剣コントローラブル・フォトンソード』」


 ヤマゾエが光の刃を発射した。


 向かう先は僕たちじゃない。倒れている『武術大会』参加者たちだ。


「シロ!」


『ふせぐよ! しーるどっ!!』




 ボシュウウウウ!!




 光の刃が、シロの『しーるど』に当たって消滅した。


 危ねぇ……なに考えてるんだ。ヤマゾエ。


「逃げずに俺と戦え。こいつらがどうなってもいいのか?」


「……そこにいるのは、あんたの部下じゃなかったのか?」


 僕は言った。


 闇の中、ヤマゾエは馬鹿にしたような息を吐いて、


「ここにいるのは、この世界の冒険者どもだ。野良の来訪者たちは、すでにケルヴィス伯爵(はくしゃく)へ引き渡した。今ごろ偉大なる儀式が行われているだろうよ」


「へぇ、どこで」


「お前などにはわからないだろうな。『闘技場(とうぎじょう)』だ」


「そうなんだ」


「真実はひとつだ。お前がなにを言おうと、魔王軍は存在する。それが実際に存在するのを見れば、お前の言葉など消し飛ぶだろうよ」


「わかった。参考にさせてもらおう」


「俺は世界の真実を知っている。格の違いを思い知るがいい」


「そっか。それじゃ」


「逃げるな! 俺と戦え!!」


 ヤマゾエは再び、剣を大上段に振り上げて──


「俺と戦って勝てば、そのまま帰してやる。部下の連中にも危害は加えない。『契約』してやる」


 荒い息をつきながら、そんなことを宣言したのだった。






いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!

次回、第235話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。


「チート嫁」コミック版5巻が2月7日に発売になります!

今回から書籍版第3巻の内容に突入ということで、イリスが表紙です。

もちろん、表紙裏には特典SSがついています。今回はセシルがレティシア、アイネ、レギィから礼儀作法を学ぶお話にしてみました。3人から「正しい作法」を学んだ結果……? というお話です。

コミック版でも展開される「チート嫁」の世界を、ぜひ、読んでみてください!

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新作、はじめました。

「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました 
−魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大国に進化させます−」

https://ncode.syosetu.com/n0597gj/

魔王の領土に追放された錬金術師の少年が
なんでも作れる『創造錬金術師(オーバー・アルケミスト)』に覚醒して、
異世界のアイテムで魔王領を大国にしていくお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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