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第231話「重要地点を調査することになったので、仲良く共同作業で準備をしてみた」

『聞いてもよろしいでござるか、我が主君』


「どしたのデス公」


拙者(せっしゃ)はさっき、「闘技場の中から声が聞こえた」と申し上げたでござるよね?』


「そうだね」


『それを聞いた我が主君と皆さまは、拙者が聞いた声について調査をなさる、とおっしゃっておられる』


「うん。そのつもりだよ」


『どうして、そこまでしてくれるのでござるか?』


『闘技場』からの帰り道。


 アイネの『お姉ちゃんの宝箱』から頭を出したデス公が、そんなことを言い出した。


拙者(せっしゃ)は新参者でござる。見聞きしたものを気に掛けていただくほど、手柄を立ててないのでござるが……』


「手柄はそのうち立ててもらうよ」


 僕は言った。


「デス公はパーティの仲間だ。気がかりがあるなら、解消した方がいいだろ」


『我が主君……』


「それに、デス公が聞いた声の主は『魔王の素体』に関わるものかもしれない。だから気になるってのもあるんだけどね」


 デス公──正式名称『魔王鎧デスカタストロフ』は、文字通りに魔王のために作られた鎧だ。


 たぶん、魔王と通信するための能力とかもあるだろう。


 そしてリタは、「『闘技場』の中には祭壇があり、儀式の準備が行われてる」って言ってた。


 調べる価値はあると思うんだ。


「でも、不思議なの。なぁくん」


「『武術大会』は魔王対策のためのものでありますよ。その会場に魔王が関わるものがあるというのは……おかしな感じがするのであります」


「アイネ、カトラス。落ち着いて聞いてくれ……」


 これは、ずっと考えていたことだ。


 いくら貴族だって、そこまでやらないだろうなー、って思ってたから、言わなかったんだけど。


「魔王がいなければ、勇者も英雄もいらなくなるんだ」


「「……あ」」


「正確には『魔王退治の勇者や英雄』だけどね。だからそういうのになりたい人は、魔王がいないと困るんだ」


 物語では、魔王が存在しなくなったあとの勇者は、どこかへ立ち去るのがセオリーだ。


 だから、勇者や英雄であり続けたい人は、魔王も存在し続けなければ困る。


 というわけで、なにかの儀式で魔王っぽいものを呼び出したり、でっちあげたりするんじゃないかな、って思うんだ。


「──と、いうわけだよ」


「なるほど。すっきりしたの」


「ボクはまだ、よくわからないであります……」


 カトラスは(かぶり)を振った。


「信じられないのでありますよ。勇者や英雄になるために、魔王を必要とする人がいるなんて……」


「……僕も確信はないんだけどね」


 そこまではしないだろうな、って思ってる。


 というか、信じたい。


 そんな世界で、「働かなくても生きられる生活」を実現しても、あんまりうれしくないからね。


 だから、自分の目で確かめたいんだ。


『参考までにうかがいたいのでござるが』


「なにかな、デス公」


『魔王に関わるものを呼び出したとして、それを倒した後、勇者はどうするのでござろうか。魔王がいなくなったら、勇者は必要なくなるのでござろう?』


「大丈夫。そしたら『大魔王』をでっちあげればいい」


「「『……なるほど!』」」


 アイネ、カトラス、デス公が声をあげた。


「『大魔王』を倒したあとは『真の魔王』が。それを倒したら『超魔王(ちょうまおう)』が。そのあとは『超絶魔王(ちょうぜつまおう)』をでっちあげれば、勇者をやりたい人は、100年くらい同じことを続けられるんじゃないかな?」


「……怖いお話なの」


「……たとえ話でありますよね? そうおっしゃってください!」


「……うん。たとえ話」


 というか、魔王関係のものがあるってのの根拠は『デス公』の証言だけだし。


 実際に確かめてみないと、なんとも言えないよね。


「とりあえず、『闘技場』に忍び込む前に、いろいろと調査をしておこうよ」


 僕はアイネとカトラスに向かって言った。


「で、カトラスにお願いがあるんだ」


「はい。あるじどの」


「今日の夜。もう一回、『闘技場(とうぎじょう)』まで付き合ってくれないかな?」


「警備状況の確認でありますね」


「うん。それと、フィーンの力も借りたいんだ」


「なぁくんなぁくん。アイネはなにをすればいいの?」


「アイネは『闘技場』について詳しく聞かせて。元・地元民として」


「わかったの」




 そんな話をしながら、僕たちは宿に戻ったんだけど──




「ずるいですお兄ちゃん! イリスにも仕事をさせてください!!」


「なんでみんなそんなに働き者なの!?」


 イリスまで仕事をすることないんだけどなぁ。


「僕たちは警備の(すき)をついて『闘技場』に忍び込むだけだよ? 別に戦闘がしたいわけじゃないし、ただデス公が聞いた声の正体を確認するだけなんだから、イリスは休んでてもいいんだよ?」


「……『闘技場』に忍び込むだけなのですね?」


「そうそう」


「となると、イリスは警備状況について、商人から情報収集をすればよいのですね?」


「……そうなるの?」


「そうなるのです」


 イリスは勢いよく、首を縦に振った。


「イリスたちはイルガファ領主家が主催したツアーとして、この町に来ているのでしょう?  そこで起きた事件に対して、イリスだけが仕事をしないというのは……」


「というのは?」


「……あとで旅行の思い出話をするとき、イリスだけ入りづらくなってしまいます」


「そんな理由なの?」


「はい。お兄ちゃんとの寝物語(ねものがたり)のネタは、できるだけ多い方がよいですから」


「寝物語かー」


「とにかく、イリスだけ仲間外れ、ひとりぼっちは嫌、ということですね」


 なるほど。


 そういうことなら、しょうがないな。


「わかった。じゃあイリスは、商人さんから情報収集をして」


「かしこまりました。この町にも『港町イルガファ』と関係が深い商人がおりますので、そちらから話を聞くことにいたしましょう」


 イリスは服の裾をつまんで、一礼。


「これで安心です。イリス、仲間外れではなくなります」


「そこまで気にしなくてもいいんだよ?」


「お兄ちゃんのせいですよ?」


「僕のせい?」


「イリスはお兄ちゃんやみなさんと一緒にいるのが心地よくて……ついつい、一緒のことをしたくなるのです。なので、イリスを働かせるのは、お兄ちゃんの責任だと思います」


「そういうものなの?」


「そういうものなのです」


「ひとりぼっちで、仲間外れにならないように」


「はい、ひとりぼっちで、仲間外れにならないように」


「……こほん」


 せきばらいが聞こえた。


 振り返ると、レティシアがいた。


「……イリスさんが情報収集するのなら、護衛が必要ではありませんの?」


 レティシアはちらり、と、横目でこっちを見た。


「ちょ、ちょうどわたくしは手が空いておりますわ。護衛を務めてもいいですわよ?」


「レティシアが?」


「今回、わたくしはうっかり子爵家に閉じ込められてしまいましたからね。なんとか逃げられたのは、ナギさんたちのサポートのおかげですわ」


 レティシアはそう言って、うなずいた。


「わたくしはナギさんたちに借りがあるのですわ。護衛くらいさせてください」


「でも、レティシアは貴族に顔を知られてるよね?」


「……確かに」


「商人なら、貴族とも付き合いがあるからね。そこからレティシアの所在が知られる可能性がある。護衛を務めるなら僕が適任だ」


「いえ、変装すれば大丈夫だと思います」


 イリスが言った。


「ちょうど『幻想空間』の新しい使い方を研究していたところです。それをレティシアさまに試していただきましょう」


「……イリスさん」


「レティシアさまだけを、仲間外れにはできませんからね」


「……いえ、そういうことではないのですけれど」


「ひとりぼっちにはいたしませんよ?」


「……ですから。そういうことでは…………って、ナギさんも、どうしてそんな優しい目をしていますの? 違いますからね。誤解しないでくださいな!!」


 真っ赤になってるレティシアのことは、とりあえずおいといて。


 僕たちは『闘技場』についての調査をはじめることにした。






 その日の夜。


 僕とカトラスは、『闘技場』の近くにやってきていた。


 薄暗い町を、月明かりだけが照らしてる。


 その中に浮かび上がった『闘技場』は、まるで黒いオブジェみたいだ。


『闘技場』の入り口にはかがり火が焚かれている。


 入り口を守るのは、数人の衛兵さんだ。


「やっぱり、正面から近づくのは難しいか」


「こんな時間にも、警備の人はいるのでありますね」


 僕とカトラスは路地の陰から、『闘技場』を(なが)めていた。


 商業都市メテカルの『闘技場』は数代前の領主が作った施設で、イベントなどで使われているらしい。背の高い壁にかこまれた……僕の世界で言う円形闘技場(コロッセウム)みたいなものだ。


 敷地はかなり広い。


 北側には、参加者用の宿舎もあるらしい。


 ちなみに正門があるのは南側で、僕たちが隠れているのもそのあたり──と、ここまではアイネとレティシアに教えてもらった情報だ。


「さすがアイネとレティシアだ。地元民だけあって詳しいな」


「昔のアイネどのは忙しくて、ここにはほとんど来ることはなかったようでありますが」


「当時のアイネは……一日24時間労働だったからね」


「あるじどのにお仕えしてからは、3分の1以下になったとおっしゃっているであります」


「めざすは12分の1くらいなんだけどな」


「桁違いの働かなさっぷりでありますな」


「『武術大会』の調査が終わったら、月イチで『食っちゃ寝の日』を導入するつもりだからね」


「こないだ『1日おひるねの日』を導入したばかりでありますよ。あるじどの」


「しょうがないじゃないか。みんな働き者なんだから」


 話をしながら、僕は『真・意識共有マインドリンケージ・トゥルー』で繋がったリタから、情報をもらってる。


 リタは少し離れたところで、僕たちの背後を守ってくれてる。


 僕とカトラスに近づくものがいないか、『気配察知』でチェックしてるはずだ。


「……『闘技場』の側面に回ってみよう。そっちの警備も確認しておきたい」


「承知であります」


 僕とカトラスは路地伝いに、闘技場の西側へと移動した。


 ──兵士がたくさんいた。


「……なんでこんなにいるんだろう」


「……今って、夜中でありますよね……?」


 闇の中。(よろい)を着込んだ兵士が歩き回ってる。


 位置がわかるのは、鎧が月明かりを反射しているからだ。


 こっち側の衛兵さんは、なかなかいい鎧を着込んでるらしい。




「……北の宿舎の警備を厳重(げんじゅう)にせよ」


「……宿舎にはケルヴィス伯爵(はくしゃく)さまがいらっしゃるのだ」


「……1交代制だ。朝まで気を抜くな」


「……2交代制がいいなどという、甘えた者はおるまいな」




 兵士さんたちは歩き回りながら、そんな話をしている。


 ……ケルヴィス伯爵か。


 あの人は剣士を重んじる『元祖勇者ギルド』のボスだっけ。しかも、ヤマゾエの雇い主だ。


『闘技場』の宿舎に、その人がいるのか。


 …………なにしてるんだろうな。


「これ以上近づくのは無理かな……」


 今は衛兵が多すぎる。


 ケルヴィス伯爵って人が『闘技場』にいて、要人警護のための兵士が大勢いるからだ。


 チートスキルでなんとかするって手もあるけど──難しいな。


 町中で派手なスキルを使ったら目立ち過ぎるからね。


 ……ケルヴィス伯爵のスケジュールがわかれば、対処法もあるんだけど……。


「せっかく来たんだ。ここから内部を探ってみよう」


「はいであります。では──」


「うん。フィーンを呼んでくれるかな?」


「承知であります!」


 カトラスは胸に手を当てた。


 神聖器物(アーティファクト)『バルァルの胸当て』に触れて、宣言する。


「来て欲しいであります。もうひとりのボク……フィーン!」


「お呼びでしょうか。あるじどの!」


『バルァルの胸当て』から、ふわり、と魔力が浮かび上がり──カトラスと同じ顔の少女、フィーンの姿になる。


「あたくしでなければできない仕事があるのでしょう? あるじどの」


 魔力体のフィーンはふわふわと浮かびながら、僕の顔をのぞき込む。


「うん。フィーンの『神聖器物探索アーティファクト・サーチャー(かい)』で、闘技場の中を探って欲しいんだ」


『神聖器物探索・改』は、僕とカトラスとフィーンが『結魂(スピリットリンク)』することで覚醒(かくせい)したスキルだ。


 このスキルは近くにある『神聖器物』を見つけ出し、能力を見極めることができる。


 効果範囲は半径数十メートル。だから、ここからでも『闘技場』まで届くはずだ。


「デス公さんに呼びかけていたのは、『神聖器物(アーティファクト)』かもしれないと、あるじどのはお考えなのですね?」


 フィーンの質問に、僕はうなずいた。


 デス公を作ったのは『古代エルフ』だ。


 その『古代エルフ』は、アイテムや施設を作り、この時代まで残している。


 だからデス公に呼びかけたのも、それに関わるものかもしれないって思ったんだ。


 本当はもっと近づいてスキルを使いたかったんだけどね。


「わかりました。あるじどの。では……」


 フィーンの身体が浮かび上がる。


 そのまま建物に張り付くようにして、上へ。


 カトラスが解説してくれる。今、フィーンは建物の屋根に腹ばいになってるって。


 兵士に見つからないように、ぎりぎりまで近づいて──『神聖器物探索アーティファクト・サーチャー・改』を発動。


 そして──


「ただいま戻りました」


 フィーンは無事に、僕たちのところに戻って来た。


「結論から申し上げましょう。『闘技場』には『神聖器物』──のようなものがございます」


「──『神聖器物』のようなもの、か」


「それに近いものでした。それと、言葉を話すスキルと、意志を持っているところまでは読み取れました。けれど……通常の『神聖器物』とは少し反応が違うようです」


「……あるじどの。兵が集まりはじめているであります」


 カトラスがつぶやいた。


 見ると、『闘技場』のまわりを巡回する兵士たちが増えてきてる。


 僕たちに気づいたわけじゃないようだけど……長居は危険だな。


「……警備の兵をなんとかしないと、入り込むのは無理か」


『闘技場』には、ケルヴィス伯爵が来ている。


 そのせいで、警備兵が増えているみたいだ。この状態だと入り込めない。


「ここまでだ。今日は帰ろう」


 僕たちはその場を離れた。


 町中の施設だからね。調査は慎重にやろう。


「それにしても……ケルヴィス伯爵って人は、こんな夜中になにをやってるんだろうな?」


「夜は眠るものだと思うのですけれど……みんなで」


「うん。でも、今日は疲れたから普通に寝ようね」


「ええ、もちろんですとも、あるじどの」


 フィーンは僕の肩に手をかけてふわふわと浮かびながら、そう言った。


 それから、僕たちは宿に戻った。


 ふたりには眠るように言って、僕は部屋で作戦を考えることにしたのだけど──


「とりあえず、ボクはあるじどのの肩をおもみするであります」


「あたくしは足をもませていただきます」


「……いや、眠ってって言ったよね」


「「『どこで』とはおっしゃいませんでした!!」」


「ご主人様に叙述(じょじゅつ)トリックをしかけるのやめてね」


 でも、血行がよくなったせいか、作戦はいくつか思いついた。


 とりあえず『真・意識共有マインドリンケージ・トゥルー』でアイネとイリスに送って──


 僕とカトラスとフィーンは川の字になって、眠ったのだった。






 ──翌日、イリスとレティシア──








「なるほど。今、メテカルでは、武器と食料の相場が上昇中、と」


 イリスは、港町イルガファと取引のある商人の元を訪ねていた。


 隣には、変装したレティシアが立っている。イリスの護衛役だ。


「…………変装とは、落ち着かないものですわね」


 レティシアは金色の髪に触れた。


 ふわり、と、やわらかい感触があった。


 しかも縦巻きロールだった。


 目線の高さは、いつもと変わらない。


 いくら変装するといっても、身長を変えるのは難しい。視界が変わると動きも鈍くなる。それでは護衛にならないからだ。


 視線を下げると──胸元に大きな(ふく)らみが見える。


 そのせいで足元が見えない。


 これがリタやアイネ、ラフィリアが見ているもの──そう考えて、思わず感動しかけてしまう。


「…………ほんっと、落ち着きませんわ」


 レティシアは部屋に置かれた鏡を見た。


 金髪で縦巻きロールの、巨乳お嬢様が映っていた。




「レティシアさまだとばれないように、イリスが『幻想空間(げんそうくうかん)』で変装をほどこしましょう!」




 馬車を降りる前に、イリスはそんなことを言っていた。


 イリスのスキル『幻想空間』は、立体的な幻影を作り出すことができる。


 それを使ってイリスは、レティシアの身体に『金髪縦巻きロールお嬢様』の幻影をかぶせたのだ。


 さらにイリスは幻影に『竜の祝福(ドラゴニック・ブレス)』を加えていた。


『竜の祝福』はスキルで作り出したものに、『物理強化』を与えることができる。


 なので、今のレティシアの姿には、物理的な感触まで備わっているのだ。


(……(さわ)れる幻影、って、怖いですわね)


 しかも、イリスの想像力は完璧だ。


 今のレティシアはどこから見ても『金髪縦巻きロールお嬢様』だった。


「お忙しいところ申し訳ございません。メリディアさま」


 当のイリスは、涼しい顔で応対をしている。


 さすがナギさんの嫁──とレティシアは思う。


 12歳にしてイルガファ領主家の仕事をしてきたイリスには、スキルを使いながら話をするなど簡単なのだろう。


「お時間をいただいてすいません。父──領主がメテカルの物価と相場を確認しろ、と言ってきたもので」


「いえいえ、イルガファの領主さまには、いつもお世話になっておりますからね」


 メリディアと呼ばれた女性の商人は、おだやかな笑みを浮かべた。


「それに、私も『海竜ケルカトル』をあがめるものです。巫女のイリスさまなら、いつでも歓迎いたしますよ」


「武器と食料の価格が上がっているということは……商売の機会、ということでしょう?」


「イリスさまのお察しのとおりです」


「港町イルガファには海運で届いた農産物があると思います。必要であれば、イリスから領主家の方に手紙を出しましょう。メリディアさまには、間に入っていただければと」


「それは助かります」


「急に武器と食料が必要になった理由というのは、やはり『武術大会』の関係で?」


 イリスは、子どもっぽい口調で言った。


「イリスはまだ経験不足なのか……世の中のことにはうといのです。やはり大きなイベントともなると食料が必要になりましょう。セキュリティのためにも、衛兵が武器を欲しがるのもわかります」


(……見事な話術ですわね)


 レティシアは小さくつぶやいた。


 イリスは好奇心で目を輝かせている。


 けれど、これは演技だろう──そう思いながら、レティシアはうなずく。


 イリスの表情が、ナギを前にしているときよりも、ずっとずっと固いからだ。


『武術大会』が、うさんくさいものだということは知っている。


 それに、いくら一大イベントだからとしって、急に武器や食料が必要になるのはおかしい。




 イリスは、弱冠12歳とはいえ、港町イルガファの財務処理を行ってきた。


 そのうえナギと同じくらい「悪だくみ」の才能がある。


 今も相手から情報を引き出すため、ひとつひとつ、言葉を選びながら話しているのだ。


(こう言われては、町が武器と食料を必要とする理由を、つい話したくなりますわね)


「実は……ここだけの話なのですが」


 レティシアの読み通りだった。


 商人メリディアは、声をひそめ、イリスに顔を近づける。


「『魔王軍』が、人の世界への侵攻をたくらんでいるという(うわさ)があるのです」


「……『魔王軍』? 魔王ではなくて、でしょうか?」


「魔王本人ではなく、魔王の配下が操る軍です。そのせいで魔物が活性化しており、そのうち、町まで来るのではないか、と」


「それにしては、皆さま落ち着いていらしゃいますね?」


「あくまでも(うわさ)ですよ」


 暗い空気を払うように、商人メリディアは、ぱん、と手を叩いた。


「噂には続きがあるのです。「『武術大会』の強者(つわもの)は力を示し、魔王軍を打ち払う。そうして彼らは自らが勇者であることを示すであろう」とね」


「よくあるフレーズですね」


「ですから、心配はしておりません。ただ、万が一のために武器と食料を集めておこう。そういう空気なのですよ」


「空気を読むのも、商人に必要な技術でしょうね」


「さすがイリスさま。わかっていらっしゃる」


「その『武術大会』を主催されているのは、きっと立派な方なのでしょうね……名前は失念してしまいましたが」


「ケルヴィス伯爵(はくしゃく)です。北の町ハーミルトの領主さまですよ」


「そうでした。ぜひ、お目にかかりたいものでしょう」


「残念ですが、今は『武術大会』一般参加者の選考をされているそうです」


「おやおや」


「勇者を決める『武術大会』ですからね。予備面接。一般面接。貴族面接と、なかなか手間がかかるようです」


「面接会場に向かうのも大変でしょうね」


「『闘技場』近くの宿舎に泊まり込みだそうです」


(……だから『闘技場』のまわりに、伯爵家の兵士がいたのですわね)


 レティシアはナギから聞いた情報を思い出していた。


 ナギは、兵士が多すぎて『闘技場』に近づきにくいと言っていた。


 ということは、伯爵をそこから引き離せば、警備の隙を作れるはずだ。


(……おやおや、イリスさんったら)


 ふと見ると、イリスの唇が、かすかに笑うかたちになっているのが見えた。


 レティシアと同じことに気づいたようだ。


「なるほど、ケルヴィス伯爵さまは、毎日泊まり込みで面接をされているのですね」


 イリスは手で口元を隠して、そう言った。


「その熱意には頭が下がります」


「こちらとしては、商品を買ってくださるお客さまですけどね。そんなわけで、今は少々、武器や戦闘向けのスキルなどが不足しております。港町イルガファから送っていただければ、高価く売れると思いますよ」


「ならば、仲介をお願いできますでしょうか?」


 イリスは言った。


「ケルヴィス伯爵さまと直接お目にかかり、どれほどの武器と食料が必要なのか、うかがいたいのです。そうすれば必要なものを、『港町イルガファ』に手配することもできましょう」


「おお。それは願ってもない!」


 商人メリディアは身を乗り出した。


「私は商品の取引で、何度もケルヴィス伯爵にはお目にかかっております。ぜひ、仲介させてください」


「まずは伯爵の予定を聞いていただけないでしょうか」


 イリスはレティシアと視線を交わしてから、そう言った。


「ケルヴィス伯爵は『闘技場』で面接などをされているご様子。空いた時間……面接が行われず、伯爵が『闘技場』から戻られる時間などはあるのでしょうか?」


「商人ギルドに聞けばわかると思います。確認してみましょう」


 しばらくして、商人メリディアが戻って来る。


 ケルヴィス伯爵の予定はすぐにわかった。


 明日の夜、商人たちとの面会予定が入っている。イリスもそこに組み込んでもらった。


 つまりその時間、ケルヴィス伯爵は闘技場には不在になる。


 彼を護衛する兵士たちも、引き上げるということだった。


「ありがとうございました。では、よしなに」


 そう言って、イリスは席を立った。


 護衛として控えていたレティシアも、軽く一礼する。


「取り引きがうまくいくといいですね。イリスさま」


「イリスは必要な量を確認するだけです。実際に取り引きをするのは父ですよ」


「ですが、久しぶりに大口の取引になりそうです。私もわくわくしています」


「こちらとしては、ほどほどの取り引きであれば充分です。『魚群を追いすぎて、陸の位置を忘れることなかれ』ということわざもございますからね」


 イリスはにっこりと笑って、告げる。


「荷を積み過ぎた船は足が遅くなるもの。いくら大漁の荷を積み上げても、船が沈んではなんにもなりません。ケルヴィス伯爵との取り引きも、数ある取り引きのひとつにすぎない。そう考えておりますよ」


「……ご立派です。私も、見習うといたしましょう」


「どうぞ。ご自愛ください。それでは……」


 イリスとレティシアは、商人メリディアの屋敷を後にした。


 馬車に乗り込んでから、イリスは「はぁ」とため息をついた。


 御者台に座っているのはリタだ。


 フードをかぶって顔を隠した彼女は、イリスとレティシアが合図すると、ゆっくりと馬車を走らせはじめる。


「『港町イルガファ』でもそうでしたが、名うての商人相手は緊張いたしますね」


「そうですの? イリスさん。見事に情報を引き出してたじゃないのですの」


 レティシアはイリスの顔をのぞき込む。


「相手が答えたくなるような言葉をちりばめる。実に見事な話術でしたわ」


「お兄ちゃんには通じないのですが」


「そうなんですの?」


「はい。セシルさまやリタさまと、どのように愛し合ってるのか探りを入れているのですが……」


「答えたら逆に怖いですわよ」


「リタさまとアイネさまは、あと一押しなのですけれど」


「……さすがは『港町イルガファ』で領主家の仕事をしていたイリスさんですわね」


「そんなことはございません。お兄ちゃんと一緒にいると……ついつい、甘えてしまいますから」


「そうなんですの?」


「だからいつも、自分に言い聞かせているのです『魚群を追いすぎて、陸の位置を忘れることなかれ』──甘えるばかりではいけない。イリスはお兄ちゃんの奴隷なのだから……役に立つことも忘れてはいけない、と」


「あれは商人さんへのアドバイスではなかったんですの?」


「はい。いつも自分に言い聞かせているものなので、つい、出てしまいました」


 イリスは照れくさそうに頬を押さえた。


「……『闘技場』に忍び込むのは、明日の夜がよいでしょうね」


「……その日であれば、『武術大会』主催者の伯爵は不在。護衛もいないとなれば──見つからずに済みますわ」


「イリスはケルヴィス伯爵と、実際に会ってみるつもりです」


「わかりました。わたくしが護衛をつとめます」


「お願いいたします。レティシアさま」


「ところで……この『金髪縦巻きロールお嬢様』の幻影を、そろそろ消していただけません?」


 レティシアは自分の顔を指さした。


 いまだ、イリスの『幻想空間』は起動中。そろそろ顔の横で揺れる縦巻きロールがうっとうしくなってきていた。


「せっかくなので。お兄ちゃんに見ていただいたらいかがでしょう?」


「ナギさんに?」


「ええ。お兄ちゃんが、親友のレティシアさまだと見抜けるかどうか」


「イリスさんと一緒にいるんですから、一目でわたくしとわかるのではなくて?」


「寝起きのお兄ちゃんならわからないかもしれませんよ?」


「……そうでしょうか?」


「たまには、着飾った姿をお兄ちゃんにお見せしたいとは思いませんか?」


「わたくしとナギさんとはそういう関係では……」


 言われて、レティシアは思い出す。


 着替え──おしゃれ。


 そういえば子爵家にいた時に、リタに自分のドレスを着せたことがあった。


 可愛いポーズを取ってもらって、それをナギに送ったのだ。


 リタはドレスなんか着慣れないから、レティシアが目の前で着替えて、ポーズを取って──


 それをナギに『真・意識共有』で送って──


 でも、『真・意識共有』はリタの見たものを送るスキルだから──レティシアの着替えシーンと、ドレスを着崩してポーズを取ってる姿も──


「──────っ!!」


「ど、どうなさったのですかレティシアさま。真っ赤ですよ?」


「……自分の失敗を思い出してしまっただけです」


「イリスでよければ、おうかがいいたしましょう」


「……ここだけの話ですわよ?」


 レティシアはイリスに、子爵家で起きたことを告げた。


 話を聞いたイリスは、何度もうなずく。


 それから──レティシアに見えない位置で──不敵な笑みを浮かべた。


「わかりました。レティシアさまのお話は、よーくわかりました」


「他言無用ですわよ」


「もちろんです。誰にも言いません。言いませんから」


 イリスはレティシアの手を取った。


 


「このお話は、イリスの胸にしまっておきます。それと、今回の事件が解決したら、レティシアさまの記録が気にならないように、イリスがお兄ちゃんに対して作戦を考えましょう」


「……イリスさん」


 レティシアは年下の友人を見つめながら、目をうるませていた。


 なので──


「…………イリスちゃん、なにかたくらんでない?」


 御者台から聞こえたリタの声には、気づかなかったのだった。




ただいま「チート嫁」11巻と「ゆるゆる領主ライフ」2巻と「辺境暮らしの魔王」の書籍化作業のため、ちょっと更新が遅れ気味になっております。

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「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました 
−魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大国に進化させます−」

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魔王の領土に追放された錬金術師の少年が
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