第228話「顔見知りの『来訪者』がいたので、ちょっと真面目に話をしてみた」
ヤマゾエと名乗る少年は、壁に羊皮紙を貼った。
まわりに人が集まってくるのを見て、満足そうにうなずいてる
「よしよし……気になるようだな。オレが貼った、ケルヴィス伯爵家の文書が」
ヤマゾエ=タカシ──その名前には聞き覚えがある。
確か『武術大会』のシード枠に入っている少年だ。
顔も……どこかで見たことがあるような気がするけど。
「なんだこの貼り紙? 意味がわからねぇぞ!?」
「『来訪者』をもう一度招集する? 『公式勇者』になれる?」
「特典付きで武術大会に参加できる……って、どういう意味だ?」
貼り紙の前で、客たちが首をかしげてる。
「なるほど。こんな場末の食堂には、対象者はいないか」
ヤマゾエはほくそ笑んでる。
よく見るとその腕には、剣のマークの腕章がついていた。
そういえば、食堂の外には兵士が立ってるな。ヤマゾエと同じ腕章を着けてる人たちが。
ということは、あの剣のマークが、ケルヴィス伯爵家の印なんだろうか。
「これは、王家と貴族の管理下にない『来訪者』に使命を思い出させるための、伯爵さまの慈悲なのだよ。対象がいなければ、それでいいのさ」
ヤマゾエは貼り紙の前で、肩をすくめてみせた。
「どのみち、町の庶民にはわからないだろう? わかるものだけ、応えればいいのさ」
ばかにしたようなセリフに、店の客たちは「ぐぬぬ」ってうなってる。
手を出さないのは、外に伯爵家 (推定)の兵士がいるからかな。
でも、ヤマゾエの挑発的なセリフのおかげで、貼り紙の内容がわかった。
『来訪者』をもう一度招集する──つまり伯爵家は、王家と貴族の管理下にない『来訪者』を集めようとしてる。
それに応じると『公式の勇者』になれますよ、ってことらしい。
……やだなぁ。
王家と貴族の管理下にない『来訪者』ってことは、僕も含まれる。
正直、関わりたくない。
さっさとこの場を離れた方がよさそうだ。
『送信者:ナギ
受信者:リタ
本文:食堂に「来訪者」が来てる。この場は危険だ。別の場所で合流しよう』
僕は『真・意識共有』でリタにメッセージを送った。
『送信者:リタ
受信者:ナギ
本文:大丈夫なの!? ナギ。 私、戻った方がいいんじゃ……』
『送信者:ナギ
受信者:リタ
本文:大丈夫。戦闘にはならないと思う。会計は済ませてあるから、このまま出るよ。合流地点は──』
リタに合流地点を伝えてから、しばらくの間、僕は静かに料理を食べ続けた。
やがて、貼り紙に興味を失った人たちが、席へと戻っていく。
その人たちが食事を終えるタイミングに合わせて、僕も席を立つ。人の流れに合わせて、外に出る。
そうして、リタとの合流地点に向かって歩き始めたんだけど──
『主さま。ついてきている者がおるぞ』
不意に、背中で魔剣のレギィがつぶやいた。
『さっきの「ヤマゾエ」とかいう者じゃな。薄笑いを浮かべて、主さまの後についてきているのじゃ』
「他の兵士たちは?」
『おらぬな。別れたようじゃ』
「ありがとう。じゃあそのまま、様子を見てて」
『どうするつもりじゃ?』
「……あいつには、僕の顔がばれてる可能性があるんだよ」
ヤマゾエをどこで見たのか、思い出した。
この世界に召喚されたときだ。あいつは、僕と同じバスに乗っていたんだ。
「僕が王さまに労働条件を確認して、王宮を追い出されたって話はしただろ?」
『うむ。さすが我の主さまじゃ、と感心した覚えがあるな』
「そのとき、あのヤマゾエもその場にいたんだ。だからあいつは、僕が『来訪者』だって知ってて、だからついてきてるんだと思う」
『「来訪者」の再招集とやらのためにじゃろうか』
「それは……違うと思うよ」
僕を再招集するつもりなら、あの場で声をかけてきたはず。
笑いながらついてくる理由は……見当もつかないな。
「どのみち、再招集なんかに応じるつもりはないからね」
『じゃよなぁ』
「だから、こっちから近づくことはしないよ。用があれば声をかけてくるだろ」
もしも向こうから接触してくるようなら、情報収集してみよう。
あいつは僕と同じ時期に、この世界に来てるからね。
もしかしたら貴族や王さまの最新情報が手に入るかもしれない。
「リタとの合流地点に行くのはあとにしよう。今は、市場をぶらぶらしてみるよ。できるだけ、やることなさそうな感じで」
僕は魔剣状態のレギィに言った。
「ついでにセシルとラフィリアへのおみやげを買おうかな。レギィは、なにかおすすめはある?」
『かわいい下着なんかどうじゃろうか』
「女物の下着を僕ひとりで買うのはどうなの……?」
『他には思いつかぬなぁ』
「かわいいリボンは?」
『かわいい裸リボンか。よいではないか』
「どうして裸要素を加えた」
こつん、と剣本体をつつくと、含み笑いが返ってくる。
とりあえずこのままレギィと一緒に、露店を見て回ろう。
「でも、みんなおそろいのリボンってのもいいよね」
『なっておらんぞ、主さま』
「わかってる。みんなの髪に合わせて、色は別々にするよ」
『うむ。それを身につけることが「裸リボンOK」のサインになるのじゃからな。色や形状、どのように見せて、どのように隠すかを計算に入れるべきじゃろう』
レギィの鼻息が、僕の耳に当たる。
鼻息荒い魔剣って新鮮だ。
『その後、主さまには、リボンをほどく楽しみに覚醒めて欲しいのじゃ』
「覚醒め……いや、目覚めないからな」
『では、奴隷の皆を裸リボンに覚醒めさせるのが先じゃな。その上で、主さまを新たな高みへと導くとしよう』
「変な作戦を立てないように。でも、リボンを選ぶ時間はあるのか?」
『なさそうじゃ』
「……来た?」
『うむ。様子を見るのはやめたようじゃ。近づいてきておる。20秒後に接触するじゃろう』
「わかった。ありがと」
僕は口に出さずに、ゆっくりと数を数えていく。
いーち、にー、さん…………じゅうきゅう。二十。
「なんだなんだ。見た顔がいると思ったら、王さまから追い出された奴じゃないか!!」
いきなりのセリフがそれかー。
しかも、すごくいい笑顔だ。
「キミの顔には見覚えがある。空気読めずに、王さまの意図を察することもできずに追い出された奴だ。こんなところをさまよってたのか。名前は、えっと──」
ヤマゾエ=タカシはなにかを思い出そうとするように、首を振ってる。
着ているのは銀色の鎧。腰には細身の剣を差している。
いかにも、高級そうだ。これも伯爵家の趣味かな。
「なぁ、聞かせてくれよ。キミの名前はなんだった?」
「那岐山ソウタロウだ」
覚えてないならちょうどいい。
適当な偽名を使うことにしよう。
「やっぱりあんたは『来訪者』だったのか。ヤマゾエ」
「おや。気づいていたのかい? だったらどうして声をかけてこなかったんだい?」
「忙しそうに見えたからね」
「その通りかもしれないなぁ。キミが王宮を追い出されたあとも、オレはちゃんと仕事をして、伯爵家に直接雇用されるまでになったんだからねぇ」
「──待った。話がおかしい」
「いや、聞きたまえよ。オレは上に評価されてだね──」
ヤマゾエの言葉を無視して、僕は路地に移動する。
大通りで召喚とか来訪者とか、大声で言いたくない。
「召喚者は、魔王退治のために辺境に転移するんじゃなかったのか?」
僕はヤマゾエに向かって聞いた。
少なくとも、王さまたちはそう言ってたはずだ。
僕たちを召喚したのは魔王を倒すためで、だからこれから、辺境に転移させる、って。
「なのに、どうしてこんなとこにいるんだ? ヤマゾエ」
「わからないのかい?」
「わかるわけないだろ。説明はあれだけだったんだから」
「『辺境に転移させる』というのは、オレたちの仕事に対する覚悟を示すためのものに決まっているじゃないか。それくらい察するのが当然だと思うけどね」
「異世界で初対面の王さまの意を察しろって? 無茶だよ。それは」
「いちいち文句を言う奴に、社会人が務まるものか。そんなこともわからないのか、キミは」
ヤマゾエは胸を反らして笑った。
『……主さま。こやつ、斬っていいか?』
僕の背中で魔剣状態のレギィが、震えた。
『……我の大事な主さまを見下し、侮辱するとはな……まっぷたつにしてやりたいのじゃが』
「……我慢して。今は情報収集中だよ」
『……承知した。じゃが、我の我慢にも限界はあるのだぞ……』
「なに独り言を言ってるんだよ。失礼だな」
ヤマゾエがこっちを、横目でにらんだ。
「……と、いっても、キミに社会人としての自覚があるとも思えないけれどね」
「社会に生きてるんだから社会人でいいんじゃないか?」
「王家や貴族に雇われてこそ、一人前の社会人だろ?」
「その王家や貴族に雇われて、ヤマゾエはどんな仕事をしてるんだ?」
探りを入れてみた。
「それに、さっきの貼り紙は? 『来訪者』を再招集してるらしいけど……」
「ケルヴィス伯爵さまの依頼さ。さまよえる『来訪者』を集めるためにな」
「聞かない単語だな。『さまよえる来訪者』って」
「貴族に評価されなかった『来訪者』にも使い道があるってことさ。さすがケルヴィス伯爵さま。人材を活かすことを考えていらっしゃる」
「……かもしれないな」
「だろう!? オレの雇い主だからな。たいしたものさ!」
「……で、その『さまよえる来訪者』は、なにをすればいいんだ?」
「そりゃ決まってるだろ! 『武術大会』の下位参加者として──」
言いかけて、ヤマゾエは口を押さえた。
「これ以上は語れないなぁ。残念だなぁ。それに、君は『来訪者の再招集』の対象外だ。王さまに無礼を働く者、オレの偉大なる雇い主に近づけるわけにはいかないからね。気の毒だとは思うよ。でもね……」
「いや、再招集に参加する気はないんだけど」
僕が言うと、ヤマゾエは驚いたように目を見開いた。
え? そんなに変なことは言ったか?
「僕はこの異世界で、それなりに仕事もあって、ほどほど平和に暮らしてる。いまさら貴族や王さまと関わるつもりはないよ」
「またまたー。変なこと言うな、キミは」
通じてないみたいだ。
ヤマゾエはにやにや笑いを浮かて、手を振ってる。
「よくもそんな負け惜しみが出てくるもんだ! キミはオレに負けたんだ。勝負がついたからって、ごまかすことないだろう!?」
「勝負?」
「オレは王さまに認められ、貴族に雇われている。キミはさまよえる来訪者。もう勝負ありだ!?」
「ごめん。意味がわからない」
本当に。冗談抜きで。
僕にはヤマゾエがなにを言っているのか、まったくわからない。
「僕とヤマゾエは、元の世界では無関係だった。この世界でも、ほとんど初対面だ。いつから、どんなルールで、僕たちは勝負してたんだ?」
「負けた奴っていつもそう言うよな」
……通じてないのか?
なんだろう。すごく変な感じだ。本当にこの人は、僕と同じ世界から来たんだろうか……?
どうして、こんなに話が通じないんだ?
「……そろそろ行こうか。レギィ」
『……そうじゃな。我も、怒る気さえなくなったのじゃ』
僕とレギィは小声でつぶやく。
数歩、後ろにさがって、ヤマゾエから距離を取る。
「おいおい。どこ行くんだよ。話はまだ終わってないぞ」
「いや、もういいかな」
「聞きなよ。完全な敗北を教えてあげるよ。実は……この世界には奴隷ってのがいるらしいのだよ」
ヤマゾエは目を輝かせて、
「オレ、この仕事が終わったら、奴隷をもらうんだ」
「『…………はぁ』」
「うらやましいだろ? なぁ、そう言えよ。君になんか絶対に手が届かないもんなぁ。貴族の元で忠誠をつくしてがんばってると、こういう特典があるのだよ!!」
「『スゴイネー』」
「伯爵さまはリクエストを聞いてくれるとおっしゃっていた。だったら……年上のメイドさんなんかいいよなぁ。元の世界からあこがれだったんだ……」
「あ、いたいた。なぁく────ん!」
道の向こうに、アイネがいた。
メイド服姿のアイネは、息を切らしながら僕のところにやってきて、腕に抱きつく。
「帰りが遅いから迎えに来ちゃった。お姉ちゃんを心配させたらだめなの。めっ」
「ごめん。もう帰るよ」
「そうなの。じゃあ、ついでにお買い物をするの。今日はなぁくんの好きなものを作ってあげるの」
「いやいや、昨日も僕の好きなものだったよね?」
「なぁくんのリクエストは質素だから。だからお姉ちゃんは毎日、好きなものだけ作りたくなっちゃうんだよ?」
アイネは、僕を見て、照れたみたいに笑った。
『…………ぷーくすくす』
いつの間にか現れたフィギュアサイズのレギィが、こっそり笑ってる。
ちゃんと隠れてなさい。見つかったら困るだろ。
「それじゃ、迎えが来たから帰るよ。仕事がんばってくれ、ヤマゾエ」
「いや待て」
ヤマゾエは、こほん、と咳払いして、
「ま、まぁ、メイドさんは古いよな!!」
空に向かって、声を張り上げた。
「き、君は知らないだろう? この世界には獣人って亜人がいるのだよ!」
「……いや、知って──」
「知識だけだろう!? 会ったことはないだろう!?」
「決めつけるのはどうかと」
「オレはな。実はメイドよりも獣人が性に合ってるんだ。メイドを仲間にしてるからって、勝ったと思うのは間違いさ。オレが獣人を奴隷にすれば、キミとのレベルの違いが明らかに──」
「あ、いたいた。ナギ────っ!」
道の向こうに、リタがいた。
すごく、心配そうな顔してる。
さっき『真・意識共有』で『アイネがいるなら合流してもいい? 我慢できないの。そばにいたいの』ってメッセージが来てたんだ。
『来訪者』と一緒にいるのに、自分が側にいないのが耐えられない……って。
まだ『忠誠暴走』が残ってるのか、心配させちゃったみたいだ。
「……お願いだから……側にいさせて。私に護衛をさせてよ……ご主人様」
「……ありがと、リタ」
僕とリタは互いの耳元でささやき合う。
「……………………」
ヤマゾエは、歯をむきだして、こっちをにらんでいる。
剣に手を伸ばして、でも、大通りの近くなのを確認して、止めてる。
「僕とヤマゾエは、別に勝負をしてるわけじゃない」
僕は言った。
「ヤマゾエが貴族に直接雇用されてるなら、それはそれでいいことだと思うよ。その仕事が……僕たちが元の世界で知ってた『勇者』にふさわしいものなら。だから、教えて欲しい。ヤマゾエがしてることは、本当に『勇者』だと言い切れるものなのか?」
「オレの上に立ったつもりなのかな、キミは!?」
「いや、上とか下とかじゃなくて」
「王さまに追い出されたくせに! 勇者になれなかったくせに!」
「だからそういう話はしてないんだってば」
「堕落したな……勇者であるべき者が、女におぼれるとは。使命を忘れたキミの負けだよ」
……なんだろう、この感覚。
同じ世界から来た人間同士なのに、まったく違う言葉を話しているような気がしてきた。
「オレは違う。オレの隣に立つべきは少年剣士だ。可憐であればなおいいが。共に使命を果たすべき、少年剣士なのだよ。堕落した勇者よ! やがてくる災厄を前にしたとき、おのれの甘えを悔やむときが来ると知るがいい」
そう言ってヤマゾエは、僕に背を向けた。
そして、そのまま走り出す。
人混みを押しのけて、すごい速さで。
「あ。いらっしゃったであります。あるじどの────っ!」
入れ違いに、カトラスがやってきた。
「帰りが遅いので、心配して来てしまったのでありますが……どうしたのでありますか、さっきから『ストップストップ。そこで待ってて』と、手でサインを送っていらっしゃったのは?」
「……『来訪者』を刺激しないため、かな」
「…………はぁ」
カトラスは不思議そうに首をかしげてる。
僕としてはこれ以上、大切な人をあいつに見られたくなかったんだ。
「リタ、ごめん。ヤマゾエの跡をつけてもらえるかな?」
「わかったわ」
「ヤマゾエは『来訪者』だ。リタ自身は離れて、分身に様子をうかがわせるようにして。気づかれたら、分身を消して逃げて」
「了解よ。ご主人様!」
リタは地面を蹴った。
そのまま建物の屋根へ飛び上がり、ヤマゾエを追って走り出す。
『……なんというか、ぷーくすくす、以外に言いようがない相手じゃったな』
「顔を知ってる相手だから、話ができるかと思ったんだけどな……」
本当にまったく、話が通じなかった。
同じ時期に、同じ世界から来たはずなのに。
タナカ=コーガはわかってくれたのに、どうしてヤマゾエとは、話が通じなかったんだろう。
「アイネはリタのサポートをお願い。ヤマゾエの行き先がわかったら、リタと合流して。アイネの『記憶一掃』が必要になるかもしれない」
「わかったの」
「それからカトラス、レギィ。一緒に、武術大会の会場を見に行かないか。なにか情報がつかめるかもしれない」
「承知であります!」
『わかったのじゃ!』
メテカル観光ツアーのついでだ。
『武術大会』と貴族の目的について、外には出せないレベルの情報まで調べてみよう。
いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!
「チート嫁」書籍版10巻が10月10日に発売になります。
(表紙と書店特典については、「活動報告」に掲載しています)
今回はシロとイリスの表紙が目印です。もちろん、改稿と書き下ろしも追加しています。
「なろう版」と合わせて、書籍版の「チート嫁」も、よろしくお願いします!




