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第227話「リタの混乱と、よくある『忠誠心の暴走』」

「あれ? どうしたの、リタ」


「お、おはようございます。ご主人様」


 朝。


 宿屋の部屋のドアを開けると、廊下(ろうか)にリタが立っていた。


「おはよう、リタ。もっとゆっくり寝ててもよかったのに」


 この宿──というか家は、イルガファ領主家が借り切ってる。


 だから、僕とリタ、アイネとレティシア、カトラスとレギィの他は誰もいない。


 食事の時間も決まってないし、のんびりできるはずなんだけど……。


「なんでリタは、気をつけの姿勢で立ってるの?」


「わ、私はご主人様の奴隷(どれい)……だから」


「はい?」


「長時間離れていた分だけ、これからの私はご主人様にお仕えしたいと思います。ど、どうか……なんなりとご命令ください。ご主人様……」








「おそらくこれは、リタさんの忠誠心が暴走してるの」


「忠誠心が暴走?」


「リタさんは、ここしばらく、なぁくんと離れてたでしょ?」


 確かに。


 僕たちは15日くらい、リタとレティシアは別行動してたけど。


「その間、リタさんは常になぁくんが不足した状態にあったの。そしてなぁくんと再会して、なぁくん成分を大量に摂取(せっしゅ)した反動で、こうなってしまったんだと思うの」


「……そう言われても」


 僕は隣に座るリタを見た。


 リタは正座じゃなくて、子犬みたいなお座りポーズを取ってる。獣人のリタには似合いすぎるけど、見てるこっちが落ち着かない。


 宿のリビングには、僕とリタを含めた全員が集まってる。


 みんな、お座りわんこポーズのリタを心配そうに見ている。


「アイネの言ってることは、なんとなくわかりますわ」


 レティシアがうなずいた。


「わたくしの聞いたところによると、リタさんのような状態を『忠誠暴走オーバー・ロイヤリティ』と言うそうです」


「知っているのでありますか!? レティシアどの!」


「貴族の間での(うわさ)ですけれどね。主人を一心に想う奴隷(どれい)が、忠誠心を発散(はっさん)できない状態が長く続くことで起こりやすくなるそうです。ご主人様と再会して、いっきに忠誠心があふれ出して、『忠誠暴走オーバー・ロイヤリティ』状態になってしまうのだとか」


「「「なるほどっ!」」」


 アイネとイリスとカトラスは、納得したようにうなずいてる。


 なんでだ。


「……つまり、リタは僕としばらく離れていたから、強すぎる忠誠心(ちゅうせいしん)発散(はっさん)できなかった。その行き場のないエネルギーが、僕と再会したことで暴走して、こういう状態になってしまった、ってこと?」


「ですわね」


「だと思うの」


「イリスも同感です」


「リタさまなら、しょうがないでありますね」


 ……しょうがないのかなぁ。


 僕はリタの手を引いて立たせた。


 それから彼女を、手近な椅子に座らせる。


「……ご、ご主人様」


「あのね。リタ。僕はもうどこにも行かないから。『忠誠暴走オーバー・ロイヤリティ』なんかにならなくてもいいんだよ」


「でもでも……」


 ことん。


 リタは僕の胸に、額をくっつけた。


 桜色の目が、とろん、としてる。


 これが『忠誠暴走』状態の特徴(とくちょう)らしい。


「……ナギと……ご主人様と離れてる間、不安で。してあげたいこと、いっぱいで。実際に会ったら……どれからしてあげればいいのか……わかんなくなっちゃって。だからご主人様から、指示を出して欲しいな……って」


「あのさ、レティシア」


「はい。ナギさん」


「リタの『忠誠暴走オーバー・ロイヤリティ』って、いわゆる混乱状態なんだよね」


「だと思いますわ」


「ということは、僕のチートスキル『救心抱擁ハートヒーリング・ハグ』で治せるけど……」


「それは……やめておいた方がいいかもしれません」


 僕の問いに、レティシアは首を横に振った。


「これはリタさんの忠誠心の問題なのですわ。それをスキルでむりやり解消するのは……あんまりお勧めしませんわね」


「確かに」


「それに、実害があるわけではありませんし」


 レティシアは、にやりと笑ってみせた。


「ナギさんが時間をかけて、リタさんの忠誠心を満足させてさしあげればいいのではなくて?」


「なぁくんがご主人様として、リタさんの気が済むまでお仕えされれば(・・・・・・・)元に戻ると思うの」


「お兄ちゃんにはリタさんにご奉仕される(・・・・・・)義務があるということですね」


「ボクがお助けできればいいのですが……こればかりは」


 アイネもイリスもカトラスも、難しい顔だ。


 というか、お仕えされてご奉仕される義務って斬新(ざんしん)だな……。


「……うん。わかった」


 僕はリタの頭をなでた。


 リタは気持ちよさそうに目を閉じて、子犬みたいに尻尾を振ってる。


「仲間のメンタルケアも僕の仕事だもんな。今日は一日、リタの気が済むようにするよ」


「……ほ、ほんと?」


「本当。リタのしたいようにしていいよ」


「ナギ……ご主人様……ありがとう」


 リタは僕の手にほっぺたをこすりつけた。


 きっと、僕と離れていたことで、色々心配しちゃったんだろうな。


 リタは身体能力はパーティの中でも最強だけど、精神的にはちょっと不安定なところがあるからね。


 そのあたりは、僕がケアしよう。


「どうする? 家の中でごろごろする? それとも外に出る?」


「お仕えするんだから、外に出たいな」


「そうなの?」


「ナギ……ご主人様は、メテカルに『レポート作成』に来たんでしょ? そのお手伝いをしないと」


「わかった。じゃあ、アイネ。フードとマントを用意してくれる?」


「準備してあるの」


 アイネは荷物から、さっ、と、真っ白なフードとマントを取り出した。


 メテカルにはイトゥルナ教団の施設があるし、リタは子爵家から逃げて来たばっかりだからね。


 念のため、変装しておこう。


「それじゃ行こうか。リタ……って、なにしてるの?」


「……ご主人様のにおいの補給」


 リタは鼻をすんすん、と鳴らしながら、僕の首筋に顔を近づける。


 鎖骨(さこつ)のあたりから、肩。それから耳元に移動して……って、呼吸がなんだかくすぐったい。というか、この体勢だと僕の腕がリタの胸に当たりっぱなしになってるんだけど……。


「……まんぞく」


 リタはふむふむ、とうなずいて、僕から離れた。


 本当に大丈夫かな。リタ。


 ……いざとなったら『救心抱擁ハートヒーリング・ハグ』で状態異常を解除することにしよう。


「それじゃ行ってくる」


「行って来まーす」


 僕とリタはみんなに手を振って、宿を後にしたのだった。








 僕たちは最初に、町の食堂に向かった。


 効率良く情報を得るなら『冒険者ギルド』の方が向いてるけど、この町のギルドは貴族と深く関わってる。情報がゆがんでたり、都合のいいように書き換えられてる可能性がある。


 それなら、食堂や酒場で噂話(うわさばなし)を聞いた方がいい。


 獣人のリタなら聴覚が優れているから、いながらにして情報収集ができるからね。


「ご主人様」


「気になる話はある?」


「みんな、武術大会の話に夢中みたい」


 リタはフードの下で、獣耳を動かしながら答える。


「武術大会の面接はいつ始まるのかとか、一般市民が参加してもいいのか、とか。それと、大会に協力してくれた人は、武術大会の会場の柱に名前が刻まれるみたい」


「名前を?」


「うん。10日間、無給で働くごとに、文字の大きさが倍になるんだって」


「……そんなので人が集まるのか……」


「ううん。集まってないみたい」


 リタは首を横に振った。


「武術大会の運営が止まってるんだって。まだ面接も行われてないそうよ」


「運営が?」


「タナカ=コーガがいなくなった、っていうのも原因らしいわ。(うわさ)になってる……なってますから」


「あいつは一応優勝候補だったからな。あと、無理に敬語にしなくていいからね」


 僕たちが教えた通り、タナカ=コーガは装備を返して『契約』を無事に解除したらしい。


 普通の冒険者としてやり直してくれればいいんだけどな。


「……ところで、ご主人様」


「ん?」


「あーん、してもいい?」


「なんでいきなり!?」


 見ると、リタの桜色の目が、とろん、としてる。


忠誠暴走オーバー・ロイヤリティ』状態だ。


 この状態になったリタは、僕にご奉仕しないと治まらない。


 僕はまわりを見た。みんな、話に夢中で、僕たちの方は気にしていない。


 ……今なら、いいかな。


「じゃあ、よろしく」


 僕たちの目の前には、肉と野菜の照り焼きがある。


 そこから、なるべくソースのかかっていない部分の野菜(ソースが垂れないように)を選んで、僕はフォークを刺して、リタに渡した。


 リタは椅子を音もなく引いて、僕の隣にやってくる。


 こんなこともあろうかと、僕たちの席は壁際だ。この方が人の話が聞きやすいし、店全体も見渡せる。裏口もすぐ近くにある。


 さらに壁の方を向いていれば、僕たちがなにをしているのか、まわりからは見えない。


 リタはフォークを手にとって、ゆっくりと僕の顔に近づける。


 料理に湯気が立ってるせいか、ふーっ、ふーっ、と、何度も息を吹きかけてる。


 リタは首筋まで真っ赤になってる。


『忠誠暴走』状態だからって、恥ずかしくないわけじゃないのか……。


 そのままリタは、僕に身体を、ぴたり、とくっつけて、小さく「あーん」とささやく。


 僕は言われるままに口を開ける。


 それから、リタの顔が近づいてきて──


「……は、はい。どうぞ。ご主人様」


 ぱくん。


 僕はリタがくれた野菜 (ニンジンに似たなにか)を、飲み込んだ。


 半分だけ。


「……ご主人様……ナギ」


「ごめん。食べてる途中で折れちゃった」


「こ、こっちこそごめんなさい。うまく。『あーん』できなくて」


 ぱくん。


 リタはフォークが刺さった野菜半分を、そのまま飲み込んで──


「────っ!?」


 真っ赤になって、口を押さえた。


「わ、私……食べちゃった。ご主人様が口をつけたのを……半分。ご主人様を食べちゃった!?」


「落ち着いて! 僕は食べられてない。いや、半分は食べられたけど。僕じゃないから!」


 リタは両手を振って、わたわたしてる。


 僕の方も混乱してきた。


 僕が口を付けたのを半分……って、ずっと一緒に暮らしてるのに、今さら気にすることじゃないのに、なんだこれ。


「どうどう。落ち着いて。リタ。はい、深呼吸」


「すぅ……はぁ。すぅ……はぁ。ちゃんとできてる?」


「できてるよ。というか、僕の手をお腹に当てなくていいから」


「────っ!?」


 リタ、再びわたわた。


 それからしばらくして、ふたりでお茶を飲んで──


 やっとリタは、少し落ち着いたみたいだ。


「……ごめんなさい。ご主人様……ナギ」


 リタはおだやかな表情でつぶやいた。


 表情が少しだけ、しゃきっ、としてきてる。


暴走忠誠オーバー・ロイヤリティ』が治まってきたみたいだ。よかった。


「あのね。ナギ。わ、わたし、しばらくナギと離れてたでしょ?」


 それからしばらくして──


 リタはお茶を飲みながら、少しずつ話し始めた。


「その間、ずっと考えてたの。ナギと再会したら、なにを話そうかな、とか、どんなことをしようかな──って」


「……そうなの?」


「うん。で、でもね、実際にナギと再会したら、今まで考えてたことが一斉に『わーっ』と押し寄せてきて、それでパニックになっちゃったみたい。ごめんなさい」


 リタはそう言って、僕に頭を下げた。


 僕はフード越しにリタの頭をなでて、


「いいよ。気にしなくて」


「でもでも……迷惑かけちゃったでしょ?」


「気にしてないよ」


「そうなの?」


「それに……僕もリタと再会したら話したいこととか、色々考えてたから」


「具体的にお願いしますご主人様!」


「いきなり真顔!?」


「あぁ、『忠誠暴走』が押し寄せてきたみたい。ご主人様のお話が聞きたくてしょうがないみたい。どうしたらいいのかなー」


「真顔で暴走しないの」


「だって、離れている間、ナギが私のこと、どんなふうに考えてたのか、知りたいんだもん」


「じゃあ、順番で」


「順番」


「リタが言ったら、僕も言うから」


「……むー」


「リタは、今まで考えてたことが押し寄せてきて『忠誠暴走』状態になっちゃったんだろ? だったら、少しずつ僕に伝えた方がいいんじゃないかな?」


「わ、わかったわ」


 リタは胸を押さえて、再び、深呼吸。


 それから、僕の方を見て、ささやき声で──


「……感想、聞きたいな、って」


「感想?」


「この前、私とレティシアがドレスを着たところを『真・意識共有マインドリンケージ・トゥルー』で送ったでしょ? その感想を聞きたいな、って、そう思ったの。もちろん、ナギはまだあの映像を見てないかもしれないけど、でも、でもね──」


「僕としては3番目に着た黄色いドレスが一番似合ってると思う。リタの金髪と色が合ってたし、スカートが短くて動きやすそうだったから」


「────っ!?」


 ぼっ。


 リタの頭から湯気が()き出した……ように見えた。


 僕の見てる前で、リタはそのままテーブルにつっぷしてしまった。


「いきなり即答するのずるい」


「いや、だってちゃんと記録に残ってるし」


「……ご主人様が見ててくれた。私のドレス姿見ててくれた……着替えも……うぅ」


 ──うん。見た。着替えも……。


 リタ、ちゃんと鏡の方を見ながら着替えてたから。


 レティシアが話してるのも聞こえた。リタの下着のサイズが、合わなくなってきたとか。アイネに会ったら相談したいとか──僕に、そのことを伝えたら、どんな顔をするのか……とか。


 …………残らず覚えてる。


 だって、まさかあんな映像を送ってくるとは思わなかったから。


 ……しょうがないよね。


「じゃあ、次は僕が考えていたことを──」


「ま、ま、ままま、待って」


 リタの指が、ぴと、と、僕の唇を(ふさ)いだ。


「い、今はだめ。今、ナギのお話を聞いたら、わ、私、心臓が止まっちゃう。心臓が止まらなかったら、歯止めが利かなくなっちゃう。だから……お、おうち帰ってからにして!? ね!?」


「わ、わかった」


「そ、それから。ナギも、ひとつ覚悟をしておいた方がいいと思うの」


 リタは少し考えてから、そんなことを言った。


「覚悟?」


「だって、ナギと10日ちょっと離れてた私が……一時的とはいえ『忠誠暴走オーバー・ロイヤリティ』状態になっちゃうのよ?」


「うん。まぁ、治ってくれてよかったよ」


「私は数日前からナギと『真・意識共有マインドリンケージ・トゥルー』で(つな)がってた。それでもこんな状態になっちゃったのよ?」


「……うん」


「で、今はセシルちゃんとラフィリアが、聖女さまの洞窟にいるのよ?」


「…………あ」


 そういえばそうだった。


 セシルとラフィリアは今、聖女さまのところで研究の補助をしてるんだ。


 僕と10日少し離れてただけのリタが『忠誠暴走』状態になっちゃうってことは──


 それより長時間離れている、セシルとラフィリア (特にセシル)は……。


「……リタ」


「はい。ご主人様」


「ふたりが『忠誠暴走』しちゃったら、協力してくれる?」


「協力するわよ。もちろん」


 リタはにやりと笑って、


「セシルちゃんとラフィリアちゃんが、ちゃんと満足できるように」


「やっぱりかー」


「と、とにかく。ナギは他の子のことも考えて、準備をしておくこと。ふふっ」


 リタはそう言って席を立った。


 落ち着いたら恥ずかしくなってきた、ということで、ちょっと手を洗いに行って来る、とのことだった。


 リタが落ち着いてくれてよかった。


 ……僕も、リタと離れている間、色々考えてたから。


 そろそろ生活も落ち着いてきたから──ほんとに、色々なことを。


「…………思い出したら恥ずかしくなってきた」


 僕はまた、お茶を飲んだ。


 それから食堂を見回す。みんな食事をしながら、武術大会の話を続けてる。


 本当に、普通に武術大会が行われるだけならいいんだけど。


 そうすれば、僕も普通にレポートを書いて終わりだ。




 かららん。




 そんなことを考えていたら、また、食堂に誰かが入って来た。


「いらっしゃいませー」


「失礼するよ。ご主人。ゲルヴィス伯爵(はくしゃく)からの通達を貼らせてもらいにきたんだが、いいかな?」


「はぁ」


「ここに伯爵家(はくしゃくけ)紋章(もんしょう)がある。俺は怪しい者じゃない。武術大会に参加する、ヤマゾエ=タカシという者だ」




 黒髪の少年は(・・・・・・)言った。


 ヤマゾエ=タカシ。


 確かリタとレティシアの調査した中に、そんな名前があった。


『武術大会』の本戦に出場する者で──名前からして、おそらく『来訪者』だ。




「張り紙は勇者を求める者だ。俺の知る世界の者であれば、描かれている内容を理解し、コンタクトを取ってくるだろう。すまないが、世界の平和のため、この羊皮紙(ようひし)を張らせてもらえないだろうか」




 黒髪の剣士ヤマゾエ=タカシは、丸めた羊皮紙(ようひし)を手に、そんなことを言ったのだった。






いつも「チート嫁」をお読みいただき、ありがとうございます!


コミック版「チート嫁」4巻は、本日発売です!

ナギとアイネ、レティシアの表紙が目印です。

内容は、書籍版2巻(魔剣争奪戦)の中盤から後半になります。こちらも合わせて、よろしくお願いします!


さらに「チート嫁」書籍版10巻の発売が決定しました!

こちらは10月10日の発売です。(ただいま作業の最終段階に入ってます)

書籍版、そしてコミック版の「チート嫁」を、どうかよろしくお願いします!

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新作、はじめました。

「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました 
−魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大国に進化させます−」

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魔王の領土に追放された錬金術師の少年が
なんでも作れる『創造錬金術師(オーバー・アルケミスト)』に覚醒して、
異世界のアイテムで魔王領を大国にしていくお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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