第224話「再会した来訪者と、新たな鎧の活用法」
「本当にあれでよかったの? レティシア」
「前々から父は、わたくしではないあとつぎを用意していましたもの。母が生きていた頃から……ずっと。わたくしを矢面に立たせて……いろいろ、面倒な仕事もさせられましたわね」
レティシアはすっきりした顔で、「んーっ」と背伸びをした。
「だからずーっと同じことを繰り返してましたの。この仕事が最後。これを終えたら、自由にしてもいい……そんな約束を、ですわね。きりのいいところで、本当の跡継ぎが登場するつもりだったのでしょうね。だから、もういいのですわ。家から離れるには、いい機会だったのです」
「……レティシア」
「はい。この話はおしまいです。それより、ナギさんとの合流地点は?」
「お世話になってた道具屋さんの近くよ。えっと……『竜騎士』が迎えに来るってメッセージが来てるわ」
「『竜騎士』ってなんですの?」
「本人がびっくりさせたがってるから、詳しい話は後で、だって」
「わかりました。人目につかないように裏道を通りますわよ。ここを左に──次の角を右に曲がれば──」
走り出したレティシアが、思わず立ち止まった。
ナギたちとの合流地点に通じる道──その途中に、5人の剣士が立っていたからだ。
うち4人は、赤い鎧に身を包んでいる。冒険者だろうか。
中央にたっている少年は、装飾過剰な鎧をまとっている。
頭には数本のねじれた角が生えていて、兜の下の方には牙がある。顔を上げたら刺さると思うのだが、そんなことは気にならないらしい。
さらに肩には大きく突き出た長い角。
影だけみれば、無数の槍に刺された人が歩いているようにも見えるだろう。
「……あの人は……まさか」
「おやおや、ミルフェ子爵家のお嬢様じゃねぇか」
大剣を背負った少年は、唇をゆがめて笑った。
「今日は俺らが3回戦で戦うときの予行練習をする予定だったはずだがなぁ。なんでこんなところにいるんだ?」
「あなたは……狂犬さん?」
「タナカ=コーガ。どうしてここに?」
リタもレティシアも、彼には見覚えがあった。
タナカ=コーガは、ナギと同じ『来訪者』だ。ずっと前、この町で『庶民ギルド』と『貴族ギルド』の争いがあったとき、アイネひとりが残された『庶民ギルド』に攻め込んできたのが、このタナカ=コーガだった。
結局、彼はナギとリタに迎撃されて、さらにセシルの『古代語魔法 炎の矢』で叩きのめされた。その後はダンジョンの攻略に参加して、今は『武術大会』のシード枠にもエントリーしているはずだ。
大会の本戦で彼と当たることになっているのは、レティシアも知っている。
でも、まさか、ここで出会うことになるとは思っていなかった。
「──というより、予行練習ってなんですの?」
「あんたがあと一歩で俺に敗れて、俺がかっこよく勝利宣言をする戦いの練習に決まってるだろうが? 聞いてねぇのか?」
「────もしかして、兵士が言っていた『練習相手』が、この人?」
レティシアは唇をかみしめた。
信じられなかった。父はレティシアに話もせずに、タナカ=コーガを呼び寄せていたのだ。
「父上……少しは考えなさいな。この人が、まともな練習なんかするはずがないでしょうに……」
現に、奴はすでに剣を抜いている。
まわりに人気がないとはいえ、ここは町中だ。いつ人が来るかわからない。
なのにタナカ=コーガは喜々として両手剣を振り回している。
「どうせあんたは俺に負けるんだ。逃がすくらいなら、ここで倒したっていいだろ。勝敗は予定通りに行こうぜ。ハーミルト領主のゲルヴィス伯爵とも『契約』済みなんでな!」
「狂犬さん!? また『契約』を増やしたの!?」
リタが思わず声をあげる。
「うちのご主人様が心配してたのに……また増やすなんて。一体いくつ『契約』してるのよ」
「俺が5回『契約』しようが、てめぇには関係ねぇだろうが。宝剣と、この『無双の鎧』の前では問題にもならねぇよ! 鎧につけた飾りだって、無料じゃねぇんだからな!! 勇者にふさわしい武具のためには手段を選ばねぇよ!!」
「「…………はぁ」」
リタは思わずため息をつき、レティシアは額を押さえた。
ふたりを見て、タナカ=コーガは苛立ったように、
「じゃあ、ここで決着を付けようぜ。俺の『武術大会』での栄光のために!」
「あんな出来レースの大会に意味なんてありませんわ!」
「勇者を決める大切な大会だからな! 自称勇者が増えすぎた。いいかげん、王家主導で公式勇者を決めるときがきたのさ!!」
「公式勇者!?」
「俺に勝ったら教えてやるよ!!」
そう言ってタナカ=コーガは懐から小さな瓶を取り出した。
封を切り、中身を一気に飲み干す。
その瞬間、タナカ=コーガの表情が変わった。
「ふふふ、『契約』がなんだってんだ。貴族は俺のことを考えて試練を与えてくれてるんだ。これこそが、公式な勇者の力だ。それをお前たちに教えてやるよ!!」
「……リタさん」「……レティシア」
リタとレティシアは視線を交わした。
タナカ=コーガは強い。その上、まわりの剣士たちも得体が知れない。
ここは一撃食らわせて突破するべきだろう。
レティシアは魔力を確認する。『強制礼節』はしばらく使えない。子爵家を脱出するとき、かなりの大人数を相手にしたせいだ。
覚悟を決めてレティシアは剣を抜き、リタは拳を構える。
戦闘態勢に入ったタナカ=コーガたちも、ゆっくりと歩き出す。
互いの間合いが縮まりはじめたとき──
「──多勢に無勢なので、すけだちするであります!!」
漆黒の鎧をまとった剣士が、大通りの方から駆けてくる。
リタもレティシアも、タナカ=コーガたちも、一瞬、声の主の方を見た。
剣士が身にまとっているのは、フルプレートの黒い鎧。竜のような角が生えた兜をかぶり、胸には鱗のような装飾がある。
顔は見えない。深く面甲を下ろしていて、見えるのは灰色の髪だけ。
でも、リタとレティシアにはその正体がわかる。
「あれが『竜騎士』!?」「カトラスさんですの!?」
「な、なんだてめぇ! 俺より格好いい鎧を!!」
「『竜騎士』……仲間をお迎えに参ったであります!!」
『竜騎士』が剣を抜く。
同時に、タナカ=コーガと剣士1人が『竜騎士』に剣を向ける。
残り3人はリタとレティシアに向かって走り出す。
「発動──『無類歌唱』!!」
リタは即座に判断して、パーティを加速させる歌を口ずさむ。
さすがに町中で分身は使えない。
タナカ=コーガの速度はわかっている。この歌で対抗できるはずだ。
「支援感謝しますわ! 発動『回転盾撃』!!」
ごんっ!
ぐるぐるぐるぐる──────!!
「おわわわわわわわあああああああっ!!」
レティシアの盾で殴られた剣士の身体が高速回転を始める。敵はあっという間に目を回して、倒れる。
「今行くわ! カトラ……じゃなかった『竜騎士』ちゃん!!」
斬りかかってきた剣士を、リタは問答無用で蹴り飛ばす。最後のひとりはレティシアとにらみあっている。彼女の『回転盾撃』を警戒して、近づけずにいる。
(だったら──私はカトラスちゃんの支援に!)
そう思って走り出したリタの顔が──青ざめた。
タナカ=コーガの動きが速すぎる。彼は一瞬でカトラスの間合いに入り、大剣を振り上げる。
さらに、別の剣士がカトラスの側面から斬りかかる。
いちかばちか、リタが分身を呼び出そうとした──とき。
「発動であります。『覚醒乱打』──」
カトラスがスキルを発動した。
瞬間、流れるような動きでカトラスが剣を繰り出す。その刃はタナカ=コーガの大剣を受け止め、きれいに受け流した。そのままカトラスは体勢を変え、もう一人の剣士の手首を切り払う。
「ぐ、ぐあああああああああっ!!」
剣士は手首から血を流して、うずくまる。
その間にもタナカ=コーガは攻撃を止めない。ポーションの効果か、『加速』のスキルを使っているのか、大剣を何度も振り、カトラスを捉えようとする。
「こいつ! な、なんで!? なんで当たらねぇんだ!?」
繰り出される大剣を、カトラスは流れるような動きでかわしていく。
まるで、タナカ=コーガの動きがわかっているかのようだ。
「……そうであります。フィーン。回避の指示と……ボクが攻撃するべきポイントの指示を!!」
カトラスは身体をくるりと一回転させ、タナカ=コーガに切りつける。
タナカ=コーガは力まかせにそれをはじき返し、カトラスの鎧を斬った。
「もう傷がついてるぜ。その鎧、見かけ倒しじゃねぇのか?」
「どうでありますかな!?」
カトラスが踏み込む。タナカ=コーガが迎え撃つ。
速度ではタナカ=コーガの方が速い。
代わりにカトラスの剣には無駄がない。
的確に鎧の隙間を狙い、タナカ=コーガを傷つけていく。
「……て、てめぇ」
「どうしたのでありますかな。勇者どの!」
カトラスの鎧には無数の傷が走っている。
が、すべては急所を外している。
傷がついているのは肩の先端。兜の角。腰当てくらいだ。
それも、赤い傷になっているだけで、鎧を貫いてはいない。
「ボロボロになってるのはそちらの鎧の方でありましょう? 勇者どの!」
カトラスは兜の面甲を下ろしたまま、笑ったようだった。
彼女の言葉通り、タナカ=コーガの鎧はこわれはじめていた。
胸当てと膝当てはすでに外れ、タナカ=コーガが動くたびに、がちゃがちゃと耳障りな音を立てる。それに合わせて、奴の動きも遅くなっていく。
「てめぇ……鎧のつなぎ目だけを狙ってるのか……」
「あなたの動きが見えるでありますからな。勇者どの!!」
カトラスの剣が、タナカ=コーガの肩を切り裂いた。
同時に、タナカ=コーガの剣が、カトラスの鎧に大きな傷をつける。
「そっちの鎧も限界だろうよ!」
「そうでありますね。じゃあ、外すでありますよ!!」
「外す……なんだ……それ……って、ああああっ!?」
ぱちん、と音がして、カトラスの鎧の接続部分が、外れた。
そして──
「第2の鎧『聖騎士変化』!!」
『──了解。「竜騎士の鎧」をパージし、「聖騎士の鎧」を出現させます』
漆黒の鎧が吹き飛び、その下から白銀の鎧が現れた。
「なんじゃそりゃあああああああっ!!」
タナカ=コーガが叫んだ。
カトラスの鎧は黒い散弾に変わり、タナカ=コーガめがけて飛んでいく。
直撃をくらった彼は、悲鳴を上げて吹き飛び──
──そのまま、倒れてしまったのだった。
「──すごい。カトラスちゃん」
「──あれがカトラスさんの『魂約』スキル、ですのね」
リタとレティシアは、建物の陰から顔を出した。
カトラスの『鎧』が吹き飛ぶ瞬間、ナギからメッセージが来たからだ。カトラスの『竜騎士の鎧』の能力と、その下にある『聖騎士の鎧』について。
「こらーっ! カトラス。一人で先走るなって言っただろ!」
通りの向こうから、ナギの声が聞こえた。
リタが笑顔になり、建物の陰から飛び出す。
合流地点になかなか来ないリタたちを心配して、ナギが迎えに来てくれたのだ。
「ごめん。遅くなった!」
「ボクがつい先行してしまったのであります。あるじどのは悪くないでありますよ」
白銀の兜が開いて、カトラスが顔を出す。
リタとレティシアは彼女に近づき、鎧に触れた。
感触は金属のようだった。けれど、こんな鎧はありえない。そもそもフルプレートの鎧を重ね着するなんて、物理的に不可能なはずだ。
「……すごいわ。カトラスちゃん。鎧を着てあんなに動けるなんて」
「まるでなにも着てないみたいでしたわ」
「き、着てるでありますよ!? 最低限、恥ずかしくないくらいは着てるであります!!」
「「……え?」」
「う、うっかりして、あ、あわてて、飛び出してきてしまったでありますから。その……リタどのとレティシアどのに、あるじどのとの……『結魂』スキルを、自慢したくて……」
「「『魂約』じゃなくて?」」
「あわわわわわわ……」
反射的に口を押さえるカトラスと、なぜかいい笑顔のリタとレティシア。
そんなふたりを見ながら、ナギは、
「おつかれさま。ふたりとも、無事でよかったよ」
「リタ=メルフェウス、ただいま帰還しました! ご主人様!!」
リタは思わずナギに抱きついた。
大好きなにおいを補給するように、ご主人様の首筋に顔を近づける。
「わたくしも、またお世話になりますわ。それより……」
「タナカ=コーガか……久しぶりだな」
ナギは気絶したタナカ=コーガに近づいた。
かっこいい『無双の鎧』をじっと見ながら、ふと、
「とりあえず、話を聞いてみようか」
「そうですわね。なにか『公式勇者』なんてことも言ってましたもの」
「偽勇者に鉄砲玉勇者、で、今度は公式勇者か」
「いろいろあるんですのね。勇者って」
「……勇者の概念が崩壊しそうですわ」
「……ボクも同感であります」
ナギたち額をくっつけて話し合い、とりあえず気絶したタナカ=コーガを拘束して──それから情報を引き出すことにしたのだった。




