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第220話「はじまるメテカル観光ツアーと、『海竜ケルカトル』との約束」

魔王欠乏症(まおうけつぼうしょう)』をめぐる事件が終わってから、2日後。


 僕たちは『メテカル観光ツアー』に出発することにした。


 元々この旅は、イルガファの領主さんが、自分のために企画したものらしい。


 だけど、領主さんは『魔王欠乏症(まおうけつぼうしょう)』のせいで町を離れられなくなったそうだ。


『魔王欠乏症』は落ち着いたけど、心配だから旅行には行けない。でもメテカルで起きてることは気になる。だから、信頼できる人に、代わりに行って欲しい、ということらしい。


 それで企画をイリスが引き継いで、僕たちみんなで行くことになったわけだけど……。





「こちらが、旅行用の馬車でございます」


「「「おおおおおおっ!!」」」


 僕とアイネ、カトラスは歓声(かんせい)を上げた。


 イリスが用意してくれたのは、3頭立ての箱馬車(はこばしゃ)だった。


 大きいけど飾り気はなくて、僕たちの趣味にも合ってる。


 中は意外と広々としてる。これならゆったりと旅ができそうだ。


 馬は、いつも付き合ってくれるポックルとピックル。


 それと、新しく入った1頭だ。


 僕はとりあえず、交渉スキルの『生命交渉フード・ネゴシエーション』を起動して、新人の1頭に近づいた。


 それから、落ち着かせるように、小さな声で、


「僕はナギ。一緒に行くのはアイネとイリスとカトラスで、合計4人だ。あと、他にも2人増えたり減ったりするけど、体重はないようなものだから負担にはならないと思うよ」


 そう言ってから、僕は新入りの馬にニンジンを差し出した。


「商業都市メテカルまで、よろしく。疲れたら遠慮なくそう言ってくれ」


 栗毛の馬はニンジンをぼりぼりとかじりながら、大きな目で僕を見た。


『これはごていねいにー!』


 栗毛の牝馬はニンジンをかじってから、僕の胸に頭をこすりつけた。


『旅の間、全力をあげて皆さまのお役に立ちますー!』


「ありがとう。じゃあ、お前の名前はペックルだ。以後よろしく。ピックルもポックルも、無理はしないようにね」


『『がってん!』』『わかりました!』


 3頭はそろって声をあげた。


 馬たちに任せておけば、僕たちがたずなを取る必要はない。寝てても目的地に運んでくれる。


 でも、御者台(ぎょしゃだい)に誰もいないと不審に思われるから──


「御者台に座りたい人はいる?」


「やってみたいのじゃ!」「あたくしにお任せください!!」


 ぽんっ、と音を立てて出現したレギィと、ふんわり現れたフィーンが手を挙げた。


「たまには特等席で景色を見たいのじゃ」


「あたくしも役に立ちたいのですわ」


「わかった。じゃあお願いするよ。レギィ、フィーン」


「「はーいっ」」


 というわけで、馬のたずなを取るのは (操るわけじゃない)レギィとフィーン。


 僕とアイネとイリス、カトラスは馬車の中だ。


「なぁくんなぁくん」


「どしたのアイネ」


「『デス公』さんが『拙者(せっしゃ)とチャリオットなら、町の間を超快速で移動できるでござる』って言ってるの」


「それはさすがに目立ちすぎるから、今回は休んでて、って言っといて」


「はーい、なの」


 真っ昼間から漆黒(しっこく)鎧馬(よろいうま)がチャリオットを曳いて爆走してたら、目立ちすぎだ。


 ……かっこいいけど。


 …………かっこいいよなぁ。


 ………………夜なら……いいかな。


「……それじゃ出発しようか、みんな!」


「「「はーい!!」」」


「お願いするよ。ポックル、ピックル、ペックル」


『『『りょーかい!!』』』


「「いざ、しゅっぱーつ (じゃ) (です)!!」」


 そして、ゆっくりと馬車は進み出したのだった。












「まさか僕が豪華旅行(ごうかりょこう)に行くことになるとはなぁ」


 馬車は町の城門を出て、街道をゆったりと進んでいる。


 イリスが手配してくれた馬車は、ほとんど揺れない。


 サスペンションがいいのと、3頭の馬 (ポックル、ピックル、ペックル)が、揺れないように歩いてくれてるからだ。


 車内は広くて、6人がゆったり座れるようになってる。


 例えるなら、新幹線の3人座りの席をぐるりと回して、向かい合わせにしたような感じだ。


 馬車に乗ってるのは僕とアイネ、イリスとカトラスの4人。


 フィーンとレギィは御者台で景色に見入ってる。普段は、あんまり表に出ることがない2人だから、見るものすべてが珍しいみたいだ。


 楽しそうな声が、馬車の中まで聞こえてくる。


 でも「悪だくみをするのじゃー」「お任せください」っていうのはどうなの。


 ……レギィとフィーンの悪だくみって結構危険な気がするんだけど。


「メテカルに着いたら、まずはリタとレティシアと合流しよう。合流ポイントは決めてある。レティシアの知り合いの道具屋さんを訪ねれば、ふたりの居場所がわかるようになってるから」


 リタとの『真・意識共有マインドリンケージ・トゥルー』の接続は、すでに切れてる。


『古代エルフ遺跡探索』のために、僕たちが接続しまくったのと、リタとの距離が離れすぎたからだ。


 正直、ここまで僕たちが離れることは、今までなかった。


 心配だな……。


 リタとレティシアなら、大丈夫だとは思うけど。


「町の探索は、リタたちと合流してからだね」


「『武術大会』はどうするの? なぁくん」


「そっちは調査の前に、情報を集めておきたいかな」


 できれば背後にいる『錬金術師』と『ゲルヴィス伯爵(はくしゃく)』について調べておきたい。


 なにを考えてるのか。


 また港町イルガファに手出しするつもりがあるのかどうか、そんなことを。


「とりあえず、ポーション対策のスキルは買っておいたよ」


 港町イルガファのスキル屋に、ポーション作成用のスキルがあった。


 初心者用だけど。


 それと、いざという時のために、安いスキルも買っておいたんだ。


「これで大抵のことには対処できると思う」




「……その前に、イリスはお兄ちゃんにお話がございます」




 不意にイリスが僕の方を見た。


「ただいま、パーティには重要な問題が発生しているのです」


「重要な問題?」


「はい。イリスは出発前『海竜の聖地』へ『海竜ケルカトル』に、今回の事件についての報告に行って参りました。それについてなのですが……」


「アイネが聖地までの護衛をつとめたの」


「そういえばそうだったね」


 出発前、僕とカトラスは一度『保養地ミシュリラ』に転移した。


 別荘には聖女さまがくれた『連絡用ゴーレム』があった、そこに手紙と例のポーションをくっつけて、聖女さまの洞窟(どうくつ)へ送っておいたんだ。


 もちろん、セシルとラフィリアがどうしてるかの問い合わせもつけて。


「お兄ちゃんが保養地に転移している間に、イリスは『海竜ケルカトル』に、事件についての報告を行いました。そうしたら、ですね」


「『海竜ケルカトル』はなんて?」


「『海竜の勇者が町を守ってくれたことに感謝する』と。それと……」


 イリスはカトラスの方を見て、僕の方を見て──


 それからなぜか、真っ赤な顔になって、


「『竜の(まも)り手』との約束はどうなっているのかと……聞かれました」


「『竜の護り手』との約束……って、まさか」


「…………は、はい。お兄ちゃん」


 口ごもるイリス。


 アイネはそのイリスを見ながら、ぽん、と手を叩いた。


「わかったの。なぁくんとカトラスちゃんが、子どもを作る努力をしているかってことね?」


「…………あ」


 カトラスが、ぽかん、と口を開けた。


 いろいろあって、忘れてた。


 僕とカトラスと『海竜ケルカトル』は、ある約束をしていたんだ。






 それは『聖剣ドラゴンスゴイナー』を手に入れたあとのこと。


 僕たちはカトラスを連れて、海竜に会いに行ったんだ。


 目的は、『竜の護り手』になりたいカトラスが、『海竜ケルカトル』の許しをもらうこと。


 カトラスは『地竜アースガルズ』の殺害に、王家が関わっていることを気にしていた。


 だから、自分は竜の役に立つことがしたい、って思ったんだ。


 それから僕たちは海竜に面会して、事情を話した。


 海竜はカトラスの気持ちをわかってくれたけど、ひとつ、条件を出した。


 それが、カトラスが僕の──つまり『海竜の勇者』の家族になること。


 具体的にはカトラスが『海竜の勇者の子どものお母さん』になることだ。


 つまりそれは、僕とカトラスが子どもを作るということなんだけど──




「……色々あったから、後回しになってたね」


「い、いえいえ。イリスも、まさか()かされるとは思いませんでしたので……」


 イリスは真っ赤な顔で、僕の方を見た。


「で、でも、イリスは海竜ケルカトルに聞かれてしまったのです。ちゃんと『海竜の勇者』と『竜の護り手』は……子どもができるような努力をしているのか。巫女(みこ)はその場にいるのかどうか、と。す、すっごく恥ずかしかったでしょう……」


「……なんかごめん」


「と、とにかく。釘を刺されてしまいました。お兄ちゃんとカトラスさまが……ちゃんとするように、イリスがそれを見届けるように」


「そっか」


 考えてみれば、僕とカトラスは神さまと約束したようなものだ。


 ちゃんと果たさないとバチがあたるよな。


「カトラス」


「は、はいであります、あるじどの!」


「…………えっと」


「…………はい」


 僕とカトラスは馬車の座席に座ったまま、目を合わせた。


 アイネは窓の外を見てるけど、耳が真っ赤だ。


 イリスが僕たちの方を向いてるのは……しょうがないよな。イリスは立会人として、僕とカトラスのことを任されてるんだから。


「ほんとはカトラスとは『魂約(エンゲージ)』してから……って考えてたんだけど」


「は、はいっ」


「僕はこの旅の間に……海竜との約束を果たそうと思う。カトラスは、どうかな?」


「も、もちろん……異論はないであります。ボクは、ボクわぁ……」


「────がんばりなさいな、カトラス」


 ふわり、と、御者台(ぎょしゃだい)からフィーンが飛んでくる。


 彼女はカトラスの、真っ赤になった首筋とほっぺたをなでて、


「あなたは海竜の前で約束してしまったのです。イリスさまに迷惑をかけてはいけません」


「は、はいぃ……」


「『竜の護り手』になることは、あなたが望んだことですのよ、カトラス」


「わ、わかっております」


「でしたら、ね」


 しゅる、と、フィーンはカトラスの胸元をなでて、


「あるじどのが『海竜との約束』を果たしやすいように、おねだりをなさい」


「お、おねだりでありますか!?」


「迷ってる時間はありません。さぁ」


「は、はいであります。ボ、ボクは、あ、あるじどのに……」


「『いとわしい王家の血を引いた、奴隷(どれい)の身ではありますが』でしょ?」


「いとわしい王家の血を引いた、奴隷(どれい)の身ではありますが……」


「『あるじどのを思うたびに、自分が女の子であることを確かめてしまうボクを』」


「あるじどのを思うたびに、自分が女の子であることを確かめてしまうボクを──って、そんなことしてないでありますよ!?」


「そうだったかしら?」


「……思うたびに、ではないであります」


「はいはい。じゃあ続けなさい」


「ボクを『海竜の勇者』のあるじどのの……子どもの母親にして欲しいであります」


「イリスさまの見ている前で、が抜けておりましてよ」


「も、もう無理でありますよぅ……!」


 真っ赤になったカトラスは、そのまま後ろを向いてしまった。


 それでも、震える声で、


「と、とにかく……あるじどの……ボクに……『海竜との約束』を果たさせて……ください」


「……イリスは、まぁ、いざとなったらシロさまに海竜ケルカトルを威圧(いあつ)していただくので、いいのですが……」


 イリスはこほん、とせきばらいして、カトラスを見て、


「せっかくですので見届けて、勉強させていただくことといたしましょう」


「わかった。じゃあ、カトラス……その」


 僕はカトラスの手を握った。


「この旅の間に僕とカトラスは『海竜との約束』を果たす。それでいいかな?」


「は、はい! お願いしますであります。あるじどの!!」


 カトラスは僕の手に、自分の手を重ねた。


 それを自分の胸元に当てて、


「ふつつかもののボクでありますが……『海竜の勇者の子どもの母親』になれるように……精一杯がんばるであります! あるじどの!!」


「……僕もできるだけがんばるよ」


 でも、大丈夫かな。カトラス。


 自分が女の子だって自覚したばっかりだから、負担にならないといいけど。


能力再構築スキル・ストラクチャー』で負担を減らすのは確定として、他にいい方法は……。


「そこでアイネに提案があるの」


 不意にアイネがこっちを見て、宣言した。


「この旅を、なぁくんとカトラスちゃんのハネムーンのような感じにするのはどうかな?」


「ハネムーン?」


「この旅を『海竜との約束を果たす旅』にするの。なぁくんとカトラスちゃんが自然と『そういう雰囲気』になれるように。アイネたち全員で協力すればいいの。アイネたちが約束をちゃんと覚えてることを、証明するために」


「この旅を、海竜を納得させるための儀式にするってこと?」


「そうなの。そうすれば、たとえこの旅でカトラスちゃんが『海竜の勇者の子どもの母親』になれなくても、海竜も納得してくれると思うの」


 さすがアイネ。一理ある。


 こういう儀式をすれば、納得してくれるはずだ。


「わかった。それでいこう」


「ありがとなの。じゃあこの旅で、なぁくんとカトラスちゃんの気分を最高に盛り上げるの!」


 むん、と、アイネは拳を突き上げた。


 イリスとフィーンがそれに倣う。


 レギィも、御者台で拳を突き上げてる。


 カトラスは「え? え? え?」って顔してるけど。


 覚悟を決めよう。


 今回の旅の第一目的は、リタとレティシアと合流すること。


 それと、僕とカトラスが『海竜との約束』を果たすことだ。


「……わかったであります。あるじどの」


「……うん」


「……ふつつかものでありますが、よろしくお願いするであります」


 カトラスの熱い手が、僕の手を握りしめてる。


 僕とカトラスは照れた顔を見合わせて、うなずきあう。




 そんなわけで、僕たちの馬車はメテカルに向かって進んでいくのだった。








「本日はここで一泊する予定となっております」


 馬車が止まったのは、イルガファとメテカルの間にある、温泉地リヒェルダだった。


 (なつか)かしいな。


 ここは僕たちとイリスが出会った町だ。


「お母さんのお墓参りに行く? 行くなら付き合うよ。イリス」


「お気づかいありがとうございます。お兄ちゃん」


 イリスは小さくうなずいて、笑った。


 でも、イリスは首を横に振って、


「それは帰りにしたいと考えております。イリスには今、重要な使命がございますので」


「そっか」


「すべてが終わったあと、母の墓前に『イリスはひとつ、大人の階段をのぼりました』と報告するつもりですので」


「うん。でも、詳細は伏せてね」


 ……カトラスが真っ赤になってるからね。


 イリスのお母さんも『海竜の巫女』だから、海竜の使命を報告したいのはわかるけど、プライバシーは守ってね。


「本当なら、そろそろ『真・意識共有マインドリンケージ・トゥルー』の範囲内だけど」


 距離が離れすぎて、自然に接続が切れちゃったからなぁ。


 スキルを再起動しても、リタとの通信は──




真・意識共有マインドリンケージ・トゥルーを再起動します』




『効果範囲外だった「リタ=メルフェウス」との再接続が可能です』




『再接続しますか? はい/いいえ』




 ──再接続できるの!?


 すごいな、このスキル。さすが『(トゥルー)』の名前がついてるだけある。


 やってみよう。


 ウィンドウから『はい』を選んで、メッセージを──




『ナギ:リタ。僕たちは温泉地リヒャルダにいるよ? 通じてる?』




『リタ:ナギ!? うそ。ナギから通信が入った! すごいっ!!』




 通じた!!


 よかった。リタは無事みたいだ。




『ナギ:古代エルフの遺跡から戻ってきたんだ。リタたちのことが気になって、今、メテカルをめざしてる』




『リタ:ナギ……』




『ナギ:そっちは無事?』




『リタ:私たちは問題なし。レティシアの実家に潜入してるわ。もうそろそろ戻ろうと思ってたところ』




『ナギ:了解。僕たちは明日そっちに着く。町に入ったら合流しよう』




『リタ:わかったわ。話したいことはすごくすっごーくいっぱいあるけど、それは後でね。レティシアから伝えた方がいいこともあるから。

 あと、このまま通信を続けてると……その……きりがないような気がするから。

 あ、それからそれから、この通信って、今見ているものが映るのよね?

 レティシアの無事も見せてあげるわね。

 レティシア、あのね、ナギがね。メッセージが来たの。それでね……』




 ぱちり、と、目の前のウィンドウに映像が映った。


 これは……どこかの部屋かな。


 イリスの執務室のような、豪華な部屋だ。


 大きなベッドがあって、そこに何枚もの服がある。脱ぎ散らかした感じだ。


 その側には椅子があって、青い髪の少女──レティシアが座ってる。


 白い背中が見える。振り返ると下着姿のレティシアが……って!?




『リタさん? どうしましたの?』


『うん。今、ナギと通信してるの。レティシアが無事だってナギに見せ……』


『……見せ?』




 ぼっ、と、レティシアの顔が真っ赤になった。




『……通信中、なのですわよね。リタさんの見てるものが、ナギさんに……?』


『……ごめんなさい』


『リタさん……ちょっとそこに正座なさい!!』


『ごめんなさい、レティシアああああっ!?』




 ぷつん。




 通信が切れた。






「……ふたりとも、元気そうでなによりだ」


「リタさんとレティシアは大丈夫だったの?」


「リタさまのことだから……大丈夫だとは思いますが、心配でしょう」


「おふたりは無事なのでありますか?」


 アイネ、イリス、カトラスが心配そうに僕の顔を見てる。


『真・意識共有』のログを見せるのは危険だから……とりあえず。


「ふたりとも、すごく元気だった。問題もないってさ」


「「「……よかった」」」


 3人そろって、胸をなでおろした。


 僕も一安心だ。


「それじゃ、今日はこの町で一休みしようか」


「そうですね」


「しかし、この町も結構人が多いな」


 前に来たときよりも、かなり混み合ってる。


 冒険者風の人が多いのは、やっぱり『武術大会』が目当てなんだろうか。


「そういえばイリス。宿はどうなってるの?」


「イルガファ領主家のつてで、温泉付きの宿を手配いたしました」


「……イルガファ領主家の別荘は、さすがにもう使えないか」


「はい……あんまりいい思い出がありませんので」


 だよなぁ。


 あの場所でイリスは『偽魔族(にせまぞく)』に襲われた。


 その上、僕たちが『建築物強打(けんちくぶつきょうだ)』で穴だらけにしちゃったからね。


 ぶっちゃけもう、建て直した方がいいだろ。


「でも、イルガファはあの後、町に支援をいたしましたので、こうして温泉付きの宿も借りられるようになりました。イリスの中でも。ここは敵に襲われた町ではなく、お兄ちゃんとはじめて一緒にお風呂に入った町……になっておりますので」


「そっか。それならよかった」


「……えへへ」


 すっきりした顔で笑うイリスを、アイネが優しい顔で見てる。


 なんだか、思い出の地をたどる旅みたいだ。


「いいでありますな……ボクはそのとき、まだパーティにいなかったでありますから」


「「大丈夫 (なの) (でしょう)!!」」


 アイネとイリスが、カトラスの手を取った。


「カトラスちゃんを、仲間外れになんかしないの!」


「その分、イリスはカトラスさまをおもてなしいたします!」


「えっ、えっえっ?」


「なぁくん!」「お兄ちゃん!」


「「ちょっとカトラス (ちゃん) (さま)をお借りしていいでしょうか!?」」


「いいよー。僕はその間、町の観光をしてるから」


「「ありがとうございます!!」」


「あ、あれー? あ、あるじどのおおおおおっ!」


 アイネとイリスに引っ張られて、カトラスは馬車の中に。


 そのまま御者席に乗り込んだアイネが、馬車を出発させる。


 なぜか窓を叩いてるカトラスに手を振って、僕は3人を見送った。


「じゃあ今回はお前と2人で散歩かな。レギィ」


「おぉ! 主さまをひとりじめじゃな!!」


 僕の隣に、人間サイズのレギィが出現する。


「前にこの町に来た時よりも、我もパワーアップしておるからの。主さまを守るくらいはできようよ」


「まぁ、今回はなにもないだろうけどね」


 そんなわけで、僕とレギィは久しぶりの温泉街を回ることにしたのだった。








「「くはーっ!!」」


 10分後。


 僕とレギィは『温泉地リヒェルダ名物』の足湯に入っていた。


「なんじゃこれ。足の疲れが抜けていくのじゃ。くはーっ」


「いやいや僕たちは今回馬車で移動してるから。足の疲れなんて──くはーっ」


「「くはーっ」」


 いや、ほんとに気持ちいい。


 ちょっと熱めの足湯が、身体も疲労もほぐしていく。


 リタとレティシア、途中でここに立ち寄ったのかな。だといいなぁ。


「あの貴族娘が一緒でないのが残念じゃ」


「レティシアが?」


「うむ。あの堅い性格の娘が、足湯で『くはー』と、ゆるんだ声を出すのを見てみたかったのぅ」


「それは帰りの楽しみに取っておこうよ」


「じゃな。ほれ、主さま。いい具合にタマゴがゆだっておるぞ」


 温泉の源泉に浸かった鍋から、レギィがタマゴを取り出した。


 僕がコインを渡すと、レギィはそれを鍋の横にある『料金箱』に入れる。


 足湯の受付所にいるおばあさんが、ぐっ、って感じでうなずいてる。


 ここは基本セルフサービスで、温泉で煮てるタマゴや、源泉の蒸気で蒸してる肉や野菜を食べていいらしい。


 料金は均一で、木製の料金箱に入れればいいそうだ。


「ちょっと待て。今、(から)()いてやるからのぅ」


「それくらい自分でやるから、いいよ」


「いやいや。主さまは大事な身じゃ。火傷などさせては、(われ)がお姉ちゃんに怒られてしまうわ」


「……過保護すぎない?」


「主さまは卵ではなく、ボクっこ騎士娘の服を()くことを考えておれ」


「こら」


「むふふ」


 僕が額を、こつん、と突くと、レギィは照れたように笑う。


 そうして剥き終わったタマゴを、僕の手のひらに載せた。


 源泉に入ってたタマゴは完全固ゆでだ。でも、美味しい。


「……それにしても、僕がカトラスと……か」


 できればもうちょっと時間をかけて、『魂約(エンゲージ)』してからにしたかったな。


 その方が、カトラスの負担も少ないはずだから。


 今からすぐに『魂約』しても、この旅行内で『結魂(スピリットリンク)』に持っていくには時間が足りない。


『結魂』するには一定時間『魂約』状態を続ける必要がある。


 正確な時間についてはわからない。


 でも、『魂約』に必要なのは、魔力の結びつき。僕はそれを『能力再構築』のスキルを使って実現してる。


 仮に『結魂』に必要な時間が、魔力の結びつきに関係しているなら、それを短縮することもできるはずだ。


 例えば……『魂約』した状態で、ずっと魔力的に繋がった状態でいるとか?


 それと、僕たちが合体する強さを高めれば……そのための手段は……。


「……あるな」


 そういえば、使えそうなスキルがあった。


 僕とみんなの『合体』を強めるためのものが。


 あれを使えば、カトラスとすぐに『結魂(スピリットリンク)』して、一気に2段階パワーアップできるかもしれない。


「主さま? どうなされた?」


「みんなに負担をかけずに、手早くパワーアップする方法を思いついたんだ」


「それはすごいのぅ!」


「まだ仮説だけどね。カトラスが同意してくれれば、試してみるつもりだよ」


 とりあえず、戻ったら話してみよう。


 そんなことを考えながら、僕とレギィは足湯から出て、宿に戻ることにした。


 もちろん、おみやげにゆでタマゴと、蒸したジャガイモを買ってから。






 




「おかえりなさい、なぁくん!」


「さぁさぁ! カトラスさまがお待ちでしょう!」


「見てやってください。あるじどの!」


 僕とレギィが宿に入ると──部屋には、着飾ったカトラスが待っていた。


「……おぉ」


 レギィが僕の(となり)でため息をつく。


 言葉が出なかった。


 目の前にいるカトラスが、すごくきれいだったからだ。


 カトラスが着てるのは、白いドレス。


 ふわふわしたものじゃなくて、身体のラインを強調するタイプのものだ。


 胸を覆う布と、短めのスカート。袖と肩の部分はなくて、腕と肩がむき出しになってる。


 スマートなカトラスには、すごくよく似合う。


「ど、どうでありますか。あるじどの」


「うん。すごくきれいだ」


 このカトラスを見て、つい最近まで『男の子として生きてきた』なんて思う人はいないだろう。


 僕の目の前にいるカトラスは完璧な女の子だ。


「……は、はずかしいでありますよぅ。あんまり見ないでくださいであります」


「もう。ここは「ボクをすみずみまで見てください」でしょう? カトラス』


 魔力体のフィーンも、カトラスと同じドレスを着てる。


 カトラスと並んでるところを見ると、ほんとに、双子の姉妹そのものだ。


「ふふっ。イリスちゃんにドレスを借りられて良かったの」


「こんなこともあろうかなと、用意しておきました」


「カトラスちゃん。すごくきれい。アイネの自信作なの」


「イリスも、思わず見とれてしまいます」


「……や、やめてくださいであります。アイネどの、イリスどのぅ」


「「ふふーん。ふっふーん」」


 アイネとイリスは着飾ったカトラスを見て、鼻息を鳴らしてる。


 すごく満足そうだ。


「ではでは、アイネたちはお風呂を見てくるの」


「イリスは立会人ですので、隣の部屋におります。そこにベルを置いておきました。ご用の際はお呼びくださいませ」


 至れり尽くせりだった。


 アイネとイリスは手を振って、ついでにレギィの本体の魔剣を抱えて、部屋を出て行った。


「……あ、あるじどの」


「よいしょ、っと」


 僕は部屋の椅子に腰掛けた。


 カトラスは緊張した顔で、ベッドに座った。


 フィーンはベッドに寝そべって、ぱたぱたと足を揺らしてる。


「……なんだか、夢のようであります」


 真っ赤な顔でカトラスは、僕を見た。


「こうしてボクが、ちゃんとした『女の子』として、ドレスなんて着てることが……ほんとに、夢のようでありますよ」


「カトラスは可愛いものが大好きなんだっけ」


「はい……母さまには禁止されていましたが。リボンやフリルが大好きなのでありますよ」


「子どもも好きですわよね?」


「……は、はいであります」


 フィーンが言うと、カトラスは耳たぶまで赤くなって、黙ってしまった。


 僕も同じだ。


 この状況は、むちゃくちゃ照れくさい。


 だから僕とカトラス、フィーンは、しばらく黙って、お互いを見てた。


 部屋の窓からは、外を歩く人たちの声が聞こえてくる。


 イリスが手配してくれた宿は温泉付きの人気店だけど、そのせいで大通りに面してる。だから通行人や酔っ払いの声がよく聞こえる。


 ドアの向こうで「……いい雰囲気なのに、外の声が邪魔でしょう」「……汚水増加、使っていい?」なんて物騒な声がする。やめてね。


「あのさ、カトラス」


「は、はいっ。あるじどの」


「実は、海竜との約束に関連して、カトラスに提案があるんだ」


「な、なんでありましょうか」


「カトラスもフィーンも『魂約(エンゲージ)』のことは知ってるよね?」


「はい。知っているであります」


「生まれ変わっても一緒だよ、という約束のことですわね」


 カトラスのセリフを、フィーンが引き継いだ。


 僕はうなずいて、


「僕はみんなと『魂約』をしてる。セシルとリタとアイネとは『結魂(スピリットリンク)』が成立してるんだ。同じやり方をすれば、カトラスとも『魂約』できると思う」


「それはぜひお願いしたいであります!」


「あるじどのと魂で結びつくのでしょう? すばらしいです!」


 カトラスとフィーンがベッドから立ち上がり、僕の手を取った。


 ふたりとも、目をきらきらさせてる。


 もしも……カトラスとフィーンが僕たちと一緒に転生したら……どうなるんだろう。


 ひとりじゃなくて、それぞれ別人格の双子として転生するような気がする。


 未来の話だけどね。


 でも、そうなったら、すごく楽しそうだ。


「でもね『結魂』の方は、身体的結びつきの他に、『魂約』した時間が必要になるんだ。だから、その……僕がカトラスと『魂約』して……子どもができるようなことをしても、まだ『結魂』にはならないと思う。普通の(・・・)やり方(・・・)なら(・・)


「……普通の、やり方なら?」


「……どういうことですか? あるじどの」


「『魂約』の後、一緒にいる時間じゃなくて、密度を上げてみるのはどうかな?」


 僕は言った。


 これは、さっき思いついたことだ。


 成功すれば、一気にカトラスは2段階パワーアップする。


 これからメテカルや王都でなにがあっても、対応できるはずだ。


「僕とカトラスが『魂約』して、しばらく繋がりっぱなしになってみるのは、どうかな?」


「ふぇっ!?」


「あるじどの……それって!?」


「『魂約』は互いの魔力をひとつにする。そして、僕たちが強く合体して、ひとつになった状態で旅をする。その後で……カトラスと身体を合わせれば、『結魂(スピリットリンク)』が成立するような気がするんだ」


 そうして、僕は説明をはじめた。


 僕とカトラスが常時接続しながら旅をする。その方法について。




いつも「チート嫁」を読んでいただきまして、ありがとうございます!

「チート嫁9巻」は書籍版、電子版ともに、ただいま好評発売中です!

今回は書き下ろし増量(全体の3分1くらい)でお送りしています。「なろう」版と合わせて、書籍版の「チート嫁」も、ぜひ、読んでみてください!!


それと「活動報告」の方に「チート嫁9巻、発売まで1週間を切りました記念SS」と「チート嫁9巻、発売後1週間くらい記念SS」も掲載しています。

いつもの番外編SSです。こちらも合わせて、読んでみてください!

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新作、はじめました。

「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました 
−魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大国に進化させます−」

https://ncode.syosetu.com/n0597gj/

魔王の領土に追放された錬金術師の少年が
なんでも作れる『創造錬金術師(オーバー・アルケミスト)』に覚醒して、
異世界のアイテムで魔王領を大国にしていくお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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