第219話「怪しいポーション売りの陰謀に、飲み過ぎ注意の警告をしてみた」
──一方、謎の不審者は──
「……おかしい。どうしてこうなった!?」
夜の町を走りながら、彼女は叫んだ。
彼女が港町イルガファに侵入したのは、十数日前。
目的は、とある『ポーション』の効果の確認だ。
彼女が販売を担当したポーションは、十分効果を発揮している。
さっそく戻って、仲間の『錬金術師』に連絡しなければいけないのに──
「そこの者、止まれ!!」
不意に、叫び声が聞こえた。
闇の向こうに、数人の衛兵が立っていた。
「なぜ先回りできるのだ!? どうして私の存在に気づかれている!?」
彼女は思わず立ち止まる。
やはり、おかしい。
自分は変な動きはしていなかった。
ただ『ポーション』を飲んだ者の反応を見に来ただけだ。
なのに……どうして自分が不審者として特定されてしまっているのだ?
「話を聞きたい。この町で発生している『魔王欠乏症』について」
「……仕方あるまい」
ここで自分が捕まるわけにはいかないのだ。
そう思い、彼女は懐から金属製の筒を取り出した。
フタを開け、中身を一気に飲み干す。
「見せてやろう。勇者がラスボス前に飲むべきポーションの力を!」
そして彼女は力を解放した。
──ナギ視点──
「うぉおおおおおおおあああああっ!!」
悲鳴が聞こえた。
同時に、フィーンから通信が入る。
彼女が送ってきた画像の中では──不審者と衛兵さんが交戦を始めていた。
しかも、不審者の方が強い。
衛兵さんの包囲網が突破されかけてる。
「……あの不審者に気づいたのは僕たちだけじゃなかったのか」
そういえば衛兵さんたちも『魔王欠乏症』の現場にいたもんな。
スムーズに『魔王欠乏症』の人たちを無力化したから、衛兵さんたちが不審者に気づく余裕もあったのかもしれない。
呼び止めようとした結果──交戦状態に入ってしまったらしい。
「アイネはそのまま領主家の館にいて。カトラスは、僕たちの近くへ。フィーンの力で、上空からの偵察を続けて」
僕はアイネとカトラスにメッセージを送る。
アイネから返信が来る。領主家の情報だ。
『魔王欠乏症』の人の仲間からの証言──暴走した仲間は、面接対策のポーションを飲んでいた。
さらに追加情報──面接本番で緊張しないように、飲んで身体を慣らしておくようにという指示を受けていた。
情報──面接では、とにかく魔王を倒すための意欲が重視される。
──送られてくる情報は『魔王欠乏症』と『面接対策ポーション』の繋がりを示すものばかりだ。
やっぱり、あの不審者に話を聞いた方がいいな。
「イリスは、僕の後ろにしっかりとつかまってて。相手は町の外に逃げようとしてる。先回りするよ」
「はい。お兄ちゃん!」
まったく。
こっちはのんびり生活しようとしてるのに……家の近くで騒ぎを起こさないで欲しい。
魔王と戦いたいなら、探しに行けばいいじゃないか。
別に止めないよ。好きにすればいいって思うよ。武術大会も別にいいと思うよ。
なのに、なんで謎の自己アピール文とか、面接対策ポーションとか売り出す必要があるんだ。
目的は魔王を倒すことだろ。トラブルが起きそうな儀式を挟まなくていいよ!
「魔王対策をやりたいんなら、まずその魔王についての詳しいデータを屏風から出せって話だよな……」
「屏風、ですか? お兄ちゃん」
「僕の世界のとんち話だよ。この世界でたとえると、王さまが『絵物語の魔王が人を襲って困る。捕まえてくれ』と、冒険者に依頼した。そしたらその冒険者が『まずその魔王を絵物語から出せ』と答えた、という話」
「わかります」
イリスは僕の手を握りながら、答えた。
「この世界の魔王も、絵物語の挿絵のようなものかもしれません」
「この国の王さまも貴族も、挿絵から魔王が出てきたときのために魔王対策をしてる。でも、魔王は出てきてないし、魔王を呼び出そうとしてる組織もないんだよな……」
「お兄ちゃんならどうされますか?」
「ん?」
「例えばお兄ちゃんが、魔王がいないことを知っていて、魔王対策をしてる側だとしたら、です」
「僕だったら……そうだな。魔王がいない前提だとすると、魔王復活をたくらむ組織を作るよ」
「組織を?」
「うん。でもって、そいつらになんかさせる。その後で『魔王復活をたくらむ組織があらわれた。ということは、魔王が復活しようとしているということだ!』と騒いで、協力してくれる人と予算を集める。そのあとでそれらしい組織を崩壊させて、魔王復活を阻止したことにするかな」
「そうすると予算も人材も集まりますものね……」
「まさか王家や貴族がそこまでしないとは思うけどね」
「でしょうねぇ」
「…………」
「…………」
僕とイリスは顔を見合わせた。
僕はイリスと一緒に、町の門に向かって走っている。
徒歩じゃない。『馬モード』になった『デス公』に乗ってる。
アイネが収納スキル『お姉ちゃんの宝箱』から取り出して、こっちによこしてくれたんだ。
まわりに人の気配がないことは、フィーンが確認してる。
さらにイリスの『幻想空間』で、僕たちの姿を隠してる。人目につかないように。
「魔王対策だろうとなんだろうと、イリスは、薬で人を操るような人は許せません」
イリスは僕の背中にくっついて、ぽつり、とつぶやいた。
「飲んだら我を忘れるということは、お兄ちゃんへの愛も忘れるということでしょう!? イリスにとってもっとも大切な思いを奪うなんて、そんなポーションはこの世から殲滅いたします!!」
「そういう理由!?」
「当たり前でしょう! あのポーション使いは、すべての女の子の敵です!!」
『いや、その理屈はおかしいぞ、巫女娘よ』
僕の背中で、魔剣のレギィが震えた。
『お主の愛は、たかだかポーションを飲んだくらいで忘れてしまうものなのか?』
「──はっ!!」
『むしろそれを飲むことで、主さまへの愛を証明すべきではないか?』
「……た、確かに」
『それに、もしも正気を保ったままお主がパワーアップしたなら、主さまの抵抗力を奪い、自由にすることができるのではないか……。ときめかぬか? 小さな少女が大きな主さまを自由にするんじゃぞ。主さまの寝所にもぐりこみ、服をはぎとってあんなことやこんなことを──』
「お兄ちゃん! この敵は、絶対に捕らえましょうね!!」
「……うん」
「そして奪ったポーションはサンプルとしていただいて、イリスがどうしても我慢できなくなったときに使用を──」
「それは却下!」
『「そんなああああああ」』
なんで声がハモるの、イリスもレギィも。
『我が主君。敵が見えたでござる』
不意に、デス公がつぶやいた。
馬体の隙間から、ブルースライムがはみだしてる。
スライムたちもここまで付き合ってくれたんだ。あとで追加報酬をあげないと。
『あと数分で接触できるでござるよ。どうされます?』
「デス公は『箱モード』になって隠れてて。スライムたちも一緒に」
『わかったでござる』
「イリスとレギィは一緒に来て。相手がポーションを使ったなら、イリスの『幻想空間』が役に立つから」
「承知いたしました」『うむ! わかったのじゃ』
僕たちがいるのは、港町イルガファの城門近く。
箱形のデス公を路地に隠して、僕たちは大通りに進み出る。
もちろん僕はフードを被って変装済みだ。
イリスは謎シーフ『メロディ』モードになってる。
「────む」
通りを走ってきていた人影が、足を止めた。
フードを被って顔を隠してる。
両腕には銀色のブレスレットをつけてる。髪は赤。
フィーンが送ってくれた画像の通りだ。
「……なんだ、お前たちは」
人影は、腰から2本の剣を引き抜いた。
「衛兵ではないようだが。そこを通してくれないかな」
「僕たちは、海竜ケルカトルの手伝いをしてる者だよ」
「手伝い?」
「ああ。海竜は海の方の担当だからな。その仲間として、陸の方はこっちで担当することにしている。暇なとき限定で」
目の前の人物は、両手に剣を握ったまま、動かない。
『海竜』という単語を警戒しているようだ。
「それに、こっちには協力してくれる衛兵がいるんだ」
「むむっ!?」
ざっざっざっ。
路地の方から、鎧を着た兵士たちが現れる。
合計12人。
僕とイリスを守るように、横一列になって、槍と盾を構える。
「現在、『魔王欠乏症』のせいで、港町イルガファはすげぇ迷惑してる」
僕は言った。
「だから今日、衛兵も僕たちも厳戒態勢を敷いていた。そして『魔王欠乏症』が発動する現場に、同じ人間が立ち会っているのを見つけた。発症した人間が暴れ出したところまで見届けて、去って行くところを。それがあなただった」
「……ああ、そういうことか」
「呼び止めた衛兵を、あなたは問答無用で倒してここまで来た。町を出るためにね。だから僕たちは、こうしてあなたに話を聞いてるわけだ」
僕は魔剣レギィの柄を握った。
「『魔王欠乏症』『武術大会』『魔王対策』──これらについて、なにか知っているなら教えて欲しい。知らないなら──」
「いや、知っているとも。知っているともさ!」
その人物は、フードをはねのけた。
現れたのは、赤い髪の女性だった。
知らない顔だ。唇を釣り上げて、挑戦的な目でこっちを見ている。
「だが、教える気はないね! 衛兵に頼るような軟弱者になど!」
少女は吐き捨てた。
あざ笑うように唇をゆがめて、剣先を僕の方に向ける。
「恥ずかしくないのか、お前は!?」
「……え?」
「剣士とは前衛。前衛とは、正面きって敵と戦い、討ち果たす者だ。我がポーションはそのためにある。衛兵に守られて威張ってる者などと話をするつもりはないね!」
「なるほど。あなたがポーションの関係者で間違いないわけだ」
「黙れ! 剣士の風上にもおけない奴め!!」
「剣士の風上って……」
「誇りある者なら、衛兵なんか呼ばないはずだ!!」
「いや、その理屈はおかしい。怪しいポーションを配ってる奴の言うことかよ」
「私は戦う覚悟の話をしている!!」
少女は背中の革袋から、金属製の筒を取り出した。
あれが『魔王欠乏症』の人たちが飲んでた、『面接対策ポーション』か。
「剣士とは前線に立って戦うものだ。私にはその誇りがある。貴様が衛兵を盾にするなら、私はこのポーションを使い、死ぬまで貴様らと戦おう!」
「……えー」
少女は真顔だ。どうも本気で言ってるらしい。
なんだろうな。脳筋なのかな。
「では、衛兵がいなければ、僕を対等の相手と認めてくれるのか?」
「ああ。そうだな。それだけの勇気があればな」
「知ってることを話してくれる?」
「はっ。いいだろう。貴様に衛兵なしで私と向き合う勇気があるなら、それに答えてやろうではないか。だが、彼らも仕事だ。そんな余裕はあるまい。だから──」
「はい。衛兵さんたち、下がってください」
てくてくてくてく。
僕が言うと、衛兵たちが路地の向こうに去って行く。
「…………え? え? え? 衛兵は?」
「帰りましたけど?」
「……え、えええええええ?」
道にはまた、僕とイリス、それと、双剣の少女だけになる。
兵士たちは路地──少女の死角に入った瞬間、ぱっ、と消えた。
「……発動終了。『幻想空間』」
イリスが僕の隣で小さくつぶやく。
さっきまでここにいたのは、イリスが作った幻影の兵士たちだ。
兵士の軍勢を見ればあきらめて降伏してくれるかと思ったけど、逆効果だったか。
まぁ、言質は取ったからいいや。
「これで僕たちは『衛兵に守られて威張ってる者』じゃないですよね」
僕は言った。
「誇りがあるんですよね? それが前衛としてのプライドなんですよね? 教えてください。あなたが『魔王欠乏症』のポーションを配ったんですか? その目的は? ポーションを飲んだ者を元に戻すには、どうすればいい?」
「……ぐぬぬ」
双剣の女性は歯がみしてる。
「いいだろう。一対一で戦いたい、というわけだな!!」
「いや、そういうことじゃなくて。話を」
「その覚悟に免じて、このポーションを使ってやろう!!」
少女は背中の荷物から、金属製の筒を取り出した。
フタを取り、中身を一気にあおる。
「……イリス」「……お兄ちゃん」
僕とイリスは視線を交わす。
この展開は予想済みだ。タイミングを合わせて──
「おおおおおおおっ!!」
次の瞬間、少女の身体から、緋色のオーラが噴き出した。
「これが──『勇者がラスボスの前で飲むためポーション』だ。これがあれば、貴様らなど一瞬で──」
「「『あ! あんなところに魔王がー!!』」」
「え?」
僕とイリスは路地を指さした。
幻影の魔王が立っていた。
「魔王、まおおおおおおおお! ぐ、ぐぬぬ────ふぅ」
「「『こらえた!?』」」
他の人たちと同じように、疑似餌の魔王に反応するかと思ったのに!?
双剣の少女は、地面を踏みしめて、路地に向かって走り出すのをこらえてる。
「あ、当たり前だ。私は失敗作の『鉄砲玉勇者』とは違うのだ」
「鉄砲玉勇者?」
「物語とかでよくあるだろ。調子に乗って魔王や中ボスに立ち向かって、あっさり殺される奴。そこそこ強いけど調子に乗って、実力差のある奴にぶつかっていく者。そういうものを真の勇者たちはこう呼ぶのだ『鉄砲玉勇者』と」
「……待て。言ってることがおかしい」
こいつは『武術大会』に出る人間にポーションを配っていた。
そのことは自分で認めている。
なのに『魔王欠乏症』で暴走した相手を『鉄砲玉』なんて呼んで見下してる。
「──まさか、例のポーションはその『鉄砲玉勇者』を作り出すために」
「──わざわざ人を暴走させる薬を配って回ったというのでしょうか!?」
僕とイリスは同時に声をあげた。
いや、意味わからない。ほんとに。
なんで『鉄砲玉勇者』なんてものを作り出す必要があるんだ?
「勇者が栄光を得るためには、尊い犠牲が必要だからだ」
少女は言った。
「魔王退治のために懸命に戦って散った存在がいなければ、勇者が引き立たないではないか。魔王を倒すパーティはたったひとつ。その他の勇者モドキは、華麗に散らなければいけない。そのために人々が魔王に注目する環境を作る! その下地を作ってから、伝説の、魔王討伐が始まるのだ!!」
「まさかそのための『武術大会』か!?」
「もはや問答無用! ゆくぞ!!」
少女はふたたび、別のポーションを飲み干した。
彼女の身体を覆うオーラが強くなる。
「ふー、ふー。ふぅおおおお──────っ!!」
少女はまるで闘牛の牛のように、鼻息荒く、地面を蹴り始める。
僕は魔剣レギィを握りしめた。
相手の武器は、短めの剣が2本。
『柔水剣術』なら攻撃を受け流せるけど、2本同時には無理だ。
1本目の剣を逸らしたところで、もう1本の攻撃が来る。
「となると、間合いを維持して戦うしかないか……」
「うぉおおおおおおおお!!」
少女が地面を走り出す。
すさまじい速度で、まっすぐこちらに突っ込んでくる。
こっちは間合いを計って、そのまま──
「シロ。よろしく」
『はーい。発動するかとー。「しーるど」!!』
僕とイリスの正面に、半透明の防壁が発生した。
がごんっ!!
「……ぐがっ?」
赤毛の少女が、顔面から『しーるど』に激突する。
その側面に回り込み、僕は魔剣レギィを振った。
「──ちぃっ!!」
さくっ。
少女が後ろに飛び退く。魔剣のレギィはかすっただけ。
「な、なんだ今のスキルは!?」
「「さー」」
僕とイリスは首をかしげる。
少女は警戒して近づいてこない。今のうちだ。
「レギィ!」
『おお! 発動「体調変化斬り』じゃ!」
フィギュアサイズのレギィが、僕の肩の上に出現する。
同時に、目の前にはルーレットが。
レギィのタイミングで、勝負が決まる。
『責任重大じゃな。主さま』
「うん。でも、なんとなく大丈夫なような気もするんだ」
「そうなのですか? お兄ちゃん」
「今まで『体調変化斬り』は、相手の状態に合わせた効果が出てるからね」
皮でできた翼を持つウィングリザードには、皮膚の「かゆみ」が。
魔法を唱えようとしていた相手には「くしゃみ」が。
大きなスライムには「さむけ」が出て、身体を縮こまらせてた。
『体調変化斬り』はレベル4のチートスキルだからね。
ダメージは小さくても、身体に与える効果は大きいんだ。
「で、今の相手はポーション大量摂取の、ハードドランカーだ」
「わかりました。イリス。なにが出るか予想がつきます」
『ぽちっと。ていっ』
レギィの指がルーレットを止める。
表示された文字は──
『二日酔い』
「「『……やっぱり』」」
「うげええええええええええええええええ」
あ。ポーション使いがうずくまってる。
かなりドーピングしてたからなぁ。そのフィードバックが来たのか。
お酒は飲み過ぎるとハイになり、翌日二日酔いのダウナー状態がやってくる。
このポーションも飲んだあとは強くなるけど、その後は気力と体力がゼロになる。
『魔王欠乏症』の人たち、捕まった後はぐったりだったもんな。
その一気に脱力感が来たら、そりゃ気持ち悪くなるよな……。
「…………うう。きぼちわるい。きぼちわるいいいいい……」
飲んだポーションをすべて吐き出して、ポーション使いの少女は座り込む。
僕たちを見て立ち上がろうとするけど、そのままぺたん、とうずくまる。
勝負あった。
「……うぅ、ああ」
「それじゃ、話を聞かせてくれるかな」
僕は言った。
「『魔王欠乏症』と『武術大会』『ポーション』の秘密について。すべてを」
その後。
戦闘力を失ったポーション使いの少女は、知ってることを話し始めた。
予想通り『魔王欠乏症』は、彼女が配ったポーションの副作用だそうだ。
彼女は『武術大会』の面接対策として、冒険者にポーションを売りつけていた。
当たり前だけど、この世界の冒険者は『自己アピール文』なんか書いたことがない。『面接』もしたことがない。
彼女の『代筆業』と『面接対策ポーション』は、大人気だったそうだ。
だけど、彼女は客によって、売るポーションを変えていた。
一般客には『魔王はいねがー』の副作用がある粗悪品を。
上客には、彼女自身が使ったのと同じ、高級品を。
彼女には『どんな手段をつかっても武術大会を盛り上げる』という目的があったからだ。
人外の力を持つ英雄たちのバトルになった方が、大会が盛り上がる。
『魔王はいねがー』の「魔王欠乏症」だって、魔王を倒そうとする意欲のあらわれってことで、イベントの盛り上げに利用するつもりだったらしい。
それと──
「港町イルガファは、武術大会に自主的に出資するのを拒否したので……仕返しをするように、と」
「……武術大会への出資って、自由じゃないのか?」
「自由だけれど、出資するような空気だった。その空気を読まないのは許せない──と、私の顧客は、そう言っていた」
「クライアント?」
「…………北の町ハーミルトを統治する、ゲルヴィス伯爵だ」
「「『なるほどー』」」
僕とイリス、レギィはうなずいた。
『元祖勇者ギルド』に所属する領主さんなら、そんなこと言いそうだ。
すごいなー。
武術大会と勇者のために、ここまでするのか……。
「もうひとつ聞く。あなたは『来訪者』か? そのスキルで『ポーション』を作ったのか?」
「……そういうものの存在は知っている……だが……私は違う。ポーションを作ったのは……」
「作ったのは?」
少女は顔をそらした。
「よし、もう一回『二日酔いになる剣』を──」
「わ、わかった。言う。言うからぁ!」
少女は必死に振り、答える。
「自分は魔王対策を担当する『錬金術師』からポーションを受け取った」
「……魔王対策担当って、そういう部署があるの?」
「ああ。私の上司の錬金術師はそう言っていた」
「……でもさ、魔王って本当にいるのか?」
「錬金術師たちの本部には、絵姿があるらしい。それに反応するようにポーションを作ったそうだから……本当だろう」
「その錬金術師って、いつ頃から魔王対策ってやってるんだ?」
「……さぁな。数十年とは聞いているが」
「その間、魔王は出てきてないんだよな?」
「いないという確認もされていない」
「そうだけど」
「あの錬金術師たちは『魔王に気をつけろ』という文書を10年ごとに更新しているそうだ。魔王がいなければ、そんなことをする必要もあるまい?」
「そいつら自身が魔王話を広めてるんじゃないか?」
「だが、魔王がいないという証拠もないのだろう?」
「だとしても、やり方がおかしいだろ。人を暴走させるポーションを売りつけて、魔王対策のための武術大会を盛り上げる、って」
こいつらが欲しいのは魔王っていう『概念』なのかもしれない。
この様子じゃ『デス公』を見せても納得しないだろう。
逆に「ほーらいた。魔王だ」って勝ち誇りそうだ。
「これが最後の質問だ」
フィーンから通信が入ってる。
衛兵さんたちが武装を整えて、こっちに向かってきている。
見つかると面倒だし、隊長さんにこっそり事情を伝えて、あとは任せた方がいいな。
「『魔王の素体』という言葉に聞き覚えは?」
「さぁ」
「そうかよ」
「それで、魔王がいないという証明は?」
「いるという証明も、いないという証明も、あんたの仕事だ。僕たちには関係ない」
僕とイリスは、ポーション使いの少女から離れた。
「だけど、この町に手を出すことは許さない。僕たちは竜の眷属として、この町を守ることにしてるんだ。のんびり生活を邪魔したら、あんたの組織ごと破壊する。それだけだ」
「…………ふん」
そう言って、ポーション使いの少女は目を伏せた。
僕たちと彼女の間には、大きな革袋がある。
少女が背負っていたものだ。中にはポーション入りの筒が大量に入ってる。
サンプルは十数本いただいた。だから、いいかな。
「せーの! 『遅延闘技』!!」
巨大化した魔剣レギィの刃が、革袋ごとすべてのポーションを叩き割った。
「ぎゃ──────っ!!」
平然としていた少女が叫び出す。
「あ、悪魔! ひ、ひどい。なんでそんなことを!! これは人を操る理想的な薬品なのに──っ!!」
「あんたは衛兵に引き渡す。これからは解毒剤でも売っててくれ」
「行きましょう。お兄ちゃん」
『そうじゃな』
僕たちは少女に背を向けて歩き出した。
僕たちが路地に入ったところで、タイミングを合わせたように衛兵たちがやってくる。
少女はもう抵抗しない。また二日酔い状態だ。
がっくりと、まるで世界が終わったような顔で、衛兵たちに引きずられていった。
「このポーションは聖女さまに分析してもらった方がいいな」
「聖女さまなら、解毒方法もわかりましょう」
『巫女娘は飲まんのか?』
「考えを変えました。愛は試すものではありませんよ。レギィさん」
『愛は交わすものじゃからなぁ』
視線を交わして、にやりと笑うイリスとレギィ。
まったく。緊張感ないんだから。
「お待たせ。『デス公』」
『いえいえ、拙者は壁のふりをしてましたので』
路地の奥、箱型になって隠れていた『デス公』が、しゃきんしゃきん、とまた馬の姿になる。
その中にスライムを入れて、僕たちは家に向かって走り出した。
「おつかれさまなの。なぁくん。イリスちゃん」
「大変でありましたね」
『お風呂をわかしてございますよ。あるじどの』
「そ、そうですね。イリスも汗をかいてしまいましたので」
『皆まで言うな。お姉ちゃんに分身騎士娘に、巫女娘よ』
「「『「『……………………』」』」」
「「『「『じゃーんけーんっ!!』」』」」
そんなわけで、僕たちはお風呂に入ってひとやすみ。
それから、今後の計画を立てた。
メテカルで行われてる武術大会が、やばいってことはわかったからね。
急いでリタ、レティシアと合流しよう。
そんなことを考えながら、眠って。
翌朝、出発の準備を整えていると──
「お兄ちゃん! イルガファ領主家に手紙が届きました!」
「……リタとレティシアから……?」
……じゃないな。
ふたりからの手紙だったら、この家に着くはずだ。
イルガファ領主家に来る、僕たち関係の手紙と言うと。
「まさか、慈愛のクローディア姫か!?」
「ご名答です! お兄ちゃん!!」
イリスは王家の封がされた羊皮紙を、リビングのテーブルに広げた。
そこには──
『お問い合わせの件についてお答えいたします。
商業都市メテカルで行われているのは、魔王対策のための武術大会です。
申し訳ありませんが、これについては私は関与しておりません。
こちらの方でも調査いたしましたが、詳しいことはわかりませんでした。
つかめたのは、開催前の今、すでに優勝者が決まっていることだけです。
優勝者は、北の町ハーミルト領主 ゲルヴィス伯爵
準優勝者は、聖剣使いのヴォルフリート。
3位は、黒い剣士 タナカ=コーガ。
──以上です。
海竜の味方 クローディア=リーグナダル』
「──優勝者から3位までが決まってる?」
「どういうことでしょう。お兄ちゃん」
「わからない。わからないけど……」
行ってみるしかないな。
武術大会には興味がないけど、リタとレティシアが心配だ。
「そこで、イリスに提案があります」
イリスはぴん、と指を一本立てて、
「父がおっしゃっていました。もしよろしければ『メテカル観光ツアー』をご用意します、と」
「『メテカル観光ツアー』?」
「『海竜の勇者』さまがメテカルに行かれるのであれば、今回の事件のお礼も兼ねて、馬車と宿をご用意したいと。ついでに仮の身分証も用意してくれるそうです」
イリスは僕の前に、小さなプレートを差し出した。
港町イルガファの衛兵が使う身分証だそうだ。
表面には名前が書いてある。『メロディ=ルトカル』
謎シーフメロディの名前に、『海竜ケルカトル』の名前をもじって姓にしてる。
「お兄ちゃんと皆さまの分も用意いたしました。どうぞ」
「僕は『ナギール=ルトカル』か」
「アイネの分もあるの」「ボクの分もであります」『フィーンの分までありますの?』
「ちなみに、姓はすべて同じにしてございます」
「姓を?」
「はい。一夫多妻制ということで」
「「『行きましょう!』」」
全会一致だった。
もちろん、身分証はリタと、レティシアの分もある。
ふたりを見つけて、ツアー仲間として回収する。
そうすれば、安全にふたりを保護できるはずだ。
「……領主さん主催のツアーって、どんなのなんだろうな」
「大丈夫です。イリスが監修しております」
「大丈夫かなぁ」
「もちろんです。みなさまの期待にそむくようなものにはいたしません!」
イリスは細い腕を曲げてガッツポーズ。
こうして、僕たちは港町イルガファ主催の『メテカル観光ツアー』に向かうことになったのだった
いつも「チート嫁」を読んでいただきまして、ありがとうございます!
「チート嫁」第9巻の発売日が決定しました! 6月10日です!
ただいま「活動報告」に「チート嫁9巻 発売までだいたい1ヶ月記念SS」をアップしてますので、そちらも読んでみてください。
それとは別に「チート嫁SS置き場」を作りました。
元々は「活動報告」にアップしていたのですが、量が増えて探しにくくなったためです。
徐々に移動させていくつもりです。
(とりあえず今日は、1巻・2巻を刊行したときのものを、1時間おきにアップしています)




