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第219話「怪しいポーション売りの陰謀に、飲み過ぎ注意の警告をしてみた」

 ──一方、謎の不審者(ふしんしゃ)は──





「……おかしい。どうしてこうなった!?」


 夜の町を走りながら、彼女は叫んだ。


 彼女が港町イルガファに侵入したのは、十数日前。


 目的は、とある『ポーション』の効果の確認だ。


 彼女が販売を担当したポーションは、十分効果を発揮している。


 さっそく戻って、仲間の『錬金術師(アルケミスト)』に連絡しなければいけないのに──


「そこの者、止まれ!!」


 不意に、叫び声が聞こえた。


 闇の向こうに、数人の衛兵が立っていた。


「なぜ先回りできるのだ!? どうして私の存在に気づかれている!?」


 彼女は思わず立ち止まる。


 やはり、おかしい。


 自分は変な動きはしていなかった。


 ただ『ポーション』を飲んだ者の反応を見に来ただけだ。


 なのに……どうして自分が不審者として特定されてしまっているのだ?


「話を聞きたい。この町で発生している『魔王欠乏症(まおうけつぼうしょう)』について」


「……仕方あるまい」


 ここで自分が捕まるわけにはいかないのだ。


 そう思い、彼女は(ふところ)から金属製の筒を取り出した。


 フタを開け、中身を一気に飲み干す。


「見せてやろう。勇者がラスボス前に飲むべきポーションの力を!」


 そして彼女は力を解放した。








 ──ナギ視点──








「うぉおおおおおおおあああああっ!!」


 悲鳴が聞こえた。


 同時に、フィーンから通信が入る。


 彼女が送ってきた画像の中では──不審者と衛兵さんが交戦を始めていた。


 しかも、不審者の方が強い。


 衛兵さんの包囲網が突破されかけてる。


「……あの不審者に気づいたのは僕たちだけじゃなかったのか」


 そういえば衛兵さんたちも『魔王欠乏症』の現場にいたもんな。


 スムーズに『魔王欠乏症』の人たちを無力化したから、衛兵さんたちが不審者に気づく余裕もあったのかもしれない。


 呼び止めようとした結果──交戦状態に入ってしまったらしい。


「アイネはそのまま領主家の館にいて。カトラスは、僕たちの近くへ。フィーンの力で、上空からの偵察(ていさつ)を続けて」


 僕はアイネとカトラスにメッセージを送る。


 アイネから返信が来る。領主家の情報だ。


『魔王欠乏症』の人の仲間からの証言──暴走した仲間は、面接対策のポーションを飲んでいた。


 さらに追加情報──面接本番で緊張しないように、飲んで身体を慣らしておくようにという指示を受けていた。


 情報──面接では、とにかく魔王を倒すための意欲が重視される。


 ──送られてくる情報は『魔王欠乏症』と『面接対策ポーション』の繋がりを示すものばかりだ。


 やっぱり、あの不審者に話を聞いた方がいいな。


「イリスは、僕の後ろにしっかりとつかまってて。相手は町の外に逃げようとしてる。先回りするよ」


「はい。お兄ちゃん!」


 まったく。


 こっちはのんびり生活しようとしてるのに……家の近くで騒ぎを起こさないで欲しい。


 魔王と戦いたいなら、探しに行けばいいじゃないか。


 別に止めないよ。好きにすればいいって思うよ。武術大会も別にいいと思うよ。


 なのに、なんで謎の自己アピール文とか、面接対策ポーションとか売り出す必要があるんだ。


 目的は魔王を倒すことだろ。トラブルが起きそうな儀式を挟まなくていいよ!


「魔王対策をやりたいんなら、まずその魔王についての詳しいデータを屏風(びょうぶ)から出せって話だよな……」


「屏風、ですか? お兄ちゃん」


「僕の世界のとんち話だよ。この世界でたとえると、王さまが『絵物語の魔王が人を(おそ)って困る。捕まえてくれ』と、冒険者に依頼した。そしたらその冒険者が『まずその魔王を絵物語から出せ』と答えた、という話」


「わかります」


 イリスは僕の手を握りながら、答えた。


「この世界の魔王も、絵物語の挿絵(さしえ)のようなものかもしれません」


「この国の王さまも貴族も、挿絵(さしえ)から魔王が出てきたときのために魔王対策をしてる。でも、魔王は出てきてないし、魔王を呼び出そうとしてる組織もないんだよな……」


「お兄ちゃんならどうされますか?」


「ん?」


「例えばお兄ちゃんが、魔王がいないことを知っていて、魔王対策をしてる側だとしたら、です」


「僕だったら……そうだな。魔王がいない前提だとすると、魔王復活をたくらむ組織を作るよ」


「組織を?」


「うん。でもって、そいつらになんかさせる。その後で『魔王復活をたくらむ組織があらわれた。ということは、魔王が復活しようとしているということだ!』と騒いで、協力してくれる人と予算を集める。そのあとでそれらしい組織を崩壊させて、魔王復活を阻止したことにするかな」


「そうすると予算も人材も集まりますものね……」


「まさか王家や貴族がそこまでしないとは思うけどね」


「でしょうねぇ」


「…………」


「…………」


 僕とイリスは顔を見合わせた。


 僕はイリスと一緒に、町の門に向かって走っている。


 徒歩じゃない。『馬モード』になった『デス公』に乗ってる。


 アイネが収納スキル『お姉ちゃんの宝箱』から取り出して、こっちによこしてくれたんだ。


 まわりに人の気配がないことは、フィーンが確認してる。


 さらにイリスの『幻想空間』で、僕たちの姿を隠してる。人目につかないように。


「魔王対策だろうとなんだろうと、イリスは、薬で人を操るような人は許せません」


 イリスは僕の背中にくっついて、ぽつり、とつぶやいた。


「飲んだら我を忘れるということは、お兄ちゃんへの愛も忘れるということでしょう!? イリスにとってもっとも大切な思いを奪うなんて、そんなポーションはこの世から殲滅(せんめつ)いたします!!」


「そういう理由!?」


「当たり前でしょう! あのポーション使いは、すべての女の子の敵です!!」


『いや、その理屈はおかしいぞ、巫女娘よ』


 僕の背中で、魔剣のレギィが震えた。


『お主の愛は、たかだかポーションを飲んだくらいで忘れてしまうものなのか?』


「──はっ!!」


『むしろそれを飲むことで、主さまへの愛を証明すべきではないか?』


「……た、確かに」


『それに、もしも正気を保ったままお主がパワーアップしたなら、主さまの抵抗力を奪い、自由にすることができるのではないか……。ときめかぬか? 小さな少女が大きな主さまを自由にするんじゃぞ。主さまの寝所にもぐりこみ、服をはぎとってあんなことやこんなことを──』


「お兄ちゃん! この敵は、絶対に捕らえましょうね!!」


「……うん」


「そして奪ったポーションはサンプルとしていただいて、イリスがどうしても我慢できなくなったときに使用を──」


「それは却下!」


『「そんなああああああ」』


 なんで声がハモるの、イリスもレギィも。


『我が主君。敵が見えたでござる』


 不意に、デス公がつぶやいた。


 馬体の隙間(すきま)から、ブルースライムがはみだしてる。


 スライムたちもここまで付き合ってくれたんだ。あとで追加報酬(ついかほうしゅう)をあげないと。


『あと数分で接触できるでござるよ。どうされます?』


「デス公は『箱モード』になって隠れてて。スライムたちも一緒に」


『わかったでござる』


「イリスとレギィは一緒に来て。相手がポーションを使ったなら、イリスの『幻想空間』が役に立つから」


「承知いたしました」『うむ! わかったのじゃ』


 僕たちがいるのは、港町イルガファの城門近く。


 箱形のデス公を路地に隠して、僕たちは大通りに進み出る。


 もちろん僕はフードを被って変装済みだ。


 イリスは謎シーフ『メロディ』モードになってる。




「────む」




 通りを走ってきていた人影が、足を止めた。


 フードを被って顔を隠してる。


 両腕には銀色のブレスレットをつけてる。髪は赤。


 フィーンが送ってくれた画像の通りだ。


「……なんだ、お前たちは」


 人影は、腰から2本の剣を引き抜いた。


「衛兵ではないようだが。そこを通してくれないかな」


「僕たちは、海竜ケルカトルの手伝いをしてる者だよ」


「手伝い?」


「ああ。海竜は海の方の担当だからな。その仲間として、陸の方はこっちで担当することにしている。暇なとき限定で」


 目の前の人物は、両手に剣を握ったまま、動かない。


『海竜』という単語を警戒しているようだ。


「それに、こっちには協力してくれる衛兵がいるんだ」


「むむっ!?」




 ざっざっざっ。




 路地の方から、鎧を着た兵士たちが現れる。


 合計12人。


 僕とイリスを守るように、横一列になって、槍と盾を構える。


「現在、『魔王欠乏症』のせいで、港町イルガファはすげぇ迷惑してる」


 僕は言った。


「だから今日、衛兵も僕たちも厳戒態勢(げんかいたいせい)()いていた。そして『魔王欠乏症』が発動する現場に、同じ人間が立ち会っているのを見つけた。発症した人間が暴れ出したところまで見届けて、去って行くところを。それがあなただった」


「……ああ、そういうことか」


「呼び止めた衛兵を、あなたは問答無用で倒してここまで来た。町を出るためにね。だから僕たちは、こうしてあなたに話を聞いてるわけだ」


 僕は魔剣レギィの柄を握った。


「『魔王欠乏症』『武術大会』『魔王対策』──これらについて、なにか知っているなら教えて欲しい。知らないなら──」


「いや、知っているとも。知っているともさ!」


 その人物は、フードをはねのけた。


 現れたのは、赤い髪の女性だった。


 知らない顔だ。唇を釣り上げて、挑戦的な目でこっちを見ている。


「だが、教える気はないね! 衛兵に頼るような軟弱者(なんじゃくもの)になど!」


 少女は吐き捨てた。


 あざ笑うように唇をゆがめて、剣先を僕の方に向ける。


「恥ずかしくないのか、お前は!?」


「……え?」


「剣士とは前衛。前衛とは、正面きって敵と戦い、討ち果たす者だ。我がポーションはそのためにある。衛兵に守られて威張ってる者などと話をするつもりはないね!」


「なるほど。あなたがポーションの関係者で間違いないわけだ」


「黙れ! 剣士の風上にもおけない奴め!!」


「剣士の風上って……」


「誇りある者なら、衛兵なんか呼ばないはずだ!!」


「いや、その理屈はおかしい。怪しいポーションを配ってる奴の言うことかよ」


「私は戦う覚悟の話をしている!!」


 少女は背中の革袋から、金属製の筒を取り出した。


 あれが『魔王欠乏症』の人たちが飲んでた、『面接対策ポーション』か。


「剣士とは前線に立って戦うものだ。私にはその誇りがある。貴様が衛兵を盾にするなら、私はこのポーションを使い、死ぬまで貴様らと戦おう!」


「……えー」


 少女は真顔だ。どうも本気で言ってるらしい。


 なんだろうな。脳筋(のうきん)なのかな。


「では、衛兵がいなければ、僕を対等の相手と認めてくれるのか?」


「ああ。そうだな。それだけの勇気があればな」


「知ってることを話してくれる?」


「はっ。いいだろう。貴様に衛兵なしで私と向き合う勇気があるなら、それに答えてやろうではないか。だが、彼らも仕事だ。そんな余裕はあるまい。だから──」


「はい。衛兵さんたち、下がってください」


 てくてくてくてく。


 僕が言うと、衛兵たちが路地の向こうに去って行く。


「…………え? え? え? 衛兵は?」


「帰りましたけど?」


「……え、えええええええ?」


 道にはまた、僕とイリス、それと、双剣の少女だけになる。


 兵士たちは路地──少女の死角に入った瞬間、ぱっ、と消えた。


「……発動終了。『幻想空間』」


 イリスが僕の隣で小さくつぶやく。


 さっきまでここにいたのは、イリスが作った幻影の兵士たちだ。


 兵士の軍勢を見ればあきらめて降伏してくれるかと思ったけど、逆効果だったか。


 まぁ、言質(げんち)は取ったからいいや。


「これで僕たちは『衛兵に守られて威張ってる者』じゃないですよね」


 僕は言った。


「誇りがあるんですよね? それが前衛としてのプライドなんですよね? 教えてください。あなたが『魔王欠乏症』のポーションを配ったんですか? その目的は? ポーションを飲んだ者を元に戻すには、どうすればいい?」


「……ぐぬぬ」


 双剣の女性は歯がみしてる。


「いいだろう。一対一で戦いたい、というわけだな!!」


「いや、そういうことじゃなくて。話を」


「その覚悟に免じて、このポーションを使ってやろう!!」


 少女は背中の荷物から、金属製の筒を取り出した。


 フタを取り、中身を一気にあおる。


「……イリス」「……お兄ちゃん」


 僕とイリスは視線を交わす。


 この展開は予想済みだ。タイミングを合わせて──


「おおおおおおおっ!!」


 次の瞬間、少女の身体から、緋色のオーラが噴き出した。


「これが──『勇者がラスボスの前で飲むためポーション』だ。これがあれば、貴様らなど一瞬で──」


「「『あ! あんなところに魔王がー!!』」」


「え?」




 僕とイリスは路地を指さした。


 幻影の魔王が立っていた。




「魔王、まおおおおおおおお! ぐ、ぐぬぬ────ふぅ」


「「『こらえた!?』」」


 他の人たちと同じように、疑似餌の魔王に反応するかと思ったのに!?


 双剣の少女は、地面を踏みしめて、路地に向かって走り出すのをこらえてる。


「あ、当たり前だ。私は失敗作の『鉄砲玉勇者(てっぽうだまゆうしゃ)』とは違うのだ」


「鉄砲玉勇者?」


「物語とかでよくあるだろ。調子に乗って魔王や中ボスに立ち向かって、あっさり殺される奴。そこそこ強いけど調子に乗って、実力差のある奴にぶつかっていく者。そういうものを真の勇者たちはこう呼ぶのだ『鉄砲玉勇者』と」


「……待て。言ってることがおかしい」


 こいつは『武術大会』に出る人間にポーションを配っていた。


 そのことは自分で認めている。


 なのに『魔王欠乏症』で暴走した相手を『鉄砲玉』なんて呼んで見下してる。


「──まさか、例のポーションはその『鉄砲玉勇者』を作り出すために」


「──わざわざ人を暴走させる薬を配って回ったというのでしょうか!?」


 僕とイリスは同時に声をあげた。


 いや、意味わからない。ほんとに。


 なんで『鉄砲玉勇者』なんてものを作り出す必要があるんだ?




「勇者が栄光を得るためには、尊い犠牲が必要だからだ」




 少女は言った。


「魔王退治のために懸命に戦って散った存在がいなければ、勇者が引き立たないではないか。魔王を倒すパーティはたったひとつ。その他の勇者モドキは、華麗に散らなければいけない。そのために人々が魔王に注目する環境を作る! その下地を作ってから、伝説の、魔王討伐が始まるのだ!!」


「まさかそのための『武術大会』か!?」


「もはや問答無用! ゆくぞ!!」


 少女はふたたび、別のポーションを飲み干した。


 彼女の身体を覆うオーラが強くなる。


「ふー、ふー。ふぅおおおお──────っ!!」


 少女はまるで闘牛の牛のように、鼻息荒く、地面を蹴り始める。


 僕は魔剣レギィを握りしめた。


 相手の武器は、短めの剣が2本。


柔水剣術(じゅうすいけんじゅつ)』なら攻撃を受け流せるけど、2本同時には無理だ。


 1本目の剣を()らしたところで、もう1本の攻撃が来る。


「となると、間合いを維持して戦うしかないか……」


「うぉおおおおおおおお!!」


 少女が地面を走り出す。


 すさまじい速度で、まっすぐこちらに突っ込んでくる。


 こっちは間合いを計って、そのまま──


「シロ。よろしく」


『はーい。発動するかとー。「しーるど」!!』


 僕とイリスの正面に、半透明の防壁が発生した。




 がごんっ!!




「……ぐがっ?」


 赤毛の少女が、顔面から『しーるど』に激突する。


 その側面に回り込み、僕は魔剣レギィを振った。


「──ちぃっ!!」


 さくっ。


 少女が後ろに飛び退く。魔剣のレギィはかすっただけ。


「な、なんだ今のスキルは!?」


「「さー」」


 僕とイリスは首をかしげる。


 少女は警戒して近づいてこない。今のうちだ。


「レギィ!」


『おお! 発動「体調変化斬りコンディション・チェンジャー』じゃ!」




 フィギュアサイズのレギィが、僕の肩の上に出現する。


 同時に、目の前にはルーレットが。


 レギィのタイミングで、勝負が決まる。




『責任重大じゃな。主さま』


「うん。でも、なんとなく大丈夫なような気もするんだ」


「そうなのですか? お兄ちゃん」


「今まで『体調変化斬りコンディション・チェンジャー』は、相手の状態に合わせた効果が出てるからね」


 皮でできた翼を持つウィングリザードには、皮膚(ひふ)の「かゆみ」が。


 魔法を唱えようとしていた相手には「くしゃみ」が。


 大きなスライムには「さむけ」が出て、身体を縮こまらせてた。


体調変化斬りコンディション・チェンジャー』はレベル4のチートスキルだからね。


 ダメージは小さくても、身体に与える効果は大きいんだ。


「で、今の相手はポーション大量摂取(せっしゅ)の、ハードドランカーだ」


「わかりました。イリス。なにが出るか予想がつきます」


『ぽちっと。ていっ』


 レギィの指がルーレットを止める。


 表示された文字は──




『二日酔い』




「「『……やっぱり』」」


「うげええええええええええええええええ」


 あ。ポーション使いがうずくまってる。


 かなりドーピングしてたからなぁ。そのフィードバックが来たのか。


 お酒は飲み過ぎるとハイになり、翌日二日酔いのダウナー状態がやってくる。


 このポーションも飲んだあとは強くなるけど、その後は気力と体力がゼロになる。


『魔王欠乏症』の人たち、捕まった後はぐったりだったもんな。


 その一気に脱力感が来たら、そりゃ気持ち悪くなるよな……。


「…………うう。きぼちわるい。きぼちわるいいいいい……」


 飲んだポーションをすべて吐き出して、ポーション使いの少女は座り込む。


 僕たちを見て立ち上がろうとするけど、そのままぺたん、とうずくまる。


 勝負あった。


「……うぅ、ああ」


「それじゃ、話を聞かせてくれるかな」


 僕は言った。


「『魔王欠乏症(まおうけつぼうしょう)』と『武術大会』『ポーション』の秘密について。すべてを」








 その後。


 戦闘力を失ったポーション使いの少女は、知ってることを話し始めた。


 予想通り『魔王欠乏症』は、彼女が配ったポーションの副作用だそうだ。


 彼女は『武術大会』の面接対策として、冒険者にポーションを売りつけていた。


 当たり前だけど、この世界の冒険者は『自己アピール文』なんか書いたことがない。『面接』もしたことがない。


 彼女の『代筆業』と『面接対策ポーション』は、大人気だったそうだ。




 だけど、彼女は客によって、売るポーションを変えていた。




 一般客には『魔王はいねがー』の副作用がある粗悪品を。


 上客には、彼女自身が使ったのと同じ、高級品を。




 彼女には『どんな手段をつかっても武術大会を盛り上げる』という目的があったからだ。


 人外の力を持つ英雄たちのバトルになった方が、大会が盛り上がる。


『魔王はいねがー』の「魔王欠乏症」だって、魔王を倒そうとする意欲のあらわれってことで、イベントの盛り上げに利用するつもりだったらしい。




 それと──




「港町イルガファは、武術大会に自主的に出資するのを拒否したので……仕返しをするように、と」


「……武術大会への出資って、自由じゃないのか?」


「自由だけれど、出資するような空気だった。その空気を読まないのは許せない──と、私の顧客(クライアント)は、そう言っていた」


「クライアント?」


「…………北の町ハーミルトを統治する、ゲルヴィス伯爵(はくしゃく)だ」


「「『なるほどー』」」


 僕とイリス、レギィはうなずいた。


『元祖勇者ギルド』に所属する領主さんなら、そんなこと言いそうだ。


 すごいなー。


 武術大会と勇者のために、ここまでするのか……。


「もうひとつ聞く。あなたは『来訪者』か? そのスキルで『ポーション』を作ったのか?」


「……そういうものの存在は知っている……だが……私は違う。ポーションを作ったのは……」


「作ったのは?」


 少女は顔をそらした。


「よし、もう一回『二日酔いになる剣』を──」


「わ、わかった。言う。言うからぁ!」


 少女は必死に振り、答える。


「自分は魔王対策を担当する『錬金術師(アルケミスト)』からポーションを受け取った」


「……魔王対策担当って、そういう部署があるの?」


「ああ。私の上司の錬金術師はそう言っていた」


「……でもさ、魔王って本当にいるのか?」


「錬金術師たちの本部には、絵姿があるらしい。それに反応するようにポーションを作ったそうだから……本当だろう」


「その錬金術師って、いつ頃から魔王対策ってやってるんだ?」


「……さぁな。数十年とは聞いているが」


「その間、魔王は出てきてないんだよな?」


「いないという確認もされていない」


「そうだけど」


「あの錬金術師たちは『魔王に気をつけろ』という文書を10年ごとに更新しているそうだ。魔王がいなければ、そんなことをする必要もあるまい?」


「そいつら自身が魔王話を広めてるんじゃないか?」


「だが、魔王がいないという証拠もないのだろう?」


「だとしても、やり方がおかしいだろ。人を暴走させるポーションを売りつけて、魔王対策のための武術大会を盛り上げる、って」


 こいつらが欲しいのは魔王っていう『概念(がいねん)』なのかもしれない。


 この様子じゃ『デス公』を見せても納得しないだろう。


 逆に「ほーらいた。魔王だ」って勝ち誇りそうだ。


「これが最後の質問だ」


 フィーンから通信が入ってる。


 衛兵さんたちが武装を整えて、こっちに向かってきている。


 見つかると面倒だし、隊長さんにこっそり事情を伝えて、あとは任せた方がいいな。


「『魔王の素体(そたい)』という言葉に聞き覚えは?」


「さぁ」


「そうかよ」


「それで、魔王がいないという証明は?」


「いるという証明も、いないという証明も、あんたの仕事だ。僕たちには関係ない」


 僕とイリスは、ポーション使いの少女から離れた。


「だけど、この町に手を出すことは許さない。僕たちは竜の眷属(けんぞく)として、この町を守ることにしてるんだ。のんびり生活を邪魔したら、あんたの組織ごと破壊する。それだけだ」


「…………ふん」


 そう言って、ポーション使いの少女は目を伏せた。


 僕たちと彼女の間には、大きな革袋がある。


 少女が背負っていたものだ。中にはポーション入りの筒が大量に入ってる。


 サンプルは十数本いただいた。だから、いいかな。


「せーの! 『遅延闘技(ディレイアーツ)』!!」




 巨大化した魔剣レギィの刃が、革袋ごとすべてのポーションを叩き割った。




「ぎゃ──────っ!!」


 平然としていた少女が叫び出す。


「あ、悪魔! ひ、ひどい。なんでそんなことを!! これは人を操る理想的な薬品なのに──っ!!」


「あんたは衛兵に引き渡す。これからは解毒剤でも売っててくれ」


「行きましょう。お兄ちゃん」


『そうじゃな』


 僕たちは少女に背を向けて歩き出した。


 僕たちが路地に入ったところで、タイミングを合わせたように衛兵たちがやってくる。


 少女はもう抵抗しない。また二日酔い状態だ。


 がっくりと、まるで世界が終わったような顔で、衛兵たちに引きずられていった。


「このポーションは聖女さまに分析してもらった方がいいな」


「聖女さまなら、解毒方法もわかりましょう」


『巫女娘は飲まんのか?』


「考えを変えました。愛は試すものではありませんよ。レギィさん」


『愛は交わすものじゃからなぁ』


 視線を交わして、にやりと笑うイリスとレギィ。


 まったく。緊張感ないんだから。


「お待たせ。『デス公』」


『いえいえ、拙者(せっしゃ)は壁のふりをしてましたので』


 路地の奥、箱型になって隠れていた『デス公』が、しゃきんしゃきん、とまた馬の姿になる。


 その中にスライムを入れて、僕たちは家に向かって走り出した。








「おつかれさまなの。なぁくん。イリスちゃん」


「大変でありましたね」


『お風呂をわかしてございますよ。あるじどの』


「そ、そうですね。イリスも汗をかいてしまいましたので」


『皆まで言うな。お姉ちゃんに分身騎士娘に、巫女娘よ』


「「『「『……………………』」』」」




「「『「『じゃーんけーんっ!!』」』」」




 そんなわけで、僕たちはお風呂に入ってひとやすみ。


 それから、今後の計画を立てた。


 メテカルで行われてる武術大会が、やばいってことはわかったからね。


 急いでリタ、レティシアと合流しよう。




 そんなことを考えながら、眠って。


 翌朝、出発の準備を整えていると──




「お兄ちゃん! イルガファ領主家に手紙が届きました!」


「……リタとレティシアから……?」




 ……じゃないな。


 ふたりからの手紙だったら、この家に着くはずだ。


 イルガファ領主家に来る、僕たち関係の手紙と言うと。




「まさか、慈愛のクローディア姫か!?」


「ご名答です! お兄ちゃん!!」




 イリスは王家の封がされた羊皮紙を、リビングのテーブルに広げた。




 そこには──




『お問い合わせの件についてお答えいたします。


 商業都市メテカルで行われているのは、魔王対策のための武術大会です。


 申し訳ありませんが、これについては私は関与しておりません。




 こちらの方でも調査いたしましたが、詳しいことはわかりませんでした。


 つかめたのは、開催前の今、すでに優勝者が決まっていることだけです。




 優勝者は、北の町ハーミルト領主 ゲルヴィス伯爵


 準優勝者は、聖剣使いのヴォルフリート。


 3位は、黒い剣士 タナカ=コーガ。




 ──以上です。




 海竜の味方 クローディア=リーグナダル』






「──優勝者から3位までが決まってる?」


「どういうことでしょう。お兄ちゃん」


「わからない。わからないけど……」




 行ってみるしかないな。


 武術大会には興味がないけど、リタとレティシアが心配だ。




「そこで、イリスに提案があります」




 イリスはぴん、と指を一本立てて、




「父がおっしゃっていました。もしよろしければ『メテカル観光ツアー』をご用意します、と」


「『メテカル観光ツアー』?」


「『海竜の勇者』さまがメテカルに行かれるのであれば、今回の事件のお礼も兼ねて、馬車と宿をご用意したいと。ついでに仮の身分証も用意してくれるそうです」




 イリスは僕の前に、小さなプレートを差し出した。


 港町イルガファの衛兵が使う身分証だそうだ。


 表面には名前が書いてある。『メロディ=ルトカル』


 謎シーフメロディの名前に、『海竜ケルカトル』の名前をもじって姓にしてる。




「お兄ちゃんと皆さまの分も用意いたしました。どうぞ」


「僕は『ナギール=ルトカル』か」


「アイネの分もあるの」「ボクの分もであります」『フィーンの分までありますの?』


「ちなみに、姓はすべて同じにしてございます」


「姓を?」


「はい。一夫多妻制ということで」


「「『行きましょう!』」」




 全会一致だった。


 もちろん、身分証はリタと、レティシアの分もある。


 ふたりを見つけて、ツアー仲間として回収する。


 そうすれば、安全にふたりを保護できるはずだ。




「……領主さん主催のツアーって、どんなのなんだろうな」


「大丈夫です。イリスが監修しております」


「大丈夫かなぁ」


「もちろんです。みなさまの期待にそむくようなものにはいたしません!」




 イリスは細い腕を曲げてガッツポーズ。




 こうして、僕たちは港町イルガファ主催の『メテカル観光ツアー』に向かうことになったのだった






いつも「チート嫁」を読んでいただきまして、ありがとうございます!


「チート嫁」第9巻の発売日が決定しました! 6月10日です!

ただいま「活動報告」に「チート嫁9巻 発売までだいたい1ヶ月記念SS」をアップしてますので、そちらも読んでみてください。


それとは別に「チート嫁SS置き場」を作りました。

元々は「活動報告」にアップしていたのですが、量が増えて探しにくくなったためです。

徐々に移動させていくつもりです。

(とりあえず今日は、1巻・2巻を刊行したときのものを、1時間おきにアップしています)

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新作、はじめました。

「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師(オーバーアルケミスト)」に覚醒しました 
−魔王のお抱え錬金術師として、領土を文明大国に進化させます−」

https://ncode.syosetu.com/n0597gj/

魔王の領土に追放された錬金術師の少年が
なんでも作れる『創造錬金術師(オーバー・アルケミスト)』に覚醒して、
異世界のアイテムで魔王領を大国にしていくお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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